Chapter2 ④

僕らに残された時間はあまり多くない。

それは充分にわかってる。


だからシンディが北で、僕が南となれば二手に分かれる以外に手はなかった。


シンディ一人に任せるわけにもいかず、といって彼女は一人で問題ないと言い張ったが、エドマンド翁の勧めでアデルが護衛について行くこととなった。

同じように、僕とカルネにはジョンが護衛としてつく。


「あいつは根っからの女好きだ。

 だが、剣の腕なら私と同じかそれ以上だから存分に扱き使ってやれ」

とは、僕から離れるのをすごく嫌がっていたアデルの言だ。


準備は早手回しに終わり、僕らは各々荷物を手にオクセンフォルド城の玄関に集まる。


「これ持ってって」

そう言ってカルネがアデルに渡したのは、ニワトリの卵ほどもあるエメラルドの塊。

宝石は綺麗にカットされ、縁を銀の飾りが巻いている。


「即席で作ったものだけど、この宝石は〈神衣〉の気配に反応する。

 ボクの代わりに、そっちでもできるだけ〈神衣〉を拾って欲しいんだ」


渡されたアデルはそれを軍服の内ポケットに滑り込ませると、手でカルネに了解を示す。

彼女は朝から機嫌が悪い。


僕の方へ戻る途中、カルネが壁に大きく掛かる肖像画を見て動きを止める。


「どうかした?」


歩み寄る僕に、カルネは背後のアデルをちらりとふり返り、そして無言で僕に肖像画を指す。


「ゴスリン家の肖像だね。これが?」


高さの誇張されたオクセンフォルド城を遠景に、野山に遊ぶ三人の子供と、仲むつまじい夫婦を描いた何の変哲もない肖像だ。

腕のいい絵師が描いたのだろう、子供も婦人も肌は白く、頬は薔薇に輝いている。

中央のエドマンド翁は今より二十歳は若い姿だ。


「おかしくない?」


「いや、別に」


「えっ? だってほらアデルちゃん――」

カルネの声をさえぎって、馬車を知らせる声が届く。


結局、彼女が何を言いたいのか、このときはわからなかった。



 ***



僕らとアデルたちの馬車は、オクセンフォルド城の跳ね橋を渡りしばらくのあいだ並走した。


やがて街道に出る分岐点で一台は西へ、もう一台は南へと曲がる。


僕らはしばしの別れに手を振り合った。


しばらく経った後。

雑木林を進む二列席の開放馬車の上で、城を出てからずっと頬杖をついて考え込んでいたカルネが会話の口火を切る。


「いや、やっぱりおかしいでしょ」


「何が?」


「だってさあの肖像の女の子二人、どう見ても双子だったし髪の色は金色。

 どっちもアデルちゃんじゃないよね。

 それにエドお爺ちゃんも奥さんも肌は白だっしょ? 絵が描かれた後に生まれたとしてもアデルちゃんの肌の色が説明つかないよ」


「ああ、そのことかい?」

馭者の後ろで手鏡を気にしていたジョンが後席をふり返る。

「誰も説明しなかったんだね。ま、ちょっと込み入った事情だし、本人の前じゃしょうがないかな」


彼は手鏡を閉じると、動きにくそうな白織りのコートを動かしてこちらに向き直る。


「アデルの母上はあの肖像画の正妻さんじゃなくて、エド翁のおめかけさんだよ。

 廊下にあったイスパニアの踊り子の絵は見たかい? あれがその人さ」


ジョンが示したのは、暗い廊下の角にさりげなく掛けてあった小さな絵の事だ。

情熱的な褐色肌の女性が、イスパニア舞踊を踊る姿を描いた一枚だった気がする。


「エド翁には正妻との間に三人の子供がいたけど、戦争で息子が死んで、娘二人は人質に連れて行かれたきりさ。

 それでアデルにお鉢が回ったんだけど、それでもすんなり跡が継げたわけじゃない。

 なにせあの肌の色だからね、嫌う人も多かったよ」


「肌が茶色だと何か不都合があるの?」


カルネは不思議そうにするが、僕とジョンは苦笑する。


「肌が黒いのはイスパニア民族の特徴なんだ。

 カルネ、この国に入ってから肌の茶色い人を見かけた?」


「そういえば、全然見てないね」


「それは当然さ。何たって我が国は、大のイスパニア嫌いだからね。

 特に北の巨人なんか、大昔にイスパニアにボロ負けしたのをまだ根に持ってる。

 まったく呆れた執念だよ」


僕らの説明に、カルネはちょっと首を傾げてから急にギョッとなった。

「そんなとこにアデルちゃん送って大丈夫だったの!?」


思いもかけない指摘に男性二人、揃って顔を見合わせる。

ジョンの薄ら笑いはめずらしく引きつり、僕は僕で顔がこわばる。


「しまった……完全に忘れてた!」


「いやいや見事に考えの外だったねぇ。

 これはどうりでアデルがずっと不機嫌だったわけだ。

 今度あったらバラでも贈って謝らないといけないね」


情けなく笑い合う僕らの頭を容赦なくペシペシと叩き、カルネは呆れ果てた特大のため息をつく。

「おまえらいい加減にしろよ。アデルちゃんがかわいそうじゃんか!」


「ま、待ってカルネきっと大丈夫だから。シンディがついてるよ、彼女は――」


その瞬間、僕の背筋をぞわりと悪寒が駆け抜ける。

隣のカルネも同じだったらしく、目をかっぴらいて周囲を確認している。


「? 二人ともどうかしたかい?」

僕らの様子が変わった事に気づいたジョンが訝しがるが、それに構ってる余裕はない。


僕はカルネと目を交わし、すぐに荷物から馬上剣サーベルを引っ張り抜く。

カルネは馬車から身を乗り出し、右手に薄い光を灯した。


「カルネ今のって」


「気配の強度、波長、ベクトルどれを取ってもそっくりだった。

 信じたくないけどまさか――」


周囲は木のまばらに生えた雑木林。

街道を歩く人はなく、対抗する馬車がときおりすれ違うのみ。


そういえばついさっきも一台すれ違ったか。


「まさか……!」


僕がふり返るのと、遠くで馬車の幌が引き裂かれ、黒い人物が飛び出すのは同時だった。


「「黒騎士!!」」


因縁の相手、それも倒したと思っていた敵の登場に、僕とカルネは共に叫び素速く馬車から飛び降りる。


受け身を取って着地した僕にカルネが光る手を向けた。

「〈騎士ナイト〉、レイ君を護れ!」


彼女の掌から光の刃が飛び、それを受けた僕は一瞬にして流麗な鎧に身を包む戦乙女、〈神衣:騎士〉の姿に変じた。


僕らの背後で、停車した馬車から広刃剣ブロードソードを手にしたジョンが飛び出し、すぐに僕の姿を見て薄い目をいっぱいに見開く。

「その姿は……レイ君かい?」


「ええ、詳しくはあとです。来ますよ!」

〈騎士〉の涼しげな女声で返答しつつサーベルを構える。


僕の声を待たずとも黒騎士は地に降り立つや街道の土を両脚でえぐり、言葉もなく猛然と突っ込んできた。

離れていても炎を模した黒い鎧からカゲロウが揺らめくのがわかる。


最初から本気で来たか。


「戦闘用じゃないのが残念だけど、それでも全力で相手させてもらうよ!」

カルネが手の平に双子の星を灯し、それを振って解き放つ。


星はラベンダー色のドレスをまとったカルネに吸い寄せられ、片方はリボンになって髪に、もう一つは小ぶりなファンとなって手に収まった。


「いくよ!」「わかった!」

言葉も少なく、僕とカルネは黒騎士に向けて走りだす。


僕には〈騎士〉の力があり、カルネは生粋の女神だ。

対する黒騎士も〈邪神〉の〈眷属〉。


普通の人間ではあり得ない速さの突撃は、双方の距離をまたたく間にゼロに変え、その間で最初の一撃が交換される。


黒騎士の突き込んだサーベルはカルネのファンをかすって火花を散らし、僕のサーベルはわずかに相手の兜をかすめただけだ。


僕とカルネが地面に踏みとどまれば、後ろでは黒騎士が木を蹴って転進する。


二度目の交錯は一瞬では終わらない。

僕は踏みとどまって黒騎士のサーベルを護拳で受ける。


間近で見れば、いよいよ相手があの黒騎士だという確信が深まる。

兜の隙間から僕によく似た茜の髪を垂らす少女に、僕は鍔迫り合いをしながら問いかけた。


「なぜお前がここにいる!?」


返答はない。

ただ面頬バイザーの下から獣めいた呼吸だけが返り、ついで全力の押し込みが僕を叩くいた。


姿勢を崩す前に飛び退った僕に、黒騎士は大上段からサーベルを振り下ろそうとしてなぜかピタリとその動きを止めた。

その全身に赤のリボンが絡みついて、彼女の動きを封じている。

リボンの先には、銀の髪を翼のように広げたカルネの姿。


「舐めてもらっちゃ困るよ〈眷属〉ちゃん!

 ボクの〈神衣〉にはこんな使い方だってあるんだからね!」


これが〈添神装〉の力か。

薄く儚げなリボンは、しかし容赦なく黒騎士を締め上げる。


好機を逃す手はない。

僕はサーベルの狙いを黒騎士の喉元に向け、渾身の突きを繰り出す。


その刃が突き刺さろうという、まさその瞬間、


「あ い や 待 た れ よ !!」


どこからか太い声が飛び、同時に黒い炎が僕と黒騎士の間に立ち上がる。

それは確かに炎であるにもかかわらず、鉄板のような鋭い音を立てて剣先を受け止めた。


「えっ!?」

僕が怯んだその横を、風のように何かが通りすぎる。

それは黒騎士の後ろに回り込み、カルネのリボンをずたずたに切り裂くとその場に静止し、その正体を現した。


男だ。黒いローブに派手な金の刺繍、手には太く長い杖。

灰色の長髪の下には頬がこけた血色の悪い顔。何より目立つのは、その1フィートはありそうな長く尖った山羊ヒゲ。


怪しいを超絶技巧で絵に描いたようなその男は、正面のカルネをまるっと無視して黒騎士に顔を向けると、怒りも露わにガサついたダミ声を張り上げた。


「くぉっの愚か者が! 何をやっているのであるかっ!」


「え、ちょ……何?」「いや、僕もなにやら……」

あまりに唐突かつ濃すぎるその登場に、カルネはおろか僕までが棒立ちになる。


「相手は二人、分が悪いのである!

 この場は失礼させていただくのである!」

一方的にそう言い放つと、男は杖で地面を叩く。

じわりと黒い霧が地面からにじみ出してきて、いつか見た黒い水面がまたたく間に黒騎士と男の足下に広がる。


「あっ、と、また逃げるか!」


「容赦されよ!」


とっさに掴みかかったカルネに頭を下げ、なぜか丁寧に断りを入れて男が沈んでいく。

黒騎士が僕めがけて跳ねるが、何かに足を取られたように引きずりこまれる。

わずか数瞬ののち、黒い水面が地面に戻った。


僕のはるか背後で轟音。

ふり返れば、黒騎士が乗っていた馬車が馬もろとも木っ端みじんに吹き飛び、破片は黒い炎を上げて落ちる前に灰となる


「なんだったの……いったい」

銀髪をはためかせて着地するカルネ。


黒騎士が生きてこの国に現れた。

それも、もう一人の人物を連れて。

その意味するところはまったくわからないが、一つだけ確かな事がある。


カルネによって本来の姿へと戻りながら、僕は心に刻み込んでいた。


僕らに残された時間は、あまり多くない

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