Chapter3 ②
グアレウス王宮の西の外れ、海に面した商都を一望する崖の上に広がる花園。
見わたす限りバラで埋めつくされた庭を案内しながら、スウェリンはここはかつて城壁の見張り台だったと語る。
「戦争が終わったおかげで、ここを庭園にできたんだよね」
心から嬉しそうにそう言いながら、スウェリンは横の家令に目配せをする。
家令は面倒そうに肩をすくめると、テテっとカルネとジョンに寄って頭を下げた。
「ご婦人、子爵。あちらの方に咲きごろの白バラがございます。どうぞご鑑賞下さいませ」
そのままカルネたちを「ささ、こちらです」と引っ張っていく家令。
僕も後を追おうとするが、その前に手をスウェリンに掴まれた。
「君はこっち。ついてきてね」
彼は僕を引っ張って別の方へ歩くと、バラの低いアーチをくぐる。
「見てよこの景色を。この眺めにバラは最高の組み合わせだと思わないかね?」
開けた石畳のテラスから、街から大きな入り江、そして大陸との間に広がる海までが一連なりになって広がる。
王宮に寄り添う商家の色とりどりの屋根。
倉庫街の屋上に並ぶ煙突と突き出た巻き上げ機。
そして入り江にに並んだ三角帆の商船の群れ。
手すりに絡みつくツルバラを額縁に、繁栄する南の都の全てがここから見て取れた。
その眺めのすばらしさに、でも僕の心は晴れない。
先ほどスウェリンから突きつけられた言葉が、まだ頭に重くのし掛かっている。
そんな僕に、スウェリンは明るく微笑みかけると帽子を取って、自分の頭をポンポンと叩く。
「あんまり考えすぎると背が縮むよ。あ、ちなみにこれ、小人流の冗談ね」
と、そこへ庭師が通りがかる。
「王様、ちょっとどいてくれんですか。今からそこの土弄るんで」
「ごめんごめん、仕事の邪魔しちゃって悪いね」
身分なんてどこ吹く風と庭師がスウェリンをせっつき、つるバラの前を開けさせる。
その服装に僕は違和感を覚える。
彼は一目で庭師とわかる作業着を着ているのに、手にクワも鋤も持っていないし、肥料の袋を携えているわけでもない。
あるのは腰に付けた革のホルスターだけ。
「気づいたね?」
僕にニヤニヤしながら、スウェリンは唇に指を当てて庭師を示す。
庭師がホルスターから抜いたのはやはり
彼はそれを土にかざし、祈るようにつぶやく。
「アンヌウヴンの主、アラウンの名において土に請い願う」
すると土に寝そべっていた精霊たちが耳をピンと立て、庭師の前に集まってくる。
彼女らはしばらく庭師の言葉に耳を傾けると、やがてそこら辺の土に潜ってなにやら騒がしく動く。
泥遊びのように見えるそれは、自然の、それも豊かな森で見かける光景だ。
「これは……もしかして土の手入れですか?」
「そのとおり、やっぱり君にも小人の血が流れてるんだね。
……小人は
私たちが今日まで長らえたのも、ひとえにこの力あってのことだよね」
あっという間に庭師が一仕事終える。
彼が去っていくのをスウェリンは手を振って見送ると、ポツリとつぶやく。
「とはいえ、それはもう昔の話」
再び開けた景色を向いて、スウェリンは目に確かな色を浮かべる。
「いまどき私たちより魔法に達者な中人はごまんといる。
いつまでも過去を引きずっていては小人に未来はない。
そう考えたのは私の父で、結果はご覧のとおり」
商都としてこれ以上ないほど立派な街並みを、彼は僕に示した。
「新しい街だ。
私が産まれる前、ここはまだ小さな漁村だったんだよ。
ほら、今でもあっちにその時の建物がある」
小さな手が指し示した街の外れに、円錐屋根のこぢんまりした家が連なる一角がある。
小人たちの伝統的な住居、まだ彼らが賢者扱いされていた時代の名残だ。
「あれが過去。こっちが現在。そして目の前に広がるのは……」
「……未来?」
どこまでも続く海と行き交う無数の船に、僕はスウェリンの言葉を継いだ。
「そう、この入り江は、かつて魔法と魚取りで暮らした先祖が残したもの。
そこに父が商人を持ち込み、そして私が船を走らせバラを育てる。
何が言いたいかわかる?」
挑むようなイタズラ顔のスウェリンに、僕は素直に首を振った。
スウェリンは「それでいい」と笑って僕の手を握る。
「私が言いたいのは、この都のように現在は過去と未来によってできているって事だね。
過去だけでも未来だけでもバラは咲かない。
種がなければ芽吹かず、枯れなければ種はない。それは全てに言える事。
むろん、それはこのプリダインとて同じなんだね」
彼はしかめっ面になり、王杓を床につくふりをする。
もちろん彼は王杓を持ってないし、しかめっ面も一瞬の事。
「アルビナは過去だ。彼女は戦でこの国を作ってきた王たちの代表だ。
一方君は未来だ。戦を経験しながらもなお、北も南も共に生きる国だと思ってる。
さっきは君に辛いことを言ったけれど、私は君がこの国に未来を示すだろうと期待してるんだ。
〈黒い霧〉っていう害虫を追い払い、プリダインという大輪のバラを咲かせてね」
「プリダインという、バラ……」
その言葉に、僕は胸がつまった。この国を咲かせるのが僕?
「いい花にはいい土。
時間がないのは残念だけど、君にとって最高の花園になれるよう私は手を貸すよ。
短い間でもいいから精いっぱい考えるんだ。
どうすれば過去に未来を伝えられるか、その方法をね」
小人の王はそう言って僕の手をぽんぽんと叩いた。
「私ばっかり話して疲れちゃったよ。
そうだ、さっき家令が言った白バラを見に行こう。
あれがまたすごく綺麗なんだよ。きっと今年のバラ祭の目玉になるね、うん」
スウェリンに引っ張られてバラのテラスを後にしながら、僕は自分を見つめ続けていた。
偶然でもなく、驕りでもない。
僕自身の僕自身によるやり方で、この国に団結をうながす方法。
それは救うのではなく、共に戦う方法。
今の僕には、まだその先が見えない。
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