僕は好きじゃない

ぐうたらのケンジ

第1話 僕は好きじゃない

僕の父は天才だ。


ノーベル賞を初めとしてさまざな賞をひとりの人間の指の数よりも多く受けている。


それでいて偉ぶるところが少しもなく、いつもニコニコしている。


どんなに険悪な空気に支配された研究室も父が一歩踏み入れれば、たちまち知的興奮に溢れた刺激的な議論の場となり、いつだってその中心に落ち着く。


相手がどんなに社会的に偉い相手でも卑屈にならず、相手がどんな社会的立場の弱いひとにも謙虚に振舞う。


僕の父の前で笑顔にならずにいるのは難しい、という。


太陽のようなひとだそうだ。


誰からも愛される尊敬すべきひと。


僕も父を誇りに思うべきなのだろう。


けど、<僕>は好きじゃない。


なぜだろう? もちろん嫌っているわけではない。


一人息子として見習うべき立派な人格者だと理解はしている。


でも好きじゃない。


もしかして<僕>には異常があるのではないだろうか?


思い切って父に相談した。


すると、父は悲しそうな顔をして首を振った。


「それはお前のせいじゃない。すべてはお父さんのせいだ。なにも気にする必要はないんだ」


そういって、<僕>の頭を愛情のこもっているのであろう手つきで撫でた。


父の言葉の意味はよくわからないが、これは自分ではどうしようもないことなのだから悩むだけ時間の無駄ということになる。


とはいえ、そう簡単に割り切れない。


この問題は自分という存在の根幹にかかわっている気がするからである。


好きという言葉の概念は辞書的には理解しているつもりだ。


あとはそれを実感するだけのこと。


しかし、だけどやはり僕はなにも好きじゃない。


そうやって煩悶している内に、父の毎年恒例の夏の慰安旅行に共に出発する日が来た。

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