第10話 続きを求めて

二度目の卒業へのカウントダウンの秒針は、

すでに右方向に回り始めていた。


あの人の記憶が途切れないように

あの人との続きを求めてしまう私は、

確実な別れへ向かって

この秒針を回しているんだ。



浮かんでは消える躊躇いは、

この別れを

ちょっとだけ先伸ばしにしようと

固まりかけた決心を何度も何度も揺るがした。


バイクの免許を取りに行って、

さらに大型バイクの免許まで手に入れたとしても、

結局いつか終わりが来ることに

なんら変わりはなかったから、

必ず訪れる終わりを

先伸ばしにはしたくなかったんだ。




あの人とは

もう何ヵ月も会話らしい会話なんてしていないから、

たった一つの手紙にあの人との続きを託すのは

なんだかあまりにも頼り無さ過ぎた。


心はこんなにも正直だから

本当は欲しくてたまらない

あの人との続きを願っているくせに、

それと同じくらいに頑固でずるく、

まだ頑なに彼氏との未来を描いている。


あの人に託す手紙がなかなか書けないのを

うしろめたさのせいにしようとしていたんだ。




過ぎ行く夏の偶然は

音もなく突然訪れた。


夕方になってもまだ熱のこもる教習車を降りて

雲がかった夕焼けを見上げると、

ちょうど同じように

最後の時間の教習を終え、

取り外した仮免プレートを片手に歩く

あの人の背中が目に入った。


数歩先を行くあの人の背中を眺めていたのに、

気づいたら

振り返ったあの人の瞳が私の瞳に映っていたから、

思わず自分から軽く会釈してしまった。


「なかなか合格出来ないんです」


話しかける私に

あの人は歩くペースを合わせてくれて、

やっぱりあの人らしく

「マニュアル車難しいですからね」

笑っちゃうくらいもっともな答えをくれたんだ。




嬉しさと寂しさが入り交じる

最後の教習の最後の帰り道、

初めてあの人の名字を声に出して

呼び止めたんだ。


「やっと合格しました」


緊張で押し潰れそうな笑顔を精一杯向けると、

一瞬あの人も立ち止まり、

ちょっぴり戸惑いながらも、

「車買ったんですね」


「頑張ってくださいね」


まだ沈みきらない夕日を背に、

いつも通りはにかんでくれた。




卒業検定の土曜日は

少しだけ秋めいた朝だった。


乗ってきた車を駐車場に停めてドアを開けると、

教習車を洗車し終わったあの人が居た。


当たり前に広がる教習コースも、

あの人が注いでくれるこの視線も、

あの人のキラキラした運転姿さえ、

もう当たり前じゃなくなっていた。


検定合格と引き換えに

このかけがえのない当たり前を手離す私は、

やっぱりその手紙を

直接あの人に渡せないまま、

別の指導員に押しつけてしまった。



一旦手紙を渡してしまうと、

なんだかあの人に会うのが怖くなって、

あの人を最後にもう一度見ることもせず、

あんなに名残惜しかった教習所を

逃げるように後にした。


もうきっとここに来ることはないんだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る