Chapter6 ⑦
その戦いをどう表現すればいいというのだろう。
アデルは雲を裂いて戦う機装たちを見あげ、ただひと言つぶやいた。
「美しい」
横ではシンディがハンマーを担ぎ、同じく空を見あげている。
「まるでスィッズの竜退治……」
おとぎ話に
二匹の竜は英雄の知略によってその正体を現し、互いに争って空へと上る。
雲を散らし天を薙ぐ争いの末に、二匹は子豚となって酒桶に落ちて眠りにつき、英雄はそれを封じてスォイゲルの守り神とした。
黒と白、二匹の竜は今まさに天を巡って争っている。
方やコウモリの翼と闇色の槍を持ち、方や赤、白、黒、三色の尾を引いて空を駆けめぐる。
「だがシンディ、おとぎ話ではどの竜も人を害する魔物。しかしあの白い竜は」
「ええ、きっとスィッズの封じた守り竜です」
銀の
***
綿雲の頂から急降下。黒い機装の
羽の付け根に背負われた赤黒い宝玉へと刃が突き当たり、貫通せずともその表面にヒビを入れた。
翼をひるがえして上昇に転じる敵。
それを追って……『僕』は空を駆け上がる。
〈ダイタンオー・ナイト・オブ・リボン〉
トリッキーな攻撃をメインとした軽装形態。
空を舞うためのスラスターはないが、なお自在に、もしかするとより敏捷に動くことができる。
なぜなら
「リボン四番の軌道を敵追尾に、二番と七番を並走させて」
「オッケー!」
全身のエフェクターユニットから放出される光のリボン〈
〈
敵が翼のせいで動きを制限されるなら、こちらは地上と変わらぬ敏捷さでリボンを踏んで易々とその背後を取りつづけられる。
「〈神姫武装:
「モード・キューピッド!」
左手の
狙いを付ける必要はない。
「「〈ハレルヤ〉!」」
順次放たれた五本の矢は翼を広げ、光の十字架となって敵を追尾する。
そして翼の薄膜を次々と射貫いた。
落ちる高度にコウモリが青炎を噴いて対抗し、振り向きざまに
しかしそんな苦し紛れは形を戻したマン・ゴーシュに阻まれ、逆に空いた肩に僕のレイピアが突き刺さった。
「敵に〈
「リボン集中展開・防御陣形〈
差し違え覚悟か、両者ほぼ密着した状態で開かれる竜の
しかし彼我のわずかなすき間にリボンが幾重にも入りこみ、放たれた光輪を受け止める。衝撃波に変わったそれを虹色の壁が受け止め、しなやかにたわんで全て敵に送り返した。
綿雲を吹き散らしながらはじき飛ばされた黒の機装は、しかし破片を散らしながらも翼を広げて体勢を立て直す。
僕はダイタンオーの動きを自分の事として感じながら、同時に操舵宮の中で互いを抱くカルネと視線を交わす。
「けっこうダメージ行ってるわりに、堪えた様子がないね」
「うーん、〈想素〉のプール量が半端ないみたいだねコウモリちゃん。
こっちより自己修復のレートも高いよ」
闘技場のようにすり鉢になった雲の中心で、黒の機装は見る間に装甲を回復させていく。
「相当タフって事だね」
新品に戻った翼をはためかせ、敵はまた真っ向から突撃してくる。
敵の攻撃はランスによる格闘と
対応は難しくないが、ダメージが蓄積しないのでは何度払っても効果は薄い。
工夫なく突き込まれたランスを双剣でいなし、当て身で距離を取りながら考える。
「〈神殺し〉を使うしかないか……」
「でも〈
「待っててもジリ貧だよ」
カルネにニヤリとするその裏で、僕はリボンをひるがえして敵に背を向ける。
「どうすんのレイ君?」
「まぁ、見ててよ」
観客席のように立ちはだかる雲の壁に向けてダイタンオーを走らせる。
背後で黒騎士の機装が急接近してくるが、リボンを壁にして時間を稼ぎ、そのまま僕は雲の中に飛び込む。
「カルネ、リボンの光度を落として」
「うん…………あ、なるほどぉ」
納得してイタズラ顔になるカルネを横目に、濃い霧と雨の固まりとなった雲の中を一見デタラメに跳び回る。
あとに残るリボンの角度、長さ、そして重なり具合が勝負のカギだ。
相手が雲に飛び込んで来ないのは視界が利かないせいか。
でもあまり長居してると
最後の一条を切り離し、僕は仕込みを終えて雲から飛び出す。
そこへ真下から敵が飛び込んできた。
ランスを捨て両腕のかぎ爪に黒い刃を灯しての殴り込み。
双剣相手にさすがに戦い方を変えてきたな。
「逃げる!」
「ほいさぁ!」
一度に展開できるリボンは全部で九本。
そのうち六本を雲に残してきたので、僕らは残った三本だけで空の道を編む。
ただし今までより軌道が狭くなるし、何より防御に回せるリボンはない。
かぎ爪を振り回しながら追いかけてくる相手に対し、空を上下左右に駆けながらときおり振り向いて反撃、そしてまた背を向ける。
奴は頭に血が上りやすい、そして怒れば怒るほど周囲を見失って力押ししてくる。
生身で四度、機装で二度も打ち合った相手だ。
クセや性格はもうだいたい掴んでいる。
「だから、この場は」
「あいつをカンカンにさせちゃえばいい!」
僕とカルネは手を取り合い、青空にワルツを刻んで跳ね回る。
遊ばれてると気づいたか、黒い機装は羽を畳んでスラスターの突進だけで僕らを追ってくるが、狭い轍を正確に踏んで避ける僕らにはかすりもしない。
「レイ君、ダンス上手だね」
「王族だからね」
「ぶるじょわじーぃ」
信頼から来る冗談に笑いながら、しかし敵を正確に誘導して、僕らのダンスはフィニッシュを迎える。
目的の雲の上空、リボンの軌道がハートマークを描いて終点を作る。
「「フィニッシュ!」」
足場を蹴って僕らとダイタンオーは軽やかに宙へ、すぐさま手足をピッタリと畳んで自由落下に入る。
後ろで黒の機装がスラスターを噴かして直角ターンをかけ、無理やり追随してくる。
リボンを使い切ってチャージも途中。
防御も軌道変更もままならないが、相手にこっちの意図を悟られわけにはいかない。
身をひねってクロスボウで弾幕を張り、迫るかぎ爪をレイピアで弾きながら雲に突入。
仕込みに自分で引っかからないように、そして敵を雲の中心に入れるように……
「左上腕、左脚の装甲が修復限界、ダメージ入るよ!」
ひねって上を向いた左半身に、カギ爪からの衝撃波が何度かヒットしていた。
機装は常に自己修復しているのでかすり傷ならどうにでもなるが、クリーンヒットが連続すると機能に支障が出る。
「左腕軽ダメージ! アクチュエータ、クラッチに障害!」
左ヒジに当たった一撃が手をしびれさせる。
わずかに弾幕が途切れたそこへ、黒の機装が急接近し、僕らの肩を捕らえると胸部を展開させた。
「ここで
「今は
こっちの被害もだが、雲を飛ばされるとこっちの狙いが露見する。
リボンは……まだチャージ中。
「腕の一本ぐらいっ」
一か八か、引き替えにするつもりで右腕を相手の発射口に叩き込んだ。
ところがその途端、黒の機装は無音の絶叫を上げ、せっかく掴んだダイタンオーの肩を手放してしまう。
「――もしかしてあの発射口の真ん中って」
「ダミーじゃなくてマジの〈
……って弱点を丸出しにすんなバカァァァッ!!」
〈
まぁ、シンディが叩いた時にもいい反応してたし、そういえば霧吐く巨人もそこが弱点だったけど、ねぇ?
ともかく窮地は脱した。
僕は雲の一番下で待ちかまえていた一条のリボンに両足で着地し、落下の勢いそのままにぐっと押し下げる。
すると雲に張り巡らされていた六条のリボン全てが連係し、寄り集まって苦悶に身を震わせる黒の機装を絡め取った。
「リボンにはこういう使い方もある!」
「それ前にボクが言わなかったっけ?
……まあいいや。じゃ、覚悟してねコウモリちゃん!」
僕らは重ね合った手を弓引くように敵にかざし、声を合わせて叫んだ。
「「
二人の手を中心に炎の鳥が翼を広げ、ダイタンオーは両手の剣をクロスさせて敵を見据える。
逃れようと黒の機装がもがくが、身動きどころかかえってリボンに締め上げられ、装甲が翼ごとボコボコと変形していく。
「「
『〈神姫武装:
バレル連結シークエンス起動』
ダヴの声を受け、手の中で二つの剣が融合する。
レイピアとマン・ゴーシュは一体の刃、青い輝きを灯す
それを腰だめに構えれば、大量の熱気と火の粉を散らして亜麻色の放熱ユニットが脱落し、そこから紡ぎ出された虹色の帯が
これは最初の一撃。
僕が、ボクが……『僕ら』が世界から〈邪神〉を駆逐する、その旅の幕を切って落とす一刀――
「「
エロース・アンド・ブラッド! エンゲ――――ジッ!!」」
全身から閃光のリボンが巻き上がり、幻のユニコーンもろとも機体を光の世界まで加速した。
純粋なエネルギーの刃と化し、ダイタンオーは黒い機装を斜めに両断。
さらに刃を返して交差する一刀。
最後に光のユニコーンがその角で敵の中心を貫いた。
胴を斜めの十字に分断され、その機体の八割を失った黒の機装が爆炎を噴く。
技の余波で雲がことごとく分解していき、地平線まで一気に青空が広がる。
その中心で爆散する黒い機装から、脱落した操舵宮が頭部と共に煙をひいて落ちていくのを見つけ、僕とカルネは互いにうなずき合う。
今度こそ捕らえる。
解けていくユニコーンを足場として空を駆け下る僕ら。
ぐんぐん迫る地表を無視し、闇色の残骸に手を伸ばす。
あとわずか、指が闇色の角に触れる。
その時
『そ う は 行 く か で あ る !』
爆轟と共に川面から立ち上がった水の竜が、僕らをはじき飛ばすと黒の機装の残骸をするりとその喉に収めた。
竜の上に乗るのは鎖帷子の術士機装。
腕は半壊し、肩も破裂して無惨な姿だが、それでも獅子の胸を張り、割れた渋面で滞空する僕らをにらみ付ける。
『もはやこれまで、今日は逃げるがまたいずれ会おうなのである』
「逃がすと思うか?」
『否、吾輩は断固として逃げるのである!』
術士機装から宣言が上がるや、前ぶれもなく水の竜が爆ぜた。
大量の水煙と爆風が僕らを叩き、その隙に機装は水面へと消える。
同時にセンサーでも気配でも相手を見失った。
おそらく機装を解除して逃走したのだろう。
〈邪神〉が息をひそめ、〈機装〉も消えた状況ではいくらダイタンオーとはいえ追跡できない。
「ああもう! 逃げられっぱなしで腹立つ!」
「どうあっても捕まりたくない、か」
踊り疲れた僕らが手を離してへたばる周りで、喚装が解除されダイタンオーはヴンダーヴァッシェに戻る。
半ば更地に戻ってしまったペンヴリオに降り立った僕らを、勝利の歓声が迎えている。
しかし兵のまばらさが、少なからぬ犠牲があったことを物語っていた。
アデルとシンディがヴンダーヴァッシェの肩に乗って僕を呼ぶ。
「レイ、終わったな」
「見事です。これで奪還ですね」
だけど僕とカルネは複雑な顔で操舵宮に座りこみ、戦の終わった景色を見ていた。
街のあちこちで火の手が上がり、煙が幾筋も天へ伸びる。
わずかに高い視点から、石畳に残る血のあとを数えてしまう。
町は壊れ、兵は死に、壁は崩れ、海はまだ血に濁る。
なんと荒れ果てた、不毛な光景だろう。
僕は声に出さずにいられなかった。
「これが善だと、僕は言えない」
カルネが僕を抱く。
「同感。でもとりあえず今は喜ぼうよ。ボクらは成し遂げたんだ」
彼女の胸の中で、僕は涙を流す。
そのポタリと落ちる音が、戦の終わりを教えてくれた。
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