第79話 盗賊殲滅戦

 捕らえた盗賊のリーダーの尋問を任された傭兵団のガッソは、相当に張り切っていた。

 盗賊の殲滅の仕事をチームハナビに先に解決されてしまって、良い所を見せられなかった悔しさと有り余ったエネルギーを尋問にぶつけた様だ。


 そのお陰で、闇の奴隷商人の組織の現在の状況が詳しく分かったのだ。


 昨夜襲ってきた盗賊の部隊のアジトは、本拠地とは別に慟哭の森の中にあるらしい。

 リーダーの男がその場所も詳しく吐いたので、そのアジトを潰す為に傭兵団の内の10人が向かった。

 アジトの留守番は3人程しかいないらしいので、傭兵10人では過剰戦力なのだが、数名の被害者が捕らえられている、という情報から救出の為の人員も必要になったのだ。

 この部隊は、アジトを潰した後に、誘拐された人をイーサンの村に送り届けてから合流する予定である。


 ルレインは、チームハナビから誰か1人同行させる様に申し入れたが、ガッソがムキになって断って来たのだ。

 盗賊の後始末ぐらい部下だけで十分だ、という事らしい。

 傭兵団にも活躍の場が無いと、報酬にも影響するかも知れないし、傭兵団の評判にも影響するだろう。

 まあ、傭兵団の顔を立てる意味でも仕方ないだろう。


 そして、やはり闇の奴隷商人の本拠地は、この先のルベックの町にあるということだ。

 そこに、ここしばらくは、組織の代表と幹部達が揃っていたらしい。


 盗賊団は、ここで1つ潰されたので後4チーム存在する。

 マシュウが事前に調べた情報と一致している。

 盗賊団は常にあちこちに出没して人攫いを行い、非合法の奴隷を集めている。


 現在、幹部達と奴隷商人がルベックの町に揃っているのなら、今がチャンスである。

 早く乗り込んで壊滅させた方が話が早そうである。


 一行は、早々にイーサンの村を出て東に向かう事になった。


 目指すはルベックの町である。

 今までは盗賊団を誘い出す為にゆっくりとしたスピードで進んでいたが、現在は少し早足である。

 それでも、ルベックの町までは2日の行程である。

 もちろん、途中で盗賊が現れれば殲滅して行く。


 とにかくこの街道は敵の本拠地のお膝元なので、人攫いの盗賊の多い場所なのだ。

 敵の戦力を削る意味でも、人攫いの盗賊の部隊は各個撃破した方が良いだろう。



 さて、急いだ甲斐もあって、一行はルベックの町まであと半日、という所まで迫っている。

 慟哭の森の魔物が頻繁に襲って来たが、ゴブリンやコボルト程度の魔物であり問題は無かった。

 ここで村に一泊して、明日のなるべく早い時間にルベックの町に入る予定である。


 盗賊のアジトに向かった別働隊との合流は、ルベックの町に入ってからになるだろう。

 町に入ってから敵に動きがあれば、合流前に戦闘に入る可能性もあるが、その辺りは成り行き次第である。



 動きがあったのは、次の日になってからであった。

 一行は、朝早く村を出てルベックの町に向っていた。


「来ましたね。人数が多いですよ」


 村を出て1時間程経った頃、エスエスが皆に告げた。

 慟哭の森の中から多人数の集団がこちらに向って来ている。

 そして街道の先、ルベックの町の方向からも馬に乗った者達が近付いて来ている。


「30人……正確には29人かな。大きめの気配が3つあるね。馬で来ている一番後ろの奴が強いかな」


 ワタルが索敵の結果を報告する。


「1人、大幹部が出て来ているのかも知れませんね」


 ワタル達と一緒の馬車に乗っているマシュウが眉をひそめる。


「良いんじゃないの?やっつけちゃえば」


 ラナリアはやる気になっている。


「殲滅戦で良いのかしら?捕虜は取らなくても……」


 と、ルレインがマシュウに尋ねる。


「ええ、情報は十分に有りますから。こちらの情報が漏れない事の方が重要かと……」


「でも、こちらの動きは向こうに伝わっているんでしょうね。イーサンの村か、先程の村か、敵の手の者がいて情報を送っていても不思議じゃないわね」


「そうですね。まあ、それでもなるべく手の内を隠すのは重要です」


「分かったわ。誰も逃さないわよ」


 ルレインが恐ろしい事を決意表明しているうちに戦闘開始である。



「矢が来ます」


 馬車の上にいるエスエスが皆に告げる。

 シルコが前に出て、飛んで来る矢を剣で払う。

 矢は、街道にいる敵から放たれていたが、すぐに森の中からも放たれ始める。


 傭兵や奴隷達も馬車から出て対応している。


 本来なら、弓矢の射程距離はエスエスやシルコの方が圧倒的に長い。

 弓矢での先制攻撃は、エスエスの専売特許である。

 しかし、今回は、敵を引きつけてから殲滅する作戦を採っていた。

 それで、敵の先制攻撃を許してしまったのである。


 もっと盗賊が近付いてくれば各個撃破出来るのだが、盗賊達は弓矢での攻撃ばかりでなかなか近付いて来ない。


 ラナリアの魔法や、ルレインの熱線、エスエスの弓矢などでの攻撃も出来そうなものだが、今回はまだ出来ないのだ。

 と、いうのもワタルがステルスで街道の敵の背後に回り込んでいるからである。


 敵の大幹部と思しき敵が、かなりの距離をとったまま攻撃の意志を持っていないのだ。

 戦いの様子を見て、本部に報告をする気満々である。

 最悪、盗賊団を捨て石にして情報を得ようとしているのだろう。

 これを許す訳に行かなかったので、敵をなるべく引きつけて、ワタルが敵の大幹部を始末してから反撃をする作戦だったのだ。


 まさか、ここまで弓の攻撃が激しいとは思わなかったのである。

 まあ、はっきり言って普通なら作戦失敗である。


 とは言うものの、負けるほどでは無い。


 先ずは、森の中の敵を一掃する。

 ワタルがある程度、街道の先の敵の方へ行ったと思われるタイミングで反撃開始である。

 ルレインの【炎の魔剣】の熱線ビームが、森の中にいる盗賊に襲いかかった。

 森の中に隠れている敵であっても、少しでも体の一部が見えている者は、その部分に赤い線が刻まれてそこから炎が上がる。


 矢を射って来ている敵も、その射線から発射位置が特定出来るので、移動しながら射っている者でない限りはエスエスの弓矢による反撃で命を散らす事になった。

 森の中で移動しながら矢を射る程の腕前の者はほとんどいなかったようで、森の中にいる射手は全滅しているようだ。


 ルレインとエスエスの攻撃で壊滅的な痛手を負った森の中の盗賊団の生き残りは、散り散りに逃げ始めるが、傭兵団と奴隷達が森に入って追い打ちをかけている。


 その時、一番遠くにいた馬上の大幹部の首が刎ねられた。

ワタルがステルスで近付いて殺したのだ。


「行くわよ」


 シルコが街道上の盗賊の騎馬に向かう。


「承知した」


 トカゲの獣人奴隷も、槍を構えて街道上の盗賊に向って行く。

 街道上の盗賊は皆、馬に乗っている。

 馬上にいる者は、地上を歩いている者に対しては圧倒的に有利である。


 それでもトカゲ獣人は真っ直ぐに敵に向って行き、槍を向かって来る馬上の盗賊に突き出した。

 馬上の盗賊は大きな剣を持っていた。

 肉厚の大型の剣である。

 馬の手綱を操りながら、これだけの重量の剣を扱えるという事は、かなり技量が高いと思われる。


 トカゲ獣人の突き出した槍は、馬上の盗賊の胸の真ん中に向かっている。

 盗賊は、その重さのある剣で槍を払い、自分の後ろに受け流しながら返す刀でトカゲ獣人に斬りつける……つもりだったのだろう。


 しかし、トカゲ獣人の繰り出した槍は、横から剣を打ちつけられても全く軌道が変わらなかった。


 無造作に繰り出しただけの槍の刺突に見える。

 しかし、その刺突は、確かな技術と鍛え上げられた体力、腕力に基づいている攻撃であった。

 本物の武人の放つ一撃は、簡単に受け流せるものではない。


 トカゲ獣人の脇を走り抜けたのは、盗賊の乗っていた馬だけであった。

 馬上の盗賊は、胸に槍が突き刺さったまま、トカゲ獣人が片手で支えている槍の先にぶら下がっている。


「ふん」


 トカゲ獣人が槍を横に払うと、槍の先の盗賊は街道脇の草むらまで飛んで行った。


 その横では、シルコが別の馬上の盗賊に対していた。

 シルコは進んで来る馬の真正面に立ち、そこから飛び上がった。

 体を回転させながら、馬の頭を飛び越して盗賊に迫る。


 盗賊から見れば、自分の馬の頭が邪魔になって、小柄なシルコの事がハッキリとは確認出来なかっただろう。

 そこから突然、回転するシルコが目の前に現れたので対応出来ない。

 シルコの双剣に首と胴を斬られ、最後の一回転で回し蹴りも食らって、馬上から血を振りまきながら落馬する事になった。

 シルコはそのまま馬上に着地して、その馬に騎乗した。


「ほう」


 トカゲ獣人の感心する声が聞こえる。

 トカゲ獣人は、シルコの今の攻撃で、変なモードに入った様だ。

 シルコの馬の前に出て、何やら叫び始めた。


「我は奴隷の身なれば、名乗りをあげる名は持たぬ。されどこの奴隷の槍に貫かれんと覚悟を決めて参れ。この猫のお嬢には指一本触れさせん」


 驚いたシルコは、最初は目を見開いていたが、やがて天を仰ぐ事になる。


 トカゲ獣人は、頭上で槍を回転させながら敵に突っ込んで行った。

 トカゲ獣人の体当たりで馬ごと盗賊が吹っ飛ばされている。


 斬りかかった盗賊の剣も、トカゲ獣人の槍に当たると、面白い様に遠くに跳ね飛ばされている。

 4体の騎馬に囲まれながら、生き生きと暴れ回っている。


 シルコは手出しするのを止めてしまった。

 こういう武人タイプの戦士は、誰かを守る時に力を発揮する、という知識があったからである。

 何故シルコを守るのかは不明だったが、楽しそうに戦っているので放っておく事にしたのだった。

 後で褒めてあげれば喜ぶのだろう。


 ただ、こういう手合いは、向かって来る者には強いのだが、逃げる者は無視をする傾向がある。

 今回は殲滅戦なので逃す訳には行かない。

 シルコは弓を構えようとしたが、それも止めてしまった。


 2体の騎馬が逃げようとしていたが、彼らの逃げる先にはワタルがいるからである。


 2体の騎馬は、ステルスを解除していたワタルに突っ込んで行く。


「どけどけ!こらぁ」


 トカゲ獣人からは逃げてるくせに、弱そうなワタルには怒鳴りつける、という最低野郎である。


 ワタルは、少し低い位置に構えて、僅かに斜め上に向けて横薙ぎに【風の剣】を振り抜いた。

 ワタルの剣から発射された風の刃は、ワタルを中心に半円状に広がって行く。

 馬上の盗賊は、2人まとめて風の刃に首を刎ねられる事になった。


 ついでに、ワタルから見て左側の森の中を逃走中だった盗賊の1人も、風の刃の犠牲になったのであった。

 この、森の中の逃亡者が、森の盗賊のリーダーであった。

 下級幹部の1人である。


 これで、盗賊の殲滅は終了した。

 終わってみれば大勝利である。


 最初の弓矢による攻撃と、森の中の殲滅戦で多少の怪我人は出たものの、死者は無かった。


 傭兵の怪我人は、ラナリアに回復魔法をかけて貰って幸せそうである。

 怪我の無い傭兵が羨ましそうにしている。

 暑苦しい筋肉ダルマのガッソに鍛え上げられている傭兵達にとって、ラナリアは天使に見えているに違いない。


 ラナリアは、怪我をした奴隷獣人にも回復魔法をかけている。


「いや、大丈夫です。私などに止めて下さい」


 奴隷の獣人は、慌ててラナリアを止めようとしているが


「何言ってんのよ。いいから見せなさい」


 と、ラナリアは無理矢理にでも回復させてしまった。


「すいません。すいません。ありがとうございます」


 回復した奴隷獣人は涙を流している。

 奴隷は使い捨てが当たり前になっているのだ。

 ましてや獣人奴隷の扱いは底辺に属している。


 まともな奴隷商人のマシュウの所の奴隷ですらこんな態度なのだ。

 酷い奴隷商人の所では、想像がつかない程の悲惨な状況なのかも知れない。


 ラナリアは、親友がシルコな事もあり、獣人奴隷に対する差別意識が全く無い。

 だから、対等に接しているだけなのだが、奴隷の側からすると前代未聞の出来事なのだ。

 若く美しい人族の女性が、獣人奴隷に貴重な回復魔法を使ってくれるなど聞いた事も無い話なのだ。


「大丈夫よ。気にしないで」


 泣いている奴隷の肩を軽く叩いて、ラナリアは自分の馬車に戻って行く。

 奴隷達は、立ち去るラナリアの背中を拝んでいるぞ。


「せ、聖女様ぁぁ」


 何か言っている。

 ワタルが聞き付けてニヤニヤしているぞ。


 また、チームハナビ内に通り名を持つ者が増えるかも知れない。

 まあ、魔物の魔力を吸い取る聖女、というのも凄いと思われるのだが……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る