日常の中のワンシーン ―いつもと少し違った日―

 今日も秋は帰りにスーパーへ立寄り、一人分の食材を買って帰る。何日分とか多めに買うと、急な外食とかで腐らせてしまう事もあるのでしない。


 ただいま、と帰宅するとお腹をすかせた猫が向かえてくれる。ちょっと待ってねと言って中に入りキッチンに向かうと、猫もにゃあとなきながら付いてくる。秋と猫の『みい』は一緒に住んで二年。可愛くて仕方ない。買ってきた食材を冷蔵庫に入れていると、みぃがしきりににゃあにゃあとなくので、先に食事を与えてあげる。冷蔵庫に一通り入れ終わると、今日の食材と金麦を取り出す。


 秋の最近の楽しみは、みぃとごろごろするか、料理をしながらお酒を飲む事ぐらい。

包丁とまな板を出し、

まずタマネギをみじん切りにする。

フライパンにオリーブオイルをしいて、

牛と豚合い挽き肉を入れ、

更にみじん切りにしたタマネギを入れて炒める。

ここで金麦をプシュッ。

数分炒めたら、缶に入ったカットトマトをその中に入れ、

そのあとソース、ケチャップ、コンソメを入れて煮込む。

味見をして確認するや、何か足りないと思ったので、

最後に塩を入れてさらにぐつぐつ煮込む。

うん。これでミートソースの完成。

酒は炒めている時や煮込みの合間に少しずつ飲む。


 ところで秋の酒を飲む姿だけれど、料理の合間なんてだらしない。と思うかもしれないが、むしろ大胆で凛々しくみえる。自分の部屋でしか見せない姿で、職場の秋はどちらかというと少し引っ込み思案で目立たないタイプだった。

 これでも昔はとある大学のミスコンで優勝したことがあるほどで(といっても田舎の大学だけれど)、そこそこ男の間で人気があったものだった。

 綺麗というよりはかわいらしい女の子。今は手入れがめんどくさいので髪はばっさり切っているけど、昔はちょうど髪で乳房が隠れるくらいに長い髪を、よくベージュ色のシュシュでまとめてあげていた。

 身長は165cmと女性にしては高めで、体格は痩せていて、肩から脚まですらっとした身体。残念か、胸も含まれる。

 キツネ顔の顔付きで無表情な事が多いけれど、時より見せる笑った顔がかわいい。引っ込み思案でキツネ顔なスレンダー少女だが、恥ずかしい表情や時折見せる無垢な笑顔がとても可愛い。

 と、ミスコンの票を集めたのだった。そんな魅力ある女の子だった。

 それも昔のこと。


 よる遅くまで仕事をして家に帰ればこの有り様。今飲んでいる金麦を飲み終われば、食器を洗って風呂に入って眠りにつけば、また次の朝が待っている。


  ◆


 秋は朝が人一倍弱いので、いつも遅刻ぎりぎりに起きる。鏡を見て歯磨きをしながら化粧をするか、寝癖を直すかの選択を考え、ファウンデーションを軽く頬に、決して手慣れた手つきではなく、雑と言う言葉が似合うだろう塗り方をして、けれどアイラインだけは、はみださないように慎重に塗る。時計を見れば、「あーもう、こんな時間」

 寝癖そのままのぼさっとした髪の毛は、家を出た後、駅までの道のりで手でとかす。(これに乗らなければ遅刻する)山の手線に押し込んで入り、ドアに張り付いて間に合ったぁ、とため息をつく。

 毎日この繰り返し。


「アキー、そろそろ合コンとか行って彼氏見つけたほうがいいよ!」

 って、周りの結婚した友人は彼女に対して言うけれど、秋はこのルーチンワークに”出会い”を入れ混む事ができない。いや、考えられない。と言った方が正しいのかもしれない。そんな気持ちの余裕がない。土日は休みなのだけれど、一週間溜まった家事類をする事と、一週間溜まった疲れを癒すための睡眠にあてたら終わる。多分、マンネリ化した生活以外の活動をする精力が知らないうちに衰えたんだと思う。

 今の生活はあまり良くないって自分でも思っているけれど、ふと今乗っている満員電車の周りを見れば、皆同じような顔をしているので、ああ、人生ってそうゆうものなのかなって。なんだか一人じゃないんだって思うと救われた気持ちになって、考えるのをやめて目を瞑る。


昔はもっと色んな事を考えていたし、

やりたいことはすぐ行動できたし、

おしゃれにも気を使っていたし。


 それこそ彼女の思う、自分らしい生活をしていたのかもしれない。それが知らぬ間に出来なくなってしまった。けれど、変えようと思っても動けない。考えられない。本当にどうしたらいいのか、わからない。


 という考えに至るまでが秋という女の子の“本当のルーチンワーク”なのだった。


 けれど、この流れは永遠にこのままではなく、こんなものはふとしたキッカケで意外と簡単に変わることになる。というかそもそもロボットじゃないのだから、同じ生活をしているはずはないのだけれど、要は気づくか気づかないか。そんなところなんだろう。

 とかく、今回の秋の物語が始まったキッカケ。流れを変えるキッカケを作ったのは、彼女自身のふとした行動からだった。


  ■


  ≪ある夏の日≫


 それこそ満員電車がおっさんの汗臭い匂いで充満する猛暑の日。おお、この表現だけで夏の蒸し暑さと満員電車の悲惨さがゾクゾク伝わってくる。恐ろしい。全国のおっさんさん、変な描写の使い方してごめんなさい。

 あー話がずれた。

 秋もその四角い箱体の中に、いつものようにギリギリセーフで身体を押し込んだ。彼女が降りる駅は他の人があまり降りず、中まで押し込まれて降りれなくなる事があったのでいつもドアに張り付いている。汗だくの自分の身体が匂っているか気になるが、そんなことはどうしようもないわと思うと、ドア越しから素早く変わる都会の景色に目を向けた。しばらくぼーっと眺めていると、少し遠い車線に同じ方向で電車が走っていた。

 それぞれの電車は、この後十秒ほど並走する。この時、対面車両の中が見えるのだが、一応女の子の秋にとっては、早く過ぎて欲しい十秒だった。変な態勢でドアにへばりついているのだから、例え相手が知らない他人だとしても恥ずかしくて堪らない。だからいつも下を向いて過ぎるのを待っていた。


 だがその日の秋は、並走する電車を眺めていた。あちら側もそりゃあもう、かわいそうな程に満員だ。私と同じようにドアにへばりついている女子もいる。自分も同じような環境だと思うと切なくなる(むしろ私の方が酷い態勢をとっているけれど)。

 とか思いながら目を通していると、電車越しにいるスーツを着た男子と、たまたま目が合ってしまった。 いつもであれば恥ずかしいので直ぐに目線を逸らす。けれど、そのまま五秒ほど目があっていた。

 今日は週の半ばが過ぎた木曜日で、実は昨日の水曜日は会社の飲み会があり、その後、部屋に戻ってからも金麦を飲んだせいもあってか、酒が軽く残って頭がぼーっとしていたせいだろう。

 無意識のままに、見つめていた。

 そして目線を少しずらし、

 窓にはりついてた右手の形を、

 小さくピースをしていた。


——ガタンゴトン。


 その後、二つの電車はそれぞれの方向へと別れていった。秋はなんであんな事してしまったんだろうなあ。と少しは思っていたが、それよりも眠たい。暑い。臭い。これは私の匂いじゃないよね? 早く目的地に着いて。という気持ちの方が大きく、ピースした事はすぐにどうでもよくなっていた。

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