Chapter6 ⑥


味方の船を消し飛ばしたことで手加減する理由も消えたのか、闇色の機装は容赦なくヴンダーヴァッシェを苛んでいく。


騎兵に翻弄される歩兵よろしく、僕とカルネ、そしてヴンダーヴァッシェは何度も馬上槍ランスに突かれ、打たれ、貫かれないまでも立ち上がれないほどの猛攻に晒された。


僕はアデル達の奮闘も知らず、後方にいた部隊のことも考えられなかった。


ただ身体を引き裂かれるような痛みと振動に耐える僕と、機装の状態を保とうとするのに精一杯のカルネ。

反撃どころか逃げることもままならない。


そしてついに、僕らは力を失って倒れる。


「損傷が多すぎて修復が追いつかない!」


シートにしがみついたカルネが悲鳴を上げる。

それに答える気力は僕にはもう残っていない。

操舵宮カンツォの後方、滑らかで冷たい表面に横たわり、空を見あげるだけ。


天に開いた視界に、これがトドメと垂直にランスを立てて急降下する機装の姿が重なる。


「レイ君!」

気づいたカルネがシートから手を離し、僕を守るように覆いかぶさった。


怒りに燃える紫の瞳が見える。


ここまでか……


甲高い音。わずかにヴンダーヴァッシェが揺れた。

しかし何も起きない。


「…………!?」


おずおずと目を開けた僕は、信じられない思いでその二人を見上げた。


僕の胸、すなわちヴンダーヴァッシェの胸部にアデルとシンディが立っている。

二人が祈るようにかざした手の中で、闇色のランスがピタリと止まっていた。


「二人とも生きてるか!?」


見なれない透明な鎧をまとい、大剣クレイモアつばで槍先を止めたアデルが僕らを呼ぶ。


「私たちが助太刀します!」


シンディがそう吠え、槍を横から戦鎚ウォーハンマーで轟撃した。


二人の連係が機装をぐらつかせる。

さらにシンディは二撃、三撃と連打を早めていき、ついにはまるでドラムロールのような連撃を槍に叩き込みはじめる。


闇色の槍は見る間にひしゃげ、曲がり、ついには上と下からの圧力に耐えかね中程から折れ飛ぶ。

支えを失って突っ込んでくるコウモリ機装、それをアデルが剣を寝かせて受け止め、その横で独楽のように高速回転したシンディが、胸部にむき出しの紫の瞳に痛撃を放つ。


「吹っ飛べやぁぁ――――っ!」


彼女の会心の一打、黒の機装の全身が震える。

まさに生物のごとく痙攣しながら、機装は石に追われる小鳥のように上空へと飛び去った。


「〈神衣〉があるとはいえ恐ろしいな……

 おいレイ、生きてるんだろう?

 今のうちに立て直せ、あんなの何回も受け止め切れんぞ」


金の布をはためかせて笑いかけるアデルに、僕は手を上げて答えた。

持ち上がった銀のかいなを了解と取って、彼女たちが肩に移る。


「立てるレイ君?」


「問題、ないよ」


僕らは再び立ち上がる。

身体はまだ痛むが、胸の奥から沸々と力が湧き上がって足を支えてくれる。


だが敵とこっちの力の差は大きい。

相手のコウモリもどきはヴンダーヴァッシェより遙かに出力が高く、おまけに空を飛べる。

対してこちらは防御でほとんどの〈添神装てんしんそう〉を使い切って丸腰だ。


「〈騎士〉は……だめか」


胸の奥に呼びかけるが彼女からの応答はない。


「二人の〈神衣〉をどちらか借りて〈ダイタンオー〉にはなれない?」


僕の思いつきに、両手でせわしく光の紋様、インジケータを処理しながらカルネは首を横に振る。


「ムリ、シンディの〈乙女メイデン〉はだいぶ消耗してるし、アデルちゃんの……

 あれって〈裁定者アービター〉だよね、どこから湧いて出たんだか。

 とにかくそっちとはまだ〈絆〉が修復されてないから、こっちに引き込めない」


せめて馬力だけでも〈ダイタンオー〉状態になればと思ったが、どちらも使えないか。


「敵が来るぞ」


肩の上でアデルが構える。

続けてコウモリ機装が上空から急降下し、折れた槍を棍棒クラブ代わりに僕の頭を狙ってきた。


「シンディ!」


「おまかせ下さい」


姿勢を下げ、彼女の足場になるように左腕を掲げる。

シンディは素速く籠手ガントレットに乗り、コウモリの即席鈍器をハンマーで迎え撃った。


激突音に続いて衝撃が僕の手を駆け抜けるが、上に立つシンディにもヴンダーヴァッシェにも目立った被害はない。

コウモリは忌々しげにまた急角度で上昇していく。


しばらくはこれでしのげそうだが、決定打にはほど遠い。

他に何か……まだ使ってない〈神衣〉……そうだ!


「〈レディ・ドレス〉は?」


「それもダメ、あれは〈位階いかい〉が低すぎて単体で神姫喚装しんきかんそうできない。

 まつわる神話が希薄すぎるんだよ。

 せめて相性の高い組み合わせ〈添神装〉が、成立するコンボがないと……」


『〈管理者〉……主……』


ふっと風鳴りのような微かな声が届く。


「〈騎士〉?」


『まだ……り……。我……繋ぐ……〈魂神装ゼーレシャフト〉……あり』


「なにがあるの? 〈魂神装〉って何のこと?」


「〈魂神装〉!?」

再び黙りこんだ〈騎士〉に代わりカルネが驚いた声を上げる。

「〈騎士〉が〈魂神装〉が残ってるって言ったんだね?」


「うん、だけどそれって……」


僕の声を待たず、閃いた様子でカルネは素速くインジケータに指を滑らせていく。

〈神衣〉のリストだろうか、十数個並んだ名前をにらんだカルネは、何かを指折り数えると顔を曇らせる。


「足りない! 

 ドレス、ナイト、リボン、マスク……最後の一つがないよ。

 でもこれしか考えられないのに……」


神衣の組み合わせを考えているようだが、最後の一つが足りないらしい。


「何がないの?」


「ティアラ……〈添神装:プリンセス・ティアラ〉がないと……」


「レイ、カルネ」

再び外からアデルの声がする。

「無事なうちに言っておくが、私の〈神衣〉はリリィの剣から出てきたぞ。もしかして小王冠コロネットにも何か入ってたりしないか?」


カルネが飛び上がって手を叩き、僕に向けて指を鳴らす。


「それだ!」


たちまちカルネの手にコロネットが、乗り込む時にいったん消えたはずの銀の冠が握られた。


カルネがそっと口付けると、コロネットの銀の枠がプレゼントのリボンのように解け、光を放ってティアラへと変形する。

中央のサファイヤはそのままに、水滴のようなダイヤとツル草のようなプラチナでできた瀟洒なティアラ。


アデルの言うとおりに、そして、思い返せば手に取った時の気配のとおりに。

コロネットの中にも〈添神装〉が眠っていたのか。


「アデルちゃんシンディどいて、今から取っておき使うから危ないよ」


「何かあったらしいな。お手並み拝見といくぞ」

「レイ様カルネさんご武運を」


喜びに目を輝かせるカルネの言葉に、両肩から飛び降りた二人が獲物を振って応えた。


空で雲が不気味にゆらぐ。また奴が降ってくる。

しかしカルネは不敵な笑みを崩さず、両手を広げると高らかに宣言する。


「調子に乗るのもそこまでだよコウモリちゃん!


 喚装神姫機巧コンヴィニゼ・クラフト全開起動ガンツェ・アクティヴィム!!

 ナイト! ドレス! ティアラ! マスク! そしてリボン!」


カルネが呼ぶたびに僕の周囲に〈神衣〉が出現する。

鎧と服、そして小物が三つ、一見何の繋がりもないそれらが光で結ばれ、中央におぼろな姿が浮かび上がった。


女性剣士だろうか、銃士の服を身にまとい、リボンの付いたツバ広帽を被った小柄な人物。


「これが〈神衣〉最上位の、化身の力だレイ君。

 英雄をび、その魂に化身する。

 

 いくぜ〈魂神喚装こんしんかんそう〉!」


光の中で人影が声なき声を上げる。

それが彼女の名、服の銘。


カルネがシートから立ち、優雅にくるりと回って僕に寄り添い両手を取った。

まるで舞踏会のように手を絡め、ダンスのレフト・ランジの要領で僕の左手、彼女の右手が光の人物を向く。


「ボクと一緒に踊ろう。〈神〉の、彼女の名前を呼んで」

「ああ、行くよカルネ!」


「「汝、銀の王国より愛求め来たれ!

  その名、〈姫 騎 士プリインセスナイト〉!!」」


僕に人影が重なり、〈神衣〉もろとも一つに融合する。

カルネに触れた場所からしびれるような浮遊感と幸福感が僕の身体を突き抜ける。

青いベストの銃士服、クリーム色のツバ広帽に三色のリボン、腰に刺突剣レイピア防御短剣マン・ゴーシュを下げ、目元をベネチアンマスクで隠した乙女へと、僕は再構成された。

髪は長く伸びた亜麻色。細い足には純白のタイツが眩しい。


それは愛を求めていくつもの試練を乗り越えた、悲しくも気高い姫にして王子、そして騎士なる異国の英雄の姿。


僕は腰のレイピアを抜いてカルネと共に握り、迫り来る黒い機装にかざして叫ぶ。


「「〈魂神喚装こんしんかんそう〉!!


  〈ダイタンオーナイト・オブ・リボン髪帯乃姫騎士〉!!」」


ヴンダーヴァッシェを覆うように三色のリボンが竜巻となって天を突いた。


黒い機装が表面に触れて天高くはじき飛ばされるのを感じながら、僕は身体と機装とを包む新たな変化に神経を集中する。


全身を畳んで〈コア・モード〉へシフトしたヴンダーヴァッシェに何条ものリボンが結びつき、それが新たな四肢、新たな鎧を産み出す。


濃紺、緋色、純白で構成された装甲は銃士服のように肩部がふくらみ、胴はベストのようなツーピースの装甲板で覆われる。

〈騎士〉のダイタンオーより格段に動きやすそうな、軽量の装甲の集合体で作られたショートスカート。

そして頭部には兜ではなく左右に大きな張り出しをもつセンサーが装着され、その頭頂部には大結いのリボンを模した三条のユニットがはまる。


右手には護拳ガードにサファイヤのあしらわれたレイピア、左手には鉛色の天使像が光るマン・ゴーシュ。

背中には赤いショートマントと亜麻色の放熱ユニット。


最後に半透明のバイザーがガシャリと落ち、リボン竜巻が解け落ちる。


『ナ イ ト ・ オ ブ ・ リ ボ ン !』


どこからともなく響くファンファーレを背に、自らの名を産声と上げ、優雅にしかし力強く地を踏みしめる細身の巨神。


高空で姿勢を戻す黒い機装を見上げる。

どう戦えばいいか、それがありありと脳裏に浮かぶ一方で、僕は確かなエメラルドの瞳を見る。


「……戦い方が手に取るようにわかる。

 ううん、それだけじゃない。

 カルネと手をつないでるはずなのに、剣を手に立ってる気がする……」


「それを受け入れて。キミは完全にダイタンオーと一体化している。

 それも〈魂神装ゼーレシャフト〉の力だよ。

 さあボクをエスコートして。ボクはキミと一緒に踊りたい!」


頬を染めてはにかむカルネを強くかき抱き、一方でダイタンオーとして両手の剣を構えて……


僕は地を蹴って飛翔する。

見あげる先には黒き翼の宿敵。


「「王道上等!! 着飾ってこうぜ!!」」

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