第25話 ターコイズの空
レノは銀色の髪と
彼の家は代々戦士の家系で父も祖父も勇敢に戦う男だった。だが、レノはまったくの腰ぬけで争い事が大嫌い、血生臭いことが苦手であった。
武術の
特にオカリナの演奏は素晴らしく、レノがオカリナを吹くと空を飛んでいる鳥が舞い降りて、肩に止まり一緒に
しかし平和な時はそれも許されるが、ひと度、敵が侵入すれば戦士であるレノは町の人々のために戦わなくてはならない。しかし臆病者のレノには勇敢に戦うことなど到底できない。
その彼が今まさに剣を振り上げ、怖ろしい魔獣と戦おうとしているのだ。
北の空から飛んできた魔獣は、レノたちの町を襲って人間を食べるのである。身の丈は人の三倍はあろうか。鋭い
レノの父も魔獣と戦って敗れた。多くの戦士が魔獣の餌食にされてしまった。もう町に残っているのは、レノのような腰ぬけ戦士しかいないのだ。
洞窟の奥から、魔獣の
レノの足元には喰われた人々の骸骨や骨が散乱していた。いずれ自分も同じ運命を辿るのだと思うと、恐怖で足がすくんで一歩も動けない。振り上げた剣も格好だけでブルブルと全身が震えていた。
「愚かな人間め! 自分から喰われにきたのか!?」
耳をつんざくような声で魔獣が喋った。
「なんだ小僧、震えているのか。おまえのようなヘナチョコにわしは倒せんぞ」
――そんなことは分かっている。
この怖ろしい魔獣を倒せるはずもない。では、なぜ、この洞窟にきたのか? それは戦士としての使命と守りたい人がいたからだ。
幼馴染のニーナとは将来を誓った仲である。
いくら腰ぬけレノでも、大好きなニーナの前で逃げ出すことだけはしたくない。そんな卑怯者を好きになったと思われたくなかったのだ。
魔獣退治に来る前、ニーナは自分の金髪を編んで、その中に幸運の石を入れて、レノの首に掛けてくれた。幸運の石はターコイズと呼ばれる青い石で『旅の安全』を守る石なのだ。
勇気を与え、邪悪なものや危険から身を守ってくれる。この石は人から贈られると更にパワーが倍増するといわれている。
町外れまでレノを見送ってくれたニーナ……大きな瞳にいっぱい涙を溜めて、「無事に帰ってきてね」と、何度も祈るように呟いていた。
ニーナに後ろ髪をひかれながら、魔獣の棲む洞窟にやってきたレノなのだ。
「わしは腹が空いておらんので、おまえを喰う気にならん。殺してもいいが、それもツマラン。小僧、わしを楽しませる芸をしたら命だけは助けてやろう」
その言葉に、ニーナの顔が浮かんだ。まだ死にたくない、もう一度ニーナに逢いたい!
自分に誇れるものはオカリナの演奏しかない。
心を落ちつけて、レノは魔獣の前でオカリナを吹いた。それは心が洗われるような清純な調べで、演奏している時だけは、魔獣の怖ろしさも忘れることができた。
「小僧……なんと美しい音色だ。――以前、人間だった時のことを思いだした。戦士だったわしは、邪悪な魔女と戦って負けた。そして怖ろしい魔獣に変えられてしまったのだが……わしにも妻子がいた、故郷に帰って家族に会いたい」
そういって魔獣は涙を流していた。
怖ろしい姿の魔獣もかつては人間だったというのか、だとしたら魔獣は可哀相な奴だとレノは思った。
「小僧、わしは少しだけ人間の心を取り戻した。もう人間を喰うには止めて、獣だけを喰うことにしよう。そして家族が住んでいる東の空へ飛んでいこう」
魔獣は飛び立つ準備を始めたが、レノの方を見て。
「じゃが、わしも魔獣だ――。おまえをその姿のままで帰す訳にはいかん!」
ああ、やっぱり命は助かっても無事には帰れないのか。
「小僧、おまえの首から掛けている青い石はなんだ?」
「これはターコイズという幸運の石です」
「その石のような青空の日には、おまえを愛する者の前だけ、人間の姿に戻れる魔法にしてやろう。――それで、何に変身したい!?」
町の人たちの噂だと魔獣は東の空に飛んでいったという。
それなのに、洞窟へ魔獣退治に行ったレノが帰ってこない。ニーナはレノのことを想って夜も眠れず
数日後、ニーナの足元に一匹の猫がやってきた。
それは銀色の毛並と青い眼を持つ美しい
ターコイズの空が広がる日、ニーナと銀色の猫は寄り添うようにベンチに座っている。
何処からかオカリナの演奏が聴こえきて、小鳥たちが舞い降りて一緒に囀り、幸運の石ターコイズは旋律に共鳴して青く青く輝くのだ。
銀色の猫とニーナは平和な町で幸せに暮らしました。
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