私はキュティピュア

三流人

私はキュティピュア

 子供の頃は、キュティピュアになりたかった。

 か弱い存在であるはずの女の子が伝説の戦士となって悪の組織と戦い、世界に平和を取り戻す。

 私は、そんな物語に憧れた――。



「キュティピュアになるッピ!」

 目がさめると、目の前には一羽の鳥がいた。

 いや、これは鳥なのだろうか。鳥にしては頭でっかちで異様にモフモフしてて、まるでぬいぐるみがしゃべっているようだ。

 どうやら危険はなさそうなので鳥?の話を聞くと、彼?はこことは別の世界『ピュアランド』の妖精だと言う。キュティピュアのパートナーとして地球に来ていて、私とキュティピュアの契約をするために来たらしい。

 どうやって部屋に入ったのかを聞くと「窓が開いてたッピ」と答えた。私の落ち度であった。


「キュティピュアになるッピ!」

 鳥はさっきと全く同じ台詞を繰り返す。昔、親が買ってくれたファーBとかいうおもちゃを思い出した。

 キュティピュアのことは知っている。毎週日曜の朝に放送している少女向けの大人気アニメだ。

 しかしそれが現実に存在していて、しかも自分に関わることとなると胡散臭さがビッグバンのように増大していく。

 なにより私は25歳であった。主役が女子中学生というのがキュティピュアシリーズの様式美だ。にもかかわらず、私は25歳であった。四捨五入したら30であった。独身彼氏なしなのであった。

 そこらへんどうなのよと、若干落ち込みながら鳥に問いかける。

 鳥いわく、日中は女子中学生のキュティピュアが戦っているが、悪の組織が昼間に攻めてくるとは限らない。しかし、中学生が夜間にうろついていたら少年法に基づいて補導されてしまう。そこで、夜勤キュティピュアができる成人女性が必要になるとのことだった。

 たしかに私は十二分な成人女性で、しかも今もコンビニで夜勤をしている夜行性女子だ。条件はバッチシ、追い風がブインブインと吹いている。


「キュティピュアになるッピ!」

 しつこい鳥だった。そろそろ語尾が気になってきたがツっこんではいけない気がしたのでやめた。

 いや、恥ずかしながら、キュティピュアへの憧れが消えたと言えば嘘になる。しかし、私にもコンビニの夜勤という真っ当な職があるのだ。この歳でコンビニバイトなんて真っ当とは言えないことは重々承知だが、自称キュティピュアよりかは僅かばかし社会的信用があるような気がしなくもない。

 残念だが、他をあたってもらわざるをえない。

「時給3000円、各種保険制度有り、シフト希望可能ッピ」

 ……。


 キュティピュアと言えば変身だ。まずは変身方法を教えてもらわねばなるまい。

 謎の書面での契約を結んだ私は、そのまま鳥さんにキュティピュアの基本を教わることになった。

 伝説の戦士キュティピュアの使命、そして襲い来る悪の組織について。

 一通りの説明を受けた後、契約書の控えとともにスマホのような端末を渡される。スマホのようなというかまんまスマホだ。鳥いわくこの端末(通称『ピュアホ』)のロック解除が変身のキーになっていて、変身後は電話の要領で鳥と通話ができるらしい。まあ便利。

「早速変身してみるッピ」

 しゃっ、来た! ピュアホのロックを解除し変身バンクに入ろうとしたが、とある不安がよぎり、ギリギリのところで踏みとどまる。

 変身といえば台詞だが、何も考えていない。あとキュティピュアってピュアブラックとかピュアホワイトとかいるけど、私はピュア何なんだ……?

「そうッピねえ、キミは……ピュアオールナイトッピ!」

 夜勤だからオールナイト。安直だった。

 台詞やらポーズやらについては、用意しなくても無意識に出てくるものらしい。

 オールオーケー。やってみましょうか。

 ――


「キュティピュアッ!ハートフルチェンジ!!」

 ピュアホのロック解除とともに、画面から光が溢れて私の身体を包み込んだ。

 足先から徐々に光が晴れると、着ていた寝間着のジャージがいつの間にかお決まりのフリフリ衣装に変わっている。

 ピュアオールナイトの名の通り、深い黒を基調としたデザインだ。

 やがて頭の上まで変身が完了。髪は金色に光る星形のピンでまとめられている。

「闇夜に光る、星の導きッ! ザッツデネブ、アルタイル、ベガッ!!」

 台詞とともに中空に大きく星を描く。

「ピュアオーーーールナイトォッ!!!」

 ――


 キまった。

 完璧であった。

 あの頃憧れたような服を身にまとい、あの頃憧れたような台詞とともに変身を成し遂げた。

 部屋の全身鏡に映るのは、コスプレサービスを追加オプションされた風俗嬢のごとき女であったが、もはや些細なことだ。

 

 ピロリンピロリン、ピロリンピロリン――

 その時、ピュアホから緊急地震速報のようなけたたましい音が鳴った。

 私の身体は条件反射でビクゥなったが、地震ではないらしい。悪の組織襲来を知らせるアラームのようだ。不謹慎だとバッシングされかねないので、後で設定を変えようと思う。

「悪の組織が来たッピ! オールナイト、出動ッピ!」

 先ほどから悪の組織悪の組織と言っているが正式名称は何なのだろうか。そっちのほうが気分が出るのだけど。

「悪の組織が来たッピ!」

 ……なるほど。


 ピュアホの画面にはググールマップのような地図が表示されている。

 この赤い点が悪の組織の出現場所を示しているようで、今回の場所は近所にある小学校だ。

 私は家を出ると夜道を走りだした。時折すれ違う人たちから冷ややかな視線を感じるような気もしたが、そんなこと気にしちゃいられない。地球の危機なのだ。

 これが昼間だったり敵の出現場所が駅前とかだったりしたら、私は地球の危機に陰ながらお悔やみ申し上げつつ自宅にこもっていたかもしれない。

 しかし、夜の小学校ならたぶん大丈夫だ。たぶんおそらく。途中で職質とかされないかぎりは大丈夫だ。

 キュティピュアになったという高揚感と、自分のものとは思えないほどに軽く感じる身体が、私に謎の自信を与えていた。

 高校まではバスケ部だったが、大学入学以来まともな運動をしていない。そんな鈍りに鈍ったはずの足が、部活時代をゆうに超えるスピードで回っている。

 走力だけじゃない。跳ぼうと思えばあの電柱のてっぺんまで跳べるだろうし、壊そうと思えばあそこにあるブロック塀をワンパンで壊せる。もはや確信だ。

 これなら、戦える――


 ガードレールを飛び越えるイケメンのように校門を越えると、校庭の真ん中には一人の男が佇んでいた。

 フォーマルなスーツにシルクハット。手には素敵なステッキを持っている。

 そして、顔には何故かガスマスクを装着していた。

「ガスマスク男爵ッピ……!」

 あれが……。

 悪の組織三幹部の一人、ガスマスク男爵。初戦にしては正しい意味で役不足な相手だった。

「フフフ、貴女をお待ちしておりました、レディ。しかし邪魔はさせません。さあ、世界よ! 闇に染まるのですッ!」

 あら。見た目はさることながら、口調までも英国紳士。

 男爵がステッキを頭上に掲げると、その先からドス黒いダークマターが溢れ出した。見ているだけで陰鬱な気分なるようなそれは瞬く間に空へと駆け昇り、星をかき消しながら夜空を覆い尽くした。

 このままでは地球全体が闇に侵されてしまう。鬱病適応障害自立神経失調症。休職休職、やがては一身上の都合による退職。労働人口の減少で経済は回らず食糧危機、エネルギー危機に環境問題。起こる第三次世界大戦。訪れるは核の冬。世界崩壊人類滅亡。


 ――そうは、させるかッ!

 私は男爵との間合いを一気に詰めると、右の拳をボディに向かって振りぬいた。避けられるのは想定内。そのままの勢いで体を回転させ、避けた男爵の横っ面に左足の踵を打ち込んだ。

「ぐぅッ!」

 回し蹴りを喰らいながらもバックステッポで勢いを殺した男爵は、私から距離を置き、ダークマターでの遠隔射撃を放つ。弾幕式に襲い来る闇をすんでのところで躱しつつ、鳥に受けたピュアホの機能説明を思い出す。

「ピュアホには三つのボタンがあるッピ。1番が必殺技。2番が超必殺技。乱用はダメッピ」

 まるで高齢者向け携帯電話のようならくらく機能だった。

 乱用できないということはやはりそれなりのリスクが伴うのだろう。しかし、このままでは男爵に近づけない。空を覆う量のダークマターを生成できるくらいだ、躱し続けるのもジリ貧になる。

 ならば、先手必勝。

「キュティピュアッ! オールナイトシャワー!」

 1番のボタンを押すと、ピュアホの画面から無数の光が飛び出した。光の束はダークマターの弾幕を撃ち落としながら男爵に向かっていく。

 男爵は攻撃に使っていたダークマターを集め、身を守る。

 狙い通り。ここで、決めるッ!

 私はすかさず2番のボタンを押した。

「キュティピュアッ! オールナイトメテオォ!!!」

 レールガンのような激しい光が、目の前の景色を飲み込んでいく。

「グアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 光は男爵の姿を白く塗りつぶし、そのまま空へと向かって伸びていく。モーゼが海を割るようにダークマターを切り裂き、程なくして夜空の星々は輝きをとり戻した。


 やっ、た……。

 膝がガクンと折れ、自分がいかに消耗していたか、この時になってようやく気づいた。

 やはり初戦で必殺技の連発は無茶をしすぎたと反省する。完全に力を使い切ってしまったらしい。

「お疲れッピ。初戦で三幹部の一人を倒しちゃうなんてすごいッピよ!」

 そうだ、まだ三幹部の内の一人を倒しただけ。悪の組織との戦いは、まだ終わっていないんだ。

 だけど今日は疲れた。こりゃあ時給3000円も納得の業務内容っすわ。

 さて、明日はコンビニの夜勤だし、備えて家でゆっくりしますかね。

 校庭に背を向けた、その時だった――


「キャッ――!」

 思わず女の子らしい声を出してしまった。ぬるりとした何かが、太腿の内側を舐めるように通り過ぎる感触。

 瞬間、急激に湧き上がる恐怖、不安、焦燥、倦怠感、脱力感。

「フフフ、フフフフフフ」

 まず、耳を疑った。

 そして振り返り、自分の目を疑う。

 その声は、紛れもなく倒したはずのガスマスク男爵のもので。しかし、しかしだ。

 目の前のそれは先ほどまでの英国紳士などではなく、ガスマスクを装着しただけのおどろおどろしい物体。ダークマターそのものが、意思を持って蠢いていた。

「お見事ですッ、レディ。まさかこの姿を晒すことになろうとは思いもしませんでした!」

 抜かった……! くそッ、もう一度!!

 震える指でピュアホの1番ボタンを押すが、無反応。

 2番のボタンも、無反応……。

 やはり駄目だ。

 力が、残っていない……。心も、沈んで……。

「フフフッ、残念です。貴女にはもう、お相手いただけないようだ。そうですね、闇を収束したこの姿で、局地的な絶望に染め上げるのも悪くない。まずは、この街からですかね」

 その言葉が届くか届かないか。私の意識は闇の中へと沈んでいった――


 ――

 思えばいつもそうだ。何をやっても中途半端。途中で投げ出しヘラヘラと笑っていた。

 今はこんな喪女になってしまったが、中学高校時代は意外と充実していた。友達も多かったし、彼氏も何人かできた。バスケ部だったので運動もそれなり。勉強も中の上くらいはできていた。

 変化は大学入学あたりからだろうか。周りの女子たちがバッチリとメイクをするようになった。髪も明るい色に染めていた。ファッション誌を複数購読し、皆、流行から取り残されないように躍起になっているようだった。飲み会や合コンという名の男漁りがはじまった。男に媚びることのできない女には居場所がないように思えた。

 私は、そこで振り落とされた。

「めんどくさい」と思ってしまった。諦めた。

 いや、よく考えると、中高時代も同じようなものなのかもしれない。何人かの彼氏だって今となっては名前すらパッと出てこないし、部活でもレギュラー落ちだし、大学受験も第一希望は不合格。

 それでも、まあいいやとヘラヘラ笑っていた。

 大学卒業後は地方銀行の一般職として就職。特にやりたい仕事はなかったが、一般職なら楽だろうという思い込みでエントリー、面接でニコニコしてたら採用された。

 しかし入行後、金融機関ならではのドロドロした空気に耐え切れず1年で退職。

 上司には「他にやりたいことがあって」と言ったが、もちろんやりたいことなんて何もなかった。

 結婚しないならせめて働きなさいと両親がやかましいので、生活リズムをずらして顔を合わせないようにという考えのもとコンビニの夜勤バイトを始めて今に至る。

 正直に言えばバイトも「めんどくさい」のだ。

 何がやりたい? 何もしたくない。

 なんで生きてるの? わかんない。

 生きるのも「めんどくさい」けど、死ぬのは「めんどくさい」し怖い。

 人生全部、惰性だった――



 気がつくと、私は校庭の真ん中で横たわっていた。

 校門の方に目をやると、男爵だったものがドロドロと出ていこうとしているところだった。

 ああ、案外時間は経っていないんだなあ。

 顔の横にはピュアホ。三つのボタンが並んでいる。

 最後の力を振り絞り、3番のボタンに指をかける。

 ピンピロリンピンピロリッピ、ピンピロリンピンピロリッピ――

 すると、ピュアホから場違いに軽快な音楽が鳴り響いた。悪の組織襲来のアラームとは違う音だ。しばらくすると音が止み、自動的に通話モードになった。

「3番を押そうとしたッピね」

 鳥の声だ。

「3番はリミッター解除ボタン。押したら最後、ピュアホ内の全機能が暴走し、キミの潜在能力は際限なく解放されるッピ。だけどおそらく……今のキミじゃ、その力に耐えられないッピ」

 予想通り、お決まり中のお決まり。いろんな意味で痛々しいボタンだった。

「万が一耐えられたとして、キュティピュアの力は全部失うッピ。キミはまだキュティピュアになったばかりッピ。それにキュティピュアは他にもいる。後のことは任せるという選択もあるッピ」

 たしかにそうだ。他の人に全部任せて、自分は外側にいたからできなかったんだと言い訳し、本当はやればできたと自分に言い聞かせることもできる。

 実際今までずっとそうしてきた。だってそっちのが楽だし。

 世界が闇に染まる? 絶望? 私はとっくのとうに私に絶望してる。すでに鬱病メンヘラ女子ですよ。リストカットは痛そうだからしません。

 でもね、でも、うるさい両親だけど、親の目が死んでるのとか見るの嫌だし。

 たまに友達から連絡来ると嬉しいし。

 昔の彼氏だって名前は忘れちゃったけどけっこう良いやつだったし。

 ああ、なんていうかとにかく、「めんどくさい」けど戦いたいって思っちゃってるんだ。

 ごめんなあ、鳥。3番押すわ。

 ぽちっとな。

 ――――

 ――




 ――

 ――――

「らっしゃあせー」

 夜勤の仕事は眠気との戦いだ。

 眠気にさえ打ち勝つことができれば、あとは「らっしゃあせ」「あざした」「あっためやすか」のトリリンガルができれば誰にでも務まる。


 一週間前、私は眠気よりもはるかに強くてドロドロで紳士な、わけのわからん存在に勝利した。

 3番のボタンを押せば勝ちは確定、相手は死ぬのかと思いきや、実際はいくらかキュティピュアとしての力が増して衣装のフリフリが増えただけだった。

 その後、闇をまとった元男爵と光をまとった夜勤女の泥臭い肉弾戦の末、辛くも勝利。一方の男爵はというと消えたわけではなく、ドロドロに溶けて校庭の土と一体化しかけたところを三幹部の残り二人が連れ帰った。彼らにも彼らの生活があるということだ。

 鳥の忠告通り、ピュアホはぶっ壊れ、私はキュティピュアになれなくなった。新しいピュアホがあればと思ったけどどうやらそういう問題ではないらしい。

「さよならッピ」

 鳥は簡単な挨拶とともに私のもとを去り、後日私の口座には一日分の給与が入金されていた。

 鳥もまた、どこかで次の夜勤キュティピュア候補を探しているのだろう。


「あざっしたー」

 邪魔な立ち読み客が帰ったので、床清掃の準備をしようと立ち上がる。

 結局私が伝説の戦士キュティピュアになれたのは一夜かぎりのことだった。

 まあ私のことだ、どちらにせよ途中で「めんどくさい」とか言って投げ出してしまったのかもしれない。

 この性格自体を変えられたらとも思うのだが、それこそあれだ。メビウスの輪だ。いや、ウロボロスだっけ? まあ、どっちでもいいや。


 兎にも角にも、だ。

 私が守ったこの世界で、私は今日も生きている。

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