第82話 奴隷商館攻略戦

 ワタル達は、自らが作り出した亡骸の山を越えて建物に進入した。

 その建物は平屋建てで、大きなホールの様な作りになっていた。

 柱や間仕切りは有るものの大きな一部屋である。

 盗賊などの手下達が休憩したり、泊まったりも出来る様になっているらしい。

 まあ、もう必要の無い施設になるのだろうが……


 地下に降りる階段が部屋の脇にある。

 この下が闇の奴隷商人の組織の本拠地だろう。


 ワタル達はお互いに顔を見合わせて軽く頷くと階段を降りて行った。



 さて、その時ルレインは奴隷商館に到着していた。


「あ、ありがとう……もう大丈夫よ」


 恥ずかしそうにトカゲの獣人声をかける。

 どうやら目を覚まして、普段のルレインに戻った様である。

 前回の居眠りに比べると、寝ている時間が短くなっている。


「うむ、それは何より」


 トカゲ獣人は、そっとルレインを地面に降ろす。

 この獣人は、喋り方は古臭くて偉そうだが女性の扱いは非常に優しい。

 武士道と騎士道が混ぜこぜになっている様な振る舞いを見せている。


「さて、どうしましょうかね。ワタル達は奥に向かった様だけど、この建物の上の階にも気配があるわね。貴方はどう思う?」


 ルレインはトカゲ獣人に問いかけるが


「我は奴隷の身故、貴嬢に従うのみ」


 などと、堅苦しい事を言っていて参考にならない。

 ルレインは少し迷ったが、上の階に行く事にした。

 他のメンバーは建物の奥に向かった様なので、そちらの戦力は足りているだろう、という判断だ。

 もし、この上の階に重要人物がいた場合は確保する必要があると考えたのだ。


「上の階に向かうわよ」


「御意」


 2人は階段を上って行く。

 この商館は3階建の様だ。


「貴方はここで見張っていて。誰も通さないでね」


 ルレインは階段の踊り場にトカゲ獣人を残して2階を探索する。

 このフロアは、奴隷達が暮らしている場所の様だ。

 1本の廊下が中央に伸びていて、その両側に奴隷達がいるスペースがある様だ。


 一番手前のドアの中に人の気配がする。

 ルレインがドアを開けると、中には数人の男女がいた。

 1階の受付などをしていた者達である。

 皆、一様に胸に奴隷紋が刻まれている。


「貴女方は、いったい何なんですか」


 その中の1人の奴隷がルレインに話しかける。

 その表情には、隠しきれない怯えの色が浮かんでいる。


「私達は、闇の奴隷商人の組織を粛正に来た者よ。大人しくしてくれれば奴隷になっている人達に危害を加えるつもりは無いわ」


 ルレインの言葉に奴隷達は多少安心した様だが、警戒している事に変わりは無い。


「とにかく、落ち着くまでここを動かないで。貴方達の悪い様にはならないわ」


 ルレインは言い残すと、2階の奥の方を調べ始める。


 奴隷達がいる場所と廊下は、鉄格子で区切られていて、この廊下を歩きながら客は奴隷の品定めをするのだろう。


 強大な気配を持つルレイン達が来た事で、奴隷達は息を殺して静かにしている。


 ルレインは、一つ一つの鉄格子の中を順番に見て行くが、そこには奴隷達以外の姿は無かった。


 ルレインは、鉄格子に閉じ込められた奴隷達を見て、やるせ無い気持ちになっていた。

 犯罪の罰として奴隷になった者は兎も角としても、無理やりに連れて来られて奴隷にされるなどあってはならない事だ。

 奴隷達の怯えた目が、ルレインの心に刺さる。


 ルレインは短く溜息を吐くと、トカゲ獣人の所に戻った。


「上の階に行くわよ」


 ルレイン達は3階のチェックを始める。


 手前に扉がある。

 扉の向こうには幾人かの気配がある。

 ルレインは扉を蹴り飛ばして中に進入した。


 部屋の中は豪華な応接室になっていた。

 高級そうな内装が施されて、毛足の長い絨毯が敷かれている。


 大きな応接ソファの向こうに大きな机があり、その向こう側で3人の男が震えている。


「うおぉぉ」


 ルレインの斜め後ろから、扉の影に隠れていたらしき男が襲って来た。

 その男の手には棒の様な物が握られていたが、それは洋服スタンドか何かだった。


 ルレインは、その男の方を見もせずに剣を男の首に突き付ける。


「ひっ」


 男は、全く視認出来ないスピードで喉元に剣先が現れた事に驚いて、後ろにひっくり返ってしまった。


「ぎゃっ」


 ひっくり返った男の上に、振りかぶっていた洋服スタンドが落ちて来てダメージを負っている。

 戦闘の素人なのが丸わかりである。


 ルレインの横にいるトカゲ獣人にも襲いかかろうとしていた者がいたのだが、こちらはトカゲ獣人の一睨みでバンザイをしている。

 手には大きな花瓶を持っていたが、床に落として割れてしまった。

 仮にこの花瓶でトカゲ獣人を殴ったとしても、ダメージを与えられたのか疑問である。


「貴方達の命を貰うつもりは無かったんだけど……死にたいの?」


 ルレインは静かに、奥で震えている男達に話しかけた。

 ルレインの目は冷たく、その目の光に付け入る隙は見つからない。

 隣にいるトカゲ獣人の目の方が暖かみがある、と思える程だ。


「こんな事をして、タダで済むと思っているのか」


 机の向こう側にいる男の1人が、震える声でルレインを恫喝しようとする。


 ピシュッ


 ルレインが剣を無造作に振る。

 その男の後ろにある扉に赤い線が刻まれ、扉が真っ二つに分かれた。

 そして、それぞれが燃え上がり、すぐに灰になって消えた。


 扉の前にいた男は無傷である。

 だが、その男は悲鳴をあげる事も出来ずにへたり込んだ。

 男の股間には黒い染みが広がっている。

 身体は無事でも、心はは真っ二つなのだろう。


 燃え尽きた扉の向こうは奴隷部屋になっている様だ。


「見て来てくれる?」


 ルレインはトカゲ獣人に様子を見に行かせた。

 ルレインは、これ以上奴隷達の怯えた目を見たく無かったのだ。


 トカゲ獣人が見に行った奥は、この商館の高級奴隷達の部屋であった。

 奴隷とはいえ、比較的大事にされている者の多いスペースで、突然入ってきた厳ついトカゲ獣人に悲鳴をあげる女性が多数。

 ちょっとしたパニック状態になってしまった。


「ええい、喧しいわ!」


 トカゲ獣人が一喝し、槍の石突きを床に突き刺した。


 ドゴーン


 床が抜けたかと思われる衝撃が建物全体に響き渡った。

 騒いでいた奴隷達が一瞬で静かになった。


「静かにしておれ。悪い様にはせん」


 トカゲ獣人は、静かになった奥のスペースをチェックするが、奴隷達以外は誰もいない様だった。


「怪しい者はいない様だ」


 戻って来たトカゲ獣人がそう報告するが、ルレインは自分が見に行けば良かった、と後悔するのだった。

 奴隷達の怯えた目、どころか完全に怯えさせてしまった訳である。


 しかし、トカゲ獣人の恫喝は奴隷達を脅かしただけでなく、机の後ろにいる商人達にも効果てき面であった。

 ルレインは震え上がっている商人達に話しかける。


「貴方達を痛めつけるつもりは無いのよ。でも教えて頂戴。貴方達は闇の組織に関わっているの?」


「……」


 男達は顔を見合わせるが答えない。


「さっさと答えんか!」


 バシュッ


 トカゲ獣人が槍を振るう。

 すると、商人達との間にあった金属製の枠の付いた分厚い大きな木製の机が真っ二つに切れて左右に倒れる。


 槍というのは、突く為の武器である。

 剣や刀の様に切ることには向いていない。

 槍の先には、それ程大きく無い刃先が付いているだけである。

 一体どれ程の技量があれば、こんなマネが出来るのだろうか。


 男達は恐怖に後押しされて、ペラペラと喋り出したのであった。


 この男達は、奴隷紋を扱う奴隷商人では無く、この商館の奴隷達の管理人であった。

 雇われているだけで、この商館の裏の顔などについては本当に知らない様である。

 それでも、別棟にガラの悪そうな連中がたむろしているのは知っていたし、明らかに真っ当では無い雰囲気のフロアマスターがいる、など非合法の臭いは感じていたが、待遇が良かったので働いていたそうである。


 闇の奴隷商人については、奴隷紋を扱う時にだけやって来る者が2人いるという。

 暗い雰囲気の連中ですよ、などと言っていた。


 大した情報は得られなかったが、ここが闇組織とは直接関係無さそうだ、という事は分かった。


 ルレインとトカゲ獣人は、男達を縄でグルグル巻きにして拘束した。

 念の為である。


「貴様等、余計な事はするな。大人しくしていれば命は取らん」


 トカゲ獣人が槍を突き付けながらそう言うと、男達はコクコクと頷いている。


 問題無さそうだ、と判断したルレインはワタル達の後を追い、別棟に向かうのであった。



 さて、闇の奴隷商人の本拠地の地下に降りて行ったワタル達は、次々と襲って来る戦闘員と戦っていた。

 とは言っても、先頭を行くシルコが斬り伏せているだけである。

 たまにエスエスが弓矢を放っている。


 襲って来る敵は、冒険者未満の盗賊か、強くても低ランクの冒険者程度の者達なので全く問題にならない。


 最初は、敵が来る度にビクビクしていたマシュウも、だんだん慣れて来たのか落ち着いて歩いている。


 この地下の廊下は比較的細く作られていて、人がすれ違えるかどうか位の幅しか無い。

 それに、一本道が何度も曲がっている構造をしている。


 いっぺんに沢山の者が攻めて来た時に防ぎ易い様に考えられた構造なのだろうが、戦闘力の高い者が少人数で攻める場合には逆効果である。


 ワタル達は、一つ一つの部屋を確かめながら進んで行った。

 やがて、曲がりくねった廊下の一番奥に到達する。

 大き目の扉があり、その奥に幾つか大きな気配が感じられる。


 シルコが扉を斬りつけた。

 シルコの斬撃で大きな扉には幾本もの線が刻まれ、バラバラになって崩れ落ちた。


 シルコとワタルが並んで部屋の中に踏み込む。


 と、同時に2人の両側から斬撃が襲って来た。

 このパターンは、この組織のお約束なのかも知れない。


 上段からワタルの頭を狙った斬撃は、ワタルが敵の懐に飛び込みながら剣で相手の腹部を払う事で躱される。

 シルコ程には剣術が得意では無いワタルだが、相手の気配を察知して、攻撃が来ることが分かっていたので、この程度はさほど難しい技では無かった。


 一方、シルコを襲った者は、剣を低い体勢で構えて突き上げるようにシルコの腹を狙って来た。

 避け難い場所を狙った攻撃である。

 胴体の部分は防具などでカバーされている事が多く、一撃必殺とはなりにくい。

 それでも敢えてそういう攻撃を選んだのは、自分の剣の威力に自信があるか、その後の連携技を用意しているかである。


 何れにしても、ワタルの側にいた者よりもはるかに技量が上の者である。


 シルコは突き上げてくる剣を、片方の剣で受けつつ相手の力を横方向に逸らして行く。

 そして、自分はその力に逆らわずに回転して、もう一方の剣で相手の後ろから首を刎ねた。

 首の無くなった相手の身体は、突きの体勢のままワタルとマシュウの間に倒れた。


「ひいっ」


 目の前に剣を持った死体が倒れこんで来て、マシュウが短い悲鳴をあげる。

 これまでの敵は、シルコが自分の後ろに逸らす事は無かった。

 全て自分の前で処理していたのである。


 それだけこの敵は技量が優れていた、という事である。


 結果的には一瞬でシルコに斬り伏せられた形になったが、楽な斬り合いでは無かった筈である。

 冒険者ランクでB以上は確実にある実力者であっただろう。


 不意打ちの敵を退けたワタル達は、あらためて部屋の中を見回す。


 部屋には5人の男達がいた。


 部屋に踏み込んだワタル達の正面に陣取っている。

 真ん中にいる身なりの良い男が一歩前に出て口を開く。


「彼の剣が通用しないとは驚きましたね」


 その男は、倒れた剣士の方に顎をしゃくりながらそう言った。

 見覚えのあるその男は、奴隷商人協会のウォルターであった。


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