第4話 恋の理由づけ
仮免許をもらってから
最初の教習はあの人で、
また私に違う初めてをくれたんだ。
朝の教習時間ばかり予約していた私が、
初めて夕方の最後の時間を予約した日。
今までとは何かが違う
ほんの少しのトキメキは、
初夏のもわっとした
薄明るい夕方のせいだ。
久しぶりに直視するあの人は、
髪をほんの少し短くして
ほんの少しだけキラキラしてた。
もう前みたいに
コースからはみ出すこともないし、
仮免許をもらったんだから、
あの人の知らない間に上達したんだよ。
無言の日々を埋め合わせるように
いっぱい話をしたんだ。
「仮免許取れるまで長かったですね」
「検定緊張しましたか?」
その懐かしい
心地いい声で聞かれると、
横に座るあの人を意識せざるを得ないよ。
「いつも朝の時間なのに、夕方の予約珍しいですね」
「この前、平日いらっしゃってましたね」
「休みの日は何をしてらっしゃるんですか」
いつも指導教本通りのあの人が
この時はいっぱいアドリブだった。
急ブレーキや急カーブを体感する教習項目で、
あの人が運転する教習車の助手席に座った。
アクセルを思いっきり踏むと
車のエンジン音が変わった。
あの人が「キックダウン」って言うんだって教えてくれた。
運転席という
あの人が一番輝く場所で
運転してるあの人の横顔がキラキラしてて、
あのエンジン音と
アクセルを踏むスニーカーが
焼き付いて離れなかった。
きっかけなんてイタズラに単純で、
たまたま平日、
仕事を早く終えた日、
そのまま教習所に向かおうと、
いつものように送迎バスを待っていた。
バス停に近づく運転席の人影に
一瞬胸が締めつけられた。
こんな日に
こんなタイミングで
送迎バスで迎えに来るあの人は反則だ。
だって、
乗り込む直前であの人と目が合って、
広い送迎バスに二人きりなんだ。
会話なんて無かったけど、
運転席から一つ開けて後ろに座った私は、
あの人を痛いほど意識せざるを得なかった。
広いバスが
あの時だけはとても狭くて
身体中慣れない緊張で固まった。
「頑張ってくださいね」
教習所に到着して、
ありがとうを言って降りて行く私に
あの人は丁寧に一言くれたんだ。
そんなあの人が
頭から離れなくって、
たまらなくモヤモヤして、
どうしようもなくふわふわして、
考えても見つからない答えは
勝手に作るしかないのだろう。
この初夏の想いに理由づけをしないと、
独りでは抱えきれない。
きっとそれは、
あの人がくれたたくさんの初めてのせいで。
きっとそれは、
薄明るい初夏の夕方のせいで。
漠然とした未来しか描けない私のせい。
そんな私にトキメキとドキドキをくれた人。
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