第81話 奴隷商館の罠

 ルベックの奴隷商館に正面から堂々と入るワタル達。


 商館の中は、綺麗で高級感のある内装が施してあるが、ゴウライの奴隷商館の様な派手さは無かった。


「いらっしゃいませ」


 ホールでは、にこやかにスタッフの奴隷達が出迎えてくれている。

 しかし、ワタル達は招かざる客の筈である。

 この商館を本拠地とする闇の奴隷商人の組織には、敵対するマシュウが攻めて来ている事は伝わっている筈なのに、今のところ敵に動きは無い様だ。


 ホールの奥の受付で話をする。

 ここは、すすんでマシュウが話をするそうだ。

 どうやら開き直ったらしい。


「私は奴隷商人のマシュウという者だ。こちらの商館の代表の方と話をしたい……表向きの代表では無く、本当の代表者を希望するがね」


 さっきまでビビっていたとは思えない程の堂々とした話しっぷりである。

 さすがはベテラン商人である。

 内心を隠しての交渉術はお手のものなのか……


「え……あの……少々お待ち下さい」


 受付の女性の1人が、受付の奥の方へ消えていく。

 しばらくすると、1人の男が奥の方から出て来た。


「お待たせ致しました。あいにく只今、代表は手の離せない用向きで出ております。もし宜しければ、わたくしがご用件を承ります。わたくし、ここのフロア支配人のワイズと申します。こちらへどうぞ」


 このワイズという男は、ワタル達を店の奥に通そうとしている。

 痩せ型の背の高い男である。

 一見華奢な体格に見えるが、戦闘力は相当高いだろう。

 冒険者ランクで言うとBランクくらいだろうか。

 唯の商人で無い事は明らかである。


 この時ワタルの索敵能力は、この商館にいる全ての者を捉えていた。

 場所によっては索敵を妨害するかの様な結界が張ってあったり、魔法防御がされてある部屋があったりしたが、ワタルの索敵を防ぐ程の高度な妨害はなされていない。

 ワタルの索敵能力が高過ぎるので妨害出来ないのだが、普通の索敵能力なら十分に隠し通せるレベルのものである。


 そんな仕掛けがしてあること自体、非合法の臭いがプンプンする。


 フロア支配人のワイズに案内され、ワタル達は店の奥に入って行く。

 そして、建物の一番奥に近い所の部屋に通された。


「こちらで少々お待ちください」


 ワイズは部屋のドアを開けて、部屋のドアを後ろ手に持ちながら開けたドアの前に立ち、一同を部屋の中に通して行く。

 そして、マシュウ達全員が部屋の中に入ったのを確認すると、自分は部屋の外に出てドアを閉めた。


 ワイズが部屋の中に向かって大声を出す。


「あははは。お前らはバカなのか?戦えもしない様な者達でノコノコとやって来て。お前らの計画がバレて無いとでも思っているのか」


 先程までの丁寧な言葉使いとは、打って変わって悪人丸出しである。


「掃除も面倒なんでな。ガスで静かに死んでもらうぞ。……やれ」


 マシュウはドアよりも更に廊下の奥にいる男に命令する。

 その男の前の壁にはレバーがあり、恐らくこれが毒ガス発射のスイッチなのだろう。


 しかし、その男がそのレバーを操作する事は無かった。

 レバーに手をかけようとした男の腕は一瞬のうちに切断され、そしてすぐに首が刎ねられた。


 その周りにも何人かの男達がいたのだが、次々に斬られて倒れて行く。

 物音を聞きつけて廊下の左右の部屋からも何人かの男達が出てきたが、その者達も次々と斬り伏せられて行く。


 ワタルのステルスである。

 ステルス発動中はワタルの行動が認識出来ない為に、反撃出来ないどころか、殺された事すらも分からないのである。


 ワタルは、部屋に案内されて廊下を歩いている段階で、既にステルスを発動していた。

 ワイズという男から漏れてくる殺気はもちろん、通り過ぎるあちこちの部屋の中から刺さる様な殺気を感じていたからである。


 それなりには殺気を抑えていたのだろうが、敏感なワタル達には通用しない。


 危険を感じたワタルは、自分は部屋に入らないワイズを怪しんで、部屋の外で様子を見ていたのであった。


 それにしても、ワイズが余裕を見せて殺人宣言などしてくれたから助かったのである。

 間髪入れずに、密かにスイッチを入れられたら危なかった。

 ワタルは、ちょっと余裕を持ち過ぎた、と密かに反省するのであった。


 ワタルは部屋のドアを開ける。

 外からは開けられる様になっていたらしく、問題無くドアが開いた。


 ワタルは、何が起こったのか分からずに呆然としているワイズを容赦無く斬り捨てた。

 これで、この建物の中の殺気は1つ残らず無くなったのである。


「お待たせ。危なかったな」


 部屋の中にワタルが顔を出す。

 部屋の中では、エスエスが結界を張っていた。

 エスエスの結界の中で、4人が身を寄り添っていた。

 エスエスはワタルを見ると、ホッとした様子で口を開いた。


「良かった……毒は……無いんですね。森の中じゃ無いんで強い結界が張れないんですよ」


 それでもエスエスは、一応空気ごと遮断する結界を張った様だ。

 ワタルがステルスで何とかすると思っていても、ガスで死ね、と言われれば何もしない訳にはいかなかったのだろう。


「いや、俺が絶対に失敗しない、と決まっている訳では無いからな。ご苦労さん、エスエス」


 ワタルはエスエスの苦労をねぎらって、エスエス緑の髪をクシャクシャと撫でる。

 エスエスはちょっと嬉しそうだ。


「これで、確実に敵だと分かったわね。いきなり殺しに来るなんてどんだけよ。もう容赦しないわよ」


 ラナリアは相当頭に来ている様である。


「この建物には随分と気配が多いわね」


 と、シルコが辺りを探る様に見回している。


「そうだな。でも2階よりも上には奴隷か、一般の職員しかいないんじゃないかな。悪意が感じられないよ。悪い奴らは、この先の別の棟とその地下にいるみたいだ」


 と、ワタルは自分が感じる気配を報告する。

 ハナビのメンバーは頷いている。

 概ね同意見の様だ。

 マシュウは唖然としている。


「そんな事が分かるんですか?敵が上の階にいる可能性もあるんじゃないですか?」


 マシュウがそう思うのも仕方が無い事である。

 離れた場所にある気配を探り、その性質まで探れる者はそう多くはいないのだ。

 マシュウの疑問にワタルが答える。


「少なくとも、俺たちが来た事を知っている者は、上の階にはいないと思う。こちらに敵意を向けていないんだよね。だから、闇の組織とは直接関わっていないスタッフなんじゃないかな」


「敵意……ですか。私には分かりかねますが、ワタルさんが言うんだからそうなんでしょうね」


 マシュウはしぶしぶ納得しようとしている。


「もし、どうしても心配なら二手に分かれる事も出来るけど……あ、その必要は無さそうだな。援軍が近付いてる……」



 ルベックの町の入り口から続く大通りを、1つの大きな人影が走っている。

 1つの影というのは、1人がもう1人をおんぶしているからだ。

 おぶわれているのはルレイン、おぶって走っているのはトカゲの獣人奴隷である。


 ルレインは寝ている様だ。

 ルレインは細身の女性だが、筋肉質の締まった体をしているので、見た目ほど軽くは無い。

 それでも、トカゲの獣人にとってはさほどは重く無いらしく、かなりのスピードで走っている。

 目指しているのは奴隷商館である。

 事前にマシュウから場所を聞いていたのだ。



 ルベックの町に入った時に、ルレインは検問で止められてしまっていた。

 何とかして検問を抜けてワタル達に追い付きたかったのだが、検閲の役人はノラリクラリと躱すばかりでなかなかルレインの話が通らないのだ。

 役人によると、気配の大きな者は通れない、という命令が絶対で、上からの命令なので従うしか無いらしい。


 ルレインは大分悩んだが、気配を小さくする事を決心した。

 ルレインとトカゲの獣人を担当している役人は、頭が固いだけで使命感に燃えているタイプでは無かった。

 だから、気配さえ小さくすれば、細かい事は気にせずに解放してくれそうだったのだ。


 ルレインとトカゲの獣人はコソコソと打合せをする。


「私はこれから気配を小さくするけど、驚かないでね。私、雰囲気が大分変わっちゃうからね。寝ちゃうかも知れないし……あ、ところで貴方は気配を小さく出来るの?」


 ルレインの問いかけにトカゲ獣人は、ことも無げに答える。


「容易い事。武人の嗜みとして、わざわざ己れを小さく偽る事をしないだけだ」


 どうやらトカゲ獣人にとっては簡単な事らしい。

 誰も気が付いていなかったが、このトカゲ獣人は馬車を操っていた時と盗賊と戦っている時では、気配の大きさがまるで違っていたのだった。

 状況に合わせて気配の大きさが変わるタイプの様である。

 自在に気配の大きさを変えられるのだとしたら、この異世界では非常に珍しく貴重な存在ということになるのだが、本人には自覚が無い様である。


「じゃあ、気配を小さくして検問を抜けましょう。もし、私が寝ちゃったら、おぶってでも連れて行ってね」


「相わかった。任されよ」


 ルレインは剣士としての恥を忍んで気配を小さくする。

 以前にやった時よりもスムーズに出来たが、副作用は同じであった。


「ねぇ、役人の人ぉ。あたし達通してくれてもイイんじゃないのぉ」


 ルレインの変わり様にトカゲ獣人は内心驚いていだが、事前に聞かされていたので態度には出さずに自分も気配を小さくする。


「ねぇ、ちょっとアタシ眠いんですけど……」


 検問の役人は、少し驚いた様にルレインとトカゲ獣人を見たのだが、特に興味を示す事もなく気配を探り、すぐに通行の許可を出した。

 やっつけ仕事もいいところである。


 でもまあ、そのお陰で無事に検問を通過出来たのだから、お役所仕事に感謝すべきかも知れないが……


 そんな訳で、ルレインとトカゲ獣人は奴隷商館に急いでいるのである。



 さて、頼もしい援軍の存在をキャッチしたワタルが皆に告げる。


「近付いているのは、ルレインとトカゲのおっさんだな。上の階はルレイン達に任せて大丈夫だよ。俺達は奥に向かおう」


 ワタルの索敵によると、この商館の奥にある別棟に沢山の気配があり、その地下にも大きな気配が存在しているのだ。

 皆、殺気立っているのが分かる。

 明らかにこちらが本命である。


 ワタル達は、奥の別棟に向かって進んだ。


 廊下の一番奥の扉まで来ると、殺気だった気配が多数、向かって来るのが分かった。

 ワタルは勢い良く扉を開けて外に出る。


 扉の外は少し開けており、渡り廊下のような物で先にある建物と連結されていた。

 その渡り廊下の先には、別棟の建物の大きな扉がある。


 ワタルが外に出て直ぐに、その大きな扉が開かれて、中から男達がわらわらと出てきた。

 見た感じは冒険者の様でもあり、盗賊の様でもある。

 盗賊兼闇組織の戦闘員、といった所であろうか、一様に皆目付きが悪い。


 これでもか、と言うほどの殺意をワタル達に向けている。


 その殺意に反応して、エスエスの挨拶代わりの弓矢が唸る。


 シュシュシュバッ


「ぐあっ」


「ぐえっ」


 7、8メートルの近距離から放たれた矢を躱せる者はいなかった。

 先頭の3人が急所に矢を受けて絶命する。

 人が3人位は並んで通ることの出来る広い渡り廊下だが、先頭の3人の足が止まったせいで後続が一瞬渋滞する。


 ここは1階なので、廊下から横に出て展開しても良いのだが、いつも廊下を歩いている、という習慣がほんの刹那の間、廊下から出る事を躊躇させたのだ。


 それは、ごく僅かの時間であったが、後続集団がひと塊になっている所へワタルの風の刃が襲いかかった。


 シュォォッ、シュォッ、シュォォッ


「うおっ」


「ぐあぁぁ」


 ワタルの放った風の刃は、容赦無く敵を蹂躙した。

 幾度かの戦いを経て、少しづつ強化されているワタルの風の刃は、高い防御力が自慢の魔物の皮膚でさえも切り裂くだけの威力を持っている。

 盗賊紛いの戦闘員が身に付けている防具では何の役にも立たない。


 3つ放たれた風の刃の1つは、まだエスエスの矢を受けたまま倒れていない戦闘員の体を上下に切り離し、その後ろにいる数人をまとめて切り裂いた。

 残りの2つは左右からカーブして、戦闘員達の塊の横から襲いかかる。

 やはり2、3人づつを斬り飛ばしながら、彼らの後ろの扉の中まで飛んで行った。


「うわっ」


「ぐおぉっ」


 扉の中からも悲鳴が聞こえる。

 自分の前に沢山の人がいると、まさか自分に攻撃が直接当たるとは思えないのだろう。

 ましてや、まだ外に出ていない者は、戦場に出る一歩前の状態である。

 強力な風の刃に対処が出来る筈もなかった。


「ここは出番なしね」


 最後の生き残りにエスエスの矢が命中し、その男が倒れた時にシルコが呟いた。


 エスエスとワタルしか動いていないのに、20人近くいた相手の戦闘員がこちらに近付く事も出来ずに全滅したのである。

 ワタル達のあまりの戦闘力の高さにマシュウは唖然としている。


「さあ、行くぞ」


 ワタルの声で、皆、敵の本拠地の扉に向かって歩き出した。


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