第74話 奴隷商人を訪ねて
ワタル達、チームハナビの面々は、奴隷商人協会のゴウライ支部に来ていた。
奴隷商人のマシュウに会う為である。
奴隷商人協会の建物は、メインストリートからは外れているが街の中心街にある。
奴隷商人と言うと、非合法の臭いもするし、裏稼業のイメージを持っていたワタルは、案外中心街に堂々と居を構えていることに違和感を感じていた。
しかし、ワタルが思っているよりもずっと、奴隷商人はこの世界でポピュラーな職業なのだ。
非合法の人身売買を生業としている奴隷商人も存在しているが、多くの奴隷商人は職業として認められているのだ。
犯罪者がその罰として奴隷になる場合もあるし、金銭を得る為に自分自身を奴隷として身売りする場合もある。
借金のカタに強制的に奴隷落ちさせるのはグレーゾーンである。
親が勝手に子供を奴隷として売るのもグレーゾーンだ。
シルコはこのケースであった。
このグレーゾーンの商売の取引が非常に多く、評判が悪いので、そのことが奴隷商人の地位が上がらない原因にもなっている。
しかし、利幅が大きく儲かる商売ではあるので、名声よりも実利を取る商人にとっては悪い商売ではないのである。
ワタル達が建物に入ると、広く綺麗なエントランスが設えてある。
「いらっしゃいませ」
入り口の脇で数名の男女が、丁寧なお辞儀をしてお出迎えをする。
この奥には受付カウンターがあり、笑顔の女性が座っている。
男女とも、とても美しい者達である。
冒険者ギルドの受付嬢も綺麗な人が多いが、ここはそれ以上である。
しかし、冒険者ギルドと違うのは、このエントランスにいる職員達が全員奴隷であることだ。
意図的に大きく開かれた襟元には、ハッキリと奴隷紋が見える。
ここを訪れた客に、奴隷の質の高さをアピールするのが目的なのだろう。
客によっては直ぐに奴隷として購入を希望する者もいるかも知れない。
しかし、ワタル達は奴隷を買うつもりは無いのだ。
受付嬢に話をして、人探しであることを伝える。
Aランクのギルドカードを見せると直ぐに話が通る。
高ランクの冒険者は、奴隷をパーティーに加える事が多いので上客なのだろう。
冒険者の中には、パーティーメンバーを全員自分の奴隷にする者もいる。
裏切られる心配が無い事と、報酬を総取り出来るからだ。
報酬の分配で揉める事は日常茶飯事なので、そんな煩わしい思いをする位なら奴隷の方が良い、と考えている訳である。
ただ、冒険者ほど腕の立つ奴隷は少なく、主人となる冒険者も相当な腕前で、高ランクのクエストをこなして行く様な者でないと、奴隷を養っていけないだろう。
ワタル達が応接室の様な所で待っていると、協会の職員がやって来た。
神経質そうな印象の男だが、顔に張り付いている様な笑顔を浮かべている。
ワタルには、腹黒さ満点の男にしか見えなかったのだが、やはり奴隷商人に偏見があるせいなのかも知れない。
「初めまして。わたくしウォルターと申します。ゴウライ支部のフロアマスターをやっております。以後、お見知り置きを」
「ルレインよ。Aランク冒険者をしているわ」
「はい、はい。奇跡の戦姫様のお噂は聞き及んでおりますよ。ご活躍で何よりです」
「う……耳が早いわね」
ルレインは、自分の隣でニヤニヤしているワタルを横目で睨みつつ、話を続ける。
「今日は、マシュウさんに仕事を頼みたくて来たのよ。奴隷を買いに来たんじゃなくてごめんなさいね」
「マシュウですか……確かにうちの協会員ですが……誰かのご紹介ですか?」
そう言われたルレインは、シルコの持っているバギーの紹介状をウォルターに見せる。
丁寧に封のしてある手紙なので、中身はウォルターには分からない。
「ああ、バギー氏の事は覚えております。しかし、今は奴隷商人をお辞めになった方ですよね。どんなお仕事の依頼なのかお聞きしてもよろしいですか?」
「申し訳ないけど、今は言えないわ。マシュウさんとのお話次第ね」
「そうですか……」
ウォルターには何か思う所がある様子だったが、深くは追求して来なかった。
初めて会った他人に、封のしてある手紙の内容を話す者もいないだろう。
「分かりました。マシュウは今、丁度このゴウライの街にいるはずですので連絡を取ってみましょう。ちょっとお待ち下さい」
マシュウがこの街にいる、と言う話にシルコの顔がパアッと明るくなる。
ウォルターは、その様子をチラッと一瞥しながら席を外した。
ウォルターと入れ違いに、お茶を持った職員が入って来る。
美しいエルフの女性である。
大きく開いた襟元から、奴隷紋が見えている。
ついついその襟元と胸の谷間に視線が釘付けになるワタルに、シルコが肘鉄を打ち込む。
ウッ、と息を詰まらせるワタル。
その様子を見て、エルフの女性は一瞬驚いた様子だったが、直ぐにニッコリとした笑顔を見せて去って行った。
「あの笑顔が本物に見えないんだよなぁ」
ワタルが小声で呟く。
「ワタルもたまには良いことを言うじゃない。その通りよ」
ラナリアが頷く。
「アタシはまた、ワタルが、あのエルフの奴隷が欲しい、とか言い出すんじゃないかと思って心配してたのよ」
「どんな人格だよ、俺は」
ワタルがラナリアに突っ込むが、チラッとはそう考えてしまった事は内緒である。
「私はやはり、奴隷制度は気に入らないわね。人は自由であるべきだと思うわ」
と、ルレインが言った所で、ウォルターが戻って来た。
「お待たせしました。マシュウはこの街の南の奴隷商館にいる様です。明日は王都に旅立つ様ですので、今日中に会われた方がよろしいかと思います」
「分かったわ。手間を取らせて悪かったわね」
「いえいえ。ところで、ルレインさんは奴隷はご所望では御座いませんか?先程のエルフなどは、かなりの魔法の使い手ですが」
「ははは、今の所は間に合ってるわ。うちのパーティーは魔法使いだらけなのよ」
「は、それはおみそれ致しました。さすがは奇跡の戦姫様のパーティーですな。もし、ご所望の際には是非お声をお掛け下さいませ」
「ええ、そうさせて貰うわ」
明らかに一筋縄では行かない商人のウォルターの営業活動をルレインが一蹴し、一行は協会を後にした。
ワタル達は、ゴウライの街中を南に急ぐ。
「なんか疲れたわ」
ルレインが愚痴をこぼしている。
「いやぁ、でもさすがですね。面倒臭い大人の相手はルレインに限りますね」
天然エスエスにとっては、ルレインを褒めているつもりなのだろう。
「はぁ、私だってああいう手合いの相手は疲れるのよ」
「じゃあ、後で俺がマッサージをしてあげるよ」
と、ワタルが提案する。
しかし、ルレインは
「魅力的な申し出だけど、どこ揉まれるか分からないから止めておくわ」
と、ワタルを横目で睨んでいる。
まあ、当然こうなるだろう。
まだ何もしていないルレインにまで、こんな事を言われる様ではワタルもお終いである。
さて、奴隷商人協会で教えてもらった南の奴隷商館は、物凄く立派な建物であった。
立派な上に派手である。
この世界のお金持ちが利用する事が多いからだろう。
悪く言えば成金趣味なのだが、貴族や王族は、こういう感じが好きなのかも知れない。
中に入ると、協会と同じく美男美女の奴隷達がお出迎えをしてくれる。
協会のエントランスと違うのは、更に派手な内装と、奴隷達の服装の露出の多さである。
ほとんど下着だけに近い様な格好に、透ける素材の布を巻きつけた様な服装である。
さぞかしワタルが喜ぶのかと思いきや、そうでも無い様子である。
ここまで堂々とアピールされると、返ってビビってしまうという、ヘタレの虫の仕業である。
受付で、マシュウに会いに来た旨を告げると、やはり応接室に通された。
お茶を持って来たイケメン奴隷が、必死にルレインにアピールをしていたのが痛々しい。
奴隷達も生き残るのに必死なのだ。
人気の無い奴隷は値が下がり、それに伴って売られていく環境が悪くなる確率が上がるだろう。
華やかな雰囲気の隙間から、奴隷達の厳しい現実が垣間見える。
この異世界で生きていくのは大変なのだ。
程なくしてマシュウが現れた。
少し小太りの中年の男性である。
「ウォルターから聞いております。バギーさんからの紹介で、仕事の依頼だとか……私にとっては随分と懐かしい名前なのですが、どの様な依頼なのでしょう」
落ち着いた声色の、誠実な印象の商人である。
ウォルターは、如何にも奴隷商人だ、という印象を持ったが、マシュウはバギーの印象に近い。
ルレインは、バギーの紹介状をマシュウに渡す。
マシュウはそれを読み、複雑な表情を見せる。
「これは……また……」
マシュウは小声になり、素早く告げる
「詳しい話はここでは結構です。この依頼は少々値が張る事になりますよ。新しい奴隷を購入する位には。ご了承頂けるなら、場所を変えましょう」
これにはラナリアが応える。
「構いません。お金の問題ではありませんので」
「分かりました。では」
マシュウは、受付の職員に何か告げると、ワタル達を連れ立って商館の外に出る。
そして、足早に歩き出し、商館からは大分離れた一軒の食堂に入って行く。
「親父さん、上の部屋は使える?」
マシュウは慣れた様子で2階に上がり、ワタル達を広い個室に招き入れると下の階に声を掛けた。
「親父さん、何か飲み物を。それから、人払いを頼むよ」
マシュウはフーッと息を吐くと、ワタル達に椅子を勧める。
「ちょっと奴隷商人としてはマズい内容だったんで、商館では話が出来ませんでした。失礼しました。私の店だったら大丈夫だったんですが、ここの商館には出張で来ているだけですからね。誰が聞いているか分かりませんので……」
丁度飲み物が運ばれて来て、店の人が下がった後に話が始まる。
「あ、シルコさんも座って下さい。ここではお気になさらずに。まったくこの国の人間は、獣人を見ると全員が奴隷だと思ってますからね。ドスタリアからいらしたのなら驚かれたでしょう」
シルコは椅子に座りながらマシュウに尋ねる。
「それで、私の奴隷紋は外せるのでしょうか」
マシュウが答える。
「外せます。但し、条件が揃えば……です。本来なら、一度付けた奴隷紋を勝手に外すのは御法度です。しかし、主人の合意か奴隷紋を刻んだ者の協力があれば可能です」
「でも、この奴隷紋の主人も奴隷商人も分からないんです」
シルコは泣き出しそうになりながら、これまでの経過と、シルコの奴隷紋の特殊性を話した。
話す事そのものが辛そうなシルコの背中を、ラナリアが優しく撫でている。
一通りの話を聞いたマシュウは
「分かりました。ちょっと奴隷紋を見せて頂けますか?」
と言って、シルコをテーブルに寝かせ、奴隷紋を露わにする。
マシュウがシルコの奴隷紋に手をかざすと、奴隷紋が淡く光る。
そして、その光は不規則な点滅を繰り返した後にフッと消えた。
「これは……また珍しい。この奴隷紋には主人が設定されていない様です。この奴隷紋を刻んだ者が未熟だったのか、何らかの理由で上手く行かなかったのかは分かりませんが、これを刻んだ奴隷商人を見つけないと外せないと思います」
「え?それじゃあ無理なんじゃ……」
シルコは泣き出しそうである。
「いえ、分かります。これは、非合法の闇組織の奴隷紋です。恥ずかしながら、奴隷商人の中には、闇の組織に身を落としている者もいます。この者達は、まともな奴隷商人としては身を立てられなかった半端者が多く、技術も未熟なので奴隷紋が不完全な物も多いのです。そういう場合は、ある程度年数が経つと奴隷紋が消えてしまうのですが、シルコさんの場合は何故か残ってしまったのですね。この奴隷紋の闇組織には覚えがありますから大丈夫です」
「では、その闇組織に接触を図るのかしら?」
ルレインがそう尋ねると、マシュウが身を乗り出して答えた。
「そこで相談なんですが……」
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