力の気配
一先ず魔獣プリバシャルの攻撃を退けたマサト達。だがそれで安心できる要素など何一つない。
遥か上空には、青い空に黒い染みを作り出している様な、プリバシャルの群れが旋回しているのを確認しているからだ。遠目で見る限りでも、先程襲撃して来た数等は、頭上の黒影に比べれば微々たるものだ。
「このまま警戒しつつ進むのが最善じゃの」
ユファの判断で、アイシュも実体化を維持したまま山頂を目指す。
一つ魔獣の厄介な所は、それが野生動物の特徴を強く持っている事にある。つまり、獲物を狙う際には気配を殺し、自然と同化して忍び寄る事が意図せずとも出来ると言う点だ。
これはマサトが使う「隠密」に酷似している。つまり魔法で気配を断つのではないので、その兆候を事前に察知する事が難しいと言う事なのだ。
ここはプリバシャルのテリトリー。不意の攻撃など十分に考えられる。なまじ知能が高い魔獣だけに、それを杞憂とする等有り得ないのだ。
マサトも断続的に「索敵」を使用しつつ、アイシュとユファが周囲を視覚で警戒しながら、彼等は通常よりもやや緩い速度で歩を進めたのだった。
だからマサト達がそれの接近を早々に気付いたのは、ある意味魔獣プリバシャルのお蔭だったかもしれない、と言うのは少し大袈裟だろうか。
マサトが断続的に使用していた「索敵」の網に、高速で近づく二体の生物が確認された。
「……!誰か……飛んで来る!」
反射的に「誰か」と言い切ったのは、そこに感じた魔法力が魔獣プリバシャルと明らかに違う事と、魔法を使用して飛んで来ている事が解ったからである。プリバシャルならば自らの羽根で飛ぶだろうし、その他に魔法を使い飛んで移動する様な魔獣は今の所見かけていない。
そしてその言葉にユファからの否定も疑問も起こらなかった。少なくとも「誰か」と言う表現に間違いは無かった様だった。
「速い!すぐここに来る!アイシュ、ユファ!早く俺の中に!」
彼が知覚する限りでは、もう十数秒でこの場に降り立つ事が予測された。ここで身を隠す為の魔法を使えば間違いなく察知されてしまうだろう。
今の段階でも魔法探知を使われていたのなら察知されていたに違いない。だが幸い相手は高速移動中だ。魔法を使い飛行なり高速移動なりを行っている最中に魔法探知する技術は今の所発見されていない。
今すぐ隠れれば、彼等の目を誤魔化す事も不可能では無いのだ。
彼女達は殆ど同時に頷き、淡い光を発してその場から消え失せた。と同時に、マサトの精神世界に出現する。
それを確認して、マサトは「隠密」を使用した。飛来した二人の魔法士が彼の元へと降り立ったのは、その殆ど直後だった。
マサトの「隠密」は、ミカヅキ家は勿論、“深淵の御三家”に措いても随一だ。いや完璧に近いと言い換えても良いぐらいだろう。
それは何も彼が特別だからだと言う事では無い。ただ背景として、彼が“エクストラ”として選ばれた事に起因する事は間違いないのだが。
「隠密」と言う技術を使いこなす者は“深淵の御三家”であればかなりの人数存在する。そしてその誰もが“一流”の使い手と言って差し障り無いだろう。
だがマサトの「隠密」に比べれば、やはり見劣りしてしまう。
勿論マサトが「隠密」に高い適性があった事は間違いない。だがそれだけでは無い理由が存在するのだ。
「隠密」とは何も、気配を消すだけの技術では無い。それだけでは魔力を頼りに見つけられてしまう可能性が高いのだ。
魔法が当たり前の世界で、魔力を感知しないと言う索敵手段は存在しない。それは個人差があれど、誰でも体内に魔力を有しているからだ。
探索魔法である「魔法探知」も、やはり人や魔獣が発する魔力を拠り所としている。この世界に生きる人間として「魔法探知」から逃れようとするならば、如何に自身の中で存在する魔力を抑え付けるかがカギとなる。
しかし現実問題として、魔力を完全に抑え込む事は不可能に近い。
例え限界ギリギリまで魔力を抑えたとしても、やはりいつでも魔法を使えるようにしておくのは、魔法の使える者ならば当然の事だ。最後の最後に頼る物は、間違いなく自身の魔法なのだから。
だが物心ついた時にはすでに魔法が使えなくなっていたマサトにとって、魔力を完全に抑え付ける事が出来ないと言う事は無い。
今でこそ「解放の儀」を済ませたマサトにも魔法を使う事は出来る。だが以前はエクストラ魔法でさえ使用できない“世にも珍しい魔法の使えない人間”だったのだ。
故にマサトにとって“魔法は無い物”と位置づけられていた。そして無いと決めつけている物に未練は無い。
彼は恐らく「隠密」を使える魔法士のなかで唯一、魔力を完全に抑える事が出来る人間なのだ。
飛来した魔法士がマサト達の前に降り立った直後「隠密」を発動したマサトは、気配も、そして魔力すらも完全に消し去り、近くにあった巨石の物陰に身を寄せた。物陰を見つけてそこに身を隠すのではない。巨石の日陰となっている部分に、そっと身を寄せただけだ。ただそれだけにも拘らず、二人の魔法士はマサトの存在に気付けない。視界の端にはその姿を捉えているのに拘らず、その存在を把握する事が出来ないのだ。
もし仮にここで「魔法探知」を彼等が行ったとしても、マサトを見つける事は出来ないだろう。魔力すらも感知できない状態なのだから。
「ここで魔法の使用が確認されたのは間違いないんだな?」
話を振られた男が考え込む様に答える。
「……ああ。魔法探知にその反応が確認されたのは間違いない」
答えられた男は、上空を見上げた。その視線の先には、未だ高高度で旋回を続ける魔獣プリバシャルの群れが確認出来る。
「……魔獣が獲物を仕留める時に魔法でも使ったんじゃないのか?」
確かに狩りをする魔獣が魔法を使う事はよくある事と知られている。この辺りには魔獣プリバシャルの他にも小型魔獣は生息しているだろう。
「かもしれんな。しかし魔獣が狩りに使うにしては大きな反応だったんだがな」
やはりどうにもその答えが腑に落ちないと言った様子だった。
「だが人影は無い。山を下ったか、あるいは魔獣にやられて巣穴に連れ去られたのか……どのみちこれより先は魔法探知の外だ。調べるにしても人手が足りないし、何よりもまず報告しなければならんだろ」
この言葉に話を振られた男が頷いて答える。
「そうだな、戻るとするか。しかし交通路を封鎖してからと言う物、この旧街道を利用する者が増えたな」
麓の方へと目を向けながら男が呟く。彼が見る先にはプラティア平原、その平原を超えた向こうにはボスケ森林がある筈で、更に東にはガルガントス魔導帝国がある。
「仕方あるまい。東方十一自治領、いや今は十自治領か。それらとピエナ自治領を結ぶ陸路で、この山脈を一番超えやすいのはこの街道なんだからな」
「そうだな。だから我等もこの街道に監視所を作った訳なんだが……さて、帰るとするか」
二人は最後までマサトの存在に気付く事無く、話を切り上げて頷き合うと、来た時と同じ様に飛行魔法を使い高速で西の方角へと去っていった。
偵察に来た魔法士達が完全に見えなくなった事を確認して、マサトは「隠密」を解除した。そしてそれを合図とする様に、彼の周囲に二つの小さな光が煌き、アイシュとユファのガイストが出現する。
「どうやらこの先にガルガントス魔導帝国の監視所なる物が設営されておる様じゃの」
開口一番、ユファが溜息交じりにそう言った。先程までここに居た魔法士達はガルガントス魔導帝国の魔法士で、この先にはその帝国がピエナ自治領への移動を監視する為に関所を設けているらしい。
「どうしよ?迂回する方がいいのかな?」
アイシュが不安気に意見を出した。このまま進んでもガルガントス魔導帝国の監視所がある事は明白で、今のマサト達にそこを正面突破で抜く事は不可能だ。マサトの疲労は既にピークを越えており、アイシュとユファだけで制圧可能であると言う保証は無い。
「とりあえずもう少し近づいてから決めても良いんじゃないか?」
だがマサトはアイシュの気遣いを理解した上で、可能な限りの進行を提案した。今すぐに別ルートを選択するのも手だが、それだとどう考えても大きく時間をロスしてしまう。それに監視所の規模によっては戦闘しなくても通り抜けるチャンスがあるかもしれないと考えたのもあった。ただこれは少し希望的観測が強く出ていた。
「そうじゃの。監視所の規模も、警備体制も解らぬでは判断のしようがないの。ここはもう少し進んでみる事が肝要じゃな」
今や纏め役の位置にあるユファが、マサトに申し訳ないと言った表情をしながら話を総括した。彼女の決定は疲労の極みに近いマサトに、更なる負担を強いる物でもある。気配を抑えて周囲を警戒しながら慎重に進むだけでも体力と精神力を消耗するからだ。
「それじゃあ行こうか」
しかしそれが解っていても、マサトは疲れた顔も、面倒な仕草も見せる事無く二人にそう告げた。
街道の頂上付近に差し掛かり、件の監視所を確認したマサト達。慎重に身を隠しながら進んできたことで随分と時間が掛かったが、途中で監視網に掛かる事無く、監視所に百五十メートル程の距離まで近づくことが出来た。
だがここから先は流石のマサトも近づくことが困難だった。何故ならこの先には身を隠せる障害物が一切なかったからだ。
マサトの使う「隠密」は魔法の様に姿を消す物では無い。あくまでも気配を周囲に同化させる事で“気付きにくくする”技法の一つだ。当然集中して注視する事で気付くことが出来る。
今まで「隠密」を使ってやり過ごす事が出来たのは、彼等が一点を注視するのではなく全体を視ていたからに他ならない。それでは「隠密」で周囲に溶け込む者を見つける事は困難なのだ。
だが監視所と言うからには、街道に警戒の目を向けている者が少なからずいる筈だ。
狭い街道で、それも一本道。監視する側にしてみれば、それ程労力を割く事も無く街道を警戒する事が出来る。
彼等の集中力にも因るだろうが、見つかるリスクが高い中で姿を晒す様な事は出来なかった。
「私がコッソリ忍び込んで見て来ようか?」
アイシュがそう提案する。確かにガイストは小型の魔獣よりもさらに小さい。忍び込み、様子を見て来ると言う点から考えると適している様に思える。
「止めた方が良いの。今は人の動きも活発なようじゃ。夜ならばまだしも、今お主が行く事はリスクが高すぎる」
だがその案もユファの言葉で却下された。万一今見つかって、監視がさらに強化されれば益々動きが取れなくなってしまうのだ。
「ここは一旦退いて、日が落ちるのを待ってから行動した方が良いようじゃの」
その言葉にマサトは内心ホッとしていた。実際このまま強硬に監視所を突破する案が上がっていたなら、マサトは異論を唱えていたかもしれない。
彼は自覚せざるを得ない程の疲労を感じていたのだ。それこそ最低限の動きを取る事が出来ない程に。
マサトの休息も兼ねて、ある程度距離を取り待機する案が彼等の中で採用された。
彼はこの場から離れる前に、最後の「索敵」を行った。
最低でも今いる人数を把握していれば、次にここへ来た時の対応に役立つと思っての事だった。
大きく展開した「索敵」に感知出来た、人と思しき反応は二十一人。その反応にはどれもそれなりの魔法士である魔力を感じる事が出来た。だが……。
「……なんだ?一人だけとんでもない奴がいる!」
彼の知覚した反応の中に、飛び抜けた魔力を有する存在がいたのだ。
「なんじゃと!?それは……」
マサトの不意な告白に、アイシュとユファも動きを止める。
「この反応は……十二聖天クラスかそれ以上だ!」
それは以前、彼と敵対したガルガントス魔導帝国の十二聖天が一天、チェニーピクシスと同等以上の魔力を有していると感じたのだ。
「そんなに強い指揮官がいるの……かな?」
アイシュが殊更に不安気な声で呟いた。彼女にとってもあの夜は、忘れたくても忘れられない悪夢の一夜であり、それを演出したチェニーピクシスには軽くないトラウマを感じている筈だった。そんな彼女と同等以上の魔法士が、敵の砦に存在しているとなれば彼女が怯えた風になるのも無理のない事だ。
「早急にこの場を離れて対策を練った方が良さそうじゃの」
やや慌てた風なユファが、即座に距離を取る様に小さく叫ぶ。彼女もまたあの夜の事は記憶に新しい筈だ。今もしエクストラ魔法士がこの場にいれば、あの時の再現となる可能性があると危惧した事は勿論、今のマサトにそれと対する事が不可能な事も理解していたのだ。
だが“監視”を続けていたマサトから、新たな驚愕の声が上がる。
「ちょっと待って!……これは……魔法士の反応が一つ……消えた……?」
彼が知覚している、監視所内にある魔法士と思しき反応が一つ、突然消え去ったのだ。しかもそれは、先程の大きな反応を持つ存在のすぐ近くでである。その意味は、マサトがすぐに思いつくだけで二つ。瞬間移動か、またはそれに類する魔法でこの場から消え去ったかもしくは……生命活動を停止したか……である。
「マサト!それはどういう事じゃ!?」
彼の呟きに、現状がすぐに把握できないユファが説明を求める。
「……これは……死……?」
確証は無いながらも、マサトがそう呟きかけた時、
ドーーーッン!
目の前の監視所から、突然火柱が吹きあがった。
監視所から天空に向かい、一直線の火線を噴き上げる光景を、マサト、アイシュ、ユファは言葉を発する事も出来ず見つめるしかなかった。
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