レ・トリック
青春のホスジャンプ
「大きくなったら結婚しよ」
それが幼馴染みであるシュウの口癖だった。でも、それは私に向けられた言葉じゃない。同じクラスの女の子ほぼ全員にそう言っていた。
ちょっと格好良くて、ほんの少し運動ができるぐらいで調子に乗っちゃって。クラスでは人気もあるし、先生からの評価も高い。嫌いじゃないけど好きになるのも悔しい。だから私はシュウのことを遠くから眺めてばかりいた。
そんな調子で言ってたら、いつかしっぺ返しが来るぞ。私がそう思っていると、シュウは私にも同じ調子で言ってきた。
「大きくなったら、結婚しよ。ナナ」
「シュウ、それってみんなに言ってるんでしょ。そんな男は一生結婚できないよ」
私は少し強く言い返した。そしたらまさかシュウは涙を浮かべてしまった。これは予想外。しょうがないので、特別に言葉を添えてあげた。
「あたしなら、良いけどね」
「ウソ泣きだよー」
むかっときた。ほほを膨らませ、口をとがらせるも、シュウは
――これが小学生の思い出。
「太った?」
女の子の気持ちなんて考えたこともないような発言。それを堂々と言えてしまうのがシュウ。まだまだ女の子みたいな声のくせに。中身は男の子なんだ。
でもそれは、私のことを毎日よく見てくれているから気づいてくれたのかもしれない。一瞬でもそう思ってしまう私も私。ただその考えはシュウを甘やかすだけ。デリカシーって言葉を教えてあげなければ、きっとダメなんだ。
シュウはその言葉が、どれだけ鋭い刃物のようなものかを知らない。知らないからこそ余計に傷つく。私のことを見るシュウの視線が痛い。もう見ないで欲しいなんて、ちょっとだけでも思ってしまう。
「うるさい」
私が絞り出した言葉はそれだけだった。でも絞り出たのは言葉だけじゃなかった。私の意図とは相反して涙が溢れた。恥ずかしくて思わず顔を隠す。
「ごめん」
シュウが謝ってきた。大人みたいな声で。なんだかとても悔しくて、涙が止まらなかった。
――これが中学生の思い出。
「持つよ」
自転車を押しての下校時。シュウが私の持っている鞄を指さしてそう言った。
気が利くじゃん。私は悪戯に微笑んで鞄を渡す。
「ありがとう」
「ほら、そっちも乗っけて良いよ」
そっちって何?
私は鞄しか持っていない。鞄を自転車のカゴに乗せてしまったら、私は手ぶら。何も持ってはいませんよ。
すると、シュウは自転車を止めて私を抱きかかえた。
え、ちょっと何?
まるで荷物のように軽々しく私の自転車の荷台に座らせたシュウは、何も言わずに自転車に跨がる。
「違反ですよー」
「なに、軽い軽い」
何が軽いだ。違反は違反。見つかったら私も怒られるんだぞ。
「ナナのことだよ」
近くで見るシュウの背中はとても大きい。たくましい大人になろうとしているシュウを見て、不思議と笑みがこぼれた。
背中から感じる。シュウも笑っているのが。
――これが高校生の思い出。
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