Ending B ~神王~
そこは暗い部屋。
窓は閉め切られ、天井からは燐光を発する氷柱が幾本も垂れ下がる。
部屋に置かれているのは椅子が九つだけ。
円形の部屋の中心には玉座。残りの八つはそれを円形に取り巻く。
椅子の背には、アトラテアン語で大きく銘が彫られていた。
玉座の正面から時計回りに、
〈
〈
そのうち〈大教授〉と〈大領主〉の二つは空席。
残りにはそれぞれなにがしかの人物が座る。
そして玉座には痩せぎすの少女が一人、裸体に自らの緑髪を衣服の代わりにまとって、ゆったりと背を凭せ掛けていた。
少女は髪を気だるげに弄ぶ。
それを映す瞳は深い紫。
「それで〈大僧正〉。それ以上の申し開きはないのかい?」
〈大軍観〉の席に座る若い女性が、右隣に揶揄するような声を上げる。
「申し開きだと? 吾輩は真実を述べているのである」
応じる山羊ヒゲ老人、セルは忌々しげに手にした杖をならす。
対する〈大軍観〉は、せせら笑うだけだ。
「はっ、方面軍一つ潰した理由が同士討ちだって? 笑わせるね」
「同意しますわ姉様。
〈大僧正〉は所詮文官、軍の指揮など執れるはずがない。
自らの失策を他者のせいにするなど言語道断、恥を知ればよいのですわ」
〈大軍師〉の席から上がる軽蔑もあらわの冷たい同意に、セルは怒りと歯がゆさで顔を引きつらせた。
「おやめなさい、三人とも」
正面右手の三人に、玉座の少女が白く細い手を差し伸べる。
金属のベルを叩いたようなその声色には、何の感情も見いだせない。
「私の前で争わないで、悲しくなるわ。
セル?」
「はっ、
「あなたがどれほどの働きで私に報いようとしたか、〈
よく頑張ったわね」
まるで子供をあやすように、神王と呼ばれた少女は穏やかな微笑みをセルに向ける。
「もちろんティジが何をしたのかも私は知っているわ。
おいでなさい、ティジ」
少女に呼ばれ、真後ろに座っていた黒い鎧の騎士が立ち上がった。
全身からユラリと尾を引く黒い霧に、方々の席から潜み声が上がる。
「なんじゃ、まだ傷負いかの」「無粋な」
「哀れなもんだ」「口ほどにもありませんわ」
進み出た黒騎士が少女の、神王の足もとに傅く。
「あなたもよく頑張ったわ。でも、もう少し兵を大事にしてちょうだい」
少女の髪がスルリと伸び、無数の蛇のように騎士の鎧を這う。
それが黒い霧を癒し、また鎧をはぎ取って〈喰って〉いく。
「あなたへの罰は、しばらくのお休みよ」
そう言って神王の髪が戻れば、そこには赤金の髪の少女が傅くままに白い裸体をさらけ出していた。
青い眼が怒りに燃えている。
「その怒り、その想いはいずれ果たさせてあげるわ。
今はお休みなさい。セルも今は身体を休ませなさい」
「ははっ!」
〈大僧正〉が平伏する横で、〈大軍観〉の席から女性が立つ。
「神王さま、あの〈反抗者〉はどうするつもりですか?」
「今のところは放っておきましょう。
今度のように藪をつついて、また蛇が出ては困るわ」
「それは見つけても手出しするな、という意味でしょうか神王陛下」
〈大軍師〉の席からも女性が立つ。
燐光に隣り合う二人の顔はよく似ていた。
それを受け、神王は〈大騎士〉の背中を猫のように撫でながら、ふむ、とうなずく。
「いえ、そういう意味ではないわ。
〈八神将〉もそれぞれの役目があるでしょう。もしそれに障りがあるようなら、処分はお任せするわ」
神王が手を鳴らす。
席から全ての人物が立ち、中央の少女に一礼する。
「ワシらの所には来んじゃろうがのぉ〈大比丘尼〉よ」
「楽観、わたくしにはその言葉ありませぬ〈大神官〉」
左手の二人が言葉を交わして空気に消える。
「ま、こっちに来たら可愛がってやるさ」
「私たちの敵ではないですわ」
右手の姉妹も笑い合い、手を取って空気にとけ込む。
残されたセルはティジと神王に目をやるが、白い手に退出をうながされると一人で部屋を出て行った。
扉が閉じられる。
神王はスッと立ちあがると、いまだ傅く裸体の騎士を冷たい床に押し倒し、自分の身体を重ねる。
「さあ、見せて……貴女の怒りを」
神王の手が騎士の身体を這い、氷柱に灯された燐光が消える。
粘りつく濃い闇が、重なり合う少女たちを覆い隠した。
銀の腕のダイタンオー じんべい・ふみあき @Jinbei
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