第12話 うちのおにいちゃん

 昭和40年代は、塾もテレビゲームもパソコンもなかった。

 子どもたちは日が暮れるまで、めいっぱい外で遊びまわっていた。ひざ小僧はいつも傷だらけ、野原を走り回るのが大好き昭和の子どもたち。

 貧しかったけど、元気いっぱいの子どもたちが路地で、空き地で、駄菓子屋さんの前で……そこらじゅうに溢れていた。

 どこにもいるような、わんぱく坊主の兄と妹のお話です。


               *


 うちとおにいちゃんは3つちがい、3年はやく生まれただけでえらそうや。うちが言うこときかへんかったらすぐ叩く。そんなおにいちゃんキライや。

 うちのおやつ、かってに食べるし、ヘタクソな歌をお風呂で大声で歌ってる。宿題わすれて立たされボウズ。うちのおにいちゃんカッコ悪いでぇー。

 こないだかて、ご飯たべてる時に、おにいちゃんがクシャミして、うちの玉子焼きにツバがとんだ。

「きちゃないなぁー」

「へへー」

「こんな玉子焼き食べられへん!」

 怒って文句ゆうたら、おにいちゃんの箸がうちの玉子焼きを突きさした。

「あっ!」

 やられたぁ―――!! 

 大好きな玉子焼き食べられてしもた。こんなおにいちゃん要らんわ。兄妹の縁きったる! 


 そやかて、うちもおにいちゃんに負けてへんでぇー。

 おり紙さがして、机の引き出しの奥に手を入れてさぐってたら、お団子みたいになったテスト用紙が出てきた。

 一枚、一枚……広げてみたら……。

 20点、15点、0点……ひどい点数ばっかりや!

 おにいちゃんのテストやった。

 こんな所に、点数悪いテストをかくしとったんか、うちは心のなかでニヤリとした。

 おにいちゃんの、ひ・み・つ 見つけた!


 夕方、遊びから帰ってきたおにいちゃんが、いつものようにうちが見てるテレビのチャンネルを勝手に変えようとしたから、

「引き出しの奥のテスト!」

 うちが叫んだら、驚いて目をシロクロさせて、

「た、たのむー、ひ・み・つ にしてくれ」

 手をあわせて泣きそうやった。

 ひ・み・つ にぎってる、うちにはもう逆らわれへんでぇー!


 お手伝いでお茶わん洗ってる時に、おかあちゃんが一番大事にしてるお皿を、うち落としてしもた。

 ガチャーンという音を聴きつけて、おにいちゃんが飛んできた。

 割れたお皿の前で茫然してるうち見て、

「えらいこっちゃー」

 大声で叫んだ。おかあちゃんがきて、

「誰が割ったんや!?」

「ごめんなさい」

 おにいちゃんが謝った。

 えっ、えっ、なんで!? うちがビックリした。

 大事なお皿割られて、怒ったおかあちゃんに2、3発どつかれてたけど……。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 おにいちゃんは、抵抗しないで素直に謝ってる。

「割れた皿を片付けときや……」

 おかあちゃんは怒るの止めて、買い物に出かけた。

 そしたら、おにいちゃんがうちを見て、ニヤリと笑った。

 うわっ、やられた―――!!

 ひ・み・つ と ひ・み・つ あいこになった。これで帳消しやん……。


 あの日、うちがアホやってん。よその店で買ったお菓子を持って、駄菓子屋に入ったら、

「それ、この店の品物やろ?」

 駄菓子屋のおばちゃんに言われた。棚見たら、同じお菓子が売ってたし……。

「ちゃうで! よそのお店でこうた」

「それ50円やで」

 うちがゆうても信じてくれへん。お金とろうとする。

「ほんまに、よそのお店でこうてん!」

 泣きながら言う、うちに……。

「ウソついたら、あかん!」

 大声でおばちゃんがうちを怒鳴った。その時やった!

「おれの妹はウソつきちゃうわい!」

 おにいちゃんの声がした。

「ガメツイおばはんや!」

 おばちゃん目がけて50円玉投げつけた。

「こんな店、二度とくるかっ!」

 うちの手を引っぱって、店から飛び出た。


 帰り道、ベソかいてるうちに「メソメソすんな!」おにいちゃんが怒った。

「ほんまによその店でこうたんや……」

「わかってる! おまえは物盗んだりせえへん」

「ごめんな……おにいちゃん……」

 さっきのこと、悔しくて涙ポロポロでた。

「知ってるか?」

「……ん?」

「こんなことわざがあるんや。〔李下りかかんむりたださず〕スモモの木の下で冠をかぶり直そうと手を上げたら、実を盗もうとしているのかと勘違いされる。要するに、まぎらわしいことすんな! って意味やぞ。国語の授業で先生が言うとった」

「うん!」

 今日のおにいちゃん、かしこそうに見えたわ。


「なあ、おれの長所ちょうしょはなんやろ?」

 うちが宿題してたら、おにいちゃんが真面目な顔で訊いてきた。学校の宿題で『ぼくの長所』で作文を書かなあかんらしい。

「勉強ぎらい、食いしん坊、おんち」

「まじめに答えんかいっ!」

 ムッとしたおにいちゃんに叩かれた。

「おかあちゃーん、おにいちゃんが叩いた!」

「まじめに答えへん、おまえが悪いんやぞ」

 うちかて筆箱でにいちゃん叩き返した。

「やったなぁ~ 」

「おにいちゃんのアホー!」

 家ん中、兄妹で追いかけっこや。「ドタバタすんなっ!」おかあちゃんの怒鳴り声がする。


 おにいちゃんの長所はなぁー

 アホやけど元気のいいところや

 あはははっ

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