二人の姉
あれから数日が経った。秋月さんに聞き込みで情報を得た俺たちはそれをヒントに再び図書館へと通い詰めていた。今度は事件のことだけではなく、村自体の抱えていた問題、その歴史、そして村に関わる出来事全て。秋月さんの話を聞いて、この事件には何か裏がある、そう感じたからだ。だからこそ村に関すること全てを調べてみる必要があると考えた。必要であれば、村に関係のある人に話を聞きに行ったりもした。だが今のところ有力な手がかりは掴めていない。
そしてまた一日が終わり、俺と雪歩は施設へと帰ってきた。
「ただいまー」
「ただいま」
玄関のドアを開けて挨拶をする俺たち。
と、玄関に見知らぬ靴が一足並んでいた。
また仰木さんか? でも車止まってなかったし、それにここにあるのは明らかに女性物だ。だとしたら違うお客さんか?
「歩、何やってるの?」
「え?」
が、そんな悩む俺を余所に雪歩はさっさと靴を履き替え、リビングへ向かって歩き出していた。
「ちょ、待てよ」
俺は慌てて靴を履き替えてその後に続く。そしてそのままリビングへと入る。
「あらっ、お帰りなさい。それと久しぶりね」
と、入った瞬間話しかけてきたのは椅子に腰かけながら首だけこちらに向ける先生だった。
「なんだ、先生だったんですか」
「なんだとは失礼じゃない? せっかくこっちから来てあげたってのに」
「え、いやその……誰の靴か分からなかったので、てっきり知らない人かと」
俺はむくれ顔をする先生に慌てて弁解する。
「ふふっ、冗談よ。そんなに慌てなくてもいいのに、可愛い」
と、まるで子供をあしらうかのように先生は笑う。
「で、先生は何か用事ですか?」
そんな先生に雪歩が問いかける。というかなんかむすっとしてるように見えるけど……気のせいか?
「ああ、なんだかんだで春香に直接お願い出来ていなかったからね。改めてお願いとそしてお礼を言いにきたのよ」
そんな雪歩の表情も意に介せず問いに答える先生。
「なにがお礼だ。茶菓子の一つも持ってきてねえじゃねえか」
「何言ってるの。ちゃんとさっきありがとうって言ったじゃない。それに数少ない友人である私が会いに来ただけで十分お礼に匹敵するのだと思うのだけど?」
「お前の顔なんか見ても腹は膨れねえよ。むしろイライラが溜まる一方だ」
「あらっ、ひどい」
なんてやり取りをする先生と春香さん。仲が良い、のかな?
「それよりも夕食の支度はどうしたんですか? もう時間ですけど」
と、雪歩が時計を指差しながら問いかける。
「ああ、準備なら出来てる。後は温め直して盛り付けるだけだ」
「そう。じゃあ後はわたしがやるね。春香さんは先生の相手してて」
「あ、じゃあ俺も……」
「いいよ。盛り付けるだけだし、わたしだけで出来るよ。それに……あの二人ほっとくといつも口喧嘩になるから」
と、最後の方だけ小さく耳打ちする。
「……なるほど。つまり静止役ってことだな。さっきの雪歩みたいに」
「そういうこと。本気の喧嘩じゃなけど、ずっと喧嘩してると他の子が怖がっちゃうから」
いつもガヤガヤ煩いはずの子供たちがやけに静かにしてると思ったらこの二人がいるからか。確かに元々強面の春香さんと白衣を着たサイコデリックな女医が言い争ってる姿なんて子供じゃなくても怖い。
「じゃあよろしく」
そう言って雪歩は台所の方へと向かった。
「随分明るくなったわね」
そんな雪歩の姿を見つめながら先生がポツリと呟く。
「……ああ、そうだな」
そして春香さんがその意見に同意する。あれ? さっきはあんなに喧嘩腰だったのに今度はやけに素直だな。
というか、雪歩が明るくなった?
「雪歩はいつもあんなに明るくないんですか?」
雪歩のことについては同意見だった二人に俺は尋ねる。
「ああ。お前は知らねえかもだけど、あいつは元々他人と関わるのが苦手でよ。昔はいっつも暗い顔してたんだ」
「え?」
あの雪歩が?
「まあ、それも仕方ないことなのよ。あんな事件の唯一の生存者ですもの。自覚していなくてもいろんな人に怪奇の目で見られて他人の目を恐れたり、閉じこもってしまうのもしょうがないことだわ」
「っ!?」
いつもあんなに明るい雪歩がそんな……でも確かにあれほどの事件だ。どんだけ隠そうとしてもどこかしらから雪歩がその生き残りだということは明るみに出てしまう。それでいろんな人から……
「ま、それでもいじめにならなかったってだけでもマシなのかもな。それはあいつ自身の力でもあるが」
「……どういうことです?」
確かにクラスにそんな子がいたらいじめにあってもおかしくはない。小学校とかなら特に……
「クラスメイトの子にそのことを言われた時、あいつ笑ったんだよ。そのクラスメイトに向かって……あいつ自身まだ自覚なんかなかっただろう。自分がどんな事件にあったのか、そしてその事件での唯一の生き残りだってことも。でもそれでもあいつは他人から向けられた悪意に対して笑ってみせた。もちろん心の中までどうなってたかはわからねえ。でもあいつはそうやって覚えたんだ。他人との距離の置き方を」
他人との距離の置き方……そんなこと俺だってわからない。でも雪歩は覚えざるを得なかったんだ。事件によって背負わされてしまった宿命の元で生きていくためには。
「お前、あいつから友達の話聞いたことあるか?」
「え? それは……」
そういえば……一度もない。
「今は夏休み。普通のだったら友達と遊びまくる時期だろ? でも彼女はそういったものが一切ない。それが何を意味するか、わかるだろう?」
先生の言葉に俺は頷きも首を振りもしなかった。でもその意味はわかっていた。
「結局のところそういうことよ。彼女には心を開いて向き合える知り合いがいない」
先生は難しい感じでそういうけど、つまりは雪歩には友達がいない。いや、作ろうとしなかった。
「だからなんつうか。あたしたちと話してる時も確かに笑っちゃいるがどこか心の底から笑えてねえ、話しててもどこか本心を隠してる、そんな感じがしてたんだよ」
そんな雪歩の笑顔の裏にそんなことあったなんて……
「でも今はだいぶそうではなくなっている気がする」
「え?」
先生はふっと笑み浮かべながら先生はそう言う。
「最近は心の底から楽しそうで、そして笑っているそんな気がすんだよ」
「ああ、そいつはあたしも同感だ」
雪歩が心の底から笑うようになった。それはつまり他人ともちゃんと向かい合うようになったということか。でも一体何がきっかけで……
「ふふっ、どうやら本人は自覚していないようね」
「ああ、そいつも同感だ」
そう言って二人は笑い合う。
「ま、そういうわけだからこれからもあいつのことよろしくな」
「そうね。あの子は私たちにとっても妹のようなものだから」
「は、はあ……」
なんだかよくわからないが二人に言われて頷く俺。でも二人が雪歩のことを大切にしてるってことはよくわかった。だから俺は思った。俺はどんなことがあっても絶対に雪歩を―
「ていうか、別にあたしはあいつのこと妹なんて……」
「まあ、そんなこと言って。いっつもあの子の心配ばかりしてるくせに。ほらっ、この前だってちょっと帰りが遅いだけで慌てて私のとこに……」
「て、てめぇ。何適当なこと言ってやがる!」
「あらっ、本当のことじゃない」
そうしてまたガミガミと喧嘩を始める二人。なんとか静止しようとしたが止められずその喧嘩は夕食の準備を終えた雪歩が戻ってくるまで続くのだった。
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