第105話 吸血鬼カフェ

 木製の大きな扉は自動ドアになっていて、軽く触れるだけで開いた。だが、ギィギィーギギィ―――と不気味な音がする。どうやら音響効果としてそんな音をつけているらしい。 

 同時に来客を告げる呼鈴にもなっていた。

「いらっしゃいませー」

 全身黒ずくめの若い男が出てきた。

 店内は薄暗く、電燈のかわりに蝋燭ろうそくの炎が揺れている。煉瓦れんがの壁には不気味な肖像画が飾ってあり、木のテーブルが三つ、各テーブルには髑髏が置いてある。そしてステージと思われる丸い台座の上には黒いひつぎえられていた。

 異様な店内に目を奪われて私は茫然とした。

「当店には初めてのご来店ですか?」

「あ、はい。ネットのブログに珍しいカフェがあると書いていたので……」

「そうですか。あのブログを書いたのはこの僕です。他にもTwitterやFacebook、最近はインスタも始めました」

「そ、そうなんですか」

 クラッシックな店の雰囲気からして、ネットをやりそうなタイプには見えなかったが、想像以上に商売熱心なようだ。

「申し遅れましたが、吸血鬼カフェの支配人です。といっても従業員は僕だけ、只今バイト募集中でございます」

 バス停から歩いて四十五分、こんな人里離れた所でアルバイトとする者は絶対いないだろう。

「本日はお一人様でご来店ですか?」

「はい。私は高校の新聞部なんですけど、珍しいお店の特集記事を書いています。今日は部員三人で取材に来るつもりでしたが……一人は怖いのが苦手で、もう一人は急用で来れないと(敵前逃亡)……、私一人で来ました」

「おおっ! なんと勇気のあるお嬢さんだ」

 正直、逃げ出したい気分だった。

「あのう。新聞部の取材で写真撮ってもかまいませんか?」

「どうぞ、どうぞ。ネットに記事あげて宣伝してくださいませー」

 私はデジカメで店内を撮って回った。カメラを支配人に向けるとピースをしながら「イエーイ」とアホなリアクションをされた。チャラい男だと苦笑する。

「では、お客さまに当店のサービスについてご説明いたしましょう。まず、ご注文いただくと、あそこから本物の吸血鬼が出てきます」

 支配人は黒い棺を指差してそう言った。本物の吸血鬼って……!?

「うちは吸血鬼と触れ合えるカフェなのです」なにそれ? 猫カフェですか。


「メニューはどんなものがあるんですか?」

 髑髏どくろを持ち上げて、裏返すとメニューが書いてあった。

 スプラッタージュース、ゾンビライス、超スペシャルメニュー、たった三種類しかない。

「スプラッタージュースってどんなのですか?」

「トマトジュースにすっぽんの生血が入って滋養強壮に効果があります」

 ゲッ! 気持ちワルーイ、あんまり飲みたくないジュース。

「じゃあ、ゾンビライスって?」

「ケチャップのかわりに青汁で色をつけたライスにイカゲソと鳥皮、レバー、ホルモンなどを入れた炒飯、トッピングに豚足」

「……それって美味しいの?」

「超マズイ!!」

 マズイもん売るなっ! と突っ込みを忘れるほど堂々と返答された。

「この超スペシャルメニューって、なぁに?」

「こ、こ、これをご注文されますか!?」

「いいえ、中身を訊きたいだけ」

「このメニューは、世の中に絶望しているが、死にたくないという人間にお勧めしています」

「はぁ~?」意味が分からない。

「このメニューを僕は十年前に注文しました。当時、大学受験に失敗し、彼女にフラれて、おまけに白血病におかされていました。もう死ぬしかない絶望的状況ですが、それでも死にたくない。そんなとき吸血鬼に出会ったのです」

 急に支配人がシリアスな表情になった。

「吸血鬼に血を吸われて眷属けんぞくになりました。眷属というのは使い魔みたいなもので吸血鬼の下僕げぼくなのです。不老不死だから死ぬまで働かされるブラック企業だったりして……」

「後悔してるんですか?」

「いいえ、ただ二度と陽の光を拝めないのが悲しい」

 作り話にしては真に迫っていると思ったが、とても信じられない。


「ご注文はどれにします?」

 もう取材終わったし、さっさっと帰りたいが……なにか注文するまで帰して貰えそうもない。

「じゃあ、スプラッタージュースを……」

「スプラッタージュース、オーダー入りました」

 すると、ステージの上の棺が開いて男が起き上がった。それは古い映画に出てくるようなドラキュラ男爵だった。

「スプラッタージュースお待ち!」

 お盆にのせてドラキュラ男爵が持ってきた。そして白い牙を見せてニッと笑った。あまりの怖ろしさに、私は悲鳴を上げながら吸血鬼カフェから飛び出した。

「もぉ~、怖い顔で接客するから、お客が逃げちゃったじゃないですか」

「愛想笑いしたのにダメだったか?」吸血鬼に笑顔は似合わない。


 吸血鬼カフェから逃げ帰った私は、新聞部でカフェで撮った写真をプリントした。すると、支配人の姿がどこにも映っていない。

 もしかして、奴らは本物の吸血鬼だったの? 今でも信じられない私です。

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