第4話 机の下の逢引き

 修学旅行の行き先は、Y県の守護神「富士山」の麓である。山頂まで登るのは危険すぎるため、4合目付近にある合宿所での宿泊となる。

 その施設は遥か昔、富士山信仰を司る宗教施設の総本山であったと聞くが、今のY県にはもう富士山に「信仰心」を抱いている者はいないだろう。そんな曖昧なものではなく、この世の何より確かな守備のとして、富士山は今日も祈りの対象である。


 旅行用の班決めが終わり、班ごとの計画を立てている最中、真一と同じグループの近藤良太がポツリと言った。


「おい真一、この日って、富士高の奴らも来るのかな」

「…さあ、いるんじゃないか?」

「俺たちが来るの、わかってんだろ?それでもブチ当ててくるかなあ」

「来るんじゃないの?あいつら、僕たちに合わせて予定変えたりしてくれなさそうだし」


 真一の返答に、良太は大きくため息をつく。


「だよなあ、俺たちの修旅くらいで合宿所を空けてくれるような奴らだったら、今どき富士高生になんかなってないよなあ」


 霊峰の根元に、しがみつくように建っているもう一つの高校、県立富士山高等学校、通称「富士高」。ここの生徒とは、コミュニケーションが取れないと聞く。


「てかさ、いいじゃん別に宿舎なんて。どうせ帰ってきて寝るだけだろ。それより問題は、昼間の活動だよ」


 真一はプログラムを見て、ため息をついた。富士山の研究所見学と座禅、そして研究職員の訓練体験。いくら一泊二日の短い日程といえど、これではあまりに退屈すぎやしないか。


 スケッチブックを持って行こうかな。構図やポーズのアイデアくらいなら、旅行の間にまとまるかもしれない。真一はぼんやりとそんなことを考えた。視線は、つい花帆の方に向けてしまう。

 その度に真一は、用もないのに辺りをぐるっと見回して周囲の進み具合を確認するふりをした。窓際の女子班では、花帆と唯が楽しそうにおしゃべりをしている。


 花帆の手が、机の下で真一に向かって小さく振られているのを、真一は気づかないふりをするのに一生懸命だった。



「えーここが、我らがY県の守備の要、富士山麓研究所です。甲府のものより広いでしょう。ここは多くの訓練生を抱える養成所でもあります。こちらが、この研究所のベースになっている施設の第1棟でして…」


「…結局、今日はここの見学で終わるんだな」


 良太はひそひそと真一に耳打ちした。


「そうだな、夜は座禅体験、明日は訓練体験で終了、か。あんまり楽しいことないよな」

「つーかさ、何だよ座禅って。ずっと座ってるだけなんだろ?そんなの、学校の授業で十分じゃんなあ」

「僕、それよか訓練体験の方がビビるんだけど…何すんだろ、まさか富士高生と一緒に何かすんのかなあ…」


 坂部、近藤、静かにしなさい!教員からの名指しの注意に、真一と良太は舌打ちした。


「何だよ、俺と真一ばっかり。ぶつぶつ文句言ってる奴なんて、他にもいっぱいいるじゃんなあ」


 全くだと思ったが、今度は真一も何も言わないでおいた。さっきの教師は、勝手に機材に触ろうとしている生徒の頭を引っぱたいているところだった。

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