第75話 闇組織討伐の旅

 奴隷商人のマシュウの話はこうだった。


 シルコに奴隷紋を刻んだ組織は、闇組織の中でもかなりの悪党である事。

 マシュウの商館は、その組織に狙われていて対立関係にある事。

 この際、ルレイン達の力を借りて、その闇組織を潰してしまいたい事。


「その話を鵜呑みにしたとしても、随分と都合の良い話に聞こえるわね」


 と、ルレインがマシュウに告げる。


「いや、ごもっともです。でも、都合が良い事を承知の上で、交換条件を出させて頂きます。シルコさんの奴隷紋は私が必ず外します。条件としては、その非合法の闇奴隷組織の壊滅です」


 マシュウは腹を割っている様に見える。

 嘘では無さそうだが、信用するには足りない。


「割の合わない仕事に思えるわね。その闇の組織の戦力はどれ位なの?それに壊滅って、どの程度なのかしら」


 ルレインは冷静に条件を吟味している様だ。

 しかし、シルコの事を第一に考えるなら、たとえ無駄働きになったとしてもやるしか無いのだ。

 それが分かった上でのルレインの交渉である。


 マシュウは質問に答える。


「戦力は、十数人規模の盗賊団が5部隊、それぞれに組織の幹部が付いています。それを管理する大幹部が2人、ボスが1人。この幹部達を守る戦闘部隊が20人ほどです。壊滅というのは文字通りです。少なくとも幹部は全員消えて貰います」


「もう、ちょっとした軍隊並みじゃないのよ」


 ラナリアが堪らず声を上げる。

 今のチームハナビならば、出来無い事はない。

 しかし、敵の幹部の戦闘能力や状況によっては危険な仕事になりそうだ。

 軽く請け負える規模の敵では無い。


 マシュウが続ける。


「もちろん、こちらからも戦力を出します。私も現地に入ります。行き帰りの馬車や、食料などは全部こちらで用意します。戦闘の事後処理や、その土地の貴族や領主などとの折衝なども、全てこちらでやります」


「肝心の敵の奴隷商人はどうなってるのかしら」


 と、ルレイン。


「奴隷商人は2人います。どちらがシルコさんの奴隷紋を刻んだ者かは分かりません。出来れば生きて捕らえた方が良いですが、最悪でも新鮮な血液があれば何とかなるかも知れません」


「条件の内容は分かったわ。でも、この取り引きはどう考えてもこちらの条件が悪過ぎると思うのだけれど……」


「はい、そう思われるのも分かります。しかし、奴隷紋を勝手に外す事は、奴隷商人としては絶対にやってはいけない事なのです。奴隷商人としての資格を剥奪されるだけでなく、犯罪者として処分される覚悟が要ります。恐らく、シルコさんの依頼を受ける奴隷商人は、このトルキンザでは私だけでしょう。だから、足元を見させて頂きました。でも、逆に、私の依頼を受けられる冒険者も奇跡の戦姫様のパーティーだけだと思います。どうでしょう。オンリーワン同士の契約だと思うのですが……」


 その時、ワタルが初めて声を上げた。


「もう、いいんじゃないか。シルコの為にここまで来たんだ。受けてやろうじゃないか、その依頼。大体その組織はシルコを苦しめてる張本人でしょ。潰してやればいいじゃない。それから、マシュウさんからは悪意は全く感じないよ。信用していいんじゃないかな」


 珍しくワタルがまとめに入っている。

 念のためにメンバーで多数決を採ってみたら、全員一致で賛成だった。

 決定である。

 事態の急展開に若干の不安はあるものの、みんなやる気である。


 非合法の奴隷の斡旋組織が、ドルハンの時の様な強敵とは思えない。

 何とかなるだろう、という思いもあった。

 何よりシルコの悲願を叶えたい、という意思と、闇の人身売買に対する怒りがあった。


 マシュウが明日、王都に発つというのは半分嘘であった。

 実は、途中の町で傭兵と合流して、闇組織の討伐へ向かう予定だったのだ。

 あくまでもマシュウの個人的な行動で、奴隷商人協会は関与していないのだということだ。


 もし、マシュウの計画を協会が知れば、全力で止められてしまうだろう。

 奴隷商人協会にも色々な商人がいる。

 マシュウのように合法的な奴隷しか扱わない者もいれば、グレーゾーンから非合法奴隷にも手を出している者もいるらしい。

 協会内部にも、闇組織の関係者が潜んでいるかもしれないのだ。


 ウォルターなどは非常に怪しく、闇組織のスパイなのではないか、という噂のある男だそうである。


 このタイミングでワタル達に出会えた事は幸運だ、とマシュウは喜んでいた。



 さて、話がまとまれば出発は明日である。

 ワタル達は「朝焼け亭」に戻って、出発の準備をする。


 移動手段はマシュウに任せるとして、武器の手入れや補充をしなくてはいけない。

 今朝もルレインとシルコは激しい打ち合いをしていたし、刃の手入れは必要だろう。

 矢の補充も必要だ。

 武器や杖のバージョンアップは、武器屋や魔法屋の腕前が分からないので止めておいた。

 これらの費用は全て、マシュウに持たされた支度金で済んでしまった。


 結構な額の支度金を渡されたのは有難いが、その事が今回のクエストの難しさを表しているとも言えるので複雑な心境である。


「朝焼け亭」では、馬と余計な荷物を預かって貰う事になった。

 料金を前払いで預かって貰うのである。

 今回のクエストは、どれ位の期間がかかるものなのか全く分からない。

 敵の本拠地は、馬車で5日程の所だそうだが、そこに行くだけで済むとは考え難い。

 それも不安要素の1つである。


 まあ、行くと決めたのだから不安がっても仕方ない。

 何時もの通り、出たとこ勝負で何とかなるだろう。


 その日は、早めに就寝して明日からの冒険に備える事になった。



「どっちにしても、シルコの奴隷紋を外すには、その闇の組織とぶつかるしかなかっただろ」


 夕食の席でワタルが言う。


「まあ、マシュウに利用されているのは癪だけどね」


 ラナリアが応える。


「逆にこっちが利用している、とも言えるわよ。ご丁寧に案内までしてくれるんだから。費用はあっち持ちで」


 と、ルレイン。


「ものは考え様ですね。ボクも最初はマシュウの交換条件は不公平だと思いましたが、考えてみると選択肢が他に無いんですよね。あの人、やり手の商人さんですね。彼に借りを作っておくのも悪く無いと思いますよ」


 天然キャラのエスエスがこんな事を言うと、逆に可愛らしく思えてしまう。

 緊張の面持ちだったシルコに笑顔が浮かぶ。

 シルコは、エスエスの緑の髪をいじくりながら告げる。


「みんなありがとう。思ったよりも大変な事になっちゃって……もちろん私も頑張るのでよろしくお願いします」


 シルコは、ごめんなさい、とは言わなかった。

 謝ってもみんなが喜ばない事を理解しているからだ。

 謝罪するよりも感謝すべきなんだと気が付いているのだ。


「分かってるわよ。張り切り過ぎないでね」


 ラナリアがシルコの肩を抱く。


 チームハナビの準備は万端の様だ。



 次の日の朝、既にワタル達の姿は、マシュウが用意した馬車の中にあった。

 ゴウライの街を出た大型の馬車が2台連なり、街道を南に進んでいる。


 1台目の馬車には、マシュウとその護衛の奴隷らしき者達が5名乗っている。

 2台目の馬車はワタル達だ。

 御者はマシュウの用意したトカゲの獣人が務めている。

 やはりこの者も奴隷である。


 さすが奴隷商人と言うべきか、マシュウが用意したメンバーは皆奴隷である。

 しかし、無理やりに連れて来られたという感じでは無い。

 彼らも、奴隷の闇組織の存在には思う所があるのだろう。

 皆、戦意は高い様に見える。


 ワタル達の馬車の御者は、獣人だけあって、戦闘力に自信があるのだろう。

 トカゲの獣人は、全般的に戦闘力が高い事で知られている。

 ルレインには敬意を持っている様だが、他のメンバーの事はバカにした態度を見せる事もある。

 当然、自分の方が強いと思っているのだろう。

 その大きな勘違いは、後に嫌という程思い知る事になるだろうが……


 旅路は順調に進んでいる。

 たまに、ゴブリンやコボルトなどが襲って来たが、なかなか優秀なマシュウの護衛達が難なく処理していた。

 それ程強い魔物も盗賊も現れなかったので、特にワタル達の出番は無かったのである。


 途中の村で一泊して、更に南にあるメズサの町を目指している。


 宿泊した村も、やはり塀で囲われ、門番と見張りが常駐していて、村へ出入りする者のチェックを行っていた。

 村の塀は、簡素な石作りと木材を使ったもので、越えようと思えば超えられない事も無い程度の物である。

 それでも、ゴブリンなどの低ランクの魔物の侵入位は防ぐことが出来る。


 それに、村や町ごとに一定のチェックを行う事は、内部の犯罪の抑止力になっていると思われる。

 確かに村や町を囲う事は、その内部を守るには都合が良いだろう。

 だが、その外側は野放しになりやすいとも言える。

 開発も進まないだろうし、犯罪者も捕まりにくいだろう。


 ドスタリアに比べて、トルキンザでは旅の護衛の人数が多く見えたのにはそういう理由もあったのである。


 さて、目指しているメズサの町は「慟哭の森」と呼ばれている深い森の北側にある。

 街道は、このメズサの町で「慟哭の森」を迂回する様に二手に分かれている。

 一行は、ここから東に向かう街道に入る予定である。

 この街道は「慟哭の森」の北側を森に沿って通る街道である。


 この街道では、魔物の出現も多いし盗賊も出没する。

 近隣の町や村での人攫いの報告もある。

 危険度の高い街道になってしまっている。


 そして「慟哭の森」の東側にあるルベックの町が、闇の奴隷売買組織の本拠地があるとされる町である。

 一行は、最終的にルベックの町を目指している。


 その前にメズサの町で、マシュウに協力してくれるという傭兵団と合流する予定なのだ。

 15人ほどの手練れの傭兵だそうだ。

 かなりの戦力アップだとマシュウは言っているのだが、実際はどうだろう。

 元々マシュウは、チームハナビ抜きで、この傭兵団と共に戦うつもりでいたのだから、腕は立つのだろう。


 さて、一行はメズサの町に到着した。

 それ程大きな町では無いが、町を囲う壁は頑丈で大きなものが使われている。

 やはり「慟哭の森」に近い町なので、魔物の襲撃に備えているのだろう。


 町に入るチェックも厳しく行われている様だ。

 盗賊による人攫いが多くなっているのが理由だろう。


 ワタル達の場合は、マシュウの奴隷商人の立場とルレインの冒険者カードで、何の問題も無く町に入る事が出来た。


 到着が夕方近くになっていたので、そのまま宿屋に向かう。

 昨夜は、小さな村の簡素な宿泊施設に泊まったが、今日は大きな宿屋である。

 ここで他の冒険者パーティーと合流する予定だそうだ。


「マシュウさん、今、到着したぜ」


 夕食の時に合流予定だった傭兵団が到着した様だ。

 声をかけて来た男は、大柄の熊の半獣人だ。

 犬の半獣人と猫の半獣人を連れている。


「集団で動くと目立つからな。3カ所に分けて宿を取った。15名揃ってるぜ」


 ガッソという名のこの熊男は、傭兵団のリーダーだそうだ。

 筋骨隆々で、喋る度に胸の筋肉がピクピク動いている。

 見ているだけで鬱陶しいほどの脳筋ぶりだが、強いのは間違い無いだろう。

 ワタルの見立てではランクB冒険者以上の力がありそうだ。

 普通の盗賊位なら蹴散らしてしまうだろう。


 連れている2人の半獣人も、ランクBに近い気配である。

 こんなメンバーが揃っているのなら、頼りになりそうである。


 マシュウとガッソは固い握手を交わしている。


 ルレイン達もガッソに紹介されたのだが


「ルレインさん、アンタが只者では無いのは俺にも分かる。しかし、連れの連中はいただけないな。遊びに行くんじゃねぇんだぜ。アンタがカバーするにも限界があるだろう」


 と、ガッソがワタル達の実力に疑問を呈す。


「はぁぁ、やっぱりそうなるわよねぇ」


 ルレインは溜息を吐く。


「どう見ても、うちの一番新人の兵士よりも弱いだろう。どうすんだ、そんなんで」


 ガッソも悪気は無いのだろうが、随分な言い方である。

 ハナビのメンバーの誰をとっても、傭兵団のリーダーのガッソよりも戦闘力は上なのだが、分からないものは仕方ない。


 ふと、気が付いてルレインがマシュウに尋ねる。


「もしかして、マシュウさんもそう思ってたの?」


「……ええ、実は……」


 マシュウは、ルレインの力だけを当てにして今回の契約をしたのだろうか?

 ある意味、ワタル達にはショックである。


「俺達、働かなくて良かったの?」


 ワタルはラナリアに小声で言ってみる。

 ラナリア達も呆れ顔である。

 怒る気にもならない。


「彼らの実力は、私と同等……いや、私よりも上なのよ……って言っても信じないんでしょうね」


「ああ、信じられねぇな」


 ルレインの問いに、ガッソが間髪入れずに答える。

 そこで、ルレインが提案する。


「じゃあ、腕試しでもやってみる?」

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