第61話 出立

 準備を整えたヒートヘイズの一行は、まだ暗いうちにラマを連れてエルウィンを出た。


 マーシャルが馬を用意すると言っていたが、馬に乗れるのはバラルのみで、他の五人は乗馬の訓練を全くしていないため断念した。

 冒険者たるもの、馬ぐらいには乗れないといけないらしい。今回の旅が終わったら、全員で乗馬の訓練をすることに決まった。


 今回の旅程は、初日にエレネイア湖のオークジャイアントに挑み、風抜けの谷で一泊する。その後十字路付近で一泊、ウェダール平原で二泊し、一旦メンダーグロウで物資の補給を済ませてヴァーランへ行く、と言う流れだ。

 ウェダール平原でコボルド集団に挑戦するかどうかが話題に上ったが、怪物の数が多いらしい事もあり、もし可能であれば挑戦するという事になった。


 グーベル沼地を貫通するイレンディア街道を抜け、昼過ぎにはエレネイア湖付近に到着した。マーシャお手製の昼食に舌鼓を打った一行は、エレネイア湖へと近づいて行った。


「オークいっぱいいるよ」

 スネイルは気配を探るのも怠いと言わんばかりだ。


「普通のオークじゃない奴の気配は探れる?」

 ジャシードはスネイルに注文を出した。


「うーん…………。いた!」

 スネイルは暫く眉間に皺を寄せていたが、何かを感じ取って表情が明るくなった


「よし、できれば、その気配を見失わないようにして。それが目標のオークジャイアントかも知れない」

「わかった、アニキ」


 一行はまず、エレネイア湖の周辺にいるオークたちを、スネイルの能力で分断させながら各個撃破していった。


「なんだかお前たち、戦い方が熟れてきたな。突然ハンドサインを決めよう、などと言い出したのもその流れか?」

 バラルは彼らの戦いに変化が生まれたのに気がついた。


「バラルさんがいない間、みんなでグーベル沼地で訓練をしたんだ。殆どは沼虫だったけれど、いい訓練になったよ。バラルさんが所属していても、恥ずかしくない戦いができるパーティーにしたいと思ってる」

 ジャシードは笑顔で答えた。


「わしのことなど気にしなくとも良い。しかし若者の成長を目の当たりにするのは、なかなか楽しいものだな。オンテミオンの気持ちが、少し分かった気がする」

 バラルはそう言いながら、なかなかいい顔つきになってきた五人の若者たちを眺め、目を細めた。


 その後もエレネイア湖周辺のオークを倒し、更にその奥にある山間の谷へと歩を進めた。山間の谷には、更にたくさんのオークが集まっていた。一行は背の高い茂みに身を隠しつつ、奥の様子を伺うと、その奥にオークの形をした、ひときわ巨大な怪物が鎮座しているのが見える。

 


「あれ、あれだ。あのでっかいの」

 スネイルは、ずっと追っていた気配の正体を視認し、小声で言った。


「攻撃するにしても、周囲にいる大量のオークを倒さないと難しいな」

 オーリスは苦い顔をしている。


「ふむ。ここはわしが一肌脱ぐか」

「私は手伝わなくても平気?」

 バラルの言葉を受けて、マーシャはバラルに尋ねた。


「ふむ……。マーシャが一肌脱ぐなら、わしは頑張るぞ」

「……そうじゃないでしょ」

「冗談だ。一肌脱ぐのはいいが、かなり魔法力を消耗してしまうから、その後は頼みたい」

「もちろんよ!」

「では、やろう。皆はここを動かぬようにな」

 バラルはそう言って、風の魔法を使って空へと飛び上がった。


 オークたちがグアグアと喚き出すのが聞こえる。オークの中には弓兵もいるようで、バラルに向かって矢を放っている。しかし、バラルの周辺には風の流れができているため、矢は届かなかった。


「さあ、オークども。わしと戯れようぞ!」

 バラルは上空を飛び回って、オークたちを翻弄した。徐々にオークたちがバラルの周囲に集まっていく。

 オークたちの中から、バラルに向かって火の魔法が放たれた。火の魔法は風を無視して進んでいき、バラルを直撃したかに見えたが、火の魔法は跳ね返されて魔法を使ったオークに直撃した。


「わ、跳ね返した」

「あれは、魔法反射の盾ね。短い時間の間だけ、魔法を弾き返すのよ」

 驚いているスネイルに、マーシャが説明してやった。


「食らえ、業火の牢獄!」

 バラルは空中に留まると、杖を下から上へと派手に振った。


 オークたちの周囲にある地面が盛り上がり、オークたちを取り囲んだ。そして次の瞬間には、壁の中に大きな炎が立ち上る。


「あれは、僕をドゴールへ送る途中に使った魔法だ!」

 ジャシードは十歳の記憶を思い出した。あの時はトロールやらも入り混じっていたが、同じように壁で取り囲んでいた。

 地面でできている壁の向こうに、激しい炎が立ち上るのが見えた。同時にオークたちの断末魔の叫び声が響き渡った。


「土の魔法で壁を作って、更に業火の魔法をあんなに広範囲で作り出すなんて……。バラルさん、凄いとは思ってたけど、こんなのあり!?」

 マーシャは驚き、口をあんぐり開けている。


 壁の向こうからは、夢に出てきそうな叫び声が上がっていたが、じきに収まった。地面でできた壁が元の通りに戻っていく。

 そこにあったのは、おびただしい数の、炭化したオークたちの死体だった。


 バラルは仲間のいる場所へ、飛んで戻ってきた。

「ふわあ……後は頼んだぞ。ガンドよ、何かあったら起こしてくれ」

 バラルはそう言って、茂みの傍で寝てしまった。


「え、僕が守るの?」

 ガンドは不満の声を上げたが、バラルはもう寝てしまっていた。


「前もこうだったなあ……」

 ジャシードは、寝てしまったバラルを眺め、懐かしくなった。


「戦っている最中なのに……」

 ガンドは不満を漏らした。


「僕たちになら、背中を預けられると言うことだよ。……でも、見張りはスネイルにする」

「え、いいの?」

「何かが伏せている気がする。だから気がつけるスネイルがいい。よし、あとは僕たちで何とかするよ!」

 ジャシードは、残っている怪物達を眺めた。オークは残り二体とオークジャイアントが一体だ。バラルはしっかり、怪物たちの数を激減させていた。

 すぐに耐え難い眠気に襲われる危険な魔法だが、仲間がいるからこそ、行使することができる強力な魔法だ。


 残りのオークたちは、オークジャイアントのそばを離れようとしない。護衛のつもりのようだ。


「僕が近くまで呼んでくるよ」

 オーリスは、懐の投げナイフを取り出した。


「わかった。よろしく」

 ジャシードは頷いた。


 オーリスは、いつかの戦いを思い出させる音もない走りで、オークジャイアントたちへと迫った。

 オークたちもそれに反応して動き出した。そのオークたちを狙って、オーリスの投げナイフがその両手から素早く放たれた。

 一体目は左腕に命中し、もう一体は右目に命中した。オークたちはグアグアと叫びながら、オークジャイアントも引き連れてオーリスへ向かって走り出した。


 オーリスは、風のように速く走って戻ってきた。


「すごいや、まるで父さんがいるみたい」

「それは今の僕にとって、最高の褒め言葉だよ! オーク一体は任せて」

 ジャシードの言葉を受けて、オーリスは嬉しそうにレイピアを構えた。


 ジャシードはいつものように、ウォークライでオークたちを引き付けると、片目に投げナイフが刺さったオークへと長剣ファングを向けた。素早く倒せそうな相手から攻撃するのは基本だ。


 オーリスは、左腕に投げナイフが刺さったオークへ敢えて攻撃して、自分の方へと呼び寄せた。


 ガンドは、スネイルの代わりに、オークの後ろへと回り込んだ。ジャシードに気をとられているオークの関節に直接触れて、電撃の魔法を叩き込むと、オークの動きが止まった。

 ジャシードはそれを見逃さず、ファングの一撃を叩き込む。しかしたまたまオークが体勢を崩したため、致命傷にはならなかった。それでもオークの革鎧は裂け、オークの体液が迸った。


 マーシャは、オークジャイアントの顔へと、特大の濃霧を発生させた。オークジャイアントは、前が全く見えなくなり、とりあえず適当にその棍棒を振り上げた。

 オークジャイアントの持っている棍棒は、棍棒と言うには余りに大きい。恐らく木を一本丸ごと引っこ抜いて、棍棒のように使っているだけだ。

 オークジャイアントの棍棒は、炭化したオークの死体が散らばる場所へ炸裂し、炭化したそれらの物体は粉々になって吹き飛んだ。土煙と炭煙が、どっと立ち上る。


「なんて破壊力だ……」

 オーリスは目の前のオークへ、鎧の隙間を縫うように正確な突きを叩き込みながら、その後ろで起きている地獄絵図を背景として見ていた。


 ガンドは、オークの脚を目がけて、大振りの一撃を放った。ちょうど膝に当たるように調整されたその一撃は、オークの骨が砕ける音を作り出した。

 素早くジャシードが斬り掛かり、オークの首が切り裂かれた。更に切り下ろしの一撃が、最初の傷をより深く切り裂き、オークはどうと倒れた。


 オーリスは一人でオークを抑えていたが、ジャシードがその背後からオークを切りつけ、二体残っていたオークは地面に転がった。


「合図するまでは、オークジャイアントに寄らないで」

 ジャシードはオークジャイアントに肉薄し、その脚を思い切り斬りつけた。


 オークジャイアントは足元の邪魔な物に気づいて、斬りつけられた脚で、そのまま前に蹴りを放った。

 ジャシードは、それを予測していたものの、オークジャイアントの足が大きく避けきれない。

 オークジャイアントの蹴りがジャシードに直撃し、ジャシードはメンバーの誰もが見たことがないほど宙を舞って吹っ飛んだ。


「ジャッシュ!」

 ガンドはマーシャと同じタイミングで叫んで、ジャシードの元へと走った。


「大丈夫!」

 ジャシードは空中で一回転して、華麗に着地した。


「アレを喰らって平気なの!?」

 ガンドは仰天している。


「一瞬、力場を展開して防いだよ」

「力場ってそんな使い方ができるの!? 踏ん張って使うものじゃないの?」

「それだけだと不便だから練習してたけど、使ったのは今日が初めて。ちょっと普通のよりチカラを使うけどね」

 驚いているガンドに、ジャシードは満面の笑みを作った。


「ジャッシュに、何してくれるのよ!」

 マーシャは、杖の先に光球を作り出し、オークジャイアントに放った。

 光球は真っ直ぐオークジャイアントの膝の辺りに飛んでいき、膝の辺りに着弾した。


「五秒!」

 マーシャは叫んだ。そして五秒後、オークジャイアントの膝と辺りで爆発が起き、オークジャイアントはグオオという叫び声を上げながら、片膝をついた。

 オークジャイアントの顔の周りにあった濃霧は、マーシャが爆発の魔法に集中したため、すっと消えて無くなった。

 オークジャイアントの憤怒の表情が、マーシャに向かって向けられた。


「ひっ」

 マーシャは圧倒されて息をのんだ。そして、身体が動かないのを感じた。


 これはオークジャイアントの特技だった。オークジャイアントは立ち上がると、体液まみれの脚を引き摺りながら、マーシャの方へと向かっていく。オークジャイアントが歩く度に、地面が揺れる。


「マーシャ! 逃げないと!」

 ジャシードは、オークジャイアントに走り込んでいきながら叫んだ。しかし、マーシャは動く気配が無い。


「何かがおかしい!」

 オーリスも叫びながら、オークジャイアントに向かって走って行った。

 素早く追いついたオーリスは、オークジャイアントの右脚へ、後ろから突きの連打を放った。狙うは脚の腱だが、レイピアで切断できそうにはない。


 だが、オークジャイアントの気を引くには、それなりの効果を発揮した。

 オークジャイアントはオーリス目がけて、棍棒を振りかぶった。棍棒は、斜めに振り下ろされてオーリスに襲いかかる。


 オーリスは素早く二回跳んで、棍棒を回避した。オーリスが元いた場所を、棍棒がうなりを上げて通過していった。


「当たったら木っ端微塵だ!」

 オーリスは棍棒が通過したのを確認して、再度突撃し、再度突きの連打を放つ。

 ジャシードもオークジャイアントの右脚に取り付いて、ファングの一撃を腱に放った。


 オークジャイアントが、痛みに耐えかねて棍棒を落とし尻餅をつくと、地面が大きく揺れた。


 マーシャは、オークジャイアントの特技から解放されて動けるようになった。


「もう! 怖かったじゃないの!!」

 マーシャは叫びながら、『離れろ』のハンドサインを出し、魔法を練り始めた。

 ジャシードとオーリスは、ハンドサインを見て、素早くオークジャイアントから距離を取った。


 マーシャが杖を高く掲げると、その先からたくさんの炎の球が空中に向けて発射された。


「お、か、え、しぃぃぃ! 爆裂炎!」

 マーシャは杖を振り下ろした。空中の炎の球が、一斉にオークジャイアントに襲いかかった。

 炎がオークジャイアントに命中する度に、一つ一つが爆発した。オークジャイアントは為す術もなく、爆発に巻き込まれ、グオオと叫び声を上げた。


「凄いな……」

「ある意味、芸術だ」

 ジャシードとオーリスは、マーシャの魔法に見とれていた。


「ま、マーシャ、おっかないよ……」

 ガンドだけは、ビクビク震えていた。

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