Chapter6 ~戦とティアラと姫騎士と~

Chapter6 ①


西方歴1659年、六月十日。


ペンヴリオの東五マイル、イニス・プリダイン連合軍本営。


緋色の天幕テントの下、テーブルに広げられた地図を囲む総勢二十人の将軍。

種族は巨人から小人まで、兵科も砲兵、水軍、騎兵、傭兵、術士などバラバラな彼らを前に、アデルが今までの経過を説明している。



三日前の霧晴らしを受けて相手軍、以降王子からの情報を元に〈王朝軍おうちょうぐん〉と呼称するが、王朝軍は急速に陣を後退。

今は全てペンヴリオ市街へ集結している。


偵察によると、王朝軍はその規模およそ五千。

軍としてはかなり貧弱だが、相当数配備されているカカシ型、巨人型の機装が警戒すべき相手である。

また敵はきわめて迅速に後退し、短時間で防御陣を構築した事から練度は相当であると予想される。


我が方もまだ兵力の編成中。

ケルニュウ、エル・アルバン両大州の速やかな協力のおかげで攻城大砲三十基、術士五百、騎兵千五百、歩兵一万に傭兵三千を揃え、なおも増強中である。



「少ないな」


巨人の歩兵師がぼやき、アデルは説明を止める。


「どちらがだ?」

「どっちもだ」


ヒゲを蓄えた巨人に周囲から同意の声が上がる。

青いローブに勲章を下げた小人の術士長も、踏み台上から疑問を投げかける。


「相手がかの城砦都市ペンヴリオに立てこもっている以上、二倍程度の戦力差など無いのと同じです。ここは包囲戦で相手の士気を削いだ方が賢明ではないでしょうか」


「そうですゴスリン女卿。時がたてばこちらの兵も増えましょう。

 それからゆるりと攻め入ってもよいのでは?」


彼らは皆、アデルの招集に応えてこの場に集まった者たちだ。

彼女が開口一発「明日と言わず今日にでも攻勢を始める」と宣言したため、参加者のほとんどが口を揃えて「時期尚早だ」と反発し、そして説明を終わってなおこの状態。


僕は彼女の後ろ、総指揮官の椅子に座っている。

軍学についてはまだ勉強中の身だから、今回の作戦については全面的にアデルが代行する形だ。


だが彼女とてまだ二十一、しかも女性でイスパニア肌と来れば将兵に受けが悪いのも仕方ない。そのわりに巨人たちが騒がないのは、アデルの横についたシンディが睨みをきかせているおかげか。


確かにいくさの常識に従うならここは仕掛けるタイミングじゃない。

相手の練度は高く、数の差は少なく、そして背水の陣だ。

敵の奮戦は確実で、今すぐ進撃するのは悪手にしか思えない。


しかし僕は立ち上がり、アデルに並んで将を見回す。


「確かに、普通の戦ならばそうでしょう。

 しかし皆さん、相手の機装を侮ってはいけません。

 巨人型は動く砦に同じ、カカシですら単騎で騎兵十人と渡り合えます」


「ならば王子、余計に時間をかけて兵力を整えませんと」


「相手がそれを待つとお思いですか?

 こちらが相手の混乱に乗じなければ、早晩、彼らは機装による一点突破を仕掛けて来るでしょう」


僕の抑えた声に、将兵が顔を見合わせる。


「王子、ありがとうございます」

アデルが僕の言葉を継ぐ。

「諸将、私と王子とて何の策もなく突撃する気はない。

 機装は恐るべき戦力だが、王朝軍はすでに三つの愚を犯している」


そう断言し、彼女は周辺地形まで描かれた詳細な地図に指を走らせる。


「一つは地形の愚だ。

 ペンヴリオの周囲は丘がちだ。周囲にあのデカブツを配置できる平坦地はわずか。カカシですら街区では身動きできまい。

 そして防御の愚。

 奴らは城のような船を本陣としているが、それはすなわち兵が逃げ込める先があるという事だ。おそらく市街城壁を死守はすまい。

 こちらの打撃次第で敵を敗走させる事は充分可能だ」


そして、とアデルが僕を示す。


「敵の最大の愚は、こちらにも機装が……

 それも一騎当千のものがあるということだ」


アデルが言い切ったタイミングで、天幕の入り口からカルネが走り込んでくる。

リハーサルどおりバッチリだ。


「レイ君、最終確認終わった。いつでもべるよ」


「わかったカルネ。

 では皆さん、お見せしましょう」


僕らは将兵を引きつれてテントを出る。

目の前には草を払って設けられた広い空き地と、それを取り巻く兵が多数。


条件は完璧。僕とカルネは互いに手を取って空き地の真ん中まで進み出る。


「諸兵刮目かつもくせよ!」

アデルが全ての兵に向かって声を張り上げた。

「これが我らの、レイ王子の機装なるぞ!」


満を持して、僕らは組んだ手を高く掲げ〈彼女〉を喚ぶ。


「「銀 召ぎんしょう !!

  汝 は 銀 装 騎ぎんそうき 、 ヴ ン ダ ー ヴ ァ ッ シ ェ !!」」


突如として突風が僕らの頭上で渦巻く。

それが透明から密度を増して緑に、それがより集まって銀に、さらに光を帯びた白銀へと圧縮され、やがて一つの姿を形作る。


白銀の騎士。

巨人すら圧倒する巨大な人型。


確たる形、確たる重さを持って白銀騎が降り立ち、大地を揺り動かした。

天をつく二本の羽根飾り、スキャナアンテナが陽光を反射し、目を覆うガラス越しにエメラルド色の灯火が燃える。


これが〈銀装騎:ヴンダーヴァッシェ〉。


単なる機装ではなく、それ自体が意志を持つカルネの半身。

〈神衣〉の力を発現する神の身体。


「銀のかいなだ――」


それが誰の声かはわからなかった。

どよめいた兵士の誰かなのか、それとも息をのんだ将軍たちなのか。

しかし口々に「銀のかいな」という言葉が広がり、それが次第に熱を帯びた歓声へと高まっていく。


銀の腕――僕は白銀騎を見あげて納得し、そして妙な巡り合わせに背を粟立てる。


銀の腕のスィッズスィッズ・サウ・エライント

邪な小人を知恵で説き伏せ、空飛ぶ竜を封印し、巨人の英雄を倒したとされるスォイゲルの始祖。スィンダインスィッズの町に名を残す伝説の王。

巨人に腕を奪われながらも銀の義手で復活した、そのおとぎ話は全てのプリダイン人が知っている。


そして僕の聖名もまたスィッズ。


偶然とはいえこうも綺麗に繋がるなんて。

銀の腕と英雄の名が揃い、兵士たちはもはや空が割れんばかりの大歓声でその名を呼ぶ。


『スィッズ・サウ・エライント!

 英雄万歳! 王子万歳! 我らに勝利あれ!』


この熱狂を利用しない手はない。


僕らはサッと目線を交換し、アデルがトドメの声を将軍たちに投げる。


「いかがか将軍諸兄、これと王子が、スィッズ殿下が戦端を開く。

 二十一騎の機装を王子はその手で片付けてくださると仰せだ。

 それでもまだ不安があるなら、堂々と申し出て構わんぞ!」


今度こそ、将軍たちは黙ってうなずいた。


これなら勝てる。その確信が軍全体に波のように広がっていく。

兵士たちの声に包まれ、僕とカルネは組んだ手をさらに強く握る。



 ***



「偶然とはいえ、ハッタリ大成功だね」


ボクが草むらに座って笑うと、レイ君も「まあね」と笑ってくれる。


作戦会議が終わってすぐ、ボクとレイ君は陣地が見渡せる丘に上がって朝食を広げた。全体の腹ごしらえと部隊の最終編成が済み次第、軍を率いてペンヴリオへ突撃する手はずになっている。

今が最後のくつろぎタイムってことらしい。


「ハッタリで終わらせちゃだめだよ? 実際に二十一騎片付けなきゃ」


「わかってるよーだ。

 少ないけど〈神衣〉もあるし、ボクも精いっぱいバックアップするさ。

 〈騎士〉が使えないのは痛いけど」


頬をふくらませ拗ねてみたところで、今回は〈騎士〉はお休み確定。

レイ君の大暴れに付き合って、またパワーダウンしちゃった。


「〈ダイタンオー〉にはなれない、かな」


ちょっと眉を下げるレイ君を、ボクはウインクして励ます。


「でも悪い事じゃないよ。

 〈ダイタンオー〉形態はレイ君の消耗が激しすぎるもん。

 こーゆー時は使わなくて正解さ」


〈ダイタンオー〉とはダヴ、ヴンダーヴァッシェの強化形態の事。

(ボク的にはグレート合体の方がしっくり来るんだけど)


ある程度力のある〈神衣〉を媒体にダヴをかなり強化できる反面、今のところはレイ君に負担がかかり過ぎてて多用はできない。

この前だって十五分もたたずにギブってたし。


カゴいっぱいのサンドイッチをあらかた片付け、ボクはやっぱり聞いておくべきだと、意を決して切り出した。


「レイ君、悩み、吹っ切れたみたいだね」


それを聞いてレイ君はちょっと照れた感じで微笑む。

ゴテゴテの軍服を着てても、やっぱり仕草がいちいちかわいい。


「吹っ切れたというより、悩みが答えだったって感じ、かな」


「悩みが答え?」


レイ君のバスケットに手を伸ばしながら(叩かれたし)、ボクは少しだけ彼のそば寄る。


「うん、僕が僕でしかないなら、答えを出すには悩むより進むしかない。

 目の前に出てくる問題に取りあえずぶつかってみようって。

 そう思えるようになったんだ」


「そっか、うん、ならよかったよ」


たった一晩離れただけなのに、なんだか急に彼が大人になった気がする。

出会った時は十七って言われて「え、こいつが?」とか思ったりしたけど、今はもっと大きく見える。


……でもね。

左右敵影なし。もう今しかない。


ボクはいきなり、そして思いっきり彼に抱きついた。


「ちょ、ちょっとカルネ!?」


レイ君がサンドイッチを取り落として慌てるけど、ボクはギュッとその肩を抱きしめた。


「ごめんね、そばにいてあげられなくて」


「……砦のことなら結果的にそれでよかったんだから――」


「そうじゃなくて!

 ボク、ジョンに言われるまでキミにどう接して良いかわからなかったんだ。

 おかしいよね、キミを巻き込んだのに、キミを娶ったのにそんな事」


ぽん、と彼の手がボクの頭に乗る。

陽射しのせいだろうか、その手がいつもより温かい。


「また、カルネはいっつも考えすぎだよ?

 僕が言わないことまで色々考えて背負い込もうとする」


「だってボクが離れた時、悲しいって心が聞こえたもん!」


「それはほら、僕よりジョンの方に君が行っちゃったからつい……

 その、僕はあんまり君にとって……大事じゃ、ないのかなってうわっ!」


もう我慢できなかった。

ボクはレイ君を草むらに押し倒し、その小さくて尖った耳に唇を寄せる。


「そんなことない。

 大事に決まってるよ……だってキミはボクの〈御使いアポストニゾ〉で……

 ボクに初めて一緒にいたいって言ってくれた。

 ……ボクの大事な、初めての人だもん」


「……よかった、カルネ。君が……」


草のベッドが香しい。陽射しの毛布が気持ちいい。

鳥の声が心地よく、彼の吐息が甘い。

レイ君のちっちゃな身体が愛おしい。


ああ、これが五感。

ボク身体持っててよかった。

もうこのまま溶けちゃいそうだよ。

彼を独り占めにして、彼と一緒に……どこまでも、どこまでも一つに……


「あー、ちょっといいかお前ら」


二人して飛び起きれば、いつの間に来たのか目の前に立つ黒服のお邪魔虫が一名。

腰に手を当て、おでこに青筋を立てている。


「もう毎度のことだから驚かんぞ。大方、貴様が迫ったんだろうしな」


アデ公めいっつもボクのせいにしやがって、押し倒したのは認めるけど。


「ここは下から見えてるからな。迂闊なマネをされると兵に示しが付かん。

 せめて終わってからにしてくれ」


本当に注意するためだけに来たらしく、アデルは呆れた顔でそう言い渡すとさっさと背中を向ける。

と、やにわにレイ君が立ち上がって彼女を呼び止めた。


「アデル待って。君に渡したい物があるんだ」

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