第5話 忍者のクレハ
あなたはクレハと共に探索者協会、東京ダンジョン支部に戻ってきていた。大理石でできた床、高い石造りの天井は、外が暗いのに反して、煌々とライトで照らし出されている。
「ここまでありがとう」
「いいんでござるよ。困ったときはお互いさまでござる」
支部内にある換金所で、道中出現したスライムを倒した際に、ドロップした魔石を換金し、それを山分けした二人。あなたは道中スライム様から逃げ回っていただけだったが、それでも一応山分けにしてもらっていた。なにせ、無一文では飯も食えないからだ。
「さすがに、無一文の人間を放り出すほど鬼畜じゃないでござる」
「いつもすまないねぇばあさんや」
「それは言わない約束でござるよ、じいさま」
換金したスライムの魔石は一匹100円で、合計6匹分。あなたの分け前は300円だった。これでまあ、今夜の夕食分くらいにはなるだろうと安心するあなた、さっきからおなかがぐーぐー叫びをあげていたのだ。
「それにしても、回復職の初心者がひとりでスライムを相手にするのは無謀でござるよ」
「でも、パーティー募集しても誰も来てくれないんだぜ」
「それは、まあそうでござるな。一番安い回復薬でさえ、初級の回復術と同じ効果で、100円で買える世の中でござるし」
新たにネガティブな情報を手に入れてさらに落ち込むあなた。なぜあなたはキャラメイクでプリーストを選んでしまったのか。回復職が大事とか言ったのは誰だったのか。あなたは、キャラメイクを考えながらニマニマしていたころの自分をぶん殴ってやりたくなっていた。
「まあ、どうしても回復職が嫌ならお金を貯めて教会に行くといいでござるよ」
「教会ってお金で職業を変えてもらえるっていう?」
「そうでござる、たしか1万円くらい取られたと思ったでござるが……無一文でござったか」
「はい……」
落ち込むあなたになんて言って声をかけていいかわからなくなるクレハ。彼女は若干気まずそうにすると、足早に立ち去ろうとする。
「では、拙者はこれで……」
「まってくれ、みすてないでくれ!……なんでもしますから!」
立ち去ろうとするクレハにしがみ付くあなた。せっかく見つけた金ずるに、今逃げられると金欠で餓死するかもしれない恐怖は、あなたにたやすくプライドを投げ捨てさせた。しかし、悲しいかなステータス差でクレハに引きずられるあなたは、完全に女に捨てられないために必死になるヒモ男であった。
「やめるでござる!恥ずかしいでござる!むふ」
「お前喜んでないか?」
「そんなことないでござる。めいわくしてるでござるよ!むふ」
「よろこんでる!ぜったいよろこんでる!露出狂!変態!色情魔!」
「色情魔はよけいでござる!」
そういって無理やり引きはがされるあなた。しかし、ここで引き下がっては明日のごはんが行方しれず、路頭に迷うこと請け合いである。すかさず土下座で畳みかけるあなた。
「たのむ!君しかいないんだ!」
「え?いやちょっとまつでござる!やめるでござる!恥ずかしいでござる!むふ」
「今逃げられたら、死んでしまう。なにか、何かアドバイスをおおおおお!」
「わかった、わかったでござるから!むふ」
クレハは紅潮した顔であなたを立たせると、救護所と書かれた場所を指さして語りだす。
「ギルドには救護所があるでござる。そこに行けば治療をしてもらえるんでござるが、たしか万年人手不足で人材を募集していたはずでござる」
「おお!つまり!」
「そこで働かせてもらえば、当分飢えることだけはないと思うでござる」
「わかった、ありがとう。本当にありがとう」
あなたは感謝の言葉を述べると、クレハに向かってぺこぺこと頭を下げだす。クレハは再度始まった公然羞恥プレイに若干興奮した様子で文句を言う。
「だからやめるでござる!むふ」
「ああ、でも本当にありがとう。よかったら、フレンドになってくれないか?」
「申し訳ないでござるが、それは断らせてもらうでござる」
「やっぱり、俺が初心者の地雷だから……」
「違うでござる!だからそんな、売られていく子牛みたいな目はやめるでござる!」
床に四つん這いになって泣きまねを始めたあなたに、若干焦ったように告げるクレハ。
「拙者、忍びでござるからフレンドはもたない主義なんでござるよ」
「そうなのか……そうなのかぁ……」
ついには床にごろ寝しだしたあなたに、クレハはしょうがないと妥協する。
「いいからそれをやめるでござる!しょうがないから、転職用のお金が貯まるまで探索に付き合うでござるから……ハァ」
「よっしゃあああああ!じゃあフレンド交換しようぜ、連絡先が分からなきゃ不便だからな」
「……わかったでござるよもう」
探索者カードを取り出し、裏面をタップ、ホロウィンドウのメニューからフレンド登録を済ませるあなたとクレハ。
「じゃあ、探索に行くことが決まったら連絡をくれでござる」
「ああ、じゃあな!」
あなたはそう言ってクレハと別れると、さっそく救護所と書かれた場所に向かっていった。
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