第71話 解き放つチカラ
「さて、死んでもらうよ……。すまないな。おれはお前を気に入っていたんだが……」
「口先ばかりの言葉は聞きたくない」
ジャシードはナザクスを睨んだ。
「ま、そうなるわな……」
ナザクスは肩を竦める。
「……見損なったよ、ナザクス。君が人を殺そうとする人だなんて思わなかった……。こんな酷いことをする人だとは思わなかった。だけど、僕も黙って殺されるわけにはいかない。残念だけど、さよならを言わなきゃいけない」
「それは……遺言って事でいいか?」
「そうじゃない。僕を殺しに来たのだから、本気で戦う覚悟をしてきているんだよね。それは、命のやりとりをすると言うことだ。これから僕は、もう何をするか分からないから、先に言っておこうと思って」
「何を言っているんだ、こいつは。この状況を分かっているのか?」
シューブレンがジャシードをあざ笑った。
「いつもは、押さえ込みながら戦っているんだけれど、今、それを敢えて開放する。結果は保証できない」
ジャシードは、ダラリと腕を垂らした。その身体を淡く紅い靄が包み込んでいく。
「くくく、結局フォースフィールドに変わりないな。レリート、ぶっ飛ばしてやれ!」
シューブレンは、ジャシードの状況を見て声を上げた。
レリートはそれに応えて、斧を振りかぶった。レリートの斧が紅い靄で覆われていく。
「レリートの特技は、フォースフィールド破りで実績がある。避けなければ、真っ二つだ……ジャシード。サヨナラだ。もう少しお前と連みたかったな」
ナザクスは大剣を地面に突き刺し、様子を伺っている。その行動はもはや、勝利を確信していた。
ジャシードの目がうつろになってきた。そしてそれに合わせるように、オーラの色が濃くなっていく。
そこへレリートの斧の一撃が放たれた。紅い靄に覆われた斧は、そこに注がれたチカラを誇示するかのように轟音を立てつつ、紅い軌跡を残しながらジャシード目掛けて一直線に進んでいった。
斧はジャシードの腕を、そのまま身体を捉えた……かに見えた。
だが、斧はジャシードの腕にすら、掠ることもできなかった。濃くなっていくジャシードのオーラに阻まれ、ピタリと止まった。
「な、何だと……」
ナザクスが、シューブレンが声を上げた。
「こんなのが長続きするわけがない。レリート、全力を出せ! おれたちも行くぞ!」
ナザクスの言葉を聞いて、レリートは頷き全力を出しているようだが、それでもジャシードのオーラは破れなかった。
ナザクスの全力を振り絞った大剣の一撃も、シューブレンの正確な射撃も、ミアニルスの魔法と召喚された鎧たちの攻撃もことごとく止められた。
ジャシードは、ゆっくりと虚ろになっていた目を見開いた。その目には紅い光が灯っているように見える。そして、あらゆる攻撃を無視したまま、ファングを構え、横凪ぎに振り抜いた。凄まじい剣速は、風となって目の前をすり抜けてゆく。
ナザクスの大剣が真っ二つに切り裂かれ、長さが半分になった。レリートの両刃の斧は、真ん中から二つに分割されて地に落ちた、宙に浮く鎧たちは再び金属音を立てながら切り裂かれて消滅した。
「な、何なんだコレは……何なんだ……!」
ナザクスは自身も、慣れないフォースフィールドを展開し、半分になった大剣でジャシードに躍り掛かった。だがやはり、その攻撃は紅のオーラに止められて届かない。
レリートは地に落ちた斧の刃を両手に持ち、無我夢中でジャシードに刃を突き立てようとした。レリートは狂戦士で、一旦戦いを始めると、大怪我を負わない限り退却することは頭にない。
だがジャシードは、無慈悲に手加減無くファングを振るう。長剣を持っているとは思えない速度で放たれた切り上げは、レリートの右足を捉えた。
レリートの右足は、バターでも切り裂くように切断され、小さな呻き声を上げたレリートと共に地面に転がった。
「レリート! ……シュー、ミア! レリートを連れて退却しろ! 早く!」
ナザクスは覚悟を決めて叫んだ。目の前にいるのは化け物だ……戦ってはいけない相手に戦いを挑んでしまったと後悔した。
「ナザクスも逃げないと!!」
ミアニルスが叫んだ。
「おれが止めずに、誰が止める!!」
ナザクスは時間稼ぎのために、ジャシードに斬りかかる。しかしナザクスには分かっていた。完全に無駄な攻撃だ。半分になった大剣は、紅のオーラに止められる。
ミアニルスは、
ジャシードは虚ろな目のまま、紅のオーラに包まれたまま、ナザクスに一太刀浴びせた。ナザクスはフォースフィールドを展開していながらも、回避行動を取っていた。それは、防ぎきれないと直感したからこその行動だった。
しかしそれでも、ジャシードの剣に纏うオーラがナザクスを捉えた。ナザクスの腕は腱が切断され、血が噴き出る。もはやナザクスは、大剣を持つことができなくなった。
ジャシードは、ナザクスが怯んだ瞬間にその脇を通り過ぎ、なおも次の目標へ移動し始めた。
その視線の先には、背を向けて逃げるミアニルスとシューブレンが、宙に浮かぶ鎧の戦士に抱えられたレリートがいた。
地面を蹴るジャシードの速度はまさに、目にも止まらぬと言う表現がしっくり来る。ふと視界から消えると、もはや遠くにいると表現できる三人に、ものの数秒で肉薄した。
「ひっ!」
ミアニルスは、ジャシードが自分に斬り掛かろうとしているのが分かった。しかし、もう逃げ切れる距離ではない。
「ミア!」
遠くに置いて行かれたナザクスが叫んだ。
ファングが轟音を立て、ミアニルスに襲い掛かる。しかし、ファングがミアニルスに到達することはなく、ファングは地面にドサリと落ちた。
「あ……あ……」
ミアニルスは腰が抜け、地面に座り込んでしまった。その視線の先にいるジャシードは、突然現れた紅のオーラを纏う人物に、鳩尾を深く殴られて気絶していた。
「いやあ! 何だか変な雰囲気になってたけど、ちょっと実力を見てやろうと思って、遠くから見ていたんだけど……。いやはや、とんでもない奴だね彼は! わはは!」
紅のオーラを纏った人物は、オーラが失われたジャシードを担ぎながら、地面に落ちたファングを拾い上げた。
「あ、あなた……」
突然のことに驚いたミアニルスは、紅のオーラを纏った人物を見上げた。
「おれは自称『孤高の戦士』ネルニード。たぶん、お前たちの敵だ。ジャシードがピンチになったら助けてやろうと思って観察していたら、彼がオーラフィールドを使ったりするもんだから、ちょっとビックリしてしまったよ!」
ネルニードは、わははと笑っている。
「て、敵……」
ミアニルスは、腰が抜けて立ち上がれない恐怖と戦っていた。あのオーラを纏ったジャシードを、一瞬で気絶させるネルニードは、彼女にとっては更なる脅威でしかない。
「ああ。でもまあ、殺しはしないよ。人を殺すのは趣味じゃないし、美しくない。まあ君は……それほど美しくないけど、レディーを斬るのも好きじゃない。ところで、そこの血を流している彼を治療しなくていいのかい? そのままでは死んでしまうよ」
ネルニードはレリートを指さすと、あくまでも快活に言った。
ミアニルスは恐怖と戦いながら、宙に浮く鎧の戦士が抱えているレリートに近寄った。鎧の戦士に切断された足を元の場所へくっつけさせると、治癒魔法を使い出した。何とか切断面をくっつけなければいけない。
「ミア、大丈夫か……誰か知らないが、助けてくれたことに感謝する」
ネルニードは腕を押さえながら、ようやくミアニルスの場所に着いた。
「ナザクス……その人は敵よ……」
ミアニルスは、治療しながらも絶望した様子だった。
「そう。おれは、『たぶんお前たちの敵』の、自称『孤高の戦士』ネルニード。彼、ジャシードを助けに来た。今のところ、お前たちを殺す気は無いよ。ジャシードを気絶させたのは、人を殺させないためであって、お前たちを助けるためではないからね。そこんとこヨロシクぅ」
ネルニードは笑顔を浮かべている。
「くそ……結局おれたちに退路はないわけか……」
ナザクスはミアニルスの近くに座り込んだ。
「まあね。お前たちがエルウィンに入れるかどうか、その鍵を握っているのはおれってワケさ」
ネルニードはそう言うと、腰の短剣を抜いて、背後の空間に突き刺す勢いで腕を振った。
その場所からは、右肩に短剣が突き刺さったシューブレンの姿が炙り出される。シューブレンは短剣を構え、今にもネルニードが抱えているジャシードを刺し貫こうとしているところだった。
「おっさん。調子に乗ってると、命を落とす事になる」
ネルニードは、深手を負って息を荒げているシューブレンに向かって、声色を低くして言った。そしてシューブレンから短剣を抜くと、その腹を蹴り飛ばした。
シューブレンは吹っ飛ばされ、近くにあった木の幹に叩き付けられた。その口からは苦悶の声が漏れる。シューブレンは、そのまま木の根元に転がって気を失った。
「おれはお前たちを見逃してやってもいいし、趣味では無いが、ここで切り刻んで海に捨ててもいい。どちらかを選ぶといい。見逃してやる条件は、グランメリスの商隊を連れて、すぐにエルウィンから出て行くことだ。さあどっちにする?」
ネルニードは殆ど選択の余地のない条件を突きつけた。
「わ、わかった……出て行く。出て行けばいいんだろ……。だが、治療の時間も欲しい」
ナザクスはジャシードに斬られた腕を押さえながら、苦しそうにしている。
「人を殺そうとしていた連中が、治療の時間をよこせだと? 最高に格好悪いねぇ。あっははは! いいよいいよ、格好悪い人! 命が助かる最低限の時間はあげよう。そうだな……三日ぐらいでいいかな? 完治しないまでも、取り敢えず動けるようになるだろう」
「恩情に感謝しよう、ネルニード。三日後までに出て行く……」
ナザクスは肩を落とした。
「一応言っておくけど、エルウィンで変なことを考えないようになあ。次は容赦なく殺すから。……ちなみに街の外に出たあとは好きにすればいい。怪物にやられたり、仲間割れして殺し合ったりは、君たちの自由だ。自由! いいねぇ、自由!」
ネルニードは、わははと大声で笑いながら、エルウィンへと向かって行った。
「ナザクス……もうちょっと待って。レリートの足がもう少しで、少しくっつから……」
ミアニルスは必死に治癒魔法を使っていた。その額に汗が滲む。召喚術師であるミアニルスにとって、治癒魔法は得意なところではない。全力でも、治療術師の三分の一程度の能力だ。
「もう、終わりだ……完全に喧嘩を売る相手を間違えちまった。アントベア商会は、ジャシードが化け物じみていることを知っていたのか……そしてそれを一撃で沈めるアイツは……何物なんだ……何なんだ……一体……いったい、何なんだ……おれたちは一体、何と戦っているんだ……」
ナザクスは項垂れた。この状況から、武具の調達などできはしない。そして自分たちの居場所もなくなる事がほぼ確定した。こんなしくじり方をして、グランメリスが黙ってはいないだろう。
◆◆
「やあやあ、ただいま!」
館の扉を乱暴に開け放ち、ネルニードが入ってきた。
「おかえ……って、ジャッシュ!」
マーシャは、ネルニードがジャシードを抱えているのを見て駆け寄った。
「やあレディー。久しぶりだねえ。ちょっと彼が襲われていたから、助けてきたところだ。もっとも、彼は意識を失ってまでオーラフィールドを使って、圧倒的有利な状況だったけれども……このままだと人を殺しかねなかったから、悪いけど一旦気絶させたよ」
「ち、ちょっと意味が分からないわ。ジャッシュが襲われた? 誰に? オーラフィールドって何? 人殺し? それってどういう事?」
マーシャはネルニードの鎧をバンバン叩きながら、質問を捲し立てた。
「まあまあ、ちょっと落ち着いて。彼の部屋に案内してくれないか」
ネルニードはマーシャに連れられて、二階のジャシードの部屋へと上がっていった。
「これでよしと……。じゃあ少し説明しようかな」
ネルニードはジャシードをベッドに寝かせ、ファングを部屋の片隅に立てかけたあと、部屋の隅にあるロッキングチェアを見つけて座った。
「おれはオンテミオンに頼まれて、ジャシードが困っていたら助けて欲しいと言われていたんだ。エルウィンには今日戻ってきたんだが、彼が何か覚悟を決めたような顔をした奴に連れられて街の外へ行くのを見かけてね、ピンと来たから付いていった。
するとどうだい、何か話した後に彼はナザ何とかって奴らに攻撃され始めた。四対一だぜ、卑怯だよなあ……いやまあ、戦いだからそこは仕方がないか。でも彼は、ありとあらゆる攻撃を躱して善戦してた。おれはピンチになるまで観戦しようと思ったんだ。ほら、ピンチに出て行った方が格好いいだろ? おっと、怒らないでくれよ。何事も経験って言うじゃないか。でだ、いよいよ敵の連携の前に、彼は追い詰められた。
さてここいらで出番と思ったら、彼は自我を捨ててオーラフィールドを展開したんだ。オーラフィールドは、まあ簡単に言えば、フォースフィールドの上位に該当する特技だ。これを使える奴は滅多にいないんだぜ。おれは感動したし、ビックリしてしまった。
オーラフィールドは、肉体の能力を更に高める事もできる特技だ。そこからは一方的だったよ。全ての攻撃を無力化して、敵の武器もぶっ壊して一方的に攻撃していた。で、あと一歩で敵の女を真っ二つにしそうだったから、おれが鳩尾にパンチして気絶させたって事なんだ。何でおれの攻撃は通用するかって? そりゃあ、おれの方が強いからさ! わははは! いや、彼も大したものだよ! でもおれの方が強い! 自慢じゃないがね、あ、いや、これは自慢か! わははは! 失敬失敬! わははは!」
ネルニードは、マーシャの反応を一切無視して、一方的に話しまくった。一頻り話し終えると、まるで嵐が通過したあとのように、ピタッと静かになった。
「あ、終わりなの? 良くそんなに話せるわね……。で、ナザクスたちはどうなったわけ?」
マーシャは話を聞いて状況を飲み込めたものの、ネルニードの変わり者っぷりに呆れていた。
「あいつらと来たら、最高に格好悪いんだ! ジャシードを殺そうとしていたくせに、治療の時間が欲しいなんて言ってきたんだぜ。なかなか深手を負ってたから、三日以内に出て行けと脅してきた。まあ三日じゃ、戦えるほどには治らないだろうね。
そう言うわけだから、あと三日間、あいつらはエルウィンの治療院にいるだろうね。でももう出ていくんだから、放置しててもいいんじゃないかな。面倒なことになるから、仕返しに行こうとか思わない方がいいよ。あ、レディーだからそんなことは無いかな。っていうか、レディー、君の名前は何だっけ? 確か聞いたことが無かったと思うんだよね。あ、でもいいや。また今度聞くことにするよ。
今日は彼の傍について居てやるといい。そして彼が目覚めたら、ネルニードがゴメンと言っていたと伝えてくれ。そんでもって、今度おれが訓練してやるから付き合えって言っておいてくれるかな。出発はそうだな、奴らが出て行った後がいいね!」
ネルニードはそこまで言い終えると、サッと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
「な、ななな、何なのよ! 何なの何なのあの人!?」
マーシャは、珍しく心の底からイライラした。
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