サワーがつないでくれたもの(2)
とある月曜日。そのお節介なおじさん上司を含め数人が、「この週末に何をしたか」というような話をしていた。
彼は急に私のほうに話を振り、「あなたは、休日に何してるの?」と聞いてきた。
別に隠すこともないので、正直に答えた。
「掃除です」
「掃除っ?」
「平日は全然しないので、土日のどっちかでやらないと、次の一週間、部屋がエラいことになってしまいますから」
当時、私は小さなワンルームマンションに一人で暮らしていた。先にも書いたが、私は大雑把なタイプなので、仕事で疲れた体に鞭打って部屋の片付けをするようなことはない。どんなに散らかっていても、土曜日まではほったらかしだ。
ゆえに、用事のない休日は朝寝と一週間分の掃除に費やされるのが常だった。
おじさん上司は露骨に顔をしかめ、私の回答が不適切だと言い出した。
「男の人に同じ質問されたら、そういう答えしちゃダメだよ」
それは、「嘘をつけ」ということなのか。なぜそんなことをする必要があるんだろう。
「男が女の人に『休日に何してるか』って聞くのは何でだと思う? デートに誘うきっかけを探ってんだよ。『映画』って答えがきたら映画に誘ってみようか、『買い物』だったら『街中でお茶でも』って言ってみようか、って考えてるわけ。それが『掃除』じゃさあ、男の方はどうしたらいいんだ?」
そうですねえ。「じゃあ今度の土曜日に一緒に掃除しよう」と言ってくれる殿方がいたら嬉しいです。と、心の中で思ったが、この返答も彼はお気に召しますまい。
もう少し適切なリアクションはないかと考えていると、おじさん上司はさらにぶつぶつ言い出した。
「いつ何時『出会い』があるか分からないんだから、もう少し普段から準備しとかないと。つまんないことでいいハナシ逃しちゃ、もったいないじゃない?」
最後の一言は、セクハラには該当しないのだろうが、完全に余計なお世話だ。私が職場で男探しでもしているように見えるのか。こっちは、慣れない仕事にあたふたして精いっぱい日々を暮らしているというのに。
なんだか悲しくなって、「休みの日は一人でいたいです」と、暗く呟いた。
すると、おじさん上司は急に真顔になって、「何かあったの? 困ってることあったら、すぐ言ってね」と言い、私の傍にいた若手の先輩に、「何か知ってる?」と目で尋ねた。
彼は、基本的に優しい人なのだが、自分が困りごとの原因になっていることに、まるで気付かないのである。
朝食の話題で揉めたこともある。とある日の午前中、チームの面々は「朝ごはんに何を食べているか」という話で盛り上がっていた。
おじさん上司は、ふと私の顔を見ると、「あなたは普段どんな朝飯を食べてるの?」と聞いてきた。そして、「このテの話をする時は気を付けるんだよ。独身の男は、聞いていないようで、そういうことには聞き耳立ててるから」などと言い出した。
このおじさん、すぐに「オトコがどうのこうの」と絡めてくるな。嫌な予感を覚えつつ、取りあえず応答する。
「何でですか?」
「女の人が朝ごはんの話をしてる時はね、男は『この人と結婚したら朝食にどんなもの食わせてもらえるかな』って思いながら聞いてるんだ。ひもじい朝飯を食ってる話なんかしたら、引かれちまうぞ」
この言葉は、結婚後も仕事を続けるつもりでいた私には看過できなかったので、遠慮なく反論した。
「でも、共稼ぎのおうちだったら、朝ごはんにごちそうは無理ですよ。奥さんが旦那さんより早く家を出るところもあるでしょうし。そういう場合は、旦那さんに作ってもらいたいと思いますけど」
「まーっ、それはそうだね……」
おじさん上司は珍しく私に同意した。
彼の奥さんは専業主婦だと聞いたことがあったので、ご家庭では毎日、テレビドラマに出てくるような立派な朝食が用意されていたのかもしれない。しかし、自分がそのような恵まれた環境にあるからといって、それを世界基準のように認識するのは間違っている。
彼自身もそのことに気が付いたらしく、少し気まずそうに眉を寄せた。新人の前で自らの過ちを素直に認めるあたりは、なかなか評価できる。
彼は、気を取り直したように、笑顔で最初の質問を繰り返した。
「で、今日は朝ごはんに何食べてきたの?」
「食べてません。いつもコーヒー一杯ですので」
「話にならん!」
彼は私の回答に速攻ダメ出しをすると、「最近の若いのは……」と怒り出した。
「低血圧なんで、起きてすぐは何も食べられないんですよ」
「食生活が悪いから低血圧になるんだ!」
お節介なおじさん上司は、勤務時間中にも関わらず、仕事とは全く無関係なことで説教を始めた。
面倒見のいい人であるのは分かっているが、やはり正直うっとうしい。仕事の小言はまず言わないのに、なぜ人の食生活なんかで大騒ぎするんだ。早く、彼が近寄りがたく思うような「隙のない部下」になってやりたいものだが……。
こんな調子なので、働き始めて半年後には、私のほうがおじさん上司に警戒心を抱くようになった。一度、酒の席できっちり決着をつけたほうがいいだろうか。
そんなことを考えていた矢先、大きな案件をひとつ終えて、チーム全員で打ち上げに行こうという話になった。
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