そうだ、あの子供エルフを今日の夕飯にしよう。

amurad

 そうだ、あの子供エルフを今日の夕飯にしよう。

朝方に降っていた雨はいつの間にか止み、夕暮れ近くになるころには大空はオレンジに染まっていた。

はるか頭上に広がる青葉から落ちる雨雫に俺は目を細めながら、夏の蒸し暑い空気満ちる森の中を夕飯となる獲物を求めて歩いていた。

周囲はゆっくりとではあるが薄暗くなりつつあり、木々の隙間に夜闇が淡く浮かび上がりはじめていた。それは俺に、もうそろそろ森の隠れ家へ戻るべきであることを知らせていた。

明るいうちはいいが夜の森は危険である。

いくら世界一夜目が利くオーガの俺といえど、夜闇から夜闇へ苦もなく渡る野生動物の動きにはついていけない。一端そうなってしまえば瞬く間に狩る側が狩られる側へと転落するのは火を見るより明らかだった。

多少焦りながら草木をかき分け、なんでもいいからと動くものを探していた俺の目にふいに奇妙なものが入り込んできた。

それはこのようなオーガの勢力圏に近い場所にいるはずのないものだった。たった一人でぼろきれのような布を纏って彷徨う子供のエルフ。

エルフは大きな森の中心となる聖霊樹の近くに隠れ里を作り、限られた者たちとしか交流しようとしないひたすら気位の高い鼻持ちならない連中だ。

だが、彼女らは力こそ弱いがそれを補って有り余る強力な精霊魔法を操り、オーガにとって中々やっかいな絶対の敵対勢力の一つである。

そのエルフの子供がどうしてこんなオーガの勢力圏の中で。そう疑問には思ったが、それを解明するにはあまりにも時間が足りなかった。背後からひたひたと夜の足音が近づく現状である。

そうだ、あの子供エルフを今日の夕飯にしよう。

世界一料理を極めたオーガの俺である。エルフを料理したことは未だかつてなかったが、やってできないことはないはずだ。

騒がれると仲間のエルフに見つかってしまうので一瞬で子供エルフの口を押さえながら小脇に抱えた。

子供エルフはいきなりの不意打ちに抵抗することもできずされるがまま担がれる。やっと自分が捕まったことに気づいたのか、俺の脇の下で暴れ出した子供エルフが異様に臭く汚いことに気づいた世界一神経質なオーガである俺は心の中でもう少し考えて捕獲するべきだったかと思いながら、隠れ家へと全速で駆けだした。



隠れ家に戻ると、嫌がり泣き叫ぶ子供エルフの服を脱がし、湯を張った鍋の中に放り込む。

必死にもがき鍋から出ようとするエルフを鍋の中で押さえつけながら料理開始である。火加減に用心して弱火でコトコト煮込んでいく。

エルフの体が真っ赤にゆであがるまでじっくり待ち、脱力したエルフを一端湯から上げて動物や植物の脂を塗りたくってからぎゅっぎゅと体を揉んでいく。

その後、余分な脂分を洗い流すと全身くまなく香草を塗りたくって味付けし、香草が剥がれないように一本の白布できつくグルグル巻きにする。

本来なら上手く香草の香りを染みこませるためエルフの体に浅めの傷を付けておくのだが、すでにエルフの体には沢山のアザや傷があり、その手間はいらなかった。まるで食材になるために生まれてきたかのようなエルフだと首をひねる。


身動きできないエルフの口に隠し味としてドロドロの米を流し込んだ。捌いた魚の腹の中に米をつめて蒸すアレである。

エルフの胃の中に収まったドロドロ白米がいい案配にこなれるまで少し時間が掛かるため、強制睡眠の魔法をかけエルフには眠ってもらう。無防備な寝顔だ。料理されているというのになんとものんきな体が哀愁をさそう。世界一笑い上戸なオーガである俺は、こんな手頃な子供エルフを一人にしたエルフの関係者たちの馬鹿さ加減を思い、笑いがこみ上げてくる。


しばらく時間が空いたので、世界一縄張りが広いオーガである俺は隠れ家から少し離れた縄張りの中に現れたエルフと人間たちを全員排除することにした。おそらく彼女を探しに来た者たちであろう。

ひ弱なエルフたちに襲われることなど問題ではないが、この隠れ家が見つかることは問題だ。

この隠れ家は、オーガの村で毎日起こる騒がしい喧噪を逃れ一人静寂を楽しむためにこっそりと建てたものである。

それなのに、この場所をエルフや人間たちに知られるということは、数だけは多い人間たちやプライドが高いくせに奇襲に長けるエルフ達に事あるごとに襲撃されることを意味している。そうなればここに隠れ家を作った本来の目的である、一人森の静謐を楽しむことなどできなくなってしまうだろう。

どうにかして隠れ家を隠せないかと考えたが世界一羅刹魔法を使うのが上手いオーガの俺ですら外部の目から逃れるような遮蔽術は使えない。もう日も落ちていたがこの場所が奴らに見つかるよりかはマシなので(それに自分の縄張りの中ならば夜出歩いてもそこまでの危険はない)仕方なく皆殺しにして隠れ家に戻れば、子供エルフの強制睡眠の魔法がなぜか解けていた。

俺の姿を見て固まる子供エルフを見ながら、昔おばばより聞いた、エルフは魔法がとても効きにくいという話を思い出す。

ため息がついて出る。

もしこの子供エルフに暴れられても俺をどうにかできることはない。だが、部屋がめちゃくちゃにされるのは勘弁してほしいため、ベッドを指さし、無言で首をねじ切ると脅す。

唖然としながら肩を落とすという器用な真似をした子供エルフがベッドに入った直後、かなり強めに強制睡眠魔法をかけ眠らせる。しばらく解呪されないか様子を見ていたが大丈夫そうだったので俺も居間に作った寝床へと身を滑り込ませた。世界一寝付きのいいオーガの俺にとって就寝に魔法など必要なかった。



次の日の朝。起きてよく考えれば、夕飯を食い損ねたうえにオーガには食エルフの趣味はないことに気がついた。世界一気分屋のオーガである俺は急に味付けした子供エルフに興味がなくなり解放することにする。やはり肉はオークに限る。しかも血が滴った生が。


服を与えシッシッと隠れ家から放り出した味付き子供エルフは、なぜか家の側から離れようとせず、昼から天気が崩れ雨が降ってきても隠れ家の軒下で震えていた。


この子供エルフがなにを考えているのかわからず、俺はしばらく窓からその様子を眺めている。

オーガはエルフ、人種族と長い間敵対してきたし、大規模な戦争こそなくなったが今も変わらず敵同士。出会えば即殺し合いが始まる。エルフを食う趣味はないが、俺も嫌なことがあれば腹を立て面白ければただ笑う世界一普通のオーガだ。敵対種族を虐げ、尊厳を奪うように飼うことに興味がないと言えば嘘になる。


幸いここは森深く、何者も滅多に現れない秘密の隠れ家。

子供エルフを見ながら、解放したときこの場から離れなかったことがどれだけ愚かなことだったのかを思い知らせてやろう。

逃げるなら今のうちだと言うように呻り最後通牒を突き付けるが、混乱しているのか、こちらのうなり声にまるで刃向かうように大声で喚く子供エルフを見てあきらめ、捕まえて抱えあげる。

今日から隠れ家でこの子供エルフを犬のように飼ってやろうと考えたのだ。

子供エルフを持ち上げると腕の中で目を大きく見開いてその腕を引きはがそうと暴れるが、子供、しかもエルフの腕力でオーガの腕をふりほどけるわけがない。

そのまま子供エルフを持って家の中に入ると途端に諦めたのか抵抗がなくなり、子供エルフの体から力が抜けていった。なぜか小さくすすり泣きはじめた子供エルフにとりあえず牢屋として俺の部屋を割り当てることにする。

まだ鍵もないので強制睡眠魔法で寝かせ、ベッドに横たえる。エルフが深く眠りについたことを確認すると、雨の中、錠前の材料を探しに森へ出た。


世界一この森を知り尽くすオーガである俺は、部屋の錠前は魔法で強化した単純な構造でいいだろうと乾き身が引き締まった倒木を探し、必要分だけ回収する。

ついでに夕暮れまで夕食の食材を集め、魔法の効力がなくなるころを見計らって家へと戻ると、ベッドの上でエルフは顔を赤くし苦しそうに呻いていた。大量の汗をかき、頻繁に咳を繰り返している。

長時間雨にあたっていたせいで風邪にやられたらしい。困ったやつだ。

だが、困ったやつであるからといって放置するわけにもいかないのが頭の痛いところである。病気になったペットを放置して死なせるなど飼い主の風上にも置けないし、今ですら香草の汁がベッドを汚しているというのにこのまま大量の汗をかき続ければ病気どころか体の切り傷も悪化させ、そうそう俺のベッドが膿と血でダメになるだろう。どうしたものか。



とりあえず、世界一ペットに厳しいオーガである俺は、どんな状況であろうとも主人のものを汚すことは許されないということを躾けるため、寝ていたエルフを起こすと汗だくになって汚れていた白布と服をはぎ取り、傷だらけで骨の浮き出た緑がかった裸体を組み伏せる。


どこにそんな力が残っていたのかまるで発狂したかのように暴れる子供エルフをそのまま力尽くで押さえ込み続け、自分のベッドにエルフの汗の臭いが染み付かないようにと黙々とエルフの体に滴る汗を湯に浸した布で拭き続ける。


桶のお湯が緑色に染まる頃になってやっと全身の汗を拭き取り終わると、自分のベッドをなるべくエルフの血で汚さないようにするためすりつぶした薬草を体中に塗布し、新しい白布でグルグル巻きにする。ついでに香草の汁で汚れたシーツを新しいものへと交換し、目を離した隙に暴れられても困るのでベッドに転がした上から俺が肌寒い日に使っている厚手の掛け布団を二重にかぶせた。


今の弱った子供エルフではオーガが使っている重めの寝具は撥ね除けられないと思ったが、苦悶の表情をしていたエルフの呼吸がしばらくしてゆっくり規則正しいものへと変化していくのをみて間違っていなかったことを実感する。一安心である。これでしばらくは動くに動けないはずだ。


病気になった子供エルフに一応の対処をした後、世界一手先が器用なオーガである俺は、作業場で錠前を作りながら誰が主人かを思い知らしめる躾けをするなら早いほうがいいのではないかと考えていた。しかしある程度高い知性のある生物の躾けなどやっかいごと過ぎて頭が痛い。

だが、世界一決断の早いオーガである俺は、扉に小さなつっかい棒を引っかける程度の錠前を完成させる頃になると、明日、朝一で子供エルフを調教することを決心していた。子供エルフが病気など俺には関係ない。嫌なことは早く終わらせることに越したことはないのだ。


次の日の朝遅く、牢屋になっている自分の部屋に出向き、子供エルフから体の自由を奪っていた掛け布団をはぎ取り、軽く子供エルフの肩を揺った。

最初こそぼんやりとして不思議そうな表情をしていた子供エルフだったが、自分の視界の中に俺の顔に気づいた途端、顔を朱に染め、そっぽを向いた。その姿はまだまだ熱っぽい様子を見せながらも毅然としたもので、子供とはいえ、さすが親しい者に対しても決して気を許さないエルフのプライドはたいしたものだと俺は感嘆する。病気にかかり体が弱っていてもその輝きに陰るところがまるで見えない。さすが自然に愛され、ともに暮らす選ばれた種族と言われることはある。

・・・・・・だが、一体その態度がいつまで持つか見物だと、世界一悪巧みをするのが好きなオーガである俺はクククと小さく笑った。


俺は子供エルフのベッドの横のサイドテーブルに次々と料理を運び込み、並べていく。ハーブのシロップあえ、秘蔵の豆腐餡かけ、根菜のおひたし、白い湯気を上げる白米リゾット、蒸鶏そぼろと豚肉炒め、切り分けた果物。焼、煮、蒸、炒、切。なんでもござれ。

世界一給仕が見事なオーガである俺によって部屋の匂いが次から次へと塗り替えられ、そのたびにそっぽを向くエルフから大きな腹の音が鳴り響く。


俺はゆっくりとベッドの側まで移動すると、リゾットを掬い、湯気を上げるスプーンを子供エルフの口元へ持っていく。お前はこれからお前たちがさげずむ穢れたオーガの手によって無理矢理食事をさせられることを思い知らせようという狙い。

しばらく非常に強い勢いで不快に顔をゆがめていた子供エルフだったが、所詮、まだまだ子供である。千差万別に切り替わる湯気を上げる料理の数々が子供エルフの尊厳を完膚無きまでに破壊するのにまったく時間はかからなかった。

腹をぱんぱんに膨らまし、あっという間に寝入ってしまったエルフを再び厚布団で拘束し、空になった皿を片づける。

さすが世界一なんでもそつなくこなすオーガである俺。見事な手腕だと思うがどこもおかしくはない。



日が落ちてから目を覚ました子供エルフに、世界一仕事が早いオーガである俺は扉に錠前を取り付け、鍵を渡した。ベッドで起き上がり、きょとんとする子供エルフに、実際にやって使い方を教える。世界一教師に向いたオーガである俺、抜かりなどあるはずがない。もちろん二度目の調教も行った。もはや子供エルフに抵抗のての字もない。


そうして俺は飼い主の義務として毎日子供エルフの衣食住の世話と怪我の手当を行い続けた。

風邪はそうそう治ったのだが、子供エルフは出歩けるようになっても野生の小動物のようにこちらを強く警戒するような目付きをして部屋から出てくることはなかった。

だが、数日もすればそれもなくなって家の中をよたよた歩き回るようになり、最近では何かにつけて引っ付いてくるようになっていた。さすが世界一ペットに懐かれるオーガである俺の手腕、見事である。


ただあえて一つ気になることと言えば、慣れすぎて子供エルフに遠慮がなくなったことか。食事や就寝のために寝かせようとするときには目を輝かせるが、子供エルフにとってなにか気に入らないことがあったらすぐに機嫌を悪くし、へそを曲げる。少し叱ったこともあったがまるで効果がない。これだからプライドの高い生き物は扱いに困るのだ。世界一気配り上手なオーガである俺ですら頭が痛い問題だった。


十日ほどたったころだろうか。薬草を塗り直すとき子供エルフの体の切り傷がしっかりとふさがっていることに気がついた。

もう風呂に入ってもいいころだろう。子供エルフの濃い薬草汁と生き物特有のすれた匂い、そして元々の悪臭が交じり合った酷い臭さに顔をしかめる世界一鼻のいいオーガである俺は考える。


隠れ家には大浴場も完備している。世界一居住環境にうるさいオーガの俺は大きな風呂がなければ生きていけないと言っても過言ではない。

俺は風呂場に行くとあっという間に風呂を沸かし、子供エルフを入れるついでに一緒に入ることにした。湯船は村のやつら数人でも余るように設計していたため二人入ってもまだまだ広い。

子供エルフはどこかおっかなびっくり様子だったが、俺は手招きして世界一風呂好きなオーガとしての腕を披露して安心させることにした。


石鹸で泡立てた布を使って薬草と体の垢をそぎ落とすころには緊張も解けて体から力が抜けていた子供エルフだったが、俺が風呂にでも入ろうと立ち上がったとき、ふいにその表情がこわばり、真っ青になっていった。

今まであまり見なかった反応に世界一察しのいいオーガである俺は子供エルフを観察する。

子供エルフの視線がどこかに釘付けになっているようだった。

首をひねりながらその視線の先をたどると、そこにあったのは俺の股にぶら下がった一本の棒。棒といっては失礼か。

俺はぴんとくる。

世界一子供を驚かすことが上手いオーガあり、同時に世界一デリカシーのないオーガでもある俺は村で一番の美人オーガの裸体を思い出しながら、俺の一物を見て震えている子供エルフの前で胯間を強調するポーズを取ると、むくむくと雄々しく全力勃起させる。

邪悪なダークフォースをまとった天を穿たんとする自慢の一物をゆっさゆっさ揺らしながら子供エルフに最高の笑顔を向ける俺。

俺は、見事に固まった子供エルフのほほに棒で往復びんたをべしべし繰り出し、ぐははと笑う。

直後、俺の一物にとんでも無い数のウォーターマジックアローが全力着地することになるとは、世界一カンの鋭いオーガである俺にも察知できなかった。


あれから子供エルフはこちらをガン無視している。

家の中はまるで葬式の真っ最中のようである。

食事だけは一緒にとるが俺が料理を並べると匂いに部屋から出てきて一人でさっさと食べ始め、俺が慌てて自分の分を用意して食べ始めるころには子供エルフは自分の分を食べ終えてとっとと牢屋に戻っていく。これを一緒に食事しているといっていいのか。世界一分厚い面の皮を持つオーガである俺ですらHPはもはやゼロに近い。さすがに風呂の一件はやり過ぎてしまったようだ。世界一後悔の似合うオーガである俺、猛省である。



子供エルフが口をきかなくなって数日たった。

朝、森へ獲物を探しに出た俺だったが、今日は一匹の鹿や兎にすら出会うことがなく、昼ごろにはどうやって子供エルフの機嫌を直そうかと頭をひねるようになっていた。

世界一子供に好かれるオーガであるはずの俺であっても、なにをしたところでどうにもあの子供エルフの機嫌が直る姿を想像できず煩悶とする。

ちょうどそんなときのことだった。

少し前までただ広いだけの平原だったところが、見る限り一面、真っ白なシロツメクサで埋め尽くされていた。この森では、このような森の禿げた場所に、なんの悪戯なのか、年に数回このような花畑ができることがある。幸運にもその場に出くわしたようである。

世界一誰かを宥めることに長けたオーガである俺、いい考えが思い浮かぶ。

そうだ、これで花かんむりでも作っていってやろう。そういえば村で女の子がこういうものを作って楽しそうに遊んでいた記憶がある。

俺はせっせと花かんむりを作り始めた。こんなもの世界一刺繍上手なオーガである俺にかかればたやすいことでる。

見事な花かんむりを一つ作り、その出来にほれぼれしながら立ち上がったそのとき、後ろから声をかけられた。

「失礼いたします、オーガ殿。あなたはこのあたりに家を建てて住んでおられるオーガ殿ですね?」

その声に振り向けば、武装した大勢のエルフに囲まれていた。声をかけてきたのは、その中でもエルフ達を従えるように花畑に立つ厚手の白ローブを着たエルフだ。エルフ達はぱっと数えて十人程度。俺の相手をするには少なすぎて話にならない。

ただ、穏和な笑みを浮かべるその隊長エルフに、世界一組み手の上手いオーガである俺の眼力が隠しても隠し切れない血の滲むような訓練で培ったと思わしき見事な身のこなしを見抜いていた。

正しい努力は決して自分を裏切らない。彼女は中々の腕であるように思える。それでいて、世界一奇襲察知能力の高いオーガである俺を知らないエルフが、無防備に見えたはずの俺を見て奇襲してこなかった。なかなか見所がある奴が現れたようである。

俺は隊長エルフにそう評価を下す。そんな目利きされているとは知らない隊長エルフがかまわず口を開いた。

「我が種族とあなたの種族はこれまで出会えば必ず殺し合いをしてきました。ですが、信じていただきたいのです。今の我々はあなたに敵対する意思はありません。それ以上に、あなたにお願いがあって参りました」



子供エルフは隠れ家の居間で悩んでいた。

あの日以来、まともにオーガの顔を見ていない。

何度かあのときのことを忘れ許してやろうと努力したことはあったが、オーガを見るたびにあの胯間に生えたドオオンが脳裏に浮かび上がって自然と私の視線が股間に落ちていくことに気づき、私の心を苛んだのだ。

それに、だけど、それは。決して私が悪いわけじゃない。

命の恩人で私をなにも言わず保護してくれたオーガだとはいえ、あの風呂の行いは酷すぎだろう。どうして私があんな、あんなっ、あんな……! ……でぶたれなければならないのっ……!!!!

でも、そろそろちゃんと普段通りにしないと嫌われてこの家から放り出されるかもしれない。それだけは嫌だ。嫌だ。あの汚らわしい笑みを浮かべる人間も、濁った目を輝かせる同族も、私を助けてくれなかったお父さんもお母さんも嫌、嫌、嫌!

子供エルフは、まるで体をはいずるかのようなソレを振り払おうと頭を左右に振った。

オーガが帰ってきたら今まで通りに戻ろう。ちゃんと出迎えよう。

私に不審がられないような態度が出来るだろうか。なにかを企んでいると思われないだろうか……。

私がどれぐらい決心を固めていたか。いつもならそろそろ帰ってくるかな、と思うぐらいの時間になって、この家の玄関の扉が開いた音が聞こえた。

私は息を呑む。できるだろうか。ちゃんともう許したことを伝えられるだろうか。

不安が胸に渦巻く。これではいけないと必死になって体の緊張をほぐそうとする。

そんな心構えに手間取る私に時間は待ってくれず、いつものペースで居間の扉が開いた。

椅子から立ち上がりとっさに作り笑顔を作った私は、居間にはいってきた人物を視界に収めて文字通り固まる。

居間に入ってきたのはオーガではなかった。

それは武装した人間の男。

浚われ殴られ嬲られて、痛みでのた打ち回る私を眺めて本当に楽しそうに笑う人間の声が脳裏に爆発する。体が魔法でもかけられたかのように動かない。恐怖で喉の奥から声が漏れそうになる。

そんな私を見て、にやにやと口角を上げる男がゆっくりと手を伸ばしてきた。

私は恐怖に頭がいっぱいになって指一本動かせない。



俺は隊長エルフに話を促した。

隊長エルフが小さく頷いた。

「私どもは隠れ里より浚われたエルフたちの救出を任として外に出た者たちです。あなたが最近エルフの子供を保護したと聞き及びました。その子は我らが里よりさらわれた子供である可能性が高いのです。どうか我らにその子をお返しくださいませんか?」

「知らんよ」

俺はその言葉を一刀の元に斬り捨てた。

「どうすればお返しくださいますか?」

俺はその言葉をもう一度一刀の元に斬り捨てた。

「あれは俺のペットだ」

一瞬だけ隊長エルフの表情に憎悪に近い怒りの感情が浮かび上がったのを、世界一様々な顔色を見続けてきたオーガである俺は察知する。

だが、隊長エルフはすぐその感情をごまかすようにやれやれと小さく息を吐くと、

「……そうですか……」

だが、そういう態度の端々にはごまかし切れていない妙な気迫のようなものが見え隠れしている。

「我らはある程度の実害を度外視してもさらわれた者たちを取り戻したいと考えています。例えば、今でいえば、あなたと、オーガの方と交渉してまでも」

後方に控えていたエルフたちが全員抜刀する。脅しのつもりか。いや、エルフとオーガに脅すなどという文化はない。いつでも襲える準備をしたといったところか。

細い両刃の長剣が日の光を反射して煌めく。しかし何の冗談なのだろうか。あんな細い剣が世界一堅い肌を持つオーガである俺の皮膚を切り裂けるものか。

「ペット、というのでしたら見目麗しい人の子と交換してはくださいませんか?」

「いらん。世界一多人数戦闘に造形の深いオーガである俺に皆殺しにされたくなかったらとっと帰って忘れろ。そうでなければあの子供エルフを追ってきた人間とエルフたちの後を追うことになる」

「……!」

目の前の隊長エルフの顔色が変わり、後方のエルフたちが揺れた。

一瞬声を詰まらせた隊長エルフはだがすぐに冷静を取り戻し

「……その者たちの死体は、まだ残っていますか?」

「もう獣に浚われているだろう。なんだ? 強力な聖霊魔法の力を頼りに森と共にいきるお前達に死者を弔う風習はないと聞いているが。死ねばその肉は魔法ですぐに森へと還すんだろう?」

「そうですか……それは本当に残念です。いえ、その者たちは隠れ里に人を呼び込み、エルフを浚う手引きをした里の裏切り者たちです。我々は第一にエルフたちの奪還を目指していますが、それ以外にも裏切り者たちを見つけ出し、粛正する役目をも負っています。彼らの身元を調べ裏切り者の大本が誰なのか知りたかったのですが……」

俺はあまりのくだらなさに小さく鼻を鳴らす。

なにかと思えばエルフの内輪もめが俺のところへ飛び火しただけのことだった。世界一温厚なオーガである俺もこれには苦笑いだ。

「そうか、それはそちらの都合だ。時間を無駄にした。俺は帰る。お前らも帰れ」

俺は作った花かんむりをズボンポケットに入れると

「今回は見逃す。だが、次、このあたりに近づけばお前達は死ぬ」

それにあわてたのは隊長エルフだ。

「お、お待ちください! なにが……いえ、どうすればあの子を返して頂けますか!?」

それはなぜか切羽詰まったというよりも、不条理を嘆く悲しみに染まった声に聞こえた。ほんの少しだけその声色が気になって俺はその隊長エルフに口を開こうとしたそのとき、

「あれあれあれー? おいおいおい、まだ終わってなかったの?」

ふいに森の奥からお気楽な人間の声がした。



「これだからエルフってやつは脳タリンって言われるんだよ。こんだけ人数差あるんだからとっとと押し潰しゃいいだろ」

その声と同時に、俺の背後の森の中から皮鎧で武装した大勢の人間たちが姿を現した。声はその先頭に立つにやにや笑う見ているだけでカンに触る男からだ。

俺は驚く。人数でいえばエルフの部隊などお話にならない数。百人は越えているだろうか。これだけの数がこんな奥地にこれるとは。さすが人間。森の獣たちにすら相手にされなかったのか。人間とオーガ、エルフの言語はすべて違うためこの男がなにを言ったか一つもわからなかったが、このにやにや人間の吐く言葉は例えどんな美辞麗句を並べていたとしてもきっと気分が悪くなったに違いないと俺は考える。

「え、人間!? どうしてこんな森の深くに!?」

隊長エルフが驚きの声を上げる。回りを囲むエルフの部隊でも何人かのエルフたちが困惑し、周囲を見回していた。

そんな中、エルフ部隊の中から一人の男エルフが隊長に近づいていく。その男エルフが隊長エルフのそばまでくると

「いや、すまん。まさかエルスがオーガごときと交渉をはじめるとは思わなくてな」

と男に向かって言葉を発した。なにを言ったかわからなかったが、男エルフの言葉に隊長エルフが目に見えて動揺するのがはっきりとわかった。

「あ、あなた……? これは一体? どういうことなの? どうして人間たちが……」

「ああ、エルス、心配するな。ちょっと予定からずれたが実は最初からこういう段取りだったんだよ」

「どういう……ぎっ!?」

無造作に抜かれていた男エルフの長剣が隊長エルフを背中から刺し貫いていた。

後方の女エルフたちが小さな声を上げる。だが隊のほとんどをしめていた男エルフ達は動じず困ったように薄ら笑いを貼り付けて隊長エルフをさした男を見ていた。

口から血をこぼしながら、地面に崩れ落ちる隊長エルフ。見たところまだ生きている。だがその目は見開かれ、放っておけばあまり長くないのは見て取れた。だが、その表情に死への恐怖は浮かんでいない。ただただ問いかけるように男エルフを凝視する。

「ここから先のことはもう考えなくていいぞ。今までご苦労さんだったな。一人しか生ませることができなかったのは残念だが新しく里の誰かを娶ればいいことだ。まあお前は気立ても良くて根性も座りなによりプライドだけ高いエルフの中で優しかったよ。ほんんっとうにできた優秀な嫁さんだった。・・・・・・ああ、夜のほうも最高だったぜ」

オーガの俺にはなにを言っているのはさっぱりだったが、世界一目を口ほどものを言うことを体験したオーガである俺は、隊長エルフの瞳に理解と絶望の色が見えたことによってろくでもないオチが付いたのだろうことには気づいていた。

「おい、他のやつらは傷つけんなよ。売り物だからな」

男エルフ達が是と声を上げ、混乱し動揺する少数の女エルフ達を束縛していく。

俺はその様子を眺めながらひっそりとため息をついた。

世界一状況を見抜くオーガである俺にもよくわからないが、単に無関係な話に巻き込まれ、そのひどい結末まで見せられただけなようである。ほんとにこんなだからオーガはエルフも人間も嫌いなんだ。

やれやれだ。隊長エルフしかオーガの言葉は話せないのだろうから、もう我慢しなくてもいいだろう。馬鹿なやつらめ。敵対種族の前でお遊戯か。世界一異種族を殺したオーガである俺だ。これから俺に歯向かうやつは全員死ぬ。



木々を砕き、岩を割り、大地を引き裂く。森がどんどん壊れていく。

エルフたちにはそのオーガの姿はまるで生まれ落ちた自然の猛威の化身に見えた。

隊長エルフを刺した男は最初に頭を粉々にされてあたりにばら撒かれた。

次に向かってきた男エルフたちは腕の一振りで胴体が二つに裂けた。

ひと飛びして、女エルフを拘束していた男エルフたちを一発の拳で命を奪っていく。

その姿にガチガチ震えるゆるふわ髪の女エルフが向けてきた剣を握って砕く。

これで抵抗できまい。残りは人間達だ。

世界一察知範囲の広いオーガである俺は人間たちの包囲がどの程度までかしっかり探知していた。人間がオーガに対するには百人では桁が足りない。おそらく、この部隊は最初からエルフの部隊をどうにかするために集められたものだろう。俺に会わなくてもエルフの部隊、というよりもこの部隊はこうなっていて、隊長エルフ以外の女エルフたち全員がこのような運命をたどっていたはずだ。

俺が動けば、どんどん人間が死んでいく。すでに包囲は崩れていた。

そんな中で人間たちが焦った表情をしてなにかを叫んできた。

見れば、一人の髭だらけで下から睨め付けるような顔つきをした男がなにかをこちらにぶら下げてくる。

「む」

ぶら下げられたそれはあの子供エルフ。いつの間に捕まったのか、男の手の中で震え、こちらへ必死に助けを求める視線を向けている。

そんな子供エルフの首筋にナイフがつき付けられた。

俺の動きが止まったことに人間たちが気色ばむ。

世界一不利な状況を楽しむオーガである俺だが、これはとびきりだと考える。

下手に動けば子供エルフを害される。ペットを守るのは主人の義務である。動くに動けない。

人間達は、そうして足を止めた俺を一斉に囲むと、同時に襲いかかってきた。

剣が次々と体に突き立てられる。

俺の体中に剣を生え、代わりに血が吹き出す。体中から力が抜けていく。

さすがにオーガも無敵の体を持っているわけではない。斬られれば傷付く。これは本当に不味いかもしれない。

血が抜けるにしたがって視界が暗くなっていく。

こんなときだというのにも関わらず俺はなぜかポケットへと手を伸ばそうとして、途中で力尽きた。



その一部始終を子供エルフは見ていた。

子供とはいえ、なにもわからないほど幼いわけでもない。自分のせいでオーガは抵抗できなくなったことも理解していた。

体中に剣を突き刺されたオーガが倒れ、人間達が勝ちどきを上げる。

歓声の中、捕まった女エルフたちが人間達の前に連れ出されていく。

狂乱が始まる。子供エルフの拘束が外れ、人間たちの手は代わりのものへと伸びていく。

死線をくぐり抜けた人間達に供されるのは、戦利品としての見目麗しいエルフ達。


血だまりの中に沈むオーガにすがりつく子供エルフ。

血まみれになろうが関係なかった。

もはやなにもかもが遅すぎた。泣いても叫んでもどうにもならなかった。


世界はどうしてこんなにも辛いのだろうか。


森と共に生きるエルフの一族。

もっとも貴き血脈にして世界に唯一愛される知性ある者。

愛なんてものに一体どれだけの価値があるというの。

世界に愛されてどうなるというの。

そんな子供エルフに世界は黙って答えを見せる。

子供エルフの前には血に沈む動かなくなったオーガを。

その視界の中にオーガのズボンのポケットから形の崩れた花かんむりを落として。


伏したオーガに寄り添う子供エルフの表情に様々なものが浮かび上がった。

その奥底に見えるのは敵対していたオーガに助けられて暮らした日々の思い出。異種族で違う言語。決して届かない言葉。思い。

知性あるものの声とは思えぬ声が胸元から絞り出されるように漏れていく。

「・・・・・・ああ、あああ、ああああああああ、あああああああああ……!!!」

ただ一色に染まった悲嘆の声。

ひたすら。ひたすら。

胸がつぶれるような思いが子供エルフの喉から溢れてこぼれて消えていく。


子供エルフの元に世界中から魔力が集まりはじめていた。

それは、たった一人の少女を慰めようと寄り添う世界の姿。

子供エルフが膝をつく大地から。森の中心にそびえる長老木が流した一滴の蜜から。遠方で風にそよぐ草木から。世界の果てに咲く一輪の小さな花弁から。


膨大な魔力が集い、高密度の魔力溜まりを形作る。


その魔力溜まりを目印として、突如、沢山のゲートが開いていった。

顔を上げた人間達の目の前で続々とゲートより現れたのは武装した赤銅色のオーガたち。

年老い、ねじくれた杖で曲がった腰を支える老オーガが大きく目を開いた。

「おやおや。大魔獣でも生まれたのかもしれぬと来てみれば」

「おっほ、これは驚いた。若が死にかけておるよ。明日は神罰でも降るかもしれないねえ」

「末えのばば様。あれは新しい遊びなのかもしれないぞ。世界一の」

「姉者ー! 姉者ー! 一族の者がうずうずしておる。はようなんとかせよ!」

「やれやれ。われの一族はせっかちでいかんのぉ」

そんなオーガたちの中より歩み出た最も年老いた老オーガがしぶしぶといったていで杖を掲げた。だが、その喉から発された一声は、まさに大陸最強の戦の申し子として名高いオーガに相応しい怒号。

オーガが皆殺しの戦に赴くときに上げる雄叫び、ウォークライ。

狂乱の場が瞬く間に殺戮の場へと浄化されていく。


呆然とその成り行きを見送っていた子供エルフの頭に、ふいに花かんむりが乗せられる。

形が崩れた真っ白なシロツメクサの花かんむりに驚いて顔を上げた子供エルフが見たもの。それは----。



世界一傷の治りの早いオーガである俺が本調子に戻るころには隠れ家に平穏が戻っていた。

だが本来得ようとしていた静寂については世界一聡いオーガである俺でも首を傾げざるを得ない状況にあるといってもいい。

というのも、あの一件以来、隠れ家にエルフが増えたのだ。その数、四人。

一人はあのとき刺されたがなんとか一命を取り留めた隊長エルフ(なぜか子供エルフと非常にぎくしゃくしている)。残りはあのとき隊にいた女性メンバーだ。結局、子供エルフとあわせてあの場で生き残った者たち計五人が俺の隠れ家で暮らしている。

村の何人かに一人でもいいから引き取ってくれといってみたのだが、見事に全員に拒否された。中にはさすがにゲテモノと暮らす気はないとまで言ってくる友もいた。

俺の村長としての権力は一体どこにあるのだろうか。

そんなある日、世界一悪戯心を忘れないオーガである俺が、決して腹いせ混じりではなく純粋に出来心であの子供エルフを激怒させた悪戯を四人に仕掛けてやった。

大浴場で一人になるのを見計らい乱入したところ、短髪は両手でがっちり握ると膝で折ろうとし、ゆるふわ髪はは躊躇することなくかじろうとし、黒髪は完全に無視しながらまるで笑ってない笑顔を浮かべ、未だ傷の癒えないストレート髪の隊長エルフは心底真面目に困惑した表情を浮かべた。

世界一不死鳥な心を持つオーガの俺の心は見事に四度灰になった。


そして当然のように子供エルフにその悪戯が知られることになる。しばらくの間隠れ家の中では、下手くそなオーガ語で怒りに震える子供エルフに拙いエルフ語で謝罪する世界一腰の低いオーガの姿が見られたという。

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そうだ、あの子供エルフを今日の夕飯にしよう。 amurad @amurad

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