第9話 変態

 広場に入ってきた新たな人影、漆黒の忍び装束を纏ったエルフの青年はクレハに声をかけた。その顔は苦虫を噛み潰したようで、声は若干上ずっている。


「クレハ……お前、こんなところで何をしている」

「サイゾウでござるか。なにってパーティー組んで探索してるんでござるよ」

「そういう意味じゃない。パーティー嫌いのお前が、なんでそんな奴と組んでるかってことだ!」


 そういうと男は、大股であなたへと近づいてくる。あなたとサイゾウの間に割って入るクレハ。


「まつでござる。サイゾウには関係ないでござろう」

「おまえは、俺がパーティーにさそっても一向に、首を縦に振らなかったではないか!」


 クレハとサイゾウは従妹で腐れ縁だが、サイゾウが一方的にクレハに付き纏っていた。


「それは……サイゾウの視線がキモかったんでござるもん」

「な!」

「この際だから言わせてもらえば、昔からしつこいんでござるよ。拙者のことを舐めまわすように見るわ、行く先々に先回りしてるわ。いくらいとことはいえ、いい加減にしてほしいんでござる。」

「ぐふぅ!」


 クレハにまくしたてられたサイゾウは、地面に崩れ落ちると何やらぶつぶつとつぶやきだす。その声はあなたには聞こえなかったが、クレハには聞こえているようで、彼女は若干青ざめ、虫を見るような目でサイゾウを見ている。


「そういうわけで、拙者たちはもういくでござる。ほら、ヒカル帰るでござるよ!」

「ああ、っていいのか放っておいて」

「いいんでござるよ。馬鹿に付ける薬はないでござる」


 あなたの手を引っ張って、帰還を促すクレハ。その光景を視界に入れたサイゾウは腰のベルトから小型の巻物を複数出すとあなた達のほうへと放り投げた。


「クレハにさわるんじゃねぇえええ!【口寄せ】!」


 巻物は爆発し、その姿を小型の狼数匹へと変える。1つの巻物からおおよそ3匹、それが4本で12匹の狼にとりかこまれるあなた達。


「何のつもりでござるか!」


 あなたを背後にかばいながら、クレハが声を荒げる。その手は出口へと振られており、あなたに先に行くように促している。


「もういい、手に入らないなら力づくでもらうまでだ」

「サイゾウ、拙者はそんなに弱くないでござるよ」

「ああ、だが後ろのお荷物はどうだ?」


 お荷物の所で首をかしげるあなた。あなたは背後を振り返るが、そこには当然誰もいない。


「ヒカルは無関係でござろう」

「いいや、関係あるね。パーティーメンバーだろ?それに、これからすることをギルドに報告されるわけにはいかねぇ」


 そんなやりとりに、ついていけないあなた。痴話喧嘩ならよそでやれといいたい。あなたが、周囲を取り囲む狼をどうやって餌付けしようか、モフモフしたいぜとか考えてる間にも事態は動く。


「忍法【傀儡の術】」


 サイゾウから放たれた光弾が曲線を描きながらクレハに迫り、彼女の手に持った苦無で切り払われる。


「ちょ、それは人に向けていい術じゃないでござろう!」

「ばれなければ、構わないんだよおおお!おまえたち、かかれえ!」


 サイゾウの合図とともに飛びかかてくる狼たち、その牙はすべてあなたへと向いている。俊敏さでかわすこともできないあなたを庇い、苦無と体術でその全てをさばくクレハ。


「なんでおれが!」

「えーい、あきらめるでござるよ。死にたくなければ働けでござる」

「いやでござる!ぜったいにはたらきたくないでござるぅ!」

「ふざけてる場合じゃないでござる!」


 クレハはあなたの頭に手をつくと回転するようにその身を回し、襲い来る狼を弾き飛ばしていく。しかし、狼たちは経験差のためか、くるりと空中で身をひるがえして着地すると、すぐさま再び襲い掛かってくる。その牙は発光し、なにがしかのスキルを使っていることは明白だった。


「さすが、サイゾウの忍狼、一匹一匹が強いでござる!」

「【傀儡の術】」


 狼が攻撃する間にも飛来する【傀儡の術】。クレハは決して素手で触れないようにその攻撃を打ち落としていく。


「ええい、しつこいでござる!」

「あたると、どうなるんだ?」

「文字通り、人形みたいに操作されてしまうんでござる。あんな変態ストーカーの人形になるとかごめんでござる!」


 そう会話する間も、あなたはクレハに振り回され、時には足場、時には武器として狼にぶつけられる。


「ひどい、ひどいよクレハ。ストーカーだなんて、俺がそんなことするわけないじゃないか」

「小学校の時に、人の縦笛しゃぶってたやつに言われたくないでござるぅ!」

「あ、あれは間違えただけだ!」


 あなたは確信した、あいつは自分と同類の変態であると。あなたが若干生暖かい目をサイゾウに向けると、サイゾウは嫌な顔をしてさらに【傀儡の術】をとばしてくる。今度は狙いをあなたに換えて。


「【傀儡の術】、そんな目でおれをみるなああぁ!」

「友達がいないから、こんな術ばかりうまくなるんでござるよ。この変態!」

「いるしー、友達いるしー、狼だって友達の範疇だしー!」

「ええい、そんなかわいそうぶったって、手加減はしないでござるよ、【火遁:閃光弾の術】」


 クレハの手から放たれた炎弾は空中ではじけるとあたりに強烈な光をまき散らした。


「目が!目がああああああああ!」

「きゅーん!」


 叫ぶあなたと狼たちを放り出して、サイゾウに突貫するクレハ。その両手には苦無が4本ずつ握られている。


「刺されて朽ちよ【忍術:苦無弾】!」


 スキルの後押しを受けて発光した苦無は、クレハの手から放たれると、回転しながら空中で弧を描き、四方八方からサイゾウに殺到する。サイゾウはそれをすべて見ることなく、クレハのほうへと踏み込んできた。自分から距離を詰めることで、被弾する苦無の数を減らしたのだ。眼前から迫る苦無を自身の手に持った苦無で受けるサイゾウ。その時にはクレハとの距離はゼロになっていた。


「【麻刃斬り】」

「【忍法:空蝉】」


 クレハの斬撃を、上着を犠牲にかわしたサイゾウ。切り裂かれた上着から閃光が放たれ、とっさに目を閉じたクレハは後方へと大きく跳躍し距離をとる。そこでチェックだった。


「【傀儡の術:五月雨】」


 それまであなたのことばかり追いかけていた狼が、サイゾウの合図に一斉に口を大きく開きクレハのほうを向く。その口の奥、のどに隠された小型の巻物から一斉に【傀儡の術】が放たれた。


「なんと!」


 光弾がクレハに殺到するも、何とか裁いたと思ったその時。影から接近していたサイゾウの手がクレハの体に防御の上から打ち込まれる。その手は先ほどの光弾と同様に光り輝いていた。

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