信長、蘇生せよ、この悲観の中に

鮎風遊

第1話 ファンド

「調子が悪いなあ、何とかならないのかなあ。コンチキショー!」

 高見沢一郎たかみざわいちろうは、何の変哲もなく普通に人生やってきた中年サラリーマン。

 しかし、そんな小市民で平和を愛する高見沢でも、最近腹が立って腹が立って仕方がない。

 御立腹の理由はきわめて単純そのもの。虎の子へそくりの持ち株がダダ下がりなのだ。

 もうなんともならない。これからの残された生涯の中で、元値もとねさえも挽回できるかどうかわからない。

「あ~あ、心は暗いなあ」

 世界同時不況は終わることもなく、今もずっと続いている。

 されど心の救いはある。こんな不幸はなにも高見沢だけではない。世間の皆さま、そう、みんなみんな日の目を見ない日々なのだ。

 ホント日本国中、不幸ふしあわせだらけ。

 日経平均株価は、地獄との境界線、その1万円ラインを切るか、良くってその近辺をウロウロしているだけ。それはウン十年前の1984年頃に、まさに戻ってしまっている状態だ。


 高見沢は30歳の頃からハラハラと、緊張感を持って人生を過ごすのも良いかなあと思い、株式遊びを始めた。

 多分、中年世代のサラリーマンたちはみんなそうなのだろう。いつの日かミリオネアーになることを夢見て、全身全霊を傾けて買い集めてきた愛すべき銘柄たち。なんと今あらためて眺めて見ると、大損の塩漬け銘柄ばっかりだ。

「こんなはずじゃなかったよなあ。天井3日底3年、逆説的に言えば、どんなに悪い市場でも、3年に1回くらいは3日間の天井はあるはず」

 高見沢の口からついつい愚痴が飛び出してくる。そして止まらない。

「もうドン底がかれこれ10年以上も続いているよ。その原因はわかり切ったこと、日本の政治の経済政策が悪いからだ!」

 それもそのはず、1989年12月29日のバブル最高値、38,915円87銭を頂点として、後は奈落の底へ真っ逆さま。


「世間さんは山高ければ谷深しとおっしゃられますけど、反対に、谷が深けりゃ山が高いということと違うんか。バブル崩壊後、山なんか一個もなかったし、どこまで行っても谷ばっかり、日本の今は、混乱と悲劇のあの戦国の世と一緒だ。景気を早く良くして、株価をガンガンと上げてくれるニューリーダーは出てこないものだろうかなあ。あ~あ、ニッポン、スッポンポン、情けなーい!」

 高見沢は、もう事ここに至っては、この地に落ちた日本経済、その世直しをしてくれるニューリーダーの出現をただただ待望するだけ。そして、いつもカッカカッカと怒り心頭なのだ。

「大損は自己責任、確かに自分にある。だがなあ、マーケットを瀕死の墓場状態にしてしまったのはどこのどいつだ。出てこーい!」

 天に向かって、こう一人文句をく日々が続いている。

 俗世間には、株式投資に関わる意味深い格言がたくさんある。そんな中に、高見沢が一番お気に入りとしている言葉がある。


【強気相場は悲観の中で生まれ、懐疑の中で育ち、楽観と共に成熟し、幸福のうちに消えて行く】

 (Bull market are born on pessimism, grow on akepticism, mature on optimism, and die on euphoria.)


 なんと格調高い相場格言だろうか。

 生きたマーケットの諸行無常。株価の栄枯盛衰を言い当てて、実に妙。高見沢はいつもほとほと感心している。まさに株式遊びの至言だ。

 しかし、残念ながら現実はかなり違う。

「強気相場は悲観の中で生まれるってか、なるほどなあ。しかしここずうっと悲観ばっかり、まさしく今がブル・マーケット:牡牛おうし市場の始まりであるべきだと思うけど……、それにしても、この悲観はスゴイ、ひょっとしたら歴史上、人類が経験したことのない連続悲観なのかも知れないなあ。強気相場が二度と生まれない、永遠に続く悲観だったりしてなあ」

 そして、この現実の不幸状態を表す格言、それはこれしかないと、高見沢は寂しく詠み換えるのだった。

【弱気相場は――、悲観の中で育ち、落胆の中で連続し、失望と共に成熟し、不幸の中でより悲観となって行く】


 高見沢はほとほとくたびれてきた。自分のへそくり小金がすでに3分の1以下に目減りしてしまっている。

 きっときっと楽しいはずの大人的熟年遊び、それへの資金が捻出できない。キャッシュフローに破綻をきたしてきている。

 このままの日本では景気回復に期待は持てないし、株価が上げ相場に向かう兆しも見えてこない。高見沢には人生の破滅がじわじわと迫りくるのが感じられる。

「なんとかしないと俺は滅びるぞ。えーい、こうなったらどうとでもなれ、花と生きてきた昭和世代、恥ずかしながらも、俺自らが日本の悲観状態を打ち破ってやるぞ。日本経済の変革を断行してやる!」


 おっおー、遂に高見沢は中年にして気が狂ってしまったのか。なんと大胆にも、この混迷した悲観相場状態から抜け出し、株価アップのためのプロジェクトを発足させることにしたのだ。

 目標はいたって単純明快。日経平均株価の3万円の達成だ。

「うーんさてと、我がゴールは決まったが、それをどうアプローチし、どうアクションして、PDCAを回しながら達成して行くかだなあ」

 高見沢は伊達に年は食っていない。1ヶ月の熟慮の末に、遂に日経平均アップの戦略構想を練り上げたのだ。


 京都の祇園祭は7月17日の山鉾巡行をピークにして、あとは後の祭りとなる。そしていつも通り梅雨は明け、猛暑がやってくる。

 京都の夏、今年はとにかく滅茶苦茶暑かった。うだる暑さで、京都盆地は釜茹かまゆで地獄。


 そんな過酷な夏でも、京都には情緒がある。

 鴨川のゆかでの夕涼み。東山の霊妙れいみょうに白い月を眺めて、伏見の冷酒一献。これがまた風流そのもの。

 酔い醒ましにと、夜の花街に繰り出してみる。河原町から祇園へと浴衣姿の女たちが、昔風にしゃなりしゃなりとすまして歩いている。

 京女きょうおんなたちの夏、それは優雅そのもの。白河のしだれ柳を背景に、なかなか色香いろかのある風景がそこにある。

 そして8月16日、そんな暑い盛りの古都風情ふぜいだが、大文字の送り火とともに夏のすべてが燃え尽きてしまう。

 今年も盛夏は残暑へとまた移ろって行ってしまった。

 そしてさらに時は容赦なく刻み、今は9月の初旬。そこはかとなく秋の気配を感じる。


「ねえ、高見沢さん、今宵は何を食べさせてくれるの? 突然呼び出されて、東京からわざわざ京都へ出向いて来てあげたのよ。だからちょっと美味しいものを食べさせてよ」

 夏木奈美なつきなみが畳みかけるように話し掛けてきた。

 奈美は、東京渋谷の証券会社に勤める三十路半ばのバリバリのキャリアウーマン。スラッとスリムで現代風。なかなかのベッピンさんなのだ。

 奈美とは、昨年旅した探し物発見ツアーで知り合った。だが特に深い関係にあるということではなく、単なる友人。

 しかし、なぜかそれ以上に気が合い、うまく表現ができないが、二人ともにとって摩訶不思議な間柄あいだがらだとも言える。


 奈美は今日、ルイヴィトンのバッグ一つを肩に掛け、朝の新幹線に飛び乗って京都までやって来てくれた。仕事から解放された自由な気分で、リラックスした雰囲気が伝わってくる。

 高見沢は、そんな奈美を相手に、哲学の小径こみちをぶらぶらと二人で逍遙している。そして、ここまで出向いてくれたことへの精一杯の謝意を込めて、奈美に答える。

「奈美さん、今日はありがとう、わざわざ東京から出て来てくれて……。実はですね、大事なお願いがあるのですよ、まあ食事しながらでもお話しさせて下さい。祇園の方へ出て、京会席を御馳走しますから」

 これを聞いた奈美が急に嬉しそうな表情となる。

「そう、それじゃ遠慮なく御相伴に預かるとして、私一度でいいから、丹波たんばまったけが食べたかったの、国産の香りの良いまったけをね。土瓶蒸しと焼きまったけがいいわ、もう旬の季節でしょ」

 高見沢はそんな要望を耳にして、コテコテの関西弁で直ぐに返してしまう。

「あんなあ、奈美ちゃん、なんちゅう贅沢なことを言うオナゴはんなんや。高級丹波まったけを食べたいってか?」

「モチ、そうよ」

 奈美の意志は揺らがない。


「まことに申し訳ありませんが、椎茸しいたけの土瓶蒸しと、丹波栗の栗御飯で、本日のところは辛抱してくれない」

 高見沢は、丹波まったけといういきなりの要求にびくついてしまった。

「なによ、ドケチね。東京からわざわざ出て来てあげたのよ。まだ女性を理解していないのね、女性の永遠のテーマは何か知ってるの?」

 奈美がきつい調子で尋ねる。

 高見沢はその勢いに負けて、「ううう、女性の永遠のテーマね、それは男か?」と答えてしまった。

「それって完全に外れてるわ、男なんかどうでもいいのよ。答えはダイエットよ、高見沢さん、わかる? こんにゃくチャーハンよりもっと効く究極ダイエット、それは山の幸、まったけなの。特に丹波産が上質でね、味良し香り良し、ダイエットにも良い、そんなまったけをご馳走してもらえないのなら、私、何しに京都に出向いて来たのかわからないわ。もう東京へ帰る!」


 奈美がプッツンきかけている。高見沢は焦った。そして、あとで大事なお願いをする目論もくろみを考え、覚悟を決める。

「いやぁー、こりゃ参りました、ダイエットのための京都への女旅か、まあまあまあ、お怒りをお収め下さい。わかりました、奈美ちゃんの永遠のスリムバディーの維持に協力させてもらうことにして、十八金より高価な丹波まったけを御馳走させてもらいますよ」

「やっぱり高見沢さんね、美女の要求をちゃんと聞いてくれるのね、男らしいわ、よろしくね」

 これで高級会席お食事会の成立。奈美はしてやったりという顔付きで満足そう。高見沢はこんな奈美の可愛い我がまま気分がおさまるのを待って、本題へと話しを進めて行く。

「ところで奈美ちゃん、最近、本業の株の方、調子はどう?」

 奈美はいきなり現実の世界に引き戻されたと感じたのか、少しムッとなる。

「良いわけないでしょ、IT銘柄も環境銘柄も、それにバイオもさっぱりよ、最近ポートフォリオの組みようがないのよねえ。ところで、高見沢さんの方はどうお?」

「俺もさっぱりだよ、餓死しそう」と、高見沢の表情も曇る。

 すると奈美は高見沢のその顔付きに煽られたのか、怒ったような表情となり、絶望的なことを話す。

「出口の見えない日本株式市場、やっぱりそれを打破する思い切った経済改革がないとダメね。新しいリーダーが現れるまでは、きっといつまで経ってもこんな調子なのよ。市場は二度と陽の目を見ない悲観相場よ、このままじゃ本当にみんな破綻するわね」

 これを受けて、高見沢は胸に仕舞っていた改革への思いを述べ始める。

「その通りなんだよなあ、だから俺、実は決意したんだ。このままじゃ自己破滅だから、自分で日経平均株価を上げることにチャレンジしようってね。それで奈美ちゃんへのお願いは、それを手伝って欲しいということなんだけど」

 奈美はこんな突拍子もない依頼を受けて、まずはびっくり。

「えっ、高見沢さん、今何ておっしゃったの、高見沢さんが日経平均の株価を上げるって? 一体アンタ何考えてるの? 失礼だけど、あなたはただのオッチャンサラリーマンよ。日経平均株価を上げるなんてできるわけないでしょ」

 奈美は遠慮することもなく、思うところのままに返してきた。


「そう、おっしゃる通りです、俺はただのサラリーマン、その俺が日経平均を直接に上げることなんてできないよね。だから、俺と奈美さんとでオーナーになって、そのニューリーダーにやってもらうんだよ。つまり、ドデカイ改革ができる取っておきのリーダーに登場願って、株価をスカイロケットに上げるんだよ」

「高見沢さん、何を言ってるのかさっぱりわからないわ。今の日本にそんなことを期待できるようなリーダーなんていないわよ、だから悲劇なの。まさか外人社長さんにでもやってもらいたいの?」

 日経株価アップのニューリーダーの話題で、二人の会話が止まらなくなってきた。

「違うよ、外人さんには頼まない、純血主義で行くよ。あのねえ、奈美ちゃん、今のこの時代にはそんな強いリーダーはいないよね、まったくその通りだ。だけどいいか、昔は確かにいたんだよ、ちょっと奈美ちゃん、日本の歴史を振り返ってみて、過去日本を大きく変えたリーダーは、誰だかを言ってみてくれない」


 奈美は話しに乗せられたのか、「うーん」と考え始める。そしてすぐに答えが見つかったのか、自信満々に答えるのだ。

「過去からの古い慣習を破り、新しい日本へと変革した人物ね、そうね、一番は織田信長、二番目は坂本龍馬でしょ。この間の雑誌にも載ってたけど、今、日本国民が最も欲しているリーダーは、この二人だって」

「ピンポーン、さすが奈美ちゃん、大正解で~す。俺なあ、その一番人気で、戦国時代にあって大変革をやり遂げた覇者、織田信長に再登場してもらおうと思ってるんだけど」

 高見沢は事ここに至って、とんでもないことを言い始める。

「高見沢さん、アナタ、ホント中年ボケなの。織田信長なんて、400年以上前に死んでしまってるのよ、どうして織田信長が現代に再登場できるのよ」

 奈美には、もうお話しにもならないという空気があからさまに漂う。しかし、高見沢は真剣な顔付きを崩さない。


「あのねえ、信長は明智光秀の謀反むほんで、1582年(天正10年)6月2日、本能寺で襲撃を受けたよね。そして燃え盛る炎の中で自害したということに歴史上はなっているだろう。だけどね、その噂の、その身を自ら燃え尽きさせ、その亡骸なきがらをこの世から消滅させてしまったというのは、それは真実じゃないんだよ」

 高見沢は、どうも信長は本能寺の炎の中で自害をしていない、つまり事故での死亡であり、遺骨は燃え尽きずに残っていると主張しているようだ。

 しかし奈美は、「ふーん、そうなの」と他人事のように相槌を打つしかない。高見沢はそんな奈美に、さらに力を入れて亡骸消滅説を否定する。

「奈美ちゃん、いいかようく聞いてよね、確かに信長の遺体は、今日まで誰にも発見されてない。だけどね、信長は日本の国王になろうとしていたし、その上に、神にまでなろうとしていたんだぜ、自害して自分の身を焼き尽くしてしまうなんてするわけないだろ。今までの遺体の行方不明、それは単に、まだ見つかっていないだけなんだよ」


 奈美は高見沢のあまりの勢いに押されたのか、深く考えずに、「そういうことなのね」ととにかくうなづいてみせた。そしてその後、「それじゃ、信長の遺体はどこにあると思うのよ?」と、奈美が少し冷静に質問する。

 これに高見沢は待ってましたとばかりに、「その答えは、地下道だよ! 不幸なことにね、信長は奇襲を受けて、それで本能寺の地下道を通って逃げようとしたんだよ。その途中で地下道が崩れ、閉じ込められて死んでしまった、だから未発見の遺骨は残っている。これこそが歴史の真実なので~す」と声を張り上げる。だが、奈美はまだもう一つ合点がいかないようだ。


「えっ、そんな真実初めて聞いたわ。明らかに、それって、高見沢さんの作り話しなんでしょ」

「嘘じゃないよ、本当の話しだよ。信じないのだったら、焼きまったけ食べるの止めようか?」

 こんな反撃的な条件が飛び出してきて、奈美は若干ひるみながら、しかし問い詰めるように次の質問を飛ばす。

「わかったわ、焼きまったけを頂くための最大限の譲歩をしたとして……、それで日経平均の株価、どうやって上げるのよ?」


 そんな詰問を受けてか、高見沢はぐっと力を入れて、一気に話す。「だから今からでも遅くない、本能寺があった所を掘って行けば、信長の遺体が発見できるということ。そうしたら、遺体からDNAを含む核が抽出できる、それを卵子に移植して培養すれば、クローン胚ができる。それをね、さらに培養して、ES細胞(胚性幹:Embryonic stem cells)を作るんだよ、それを代理母の子宮に入れれば、信長のクローンを創生することができるんだよ」

 奈美は高見沢のこんな力の入った奇妙な持論を聞いて、「ウッソー、そんなことできるの?」とまだ半信半疑。しかし奈美は徐々にではあるが、高見沢のこんな話しに引き摺り込まれて行く。そして奈美は、「ES細胞からは、クローンは造れないはずじゃなかったの? どうするつもりなの?」と興味を持って聞き返した。

 すると高見沢は自信たっぷりに、「イエス、レーディ、イッツ・ポッシブル(Yes, lady. It's possible.)――最近話題のiPS細胞(人工多能性幹細胞:Induced pluripotent stem cells)なら、培養で自己再生できるから、織田信長そのものを誕生させることができるんだよ」と言い切る。


「ふうん、そうなの」

 奈美は高見沢のあまりの勢いに半分納得できたような気分にさせられる。

 そして、高見沢はそれにおっかぶせるかのように、「今と時代は異なるけど、戦国時代の日本国盗りゲームのやり直しをする。織田信長を政界に出馬させて、日本改革をどんどんやってもらうのだ。どうだ、このシナリオ?」と話しをどんどん進める。


 だが奈美は、ここまでの突飛な内容で、もう呆れた顔でポカーンとしている。しかししばらくして、我に返ったのか口を尖らせる。

「高見沢さん、それって倫理的に問題があるんじゃない。それに、その最初のES細胞を入れる代理母って、誰がするのよ? まさかのまさか、私じゃないでしょうね」

「ごめん、実は最初、そうお願いしようと思ってたんだけど、今は方針変更で、マウスを使ってみるよ」

 これを聞いた奈美はもう開いた口が塞がらない。

「高見沢さんて、そんなショーモナイことを毎日考えてるの。そんな話しのために、私をわざわざ東京から呼び出したの。アンタ、やっぱり完璧に……、大馬鹿だよ」


 中年の高見沢は、大馬鹿呼ばわりされれば、ますます己の歳を忘れてムキとなる。

「俺は真剣だぜ、これは遊びじゃない、自分の塩漬け株からの脱出のために、こんなプロジェクトを必死に考えてるんだよ。市場が悪い悪いと言いながらチョロチョロした売り買いだけで遊んでいても、そんなもの海辺で小波と戯れているようなもの、迫力がない。それに夢も希望もない、だから俺は、信長に生き返ってもらって、今のマーケットの悲観から脱出させてもらうんだよ! 頑張るぞ!」

 絶叫する高見沢、それに反し、奈美はすこぶる冷静。

「高見沢さんの気持ちは痛いほどわかるわ。だけど熱意があることと、実現できることとは、また別物なんだよ」

 奈美がこんな意見で水を差してきたが、高見沢は諦めない。


「俺はアメリカ駐在の時に、しっかり学んできたんだよ。ウィリング(willing:喜んで)とパッション(passion:熱意)、それにディザイア(desire:欲望)、この三つの気持ちがあれば、必ず物事は成就すると。織田信長日経平均上昇プロジェクト、これからそれに取り組む俺たち二人、そこにはこの三つの熱いハートが、きっちりと備わっているんだよ」

「えっ、俺たち二人って? いつの間に私が組み込まれたのよ。だけど高見沢さんて、ホント不思議な人ね、時々思わず誘惑されそうなことを言うんだもんね」

 奈美は呆れ顔。


 しかし、奈美の気持ちが徐々にオープンになってくる。高見沢はそれを察したのか、あとは押しの一手。

「有能なプロ相場師の奈美ちゃんなら、俺の熱き思いをきっとわかってくれると信じてるよ。ぜひパートナーとして、奈美ちゃんのその白い柔肌やわはだを一肌脱いで欲しいんだけど、お願い、儲けは半々でOK! それに、今から十八金ゴールドより高い丹波まったけ、百貫目食べてくれてもいいよ」

 奈美はこんな突拍子もない申し出が面白いのか、それとも高見沢のアホな真剣さに攪乱かくらんされてしまったのか、逆らってみることをとりあえず諦めた。そして少し前向きな質問をする。

「ところで高見沢さん、私は一体何をしたら良いの?」


 高見沢はそれに対し、待ってましたとばかりに背筋を伸ばす。そして少し遠慮がちに、「まずは本能寺を発掘したいんだ。だが、そのためには、ちょっとね……、少々、当座資金が必要なんですが」と申し出る。奈美はこれでおよその想像がついた。

「なるほどね、それが私のダイエットまったけとの交換条件なのね。それで、具体的には?」

 高見沢は殊勝にも、いつもより誠実さを前面に押し出させ、真剣な面持ちとなる。

「奈美ちゃんに、謹んでお願い申し上げます。それは夏木奈美さんの力でもって、織田信長株価上昇ファンドを組んで頂き、市場から資金を集めて欲しいのです。ちょっとリスクは大きいですけどね、成功したら、リターンはめっちゃデカイことが期待できま~す」

 奈美はもうここまで話しが展開してくると、あとはマネーゲーム感覚でしか思考できない。

「どちみち、いつまで経っても株価はドン底、とりあえず遊んでみるか」

 そんな気持ちに傾き始めた。


「織田信長株価上昇ファンドね、危なっかしそうだけど面白そう。それで、本当に戦国時代から織田信長が蘇生し、この現代に登場して変革してくれるのね。日経平均株価をぜひとも3万円にして欲しいわ。ホント、これが達成できたら、みんなこんな幸せなことないわよね。高見沢さん、焼きまったけ頂きながら、これからどうするか、ちょっと考えさせてちょうだい」

 遂に奈美が大きく歩み寄ってきた。そして高見沢は、「了解で~す!」と受け入れ、ニッコリと微笑むのだった。


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