・・・この愛だけが私のすべて 異世界慕情
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第一章 第1話 プロローグ
「異世界にハネムーンに行ってきまーす。」
この一言で息子のアキラが、俺に向かってきた。なおかつ、妻である須藤サキの亡骸をおさめた棺桶をなげつけようとした。
案の定アキラはぎっくり腰になってしまった。
というのも、10分前の出来事が発端となった。
しくしく・・・しくしく・・・ううっ・・・妻の葬儀が行われている会場の親族控室から漏れてくる呻き声にも似た、胸を詰まらせる娘のこらえた涙声が、まだ誰もいない大きいホールに反響して余計に悲しみを大きくした。
コツコツと足音が聞こえると、都会に出て行った長男が到着したと、先に帰省していた娘夫婦が知らせてくれた。
「遅くなってごめんよ。父ちゃん。ごめんよ。ごめんよ。俺は、俺は・・・・親不孝だったよ。母ちゃんの最後をみとれなかった。許してくれ・・・かーちゃん。う・・・ううううっ。」
祭壇前の椅子にポツンと座っている高齢の私の膝にすがるように還暦をこえている長男がしがみ泣き崩れた。
「気にするな。アキラ。母さんは大往生だったぞ。いつも母さんは都会に出て行ったアキラのことを心配していたんだぞ。死んだ母さんが、泣いている今のお前を見たら安心して旅立てないぞ。」
「でも・・・でも・・・3日前に電話くれたときはあんなに元気そうだったのに・・・」
大きく腹の出た還暦を超えた息子が、幼稚園からいじめられて帰ってきたときのように小さく小刻みに悲しみをこらえていた。
私自身、息子には悲哀に満ちた背中を見せてしまったことを少し後悔した。しかし、この須藤ケイスケ、88歳、この世で、できる最後の父としての威厳を息子に見せよう。
そりゃ!どりゃ!
目が充血させ、腫れているくらいが男盛りを彷彿させると、信じてアキラを立たせる。
すかさず、アキラの金玉を思いっきり握ってやった。
「しっかりせんか。アキラ!母さんは亡くなってもお前の母さんだぞ。私たちの11人の孫全員の顔を一人とたりとも間違ったことありゃせん。ましてや、こんな情けない長男の顔をみたら、がっかりするぞ。私も母さんの後を追えないじゃないか!」
みるみるうちにアキラの顔が蒼褪めていった。その顔を見てついさっきまで怒って言い放った一言を私も後悔してしまった。
おびえるようにアキラは私に真意を聞いてきた。
「父さん・・・は・・・母さんを追って死のうと考えてるのか・・・・」
私はすっとぼけた顔で答えてしまった。
「ははは・・・、そんなことはないぞ。まだまだ元気だからな!ははは・・・」
アキラはさっきまで泣き出しそうな顔から私の顔をまっすぐ、じっと見つめて顎を突き出し、ふーと息を吐き出した。
「父さんのウソはあいかわらずわかりやすいね。」
次の瞬間、アキラは娘のモエのいる親族控室に土足のまま駆け込んでいった。
私は瞬間的にウソがバレると確信していた。
アキラは震えながら、さめざめ泣き続けているモエの肩をつかんで叫んだ。
「モエ、知ってることを正直に話せ。俺は何も知らされてないぞ。このままじゃ、父さんもいなくなるぞ。何があったんだ!」
モエは鬼のように力強く爪を立てて、兄のアキラの腕をつかんだ。しかし、力強く見えた咄嗟の行動とはいえ、先ほどまで泣いていたモエには力がはいらなかったのか、するすると手がほどけ腕がぶらーんと垂れ下がったまま、小刻みにがくがく震えていた。
「父さんの寿命は今日の夜の10時なんだって・・・10時を過ぎると落雷が落ちて、酔っぱらったまま、家が火事になっていなくなっちゃうんだよ。」
アキラは半分、顔が引きつりながらも苦笑いしながらモエの肩を力強くつかみ、大きくゆすった。
「なんだそれ・・・モエ、お前が何でそんなことがわかるんだ。誰に聞いたんだよ。まさか父さんの悪い冗談を鵜呑みにしたんじゃないのか。ふざけたことを言うじゃないぞ!」
モエは、何かにすがるようなまなざしを兄アキラに向け、過呼吸状態から無理やり深呼吸するかのように、涙ながらに答えていた。
「アキラにー、運命なんだよ。ヒッ、ヒック。お母さんの時も私受け入れたんだよ。父さん・・・父さんも・・・今度も間違いないよ。死んじゃうんだ・・・だから・・・私・・・私・・・お願いしたの・・・」
「何をお願いしたんだ。誰に!誰にだー!教えてくれーモエー。」
「後追い自殺・・・心中みたいに聞こえるよね。父さんは・・・相変わらずロマンチストなんだよ。相変わらず、母さんが大好きなんだよ。」
アキラは妹のモエが気がふれたのではないかと、心配するように肩をつかんでいた手を、モエの腕を大きく包むように抱きしめて、自分の正しさを伝えようとしていた。
俺は息子のアキラに何も言わなかったことを、この時に初めて後悔してしまった。
しばらくして、モエはアキラに抱きしめられたおかげで少し落ち着きが戻ってきた。モエは目をつむったまま、呼吸が整い始めているようだ。
俺は棺の前に杖をつきながらも、正面に立ち、妻の眠る棺を触りながら、アキラとモエを呼び寄せるた。
年寄りながらも、はりのある声で叫んだ。
それは、葬儀場の凛とした空気を打ち消し、教室で暴れている子を叱るような緊迫しつつも、少しばつの悪い雰囲気を作ってしまったかもしれない。
アキラに支えられてモエも一緒に俺の目の前に立った。その後ろに、アキラの嫁とモエの夫も心配そうに少し距離を置きながら近寄り見つめていた。
それは、俺は一世一代の声で言ってしまったにほかならなかった。
「異世界にハネムーンに行ってきまーす。」
案の定、66歳のアキラは腰が砕けた状態で、血管が切れそうなくらい真っ赤になりながらも、持てないにもかかわらず、今だに妻の棺を持とうとしていた。
「このくそじじい!。死んだ母さんを冒涜するのか。色ボケ老人!死んだ母さんとの、のろけ話は生きているうちに散々したんだろうが!」
フーフー言いながら、のたうち回っているアキラを解放するように、アキラの嫁のヒナさんと妹のモエが背中と腰をさすっている。
二人は、モエの夫のコウジさんに水を持ってこいだの、タンカがないかと指示を子や孫らに指示をテキパキと出していた。
狼狽していたアキラを見て、モエはかわりに言いたいことをすべて言ってくれたことに安堵に似た表情をした。
モエは冷静さを完璧にとりもどしたようにアキラの横に立って見下ろしながら話した。
「巫女の私にお告げがあったのよ。いや・・・正確には、母さんに・・・女神だった母さんに聞かされたの・・・真実を・・・そして、取引というかお願いを聞いてもらったの・・・お父さんとお母さんの永遠の旅だちを・・・」
モエの顔を見上げながらも、義理の息子のコウジさんに肩を貸してもらいながら、アキラを和室に寝かせた。
俺はアキラの悔しそうな目を見ながら、ほとほと情けなくなって真実を話すと、約束して杖をつきながらゆっくりと腰を下ろした。
座布団を用意を忙しなくしているヒナさんにも聞いてもらうように孫まで正座をさせた。
30人近くいる和室が誰一人いないかのように、静まり返っていて、葬儀場ならではの、ひんやりとして恐怖を感じるような隙間風の音まで聞こえてきたとき、俺の喉のつばを飲み込むおとも響いた。
ぎっくり腰になっていたアキラもようやく起き上がろうと力を腰に入れたとき大きな屁をこいた。
「バババババ」
音とともに、孫や子供たちは大笑いした。小声で「アキラ爺さんのおならは特別臭いんだよなー。空気が黄色になるんだよ。」なんて声も聞こえてきた。
アキラは大粒の汗をかきながら力が入らないように声を出した。
「父さん早く真実を・・・」
俺は大きくかしわ手をたたきもう一度その場の空気を元に戻した。
「皆に知ってもらう前に・・・昔の話からしようかのー・・・このヨボヨボ爺さんにも、子供時代があったんじゃ。あるとき、兄貴と友達数人が神隠しにあっていなくなったんじゃよ。それから、親戚一同で探したんじゃが見つからなかったんだが・・・妻となるサキはすでに高名な巫女だったんだのでな・・・すがる思いでサキに・・神様に頼ったんじゃ・・・しかし、結果的には見つからなくて・・・・数年が経つうちに、村にまた神隠しが起きたんじゃ。しかし、今度は一緒にいたであろう友達が数人死んでいたんだ。・・・その凄惨光景は・・・何かがとおったように、それは体に数mの大きな風穴があいていたようだった。・・・ある者は手足や首がちぎれ・・・ある者は足だけなくなり、・・・ある者は胸から肩・・片腕・・・まるまる失って顔半分きれいに削られたように・・・」
話を聞いているものはそれぞれ口と鼻を覆い隠すように両手で覆ったり、孫の中には目をつぶり耳を塞ぐ子もいた。俺は構わず話をつづけた。
「そんな怪事件が起きたとき・・・神隠しにあっていた兄が帰ってきたんじゃ。数年を立っていた兄は少し大人びており、体もがっしりしていた。何より驚いたのは、俺たちの様子を監視するかのように、お風呂まで一緒について回ったことだ。体中に痣や大きな刀傷がある体を見たときのあの印象は忘れたくても忘れられなかった。そんな日々を数か月過ごしていると・・・今度は弟が、交通事故で無くなってしまった。無口な兄、この時ばかりはわめくように泣いていた。俺のせいだ。俺のせいだと・・・しばらくすると、兄は巫女のサキの噂を聞き、頼み事をするといって、そのまま、また、兄は行方不明になってしまった。今となっては兄は生きているともわからないが・・・。」
先ほどまで恐怖に震えていた親族たちは、息をするのも忘れているかのように聞き入っている。目をつぶるのを忘れていたかのように、目をこすりだしている者さえいた。俺はお構いなく話を進めた。
「それからというもの、巫女のサキはことあることに、私のもとに訪れるようになり、いつの間にか付き合い結婚したんじゃ。サキは結婚してからも私にも子供たちにも尽くしてくれた。モエに至っては巫女見習いから立派な巫女になるまで面倒みてくれたものじゃ。」
俺はモエを慈しむよう見たのち、アキラの方をみて大きく頷いた。
「アキラ・・・お前には双子の兄弟がいたのを覚えているか。お前が3歳とき、基地外な女に金持ちの子供と間違われ双子のお前たちを誘拐して・・・結局セイジは殺されてしまった事件を。・・・実は死んだセイジが、異世界で転生して生きていたんだぞ。・・・最初は俺も信じられなかったが・・・俺の弟のケイジと一緒に現れるまでは・・・」
話の確信を話すために、掠れた声を戻した。ぬるいペットボトルの蓋をあけ喉を潤した。
アキラは夫婦で顔を見合わせたり、子や孫そしてひ孫たち含め、周りもざわざわとなった。そのとき、廊下の明かりが一斉についたので少し飛び上がったりした。
「いいかな。これから話すことは真実じゃぞ。実は俺の兄は、異世界から勇者召喚という呪いを受け神隠しにあったんじゃ。魔王と仰がれた者を討伐したのち、用済みになった兄は苦労の末に、何とか戻ってきたんじゃが、勇者召喚や英雄召喚にはかなり代償が必要だそうで、近くにいるものを巻き添えにすることもある。そして、魔王がいなくなった疲弊した異世界では、飢餓や内乱、紛争や戦争といった争いが絶えないことがあって、戦争の道具として英雄召喚していたそうじゃ。」
アキラはサキほどの話しに、合点がいったように、俺に確認するかのように聞いてきた。
「お父さんの村で神隠しがまた起きたのって、英雄召喚ってやつだったのか・・・でも、何で英雄召喚って・・・普通の人が異世界にいくだけで、勇者になるわけないだろ!それも呪ってなんだよ・・・」
「アキラ信じてくれ、本当のことを・・・何にもないところに人が現れるんだ・・・人身御供として最初は、異世界の人の犠牲で召喚されたそうじゃ。そして、その犠牲は召喚した者の能力・スキルといった勇者に相応しい加護が与えてくれるそうなんじゃ。しかし、その強力な加護を召喚した者を傷つけないように、同時に逆らえないように、呪を施してあるそうじゃ。」
アキラは納得しきれないように再度聞き直した。
「弟のセイジは誘拐されて殺されたんだよね。それがどうして生きて異世界からこっちに戻ってきたんだよ。」
俺は和室から少しふすまを開けて、妻の棺桶を指さした。
「サキは殺されたセイジが、不憫とおもって異世界に転生させたんじゃ。運よく兄と弟によって保護してもらたんじゃ。そもそもサキは、兄が弟が召喚された異世界に戻って弟を保護するために勇者召喚にかかわるあらゆる呪術を教わったそうじゃ。そして、いつか来る厄災から我の身を守るためにも異世界から戻ってくる秘術も書物を残してくれたんじゃぞ。そして、サキはよく兄がこのようなことを言っていたそうじゃ。強大な力を持た我には、この世界に居場所がないって・・・な」
アキラはモエの顔をみた。
「転生にしても召喚にしても特別なスキルや強大な能力があったからこそ、帰りたくても帰らないと決めていた・・」
「アキラにーさん・・・母さんは女神と契約していたのよ。できるだけ代償のない転生させるためにね・・・母さんの体の中に女神を封じ込んでね。」
モエが辛そうに話すのを察して俺は話をした。
「モエ、辛い話は俺が語る。アキラ、お前はまだ信じないかもしれんが、俺があと数時間のうちに消えてなくなれば信じることになりだろうが・・・話しはまだあるんだ。・・・サキは年老いた俺の寿命を・・・封印していた女神から聞いてな・・・俺の死ぬ前に異世界にいる兄弟と我が子セイジに合わせてくれたんじゃ・・・自分の寿命と引き換えに・・・そして、この世界に召喚して戻ってきた弟とセイジから異世界のことをきかせてもらたんじゃ。異世界に戻る弟とセイジ、そして、モエと一緒に何とかサキの思いを生かせることを思いついたんじゃ。それは女神にしてみれば渡りに船だったんだろう。老いて朽ちていく妻の体からようやく出れるのだからな・・・しかしなアキラよ。俺も馬鹿じゃないんだ。モエに女神の力を俺の魂に封じてもらったんだ。その力をもって異世界へ妻と共にハネムーンにな・・・。俺が死んだら巫女のモエに聞けばいいぞ。」
アキラはモエと俺の顔を交互に見比べながらオロオロとした。
「どういうことから異世界にハネムーンという話になったんだよ。死んだらモエに聞けって・・・モエは巫女でイタコじゃないぞオヤジ・・・モエを通せば死んでも話せるんだな。もーわかったよ。」
「アキラ・・・まーなんだ・・・神様や女神様って案外、娯楽に飢えているんだよ。だから、ハネムーンに連れて行ってやるんだ。それも、ありふれた異世界じゃなく、あっと驚くような異世界を創るぐらいの感じでさ。とびっきりの異世界のハネムーン・・・いいだろう。女神も母さんも喜ぶような・・・プリティービーナスって映画があったとしたらそれの主演女優になりきらせるぐらいにね。」
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