Chapter7 そして、彼と彼女は契りを交わす

Chapter7 ①


なんだかんだあって、それぞれが互いの事情を打ち明けあった翌日。

といっても僕はニカの電撃で伸びてたからまったく事の推移は知らないけど、昨日のうちに話はまとまったらしい。僕が目を覚ませばもう朝で、アデルとシンディは意気揚々と外出の準備に走り回っていた。

カルネが僕に語ったところでは、今日にも彼女の身体を見つけに行くということ。彼女の話を聞きながら、一晩でいったい何が起こったのかと、僕は頭をひねるばかりだった。カルネはノーコメントだったし。


そうこうするうちに朝も半ばを過ぎる。

〈学部群〉へ向かう馬車が〈貴族寮〉の馬寄せに集まる中、別方向を向いて停まる馬車が一台。

白塗りに金枠、白馬の豪華6頭立て。言わずと知れたヴェローニカの御用馬車だ。


「いくらお母様と言えど、山を二つも挟んで口出しなんてさせませんの」

ニカは馬車から飛び降りるなり、僕らにそう宣言した。


いつもの貸し馬車に六人は乗れないと指摘したのは僕だ。

しかしだからといって、まさか自信満々で答えたニカがこの馬車を提供してくれるとは夢にも思わなかった。


「この子なら、十人乗っても大丈夫ですの」


白塗りの車体をバンバン叩いてニカが胸を張る。

それに対して、御者台に乗り合わせた女性従者はすこぶる迷惑そうな顔でこっちを睨んでいた。彼女の服がちょっとコゲているのには見て見ぬふりを決め込もうか。


僕はその場に集まった全員をふり返って、なんとも言えない顔になる。

宙に浮かんだ光の玉はカルネ。僕の近くでフワフワと揺れている。


その向こうにアデルとシンディがいつもの格好で待機。これから森へ入るのにどうかとは思ったが、アデルの軍服はともかくシンディのメイド服については「これが私の勝負服ですから」と勇ましいお返事を本人からもらっている。


ここからが本題。アデルたちのさらに後ろで、ちょっと意外な顔ぶれが二人なかよさげにじゃれあっているのだけど。


「バート、〈塚森つかもり〉だからってビビってないよね?」

「当たり前だクラウ。幽霊の怖い俺だと思うか? あとバルトロだ」


陸士学部で支給される鉄の胸当てをつけ、飾りのない茶色の野戦服姿で互いの頬をつつき合う、黒髪もじゃもじゃの巨漢と、栗毛の活発な少女。

そう、ザビィとバルトロだ。


彼らを呼んだのはアデルだ。

学部の都合でちょくちょく演習林まわりに出入りしていることもあって、その土地勘を買われたらしい。いちおう届け出があるとはいえ事実上の自主休講にもかかわらず、二人は渋るどころか、なんと二つ返事で快く協力してくれた。


「心配するなレイ。地図読みはさっぱりだが、演習林なら知らん場所はない」

「そうよぉ、安心して道案内は任せてね」

僕の表情を誤解したのか、二人は明るく笑って手を振った。


ちなみに、彼らにも大まかな事情は伝えてある。

聞いた直後は頭を抱えたザビィとバルトロも、偉そうに話すカルネを見てある程度は納得できたらしい。

芯から理解してるかはちょっと怪しいが。


「ささ、皆さん早く乗り込むですの。演習林までならすぐですの」

ニカに勧められ、僕は先頭で馬車のタラップを踏む。

馬車のゴンドラに首を入れ、ただそれだけで僕とカルネはそろって歓声を上げた。


「うわぁ!」「すっごいゴージャス」


天井と床はシミひとつ無い紫のビロード張り。前後向かい合わせのカウチは、ゆるく弧を描いてゆったり広がる。中央には木製の小さなティーテーブルまでしつらえられ、天井から吊られたランプが、蘭の花を模したガラス被いから柔らかく光を投げる。


「ん? あれ?」

カルネが不思議そうな声を上げ、スイスイと馬車の内外を行き来する、

「これサイズ変じゃない? 外より中が大きい気が……」


「ほら、レイ兄さまもカルネ様も早く入るですの。

 あとがつっかえてますの」


「ああ、うん。カルネ入ろう」

「うーん……謎だわ」

ニカに押し込まれ、僕らはカウチの端に落ちつく。

だが結局、全員が乗るまでにはさらに時間がかかってしまった。なにせ僕らに続く人数分、顔を入れては驚くのくり返しだったわけで。


とにかく全員、無理もなくすんなりと収まり、車は寮を離れて演習林のある郊外へと走りだした。


「まったく揺れんとは……奇妙だ」

「お茶に波も立ちませんね」

不思議なほど静かに走る馬車に、給仕をするシンディも、彼女にお茶を入れてもらうアデルも目を丸くしている。

いや、そもそもシンディが普通に立っていられるあたりで、僕としてはビックリするのだけど。


「ふふ……」

キョロキョロと落ち着きのない五人に対して、ニカは一人だけ自慢げな顔だ。


「これも魔法なの?」

「たぶん、でも精霊が見えない」

室内には精霊の気配すらなく、カルネの問いかけにも肩をすくめるしかない。


ライツェンの魔法技術の高さはニカからよく聞かされていたけど、この馬車がどうやって驚異の乗り心地を実現しているのか、僕にはさっぱりだった。


「さ、皆さん驚くのはここまでですの」

パンパンと手を打ち、ニカがみんなを現状に引き戻す。


「そ、そうだな。

 まずは諸君、こうして集まってくれたことに感謝する」


ニカと歩兵学科の二人に深く頭を下げるアデルに、三人はそれぞれ首を横に振る。

「やめてくれアデル先生。俺たちなら何の遠慮もいらんよ」

「そうそう、バートの言うとおりだよアデル先生」


「私もですの。レイ兄さまへの恩返しですの」


ちなみに、歩兵学科の二人は前からアデルを知っていたらしく、彼女を先生と呼んでいる。おそらく歩兵学科に講師代理で顔を出していた、その縁だろう。


「そう言ってくれると助かる。さっそくだが、今日の目的の話をしよう。

 レイ、頼む」


アデルに手で促され、僕とカルネは前に身を乗り出す。

「今日探すのは〈塚森〉、そのどこかにある塚だ」

「せーかくにはその下の〈石室〉、そこにボクの身体と機装が埋まってる」


「塚か……特徴は何かないかレイ? 例えば丸いとか四角いとか」

首を傾げるバルトロに、僕は手で円形を示す。


「えっと、形は丸で、大きさは……講堂の小さな丸屋根と同じぐらい、だと思う」


「丸、となると古い塚だな。その大きさなら心当たりは一つだ」

「うん、きっと〈猫背の塚〉だね。

 〈猫背の塚〉ってのはあたしら歩兵学科での塚の名前だよ。目印によく使うの」


得意げにそう話す二人に、アデルが横から手を叩く。

「やっぱり、お前らなら知ってると思ったよ。さすが頼りになるな」


「いやまぐれだ、いや、ですよ先生。

 行ってみないと実際のところはわからん、ですから」

「そうそう、〈猫背の塚〉なら、林の縁から1時間はかからないと思うよ。

 西の端からなら、もうちょっと近いと思うけど」


照れつつ答えるバルトロとザビィ。それを聞いたニカが立ち上がる。

「西の端ですのね。なら馭者に言って道を変えてもらうですの」


ニカは立ち上がって、天井から垂れた呼び紐を引こうとする。

ところが彼女の手が触れるか触れないかのところで、馭者席とゴンドラを隔てる窓が外からあわただしく開かれた。


「殿下失礼」

窓から顔を覗かせたのはニカの従者、その顔には明らかに緊張の色が見て取れる。


「ど、どうしましたの? これから呼ぼうと……」

「殿下、申し訳ありませんが外を、街の方をご覧くださいませ。

 煙が見えます」


言われたニカは、右の扉にかかった紫のカーテンに飛びついた。

サッと開かれた大きな窓に、全員の目が釘付けになる。

麦畑の向こうにそびえる〈学校〉の中央街、その赤屋根の街並みから立ちのぼる黒い煙。それも一筋ではなく、間を開けて五つの筋が爽やかな朝の空に立ち上がっている。


「あれは……」

「燃えてます、アデル様街が燃えてますよ」

「俺らの下宿の方向、まさかクラウ、火事じゃないよな?」

「バートもアタシも火の始末してきたよ!」

「いや、そういうことは言ってないと思うですの。

 それに火事が同時に起きるなんてちょっとあり得ないですの。むしろ……」


下唇をかんだニカの言葉を、僕は静かに継いだ。

「うん、戦争のように見える」


小さい頃に何度も見たことがある。

〈平定戦争〉で何度も目撃した、戦を象徴する光景。


「カルネまさか」

僕の思惑にカルネの光がフルリと揺れる。

「うん、まさかとは思うけど……とにかく確認したほうがいいよ、街へいこう」


「だめだ! 直行は危ない」

アデルがふり返ってカルネの言葉を止めた。

「貴様の敵だとしたら、むざむざ捕まりに行くようなものだ。

 ……そうだな、この近くに丘があったはずだ。まずはあそこに登ろう」


持ってきた大きな荷物袋から遠眼鏡を取り出しつつ、アデルは窓越しにニカの従者と馭者に指示を飛ばした。


道を変える馬車の中、誰もが不安げに立ちのぼる煙の筋を追う。

それは悪魔の指先のように、弧を描いて僕を招いているように見えた。



 ***



麦畑のど真ん中、そこだけ場違いな感じでポコッと顔を出した小さな丘。

その頂上で、遠眼鏡をのぞいていたアデルがうめく。

「なんとも……ひどい有様だ。

 石積みが完全に崩れてるぞ、どうやったらあんな事ができる?」

「わかんないよ先生。バートどう?」

「俺らの下宿は無事みたいだ。大家さんは逃げてくれているといいが……」


ニカの白馬車馬車から降りた全員が、ありったけの遠眼鏡を持ち出して街を見下ろろす。街のあちこちから火の手が上がる、崩れた建物の周りを逃げる人の姿は、ここからでもハッキリとわかる。


「軍隊が出てるみたいですね。でも、ここからでは何と戦っているかは……」

街並みにときおりチラチラする赤と黄色の服を追いながら、シンディが静かにつぶやく。


と、だしぬけにガラガラと大地が鳴り、街の一角で大きな土煙が上がった。


全員がそこに注目する中、いち早くそれを見つけたのはニカだった。

「あれは何ですの!? とっても大きいですの!」


湧き上がる土煙を透かして、僕もその姿を遠眼鏡の枠に捕らえる。

「あれは……カルネまさか」

耳元でぶん、と音が鳴る。カルネのため息だ。


「だね、まちがいなく〈巨人級戦闘機装タイターノ・クラッソ〉。

 レイ君の言いたいことは分かるよ、霧の中にいたやつと同じ型式だ……きっとリヴ伍型フィセーかそのバージョン違いってところだろうけど」


「ということは……あれも機装クライティだな?」

聞きつけたアデルに、返事のつもりかカルネが肩の上でまたたくのを感じた。


僕は目を黒い巨体に、建物一つを完全にバラバラにし、その残骸の上でのそのそと動く影に止める。

大きさは崩した四階建ての宿屋と同じぐらいか。いちおう人型をしているものの足が異様に短く、腕は反対に呆れるほど長い。大きな箱形の頭の下には、まるで牙をむき出しにした口のような、ギザギザのすき間が見える。


「あれはたぶん操舵宮カンツォ、そののぞき窓だね。ホントは立体光屈折視野装置テー・デー・ベー・ツェー……外が見えるカラクリがあるから開けてなくてもいいのになぁ。活動中に開けてるなんてヘンだよ」

「そうなの? って、なに言ってるかわかんないけど」


「とにかく皆、一度こちらを向いてくれ」

遠眼鏡を下ろしてアデルをふり返ると、彼女は荷物入れから引っぱり出した〈学校〉全体の地図を芝生に広げ皆を呼んでいた。

「ざっと見た感じだと、市街地の五箇所で火の手が上がっている。

 軍隊の動きを見るに、あのデカブツ以外にも敵が入ってるようだな」


アデルの分析に、しゃがんで仲良く肩を並べ、シンディとニカが訝しがる。

「ふむ、敵は何を意図しているのでしょう」

「いきなり街を攻撃するなんてとても大胆ですの。今までコソコソしてたのが嘘みたいですの」


対するアデルは投げやりに首を振た。

「わからんよ。方針を変えたのは間違いないだろうが」


「たぶん狙いはレイ君とボクのままだろうけど、ねぇ?」

カルネがこんがらがった声で誰にともなく問う。

とその時、まさにカルネに答えるかのごとく、街を破壊していた巨大な機装から雷もかくやという大音声が轟いた。


『我々は要求する』


「しゃべったぞあのデカブツ!」

「バート黙って!」


『我々は〈学校〉に対し、イニス・プリダイン連合王国の要人にして生徒、スォイゲル王子、レイ・アルプソークの身柄を要求する。

 我々は〈西方大陸エウロペイア〉の兵にあらず。ゆえに貴公らを根絶やしにするに何のためらいもない。もし正午までにレイ・アルプソークを引き渡さぬ場合、この町は瓦礫と化すだろう』


「なんともはや、直球だな。レイを寄こさないとひどい目に合わせるぞ、か」

眉根に皺を寄せて鼻を鳴らすアデル。


あくまで冷静なシンディとニカが顔をつきあわせた。

「レイ様狙いならなんでこっちに、〈貴族寮〉あたりに来なかったんでしょうか。わざわざ街を襲ったりして」

「それは……きっとシンディ様、普段なら今ごろ登校中ですの。

 レイ兄さまは街のど真ん中、恐怖に陥った人たちにレイ兄さまを差し出させれば、自分たちは苦労しなくて済みますの」


「なるほど筋は通るな。相手が少数精鋭なら有効な手段だ」

アデルは二人に相づちを打ち、ついでに小さく「卑怯な連中だ」と吐き捨てた。

そこに再び黒い巨体からの声が飛んでくる。


『付け加えるが、我々を排除しようという試みは無駄である。

 我々の鎧は貴公らのいかなる武器を持っても貫けぬものだ。無駄な人死にを出したくなければ、大人しく言うことを聞いていただきたい』


威圧的な宣言に対し、今度はカルネがせせら笑いで応じる。

「ハッタリだね。デカいのは確かに難攻不落だろうけど1機しかいない。チョロチョロしてる小さな方は十分こっちの武器だっていけるさ」


「小さい方?……あ、カカシ」

再び構えた僕の遠眼鏡に、一瞬だけ建物のすき間にひょろ長い黒鎧が映る。特徴的な長すぎる手足、カカシ騎士に間違いない。


同じものはアデルにも見えたようで、彼女はさらに遠眼鏡を回してから地図と照らし合わせる。

「相手はカカシが五、いや六人か。あとはデカい奴が一人。

 おいカルネ、カカシなら十分勝てると言ったが何か対抗手段があるんだな?」

「もっちよアデルちゃん。

 昨日さ、カカシの鎧開けるのにカンヌキ引いたの憶えてる? あれ引くとカカシは身動き取れなくなるんだ」


「ということはだ。大人数で足止めしてカンヌキを開ければ勝てるわけか」

勝算が見えたかニヤリと笑うアデルに、カルネは光をパタパタさせて「いや、足止めは相当きついと思うよ……」と呆れ気味に返している。


「はいっですの」

そこへニカが、手を上げて発言を求めた。

「小さい方はそれでいいとして、あの大きな化け物はどうするですの?」


聞いたカルネが地図の上にまで進み、プブン、と震える。

たぶん胸を張ってるつもり、だろう。きっと。

「ふふん、それなら心配はいらないよ。〈ヴンダーヴァッシェ〉を使えばあんな三下クソザコ機装、昨日も言ったけど鼻息ポンッ、楽勝快勝朝飯前さ!」


「ということは、今はカルネ様が身体に戻るのを優先するですのね?」


「いや待った、ちょっと待て」

二人のやり取りにストップをかけたのはアデルだ。

「今のままだと守備の軍隊は長くは持たん。さっきから方々で逃げに入っているからな。〈学校〉の兵を悪くは言いたくないが、貴様の身体を見つけるまで持ちこたえられるとはとても思えん。

 私たちがこっちにいるのがバレて、あのデカブツに後ろから追われたくなかったら、街に奴らを足止めする必要がある」


アデルの言葉に、地図を囲んだ僕らはいっせいに考えこんだ。


軍隊が降伏すれば遅かれ早かれ僕が街にいないのは相手にも伝わるだろう。

そうなったら当然、連中はこっちを追いに来る。六人のカカシ騎士と何よりあの化け物に追われながらカルネの身体を探すのは、どう考えても困難きわまりない。


「なら、人を分けましょう」

やがていち早く手を上げたシンディが、アデルだけでなく全員に提案した。

「とにかく重要なのは、街にレイ様がいると思わせて敵を止めること、でしょう? ですからアデル様と私が街へ行けば、ある程度ごまかしは利くと思います」


納得した顔で、アデルがシンディの後を継ぐ。

「こっちにはカカシへの対抗案もあるからな。うまく兵士たちを動かせば、相手の数を減らす事も期待できるか。

 となればもう少し人手がいる……おいバルトロ、お前たしか槍は上手かったな?」


「え、俺、ですか? それは、いやでも先生ほどでは」

いきなり水を向けられ、今まで静かだったバルトロが慌てふためく。


アデルが苦笑しながら、バルトロの背を叩いた。

「構わん、欲しいのはこっちで動いてくれる人手だ。怪我しないように逃げ回ってても文句は言わんぞ」

「そんなら、まぁ。やらせてもらいます」


「これで三人……」

「四人ですの」

シンディを遮って静かに進み出たのは、不敵に笑ったニカだ。

「私も足止めに加わるですの。

 ……別に雰囲気やカラ勇気で言ってるわけではないですの。ただ、誰かがレイ兄さまの影武者にならないと、うまく敵を欺けないですの」


「うわっ、ちょっとニカ?」

ニカは僕からコートを強引にむしり取ると、肩から羽織ってみせる。

「ほら、背格好はだいたい同じですの。

 あとは顔を隠してアデル様やシンディ様と一緒にいれば、遠目に見分けはつかないですの」


「ですがニカ殿下、貴女に万一の事があれば、ライツェンになんと言えばいいか……

 ひっ!?」

眉根に皺を寄せて止めようとするアデルの鼻面に、ニカが魔杖ワンドを素速く突きつける。

さらに彼女は左手で、三面にガラスのはまったブリキの箱を取り出した。ひとりでにカチカチと音が鳴り、箱の中に小さな火が灯る。

たちまち、どこからともなく赤の精霊がトカゲ舌をチロチロさせて寄ってくる。


「これは魔法の種火。レイ兄さまは知ってるですのね」

「たしか炎の魔法のための道具だっけ?」

「ですの。近くに火種がなくても、これがあれば炎の精霊を集められるですの。

 アデル様、私は自分の身ぐらい自分で守れるですの」


「……失礼しました殿下。ありがとうございます」

強情を絵に描いたようなニカに頭を垂れるアデル。


その横で、僕もまた感謝から彼女に頭を下げる。

ニカは気にしないでと首を振ると、僕の手をかしっと握った。


「せっかく異世界のモノと戦えるチャンスを、ライツェンの皇女としてふいにしたくなかっただけですの。

 それに街へ行く私たちより、カルネ様を蘇らせるレイ兄さまの方が責任は重いですのよ? こっちは適当に時間を稼いだら逃げるので心配はいらないですの」


「そのとおりだねニカ。

 うん、危なくなったらちゃんと逃げるんだよ。きっと僕とカルネで何とかするから」


僕はニカの額に唇を寄せる。

妹みたいな彼女がここまで手を貸してくれるのだ。僕が頑張らなくてどうするのか。

ちょっと親密すぎたかもしれない親愛の表現に、ニカが照れた笑いを浮かべる。でもカルネに向けた彼女の目がちょっと怖いのはなぜ?


「さ、さて、街へ行くにも足がいるはずですの」

気を取り直すように頭を振り、ニカが手を鳴らす。

今まで御者台で呆然としていた従者が駆け寄ってくるが、ニカからライツェン語で声をかけられた途端、その表情は一気に険しくなる。ただそれも、ニカが脅すようにワンドをかざすまでのことだ。

従者は肩をすくめて馬車に戻り、荷物入れに乱暴に手を突っ込んだ。


「どうしたの彼女?」


ニカに小さく声をかけると、彼女はやや邪悪な笑みを咲かせる。

「別に、どうもしないですの。

 馬も鞍も貸さないなんて言ったので、また燃やされたいかと訊ねただけですの」


……まあいいや。

ともかくこれで、馬車から外された馬6頭が使える。

手早く鞍が取り付けられ、四頭には足止め役のアデル、シンディ、バルトロ、そしてニカがそれぞれまたがる。

あと二頭のうち一頭はニカの従者と馭者が逃げるために、そして最後の一頭は……


「ザビィさん、後ろの座り心地は大丈夫ですか?」

「うん……やっぱ狭いや」

塚までの案内役として残ったザビィと、僕が相乗りすることになった。

「ちょっとザビィ、あんまりギュッとしないでボクに触ったら髪コゲちゃうから」

もちろんカルネも一緒だ。


並び立った四騎の上で、アデルが剣を掲げて号令する。

「よし、我々はこれより、〈学校〉中心街にて敵の足止めおよび撃破に出向く。

 総員武器はいいか?」

各々がそれに答え、戦鎚ウォーハンマー長槍スピア、ワンド、それぞれの得物が打ち合わされた。

アデルは胸に手を当て、僕に深くお辞儀する。

「では王子殿下わかだんな、早めの合流をお待ちしております」


「うん、みんな気をつけて、死んじゃ駄目だよ!」

僕の言葉にシンディとバルトロは手を降って、アデルとニカは笑みで答えると、各々一斉に馬を襲歩ギャロップさせた。


丘を駆け下りていく四騎の白馬を見送って、僕は馬を反対に向けながらザビィに声をかける。

「君もありがとう、ザビィ」

「ボクもごめんね、こっちの事情でバルトロを連れて行っちゃって」


「いいの、バートはちょっとやそっとじゃ死なないし。

 さっきだって『ちょっと大家さん守ってくらぁ』って言ってた、から」

ザビィが薄く笑って僕とカルネの言葉に応えてくれる。

だけど隠せない不安が、彼女の顔に影を落としているのは確かだ。


『手早く片付けよう』

カルネが耳打ちする言葉に、僕も決意をもって返した。

『うん、君と僕、それにみんなのために』


そして僕らを乗せた馬は、丘を街とは反対へ駆け下りる。

始まりの場を所目指して。

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