Chapter6 ②
この剣が私の手にある意味を考える。
赤い柄、金縁取りの
かつて最愛の人の手にあった物。
レイがこれを差し出した時、私はすぐに取る事ができなかった。
「これはアデルが持つべきだよ」
気負いなく差し出された
「いや、私には相応しくない。これはリリィの物だ」
「だから、だから取って欲しいんだ」
そう言ったレイに私はどんな目を向けていたのだろう。
恐れ、恥、いやもしかすると悲しみか。
レイはあの人によく似た瞳で私をじっと見つめ、小さく頭を振る。
「アデル、僕は知ってる。恐れなくていい、恥じなくていい。
リリィ姉さんと共に戦った君だから、そして姉さんを愛した
この剣を託すんだ」
秘してきたはずの事実を告げるレイ。
私は動揺で足を引いていた。
リリィが生きているかもしれないと聞いて誰より喜んだのはきっと私だ。
彼女が囚われていると知って誰より憤ったのも。
しかし表には出さなかった。それをなぜレイが知っている。
「姉さんが貴女に騎士を授けたとき、僕は気づいた。
そして姉さんに聞いて知った。
みんなはああ言ってたけど、本当は……」
「もういい! ……もういいんだレイ」
全ては過去であり、あの人の死で終わった話。
そうだと信じていた。
リリィと私は戦友で、そして恋人同士だった。
平定戦争も終盤にさしかかったころ、私は名を隠した一兵卒として、彼女は女王の娘として互いに出会った。
王族すら駆り出しての作戦で、私たちは共に泥にまみれ同じ泉で汗を落とした。
互いに何度も助けられ、そして許されざる恋に落ちた。
私か彼女が男だったら……
シンディの時にも感じた呪いのような感情が湧き上がる。
なぜ男女がある。
なぜそんなもので私たちが人目を忍ばねばならん!
彼女が死んだであろうと聞かされた三年前、私はヒザを砕かれながらどこかで安堵していた。
全ては悲恋だった。
成就されない、ただ胸のどこかで輝き続ける悲恋だったのだ、と。
あの人が生きているなら私の苦悩はどこまで続くというのか。
もちろん嬉しいし、彼女を今でも愛し続けている。
だからこその苦悩。愛する者を救いたいと願うなら、私はまた己が身が、あるいは彼女の身を呪わねばならない。
愛するがゆえの不幸を背負わねばならない!
「アデルちゃん、キミは
その一言で、私はサーベルに添えられる手が増えたことに気づく。
あの女神がレイに寄り添い剣を支えていた。
その人外めいた翠の瞳が私を射貫く。
「あんまり心で叫ぶから聞こえちゃったじゃない。
ねぇ、当たり前の感情に何でそんなに抗うの?
好きなんでしょ? 助けたいんでしょ? レイ君のお姉さんを」
「お前に何がわかる異邦の女神!
レイを
「かぁ――っ……
そこが馬鹿正直つってんだ
男だ女だ一番うるさいのはテメェだって事に何で気づかねぇんだよ!」
突然の牙を剥く叫びに、私も、レイも驚き立ちすくむ。
「他人は他人、自分は自分だろうが!
何と言われようと愛を止められないなら、何で胸を張ってそれを受け止めねぇんだ? 不幸だなんだ言い訳しやがって、それを恐れてて人が愛せるかよ!
自分で自分に壁作って、その高さにビビッてんじゃねぇ!」
「カルネ、そこまで」
レイが女神を押し止め、私に済まなさそうに頭を下げた。
「アデルごめん……
でも、これだけは言わせてもらうよ。
『あいつを好きになったことに後悔なぞ微塵も無い』
これは姉さんの言葉だ」
そうしてキッと上げられた顔は、私にはリリィと重なって見えた。
恐れを飲み込み、恥を切り捨てる。世の目など関係ないという強い想い。
「恐れるな、恥じるな。
誰が何と言おうと、アデル、君にこの剣は相応しい」
そっと渡された剣は、重く、でも暖かく、私の手に収まった。
「そうだな……愛する者のために、愛する者の刃を手に取るのは……
恥ずべき事でも何でもない。その通りだ」
いつまにか浮いていた目尻の涙をぬぐい、私はそれを握りしめた。
「行こうレイ、それにカルネ。リリィを救うためにも」
私を迎えてくれた二人の顔は、とても誇らしげだったと憶えている。
「あ、でもボクは男の身体でもレイ君を好きになってたと思うよ」
「それはちょっと、遠慮したいかなぁ……」
「いーじゃん、レイ君とアッーな展開とかけっこうウケよさそうだし」
陽射しの中でじゃれ合う二人が、なぜだかとても輝いて見えた。
***
この剣が私の手にある意味を考える。
いや、考えることはない。
もう私は知っている。
「ゴスリン女卿、全部隊、突撃準備完了です」
「よし。旗掲げ!」
ペンヴリオまで一マイルとない丘の上で、我々は緋色に金獅子の旗を掲げる。
ここから田園地帯を下った先にはかつて我々のものであった、そして今は敵のものである城壁がそびえ立つ。
こちらの布陣に気付いたか、壁の前にカカシとデカブツが方陣を組み始めているがもう遅い。
「鳴らせ!」
脇にひかえた巨人兵に号令。彼らが太く、そして高らかに角笛を奏でる。
そして
『全 軍 我 に 続 け!』
見た目にそぐわぬ可憐な声を轟かせ、先陣を切って駆け出す銀の大巨人。
『スィッズ・サウ・エライント!!
英雄万歳!! 王子万歳!! 我らに勝利あれ!!』
畑土を蹴り上げ、大地を揺らして突き進む銀装騎の両翼に、雄叫びを上げる巨人部隊と重装騎兵が加わり、まるで地津波のごとくに戦端を開く。
さらに丘向こうから砲撃が始まり、私たちの頭の上を砲丸が幾状も飛んでいく。
重なりあう大砲の轟音に紛れて、私は遠ざかっていく銀の背中に語りかける。
「頼むぞレイ」
周りにひかえた少数の部隊に対し、馬を並べる親友、侍女の〈神衣〉を着たシンディと共に、サーベルとハンマーとを掲げて宣言した。
「これより我らは転進し敵を南より討つ。
各大州の精鋭たちよ、戦の勝敗我らにかかっているぞ!」
「巨人も小人も今が
『ウヲォォォォォォォォォォォォォッ!』
雄叫びを上げるのは少数なれどえり抜きの、そして私の考えにより組み合わされた奇襲部隊。その総数約五百人。
レイを囮に敵の巨人機装を足止め、さらに撃破し、その間にこの部隊で都市内に侵入する。
これが私とレイが考えた
「よろしい、総員速やかに転進!」
巨人兵たちが走り、騎兵を中心とした中人の部隊がそれを護衛する。
敵の死角となった丘陵の陰を、私とシンディに率いられた部隊は南へ疾走した。
***
「右から一騎接近だよ」
「わかった! 離れろこの……せいりゃぁっ!」
正面の巨人機装、おなじみの
挟み撃ちにしようとしたか、両腕を掲げて突っ込んできたもう一騎の胴体をすかさず
鉄のガラクタを散らし二騎が同時に地に倒れる。
まだ乗った回数は多くないが、ヴンダーヴァッシェの粘り着く操作感覚にもだんだん慣れてきた感じだ。
身の丈が僕の五倍を超える銀の巨人に合わせて、僕は焦らず慎重に体勢を整える。
早く動かそうとするのではなく、動きに合わせてなりきること。
それがこの巨体を、機装を動かすコツのようだ。
「さすが、この数はキッツイなぁ」
カルネが白いうなじを僕に見せながら、鞍型の座席、ライディングシートというらしいけど、その上にまたがったまま頬をかいた。
彼女も僕もあの薄い服、身体に密着する
周囲で上がる兵士たちの雄叫びと、前方に布陣する敵とが僕の意識を一点に集中させる。
部隊を少し離れて付かせつつ、一歩ずつゆっくり前進する。
「今ので四騎だから、残りは……」
壁の前に集結した王朝軍の機装に、カルネの操作で四角い遠眼鏡が次々と被さった。
その数十二。五騎はまだ城壁の内側にいるようだ。
「その遠眼鏡は――」
「ターゲットサイト。そろそろレイ君も機装用語に慣れて欲しいな」
「――拡大もできるんだよね。ここから港の船は見えるかな?」
「もちろん、ちょいまち」
カルネがシートの前の
すぐに数マイル先の軍港を映し出してくれるが、僕の歩みに合わせてブレてしまう。視線を合わせ続けるのは困難だ。
「まだ遠くてロックできない。〈マスク〉で補正入るかな?」
カルネが指を鳴らすと、黒っぽいガラスのメガネが僕に装着され、サイトのブレがかなり落ちついてきた。
「〈
「充分だよ、よく見える」
僕はうなずいて、サイト越しに敵の船を観察した。
かろうじて見える程度だが、甲板に何も乗っていないのは確実だろう。
「二騎ともいないか……」
「それってレイ君が見たって言う二騎?」
「そうだよ。どっちも見なれない奴だった。
一騎は黒騎士のだと思うけど」
「あのコウモリ野郎だね……
っと、味方の砲撃が来たよ!」
再装填の済んだ味方の大砲が再び火を吹く音が、背後から遠く響く。
丘越しの砲撃なので狙いは甘いが、僕らの周りを適度になぎ払うにはちょうどいい広がり具合だ。
僕らをすり抜けようとしていたカカシを砲丸の群が数体まとめて捉え、木っ端微塵に吹き飛ばす。
この背丈から見ても拳大の砲丸だ。喰らえば機装でもただでは済まない。
「二発こっちか、〈添神装〉追加いくよ!」
カルネがシートから身を起こし、祈るように手を組んだ。
「
カルネの右隣に半透明のヴンダーヴァッシェ全身像が展開、その腕と胴体に緑の光が明滅し、変化は僕にも現れる。
左腕に小型の
それぞれヴンダーヴァッシェにも同じ装備が、ベルトは軽めの追加装甲らしい。
「無いよりマシ程度だけどね。来たよ」
降ってきた味方の砲撃をバックラーで止める。
さらにもう一発来たので、玉遊びの要領でバックラーを振って真正面に弾いた。
砲丸は構えていた箱頭にきれいにぶち当あたり、その肩を砕く。
また一騎沈黙。
「五騎め、やるじゃんレイ君」
後方で兵士たちが沸く。
彼らは彼らで、突っ込んでくるカカシをかなり優位に捌いていた。
騎兵突撃と巨人兵による足止め、アデル考案の組み合わせは効果的だったか。
こっちも負けてはいられない。
「そろそろ突撃しよう。敵が散開しはじめた」
僕に押される形で方陣を崩し始めた敵に、僕は足どりを速歩から疾走へ変えて突撃を始める。
これ以上散開されると砲撃が届かなくなるし、背後からの部隊と接触する恐れが出てくる。
箱頭は僕が狩る相手、生身で相手できるのはカカシまでだ。
箱頭が両腕から飛ばしてくる鉄杭をバックラーで弾き、漏れた分はサスペンダーが止める。
そして近接すれば、つけ爪の手刀で居並ぶ相手を刺し貫く。
たちまち三騎を鉄塊に変え、さらに僕は手足の重さに歯を食いしばって動き続けた。
絶対に通さない。絶対に逃がすものか。
この場にいる兵たち、僕の仲間たち、誰一人機装に殺させはしない。
かつての母がそうであったように、僕も彼らの命を背負い前に進み続ける。
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