第78話 イーサンの村の人攫い

 飛び去って行くアルビノガルーダを見送る一同。


 これで、この地域の大災害は一応回避された。

 一行に安堵の空気が流れ、皆ヨロヨロと立ち上がり始める。


「ラナリア、大丈夫か?」


 ワタルは、ラナリアを心配している様だ。


「ええ、闇魔力は杖の中にストックしてあるわ。身体には入って来てないわよ」


「本当か?絞り出した方がいいんじゃ無いのか?」


「絞り出すって……牛じゃないんだから……」


 ラナリアは下を向いて赤い顔をしている。


「アンタは揉みたいだけでしょうがぁ」


 そこへシルコのアッパーカット猫パンチがワタルに炸裂して、ワタルが宙に舞う事になった。

 いつものチームハナビの風景である。


 そんな場違いとも言える、いつも通りのワタル達にも慣れて来たのか、突っ込みが入ることも無く皆出発の準備を始める。


 そんな中、トカゲの獣人奴隷の男がルレインに頭を下げている。


「今までの態度、すまなかった。貴嬢のパーティーメンバーに対する不遜な態度を改める」


 誰も気にしていなかったのだが、彼の中では重要な事なんだろう。


「特に貴兄。あの様な強大な力を持つ魔物が、誰を置いても貴兄に接触したのは、その力の大きさを表している。我の今までの失礼な物言いを平に御容赦願いたい」


 分かりにくいが、トカゲ獣人はワタルに謝っているのだ。

 今までナメた態度でゴメンナサイ、って事である。


「ああ、いいよ、いいよ。俺達弱そうに見えるらしいから。いつもの事なんだ」


「貴兄の強さを見誤ったのは、ひとえに我の修行不足が原因にも関わらず寛大な心遣いに感謝する。我は奴隷の身故、この身すら差し出す事も叶わぬ立場、重ねて御容赦願いたい」


「うん。硬いな。まあ、いいや。引き続き馬の手綱を宜しくね」


「委細承知」


 トカゲ獣人は下がって行った。



 さて、旅の再会である。

 宿泊地である次の村に向かう。


 奴隷商人のマシュウは、ワタル達の馬車に来て話をしている。


「それにしても、あなた方のパーティーがここまで強いとは思いませんでした。Sランクの魔物を退ける冒険者など聞いた事がありません」


「いや、まともに戦ったら勝てなかったと思うよ」


 と、ワタルが応える。


「それはそうでしょうとも。そんな事が出来るのは魔王か、勇者か、伝説の存在だけですよ。それでも、堂々と渡り合って退けてしまわれたのには驚きましたよ」


 マシュウはしきりに感心している。

 今回の契約が、物凄くお得であった事に気が付いたのだろう。

 これだけの戦力を雇うには、金貨が幾らあっても足りないはずなのだから。


 それにマシュウだけでは無く、この旅のメンバーは全員、アルビノが現れた時に確実な死を覚悟したのだ。

 それが何事も無かったかの様に旅を続けられているのが信じられないのだった。


 何とかなる、と思っていたのはハナビのメンバーだけだった様だ。


 さて、一行は今夜の宿を取る予定のイーサンの村に到着した。

 小さな村だが、村を囲う壁は石造りの立派なものだ。


 街道を挟んで慟哭の森に面している村なので、魔物の襲撃が多いのだそうだ。

 村の門番をしている青年も、冒険者顔負けの屈強そうな若者である。

 村の自警団のメンバーも充実しているそうで、最近多くなった人攫いもこの村の中では一件も無い、と自慢していた。


 イーサンの村は、村の規模の割には人の多い賑やかな村である。

 特徴的なのは、獣人や半獣人の数が多い事だ。


 獣人差別が当たり前になっているトルキンザ王国では珍しい村である。

 獣人や半獣人だけで暮らしている村は沢山存在するが、人族と獣人族が仲良く暮らしているのは珍しいのである。


 魔物の襲撃が引っ切り無しにあるこの村では、力が強く戦闘力も高い獣人の価値を人族が認めているのだそうだ。

 貴族などの人族の支配階級の者が居ない、というのも大きいだろう。


 チルシュやロザリィの街に近い雰囲気である。

 シルコや奴隷達、それから半獣人の傭兵達も、この村の雰囲気を気に入ったようだ。

 やはり、差別のある場所では、それなりに気を使っていたのだろう。

 伸び伸びとしていて、いい感じである。


 マシュウの商隊は人数が多いので、受け入れる宿は大変だが、何とか泊まれる様だ。

 村としても沢山お金を落としてくれる客でもあるし、魔物の襲撃など、何かあった時に助かる、という理由で戦士の逗留は歓迎しているそうである。


「何かあった時」というのがフラグになってしまったのかは分からないが、その夜、騒動が起こった。


 深夜、村人が寝静まった頃、村を照らす明かりは半月の月明かりだけである。

 そんな中、十数人にも及ぶ黒ずくめの服装の者達が村の中に潜入した。

 村の門の反対側の壁を乗り越えて来たのだ。


 この侵入者達は村の下調べをして来たのか、村の外れに建つ2軒の民家に向かっている様だ。


 この時、ワタルとエスエスは既に起きていて戦闘準備を整えていた。

 そうっと部屋を出ると、ルレイン達と鉢合わせした。

 やはり気付いていた様だ。


「人攫いの盗賊かな?」


 ワタルが言うと、


「多分そうよ。急ぎましょ」


 と、シルコが応える。

 暗闇の中、真っ直ぐに移動しているという事は、そこに目的の物があるという事だ。

 盗みにしては人数が多過ぎる。

 人攫いの可能性が高いだろうと思われる。


 もし、闇の奴隷商人の組織の盗賊なら、リーダーの幹部もろとも処分しなくてはならない。


 ルレインとシルコが先行している。

 ワタルとラナリア、森の外にいるエスエスは足が遅いのだ。


 盗賊達は、村外れの2軒の家を囲んでいる。

 それぞれの家に5人と6人で当たるつもりの様だ。

 民家に向けて殺気を放っているので間違い無いだろう。


 バシュッバシュッ


 シルコが先制の矢を放つ。

 矢は盗賊達の中で一番強い殺気を放っている2人の頭に吸い込まれて行く。

 シルコは猫の獣人なので夜目が利くのだが、これだけ強い殺気を放っていれば、たとえ見えなくても関係無いだろう。


 2人の仲間が突然倒れ、盗賊達の間に動揺が広がっているが、大声を出したりしないのはさすがである。

 何とか体制を立て直し、突然現れた襲撃者に対応しようとしている。


 そこにルレインの熱線が襲いかかった。

 更に2人の盗賊の身体が上下に分断されて燃え上がった。

 その炎の明かりで、驚愕に包まれている盗賊達の顔が浮かび上がる。


 盗賊達は、もう撤退の一手であろう。

 明らかに自分達よりも技量が上の敵に不意打ちを喰らっているのだ。

 その判断の早さがリーダーに求められるし、それによりその集団の運命が決まる。


 その点、この盗賊団のリーダーのとった行動は最悪の一手であった。

 いや、本人にとっては最善手のつもりだったのだろう。

 部下を盾にして自分だけ逃げ出したのだ。


 このリーダーは、闇の奴隷商人の組織の下級幹部の1人である。

 この盗賊団の中にあっては、飛び抜けて技量は高い。

 それだけに、気配を抑えて素早く戦線を離脱する事は容易い事である。

 正体不明の敵が部下を蹂躙している間に逃げるのである。


 この幹部にとって、部下と言っても所詮は盗賊である。

 組織に対する忠誠心もろくに無いチンピラどもを力で抑えているに過ぎない。

 こんなクズ共の代わりはいくらでもいる、と考えているのだ。


 それに、この幹部にとって、襲って来た敵が手に負えるレベルには思えなかったのだ。

 この月明かりの中での正確な射撃。

 そして見た事も無い斬撃。

 いや、あれは魔法なのだろうか……とにかく考えても対抗手段が思い浮かばない。


 この幹部は、冷や汗を流しながら村の外へ向かう。

 この男の気配は闇に溶けていった。


 残された盗賊達の運命は言うまでもなかった。

 飛び込んで来たルレインとシルコによって、次々と斬り伏せられて行く。

 逃げようとする盗賊の首筋を、やっとシルコ達に追い付いたエスエスの矢が貫く。


 生き残っている者は1人もいなかった。

 全ての盗賊が一撃で命を奪われているので、大声を出したり悲鳴をあげたりする者もいなかった。

 盗賊団のターゲットになっていた2軒の家の者は、家の外が修羅場になっているとは知らずにぐっすりと眠っているだろう。


 さて、ワタルはステルスを発動していた。

 そして、逃げた幹部を追っている。

 いくら気配を消したつもりでも、ワタルの索敵能力を誤魔化す事は出来ない。


 この幹部の失敗は、隠密行動に自信があった事だ。

 気配を消して、音を立てない様にゆっくりと、村を囲んでいる壁に向かう。

 だれも追って来ている気配が無い事も、彼の勘を鈍らせていたかも知れない。


 彼が壁に辿り着いた時


「何処へ行くつもりだ?」


 耳元で突然声が聞こえた。

 反射的に剣を抜こうとしたが、それは叶わなかった。

 首筋に何かが弾ける様な衝撃を感じて、盗賊のリーダーは意識を手放したのだった。



「気絶した奴って重いんだよな」


 ワタルが文句を言いながら、メンバーの所へ戻って来た。

 完全に気絶している盗賊団のリーダーを引きずっている。


 ワタルの電撃で気を失っているのだ。

 しばらくは目を覚まさないだろうが、一応シルコが縄をかけている。


「一応加減したから、目を覚ませば喋れると思うよ」


 ワタルは以前、盗賊と戦った時に電撃を使ったら、まともに喋れなくなってしまった事があったので学習した様だ。


 やがて、騒ぎに気が付いたのかガッソ率いる傭兵団が駆け付けて来た。


「盗賊は何処だ……って、もう終わっちまったか……」


 ガッソは残念そうにしている。

 アルビノガルーダの時は、とても活躍できる様な相手ではなかったが、盗賊が相手なら十分に腕前を発揮出来ると勇んでやって来たのだ。


「いや、アンタに頼みたい仕事が残ってるんだ」


 そんなガッソにワタルが告げる。


「こいつは幹部だろう。こいつから敵の情報を搾り取ってくれよ。手段は任せるから」


 ワタルはそう言うと、気絶している幹部の男を指差した。


「ほう」


 ガッソはニヤリと笑った。

 非常に悪辣な笑みである。

 ワタルは人攫いに情けをかける様な感情を持ち合わせてはいなかったが、この幹部の男の末路に少しだけ同情してしまうのであった。


 明日の朝までには、大体の敵の情報は得られる事になるだろう。



「さて、もうひと眠りするかな」


 ワタルは欠伸をしながら背伸びをした。

 もう、敵だと判断できる気配が無くなっているのは確認済みである。


 張り切って出張ってきた割には仕事が無くなった傭兵団は、一応これから見回りをするらしい。


「ご苦労様です」


「よろしくお願いします」


 チームハナビの女性陣に声をかけられた傭兵達は、張り切って見回りに出かけて行った。

 もう敵がいないのは確定しているのだが、他人のやる気に水を差すことはないだろう。

 ワタル達は宿に帰って、ベッドに潜り込むのであった。



 翌朝、イーサンの村はちょっとした騒ぎになっていた。

 結果として攫われた村人はいなかったのだが、それはワタル達が防いだからであり、村の自慢の自警団は朝までグッスリ眠っていたのである。


 自警団も交代で夜警をしているのだが、昨夜は当番の者が酒を飲み過ぎてサボっていたらしい。

 優秀な戦士達が宿泊している日だ、というのも気が緩んでしまった原因かも知れない。


 サボった者は相当に怒られたであろうが、自警団も警戒を強化するそうなので、村の安全性は増す事になるだろう。


 イーサンの村は、獣人族と人族が仲良くしている良い村である。

 金の為に非合法の人身売買を繰り返している闇組織の犠牲者を、この村から出して欲しくは無い。

 自警団には頑張って欲しいものである。




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