伝奇 A

TARO

貝割れ

 ある男の話から


 その日、私は仲間たちに誘われて食事に行きました。仲間と共に繁華街から路地に入り、しばらく歩いて、とある雑居ビルに入りました。古く黴臭いエレベーターで最上階に上がり、ドアが開くと、そこは中華料理屋の入り口でした。仲間の一人が、店の人間に予約を確認してから中に入りました。店員に導かれて、個室を案内されました。料理と酒が出て、宴が始まり、しばらく楽しく過ごしました。

 途中で気が付いたのですが、どの料理にも付け合せにカイワレ大根が盛り付けられているのです。特に好きでもなく、料理ごとに食べたり食べなかったりしたのですが、仲間を見ると率先して手を付けているようでした。物足りないのか、他の仲間の皿にまで手を付けて、ひと悶着まで起きていました。私は笑わせるための余興のつもりなのかな? と思っていたのですが、やがて本気の言い合いが始まり、それを仲裁した別の仲間の顔も真顔でした。

 そこへ大皿が中央に置かれました。見ると白い何かが山盛りになっています。カイワレでした。カイワレ大根のサラダが大量に盛り付けられていたのです。歓声が上がります。みんな箸を突っ込んで自分の取り皿に移しています。

 私は呆れてみていました。こいつらどうしたんだろう? と思いましたが、酔いのせいもあり、放っておくことにしました。すると、誰かが、私の皿に勝手にカイワレを載せました。皿の容量を超えて無理やり山盛りにするのでテーブルにはみ出ていました。抗議しようと周りを見るとみんな夢中になって食べています。

「食べろ食べろ」と誰かが言いました。

「食べなよ食べなよ」

 別のところから声が上がりました。そして合唱のように全員で私に向かって食べるよう強制してくるのです。私は悪乗りが過ぎると思いましたが、乗りの悪い人間に思われたくなかったので、とりあえず一口、と思い口を付けました。味付けがされており意外においしかったので、そのまま一皿平らげて見せました。空になった皿にまたもや同じものが盛られます。いい加減薄気味悪く思っていると、大皿が空になり、それと共に皆一様に白けた雰囲気になり、食事会はお開きになりました。

 私の腹は大量のカイワレ大根で満たされていました。それと酒の相性が悪かったのか、私は体調が悪くなり、タクシーで帰ることにしました。私は仲間と別れてから、大通りに出ると、手を上げてタクシーをつかまえました。乗り込んで行き先を告げると、私は座席でぐったりとなりました。

 しばらく時間が過ぎ、私は窓の外を眺めました。見知らぬ景色が流れてゆきます。不安になり、「今どこらへんですか?」と運転手に尋ねました。私の発声が覚束なかったのか、運転手は答えてくれません。もう一度大きな声ではっきり言ってやろうと思い息を吸い込んだその時、私は急激な嘔吐感に襲われました。車内でもどすのは嫌だったので、口を押さえながら一旦停車してくれるよう、運転手に頼みました。運転手は事態を察したのか、すぐに減速して、停まってくれました。

 私は電柱の陰に走り込み、そこで吐きました。すると、それを見届けたかのようにタクシーは走り去ってしまいました。私はまだ料金を払っていなかったので、予想外の出来事に驚きました。しかし、どうすることもできず、走り去るタクシーを呆然と見送ることしかできませんでした。

 私はこんな見知らぬ場所で一人残された不安を感じつつも、目線を戻しました。気分が悪く、頭痛を感じ始めていました。ふと、口の周りに違和感を感じ、指で探ると、繊維状のものが、口元から出ていました。正体はわかっていました。しかし、指でつまんで引き抜こうとすると、喉の奥にそれが引き抜かれていく感触を感じたので、慌てて引っ張り出しました。

 見るとそれは何本かの長めの髪の毛の束でした。私は驚いてつまんだ指を離してもう一方の手で払いのけました。自分の吐瀉物をとっさに確認しました。私は凍りつきました。真っ黒だったのです。あれだけ大量のカイワレを腹に詰め込んだのだから、そのまま出れば、そんな筈はないのです。

 髪の毛です。大量の髪の毛の塊がそこにありました。

 私はそこを急いで離れました。どう家にまでたどり着いたのか見当もつきません。私はその日、仲間と飲んだはずなのですが、誰と飲んだか、どこで飲んだか、まるで記憶がないのです。

 


 

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