底辺に転生したので、強く生きようと思う。
トーテム二等兵
第1話 今日から俺は・・・
「それじゃあ、ジュールス。・・・少しだけ、ここで待っていてね」
母は悲しそうな目でそう言った。
「分かったよ。母さん」
俺はなるべく自然体を装って答える。
「・・・」
母はそんな俺を無言で見つめると、ぎゅっと一度だけ強く抱擁し、雑踏の中に消えていった。
これから晴れ着を換金しにいくのだ。
母のお気に入りだった一張羅。
死んだ祖母の形見だった。
今日はそのために地方都市フューネンを訪れていた。
俺は木陰のベンチに腰掛け、憂鬱な曇り空を見上げる。
ここ数年、ソマルナ王国では天候不順による農作物の不作が続いていた。
うちのような貧乏小作人はその煽りをモロに食らい、ただでさえ苦しかった家計にとどめを刺されてしまった。
元々、その日暮らしで貯蓄なんて皆無だ。野草なんかを食卓に並べて騙し騙しやってきたが、それもすぐに限界が来た。
考えてもみて欲しい。
生活に困しているのは他家も同じだ。
自然の恵みはあっという間にとり尽くされ、やせ細った土地だけが残った。
去年は年老いた祖父が山に行ったきり、帰ってこなかった。村中の老人が入山したまま消息を絶った。
悲しいことだけど、家族が生きながらえるには仕方のないことだった。
そして年が変わり、また新たな犠牲が必要になった。
たぶん、母はこのまま帰ってこないだろう。
俺は口減らしに捨てられたのだ。
兄弟では一番年下だったから、まあ、それも仕方がない。野生動物の親だって、兄弟どちらかしか助けられない状況に直面したら、弟を見捨てて生き延びる可能性の高い兄を助けるというし。
なぜ俺がこんなにも冷静なのかって?
それは俺が転生者だからだ。
見た目は7歳児だけど、精神年齢は20代の半ばを過ぎている。
前世で上司のパワハラに遭い、イッキ飲みを強要された俺は、急性アルコール中毒でポックリと死んだ。そして気がつくとノーマスという異世界で、第二の人生を歩み始めていたというわけ。
ここはいわゆるファンタジー世界で、魔法や魔物なんかがリアルに存在していた。ゲームみたくステータスなんてものまであった。生前にネットで流行していた転生ものと一致していたので、「こりゃもうテンプレのチーレムで決定だな」と俺はメチャクチャ期待と妄想を膨らませた。
結論から言おう。
俺にチートはなかった。
いや、ひょっとしたらあるのかもしれないが、辺境のクソど田舎にあるカナビア村じゃ、鑑定を受けることが出来なかった。村人の九割九分は自分のステータスなんて知らずに死んでいく。
実家はカツカツの貧乏小作人だったので、魔法を習う機会もなく、未だに文字さえ読めずにいる。
生まれてこのかた畑を耕すばかり。
挙句、捨てられちまうんだから、正直言って参ったよ。
でも奴隷として売られなかった分、まだいくらかマシだ。奴隷商に引きずられていった、幼馴染のゴードンの泣き顔は、忘れられないトラウマだった。
母は俺を売る代わりに、形見の晴れ着を売ることにしたんだと思う。本来、小作人の家にとって、役立たずの7歳児なんて衣服以下の価値しかない。だからこの処置は、せめてもの情けなんだろう。
それでもヒデェ話には変わりないんだけどな。
いや、そう思うのは俺が前世の価値観を引きずっているからか。
仮にここで家に帰ったとしても、一家が仲良く餓死するだけだ。下手すりゃ今度こそ売られるかもしれない。俺に選択肢はなかった。
無意識のうちにため息がこぼれる。
今世ではすっかり染み付いた癖だ。
結局、いくら待てども母は迎えに来なかった。こりゃもう確定だな。
おもむろにベンチから立ち上がる。
空はすっかり日が暮れており、通りには酔っ払いの姿が散見し始めていた。
「バイバイ、パピー、マミー、ブラザー」
今日から俺は孤児になった。
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