#006 仕事を終える

ゴブリンは『しゅー』と間の抜けた音を立てて陽炎のように消えていった。


後には何も残っていない。


え、棍棒欲しかったのに。



「このレベルの魔物では何も残らんな」


どうやら、強い魔物じゃないとドロップアイテムを残さないようだ。



「まぁいい。石取って帰ろう」


石。鉱石のことだろう。何の鉱石かは知らない。



……あれ。



「討伐の証明はいいんですか?」


僕が証人になるんだろうか?いや、この場合は……


「ギルドカードだ」


カードというより首飾り?大きめのドックタグみたいだ。



女の人だったら、胸元チラリのどきどきシチュエーションだが、いかんせん相手はおっさんなのだった。


胸毛のチラリズム。誰得なのだろう。



「……見てもいいんです?」


一応確認をしてから見た。


よくわからない。


ランクは……Bかな?



おっさんは雰囲気があるし、低ランクってことは無さそうだから、上からS、A、B……かな?


SSSとかAAAとかあるかもしれないけれど、それでも、Bランクって結構強いのではないだろうか。



他には……


「よくわかんないですね」


「だろうな!」


がっはっは!じゃねーよ。


なんで見せたんだよ。



「よし、じゃあ手伝ってくれ。今日は坑道で野営して、明日の昼ごろ出立して街に戻るぞ」


野営か。経験は皆無だが、ここはおっさんの判断に従おう。


昼に出るということは、町までは歩いて四~五時間程度と見るべきだ。


おっさんは、ギルドカード(と胸毛)を仕舞って襟元を閉じると今度は中空でなにやらゴソゴソ始めた。



「アイテムボックスですか?」


「おうよ、この通り、結構な量を持てるんだぜ」


おっさんは腕の筋肉を肥大させて、僕に見せた。



今の行動から察するに、アイテムボックスはもしかして膂力依存なのか?


ネット小説のテンプレから鑑みても、魔力が無関係とはとても思えないんだが……。


それに、おっさんがことあるごとに上腕二頭筋を見せたがる性癖を持っているだけという可能性も捨てきれない。



「僕は、膂力全然ありませんから、アイテムボックスが有っても無くてもあまり変わりませんね」


「まぁ、無理せん程度でいいからよ」


うーん微妙。


反応から、アイテムボックスと膂力には何かしら関係はありそうだ。


そして、おっさんは筋肉フェチではない。のかもしれない。




僕は、おっさんがアイテムボックスから出した背負子とつるはしを持って採掘作業を手伝っていった。


掘り進む場所は、さっきまでゴブリンがたむろしていた場所の、その先だ。


戦闘のあとは残っていない。僕が戦った奴らと同じように、消えたのだろう。



何かのスキルなのか、はたまた経験なのか。僕が見ても、全然他と変わらない岩壁なのだが、おっさんが掘れと言った場所では必ずそれっぽい鉱石が出る。


正直『掘れ』とかあんまり言われたくないのだけれど、(アーッ!)仕方ないので、おとなしく従っていた。



実際の作業は掘るというか、壁を砕くという感じ。


砕いていくとちょっと雰囲気が違う石が出てくる。


色も硬さも様々だ。


それらを傷つけないように採掘しようとするが、それがなかなか難しい。


何とか掘り出すと、地面に落ちたものを拾って背負子に入れる。



僕が一段落して、おっさんの様子を窺うと、おっさんの背負子はもういっぱいになっていた。


それどころか、いっぱいになった背負子をアイテムボックスにしまうと、また空の背負子を背負った。


僕の視線に気づくと、ニッと笑ってサムズアップ。


あの顔を見ると、不思議なことに僕も頑張ろうという気になる。


僕もサムズアップを返して、次のポイントへ移動。作業を繰り返した。



「ふぃーお疲れお疲れ」


作業を終えるとおっさんは手早く薪を組み上げ、たき火を作った。火種は魔法だった。


たき火を土魔法で囲って、コンロを作り、その上で野兎を焼いた。



野兎は、採掘作業に入る前に血抜きをしておいたらしい。


毛皮を剥いで、丸のまま焼いた。食べた感じは鶏肉っぽくて、臭みは少なく、味は淡泊だ。


今日採掘した鉱石の中に岩塩のようなものがあったらしく、それを削ってかけて食べた。



飲み水を、おっさんが魔法で出した野を見て、「そんなに魔法使って魔力は大丈夫なんですか?」と尋ねた。


「この程度、屁でもねーさ。こちとら鍛冶屋だぜ」とおっさんは笑った。


鍛冶では魔力をたくさん消費するみたいだ。



……魔法。僕にも使えるのだろうか。



一見ドワーフに見えるこのおっさんでも、魔法で火種を作り、土を操り、水を出した。


僕が出来てもおかしくないのだろうか。



ネット小説のテンプレから、三つのパターンを思い浮かべる。


一つ、魔法は使えないとおかしい。


魔法が使えないと、迫害されるほどに使えて当然な場合。



二つ、魔法は使えたらおかしい。


前世の世界ほどではないにしろ、魔法を使っただけで王と謁見する羽目になったり、魔族の烙印を押されたりする場合。



三つ、魔法の使い方がおかしい。


これが一番起こりうると思うんだけど、闇属性は魔族の固有魔法だとか、光属性を使ったから勇者だとか、獣人なのに魔法を使った、とか。


特に気になるのは『属性数』だ。


おっさんは何気なく三属性使ったわけだが、これは普通のことなのか?


それともBランク冒険者たるもの一味違うということなのだろうか。



はっきり言って、僕が魔法を覚えるのは全く難しくない。


ポイントを支払えばいい。


それどころか、気に入らなければ払い戻しできる。


だから、僕としてはすぐにでも魔法を使ってみたいのだ。



とはいえ、まかり間違って警察沙汰(おそらく警察組織は無いだろうが)になるのは勘弁願いたい。


特に、僕は『契約魔術』を使うことができる。


これは、使い方によっては人を奴隷にすることもできるような魔法だ。



あれ?契約『魔術』だったよな。契約『魔法』との違いはなんだ?



今は、おっさんの目があるから、不用意にメニューは開けない。


メニューが人から見られるということはないと思うが、マジックボックスみたいに変な動きをすることになるだろう。



「ドルフさん。魔法と魔術って何が違うんです?」


おっさんは煎り豆茶(コーヒーみたいな飲み物)を僕に手渡しながら唸った。


「俺も魔法はそんなに詳しくないんだが、簡単にいえば火を出す、水を出すってのは魔法だ。そんで、土を盛り上げてコンロにする。これは魔術だ」


僕は首を傾げる。


その違いはなんだろう?


おっさんは困った顔をしている。言葉を探しているようだ。


変なことを聞いて申し訳なく思う。



「魔法には顕現って言葉が使われる。なんもないとこから、こうパッと現れる。これが顕現だ」


おっさんはそう言いながら掌に小石を顕現させる。


手品みたいだといったら怒るだろうか。


というか、それ以前に手品師はこの世界では仕事にならなそうだ。



「じゃあ、土のコンロは元からあるものを使ったから魔術ってことですか?」


「魔術は、人が作ったものだ。魔法を使って何かをする。魔法の運用術のことを魔術と呼んでる。便宜上な。でもって、このコンロを作ったのは土魔法ではなく、形状変化の魔術ということになる」


まぁ、そんなこといちいち考えとらんがな。とおっさんは付け足した。


詳しくないと言いながらも、僕の疑問にちゃんと答えてくれている辺り、実力に対して謙遜しているように思う。


「なかなか奥が深いんですね」と、相槌を打った。



「僕は、自分がどのくらい魔法や魔術を使えるかわからないんですが、ドルフさんみたいになんでもできるのはやっぱり特別なんですか?」


僕がそう聞くと、おっさんは大げさに手を振った。


「この位は、ちょっと練習すれば誰でもできる。冒険者にとってアイテムボックス、火起こし、飲み水の確保は最低限必要な技術だ。それができなきゃ一生Gランク。つまりは子供のおつかいだな」


となると、僕もそれくらいは出来ても問題なさそうだ。


しかし、アイテムボックスは膂力に少なからず依存するみたいだし、膂力にもポイントを割り振っておくべきか。



「だが、お前さんも大変だな。記憶喪失ともなれば、能力ガタ落ちちまうらしいじゃねーか」



……なんですと?

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