異世界の半分はお約束でできている
倉内義人
#001 プロローグー開かれし戦端ー
僕は一人空を見上げていた。
分厚い雲が空を覆っている。
魔界の空はいつ見ても鈍色で、晴れた試しが無い。
それでも不思議と雨は降らない。
雷はたまに鳴るのだけれど。
首が痛くなってきたので、視線を戻す。
辺り一面が荒野だ。
少しくらいは雨が降ってもいいかもしれない。
ここまで見事に乾いた大地を潤わすには、ずいぶん時間がかかるだろうが。
土煙が上がっている。
まだずいぶんと距離があるようだ。
あぁ、乾いた大地だから土煙も上がりやすいのか。
しかしこれは、あまりよくない。
相手の存在を確認してから、ずいぶんと時間が経った。
土煙がもっと穏やかだったら、僕はこんなに長い間、緊張を維持している必要は無かったんじゃないだろうか。
寒いし、怖い。
身体はもう、ずっと前から震えている。
土煙の正体は千の死霊の軍勢だ。
僕は奇特にも、それと一人で相対するために待ち伏せをしている。
待ち伏せと言っても、待っているだけで伏せてはいないので、正確には待ち立ちというのかもしれないけれど。
いや、もっと言えば行軍の道行をふさいで仁王立ちしているので、待ち仁王立ち状態だ。
もし、相手が死霊の軍勢ではなく、大名行列だったら、不敬罪で打ち首獄門待ったなしという感じだ。
もちろん死霊の軍勢でも、死に向かっているという点では大きな違いは無いような気がする。
それに、大名行列の大名の代わりに、軍勢には魔王がいる。
彼女のことだから、おとなしく籠で移動なんてことはないだろう。
先頭を歩いているかもしれない。
いや、僕は確信しているのだ。彼女が先頭を歩いていることを。
もし、彼女が一番後ろを歩いていたら。
一番後ろの大魔王だったら、僕は彼女に会う前に死霊を千体相手取らなければいけなくなる。
それは、結構しんどいと思う。
僕の右手には愛用の黒刀が握られている。
よく見れば、小刻みに震えているし、掌は汗でじっとり濡れている。
黒刀を地面に立てる。
音もなく突き立って、思ったより深く地面に刺さった。
手袋を外して、ズボンで汗を拭う。
風が冷たい。
手袋をすぐに付け直さないと、指が悴んで動かなくなりそうだ。
荒野には風を遮るものが無いので、僕のコートの裾は絶えずはためいている。
もう一度黒刀を握りなおす。
僕にはもったいない業物だ。
これを打ってくれたおっちゃんの顔を思い出す。
それから、おっちゃんの奥さんを
おっちゃんの娘を
愛すべき猫耳の奴隷少女を
チャラ男を
お転婆姫を
動く鎧を
そして、魔王である彼女を。
土煙はずいぶんと大きく見えるようになった。
海の波のような足音が聞こえ始めた。
右手の黒刀を今一度握りしめる。
望むものは日常への帰還。
これは、自分で選んだ道だ。
「僕は、その『お約束』には従わない」
体の震えは止まっていた。
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