第64話 盗賊のアジト急襲

 相変わらずの薄曇りの朝である。

 昨日よりは雲が薄く、日の出の時の朝焼けが美しかった。

 日本では、朝焼けのあった日は天候が崩れる、と言われているが、異世界のランドでもそうなのだろうか。


 ワタルは皆に聞いてみたのだが、博識のシルコでさえも知らなかった。

 どうやら、異世界では事情が違うらしい。


 昨夜は、ゆっくり眠った。

 人間の脳は、睡眠をしっかり取るとリセットされると言われている。

 落ち込んで眠っても、ストレスがかかった状態で眠っても、ちゃんと睡眠が取れた朝には、スッキリした気分になるのが正常である。

 あまりに極端なストレスの場合は、それでも追い付かない場合も多いのだが……


 そういった意味では、シルコの昨日の落ち込みは大した事は無かったのだろう。

 朝にはすっかり元気を取り戻していた。

 勝手に1人で焦っていたものの、みんなが自分の真意を分かってくれている事が嬉しくもあったのだ。

 信頼できる仲間というのは有難いものである。


 さて、トルキンザ王国を目指す旅は続いている。

 国交の無いトルキンザ王国に入るのに、不安が無いわけではない。

 それでも、特に時間の制約もない上に、シルコの奴隷紋を外す、という前向きな目的の旅であるだけに、メンバーの雰囲気は明るい。


 同じ北の街道を旅していても、キャベチ領から追われるように脱出せてきた時の旅とは大分違っている。

 あの時も、ノク領に希望を持っていた旅だったが、あの時より経験を積んでいる為か、ルレインという頼りになる仲間がいる為か、気持ちに余裕がある。

 それぞれが非常にマイペースなメンバーなので、雰囲気に左右されにくいパーティーではあるものの、余裕があるに越した事はないのだ。


「ひと雨来そうね」


 シルコが鼻をヒクヒクさせている。


「ワタルの言ってた通りになりそうですね」


 エスエスも同意する。


「まだ、降り出すには時間がありそうですね。ちょっと森を見て来ます。ワタル、馬を頼みます」


「お、おう……」


 エスエスはワタルに馬を預けて、さっさと森に入ってしまった。

 さすがにワタルも、エスエスと一緒にずっと馬に乗っているので、ちょっと位なら手綱を扱えるようになっていた。

 駆け足などはまだ無理なのだが。


 森の中に入ったエスエスのいる位置は、大体気配で把握している。

 最初は街道に沿って、東に向かって探索しているようだったが、しばらく先に行ったところから森の奥に向かっているようだ。

 何かを見つけたのだろう。


 ワタル達も、エスエスが奥に向かった辺りに街道上を移動して、エスエスの報告を待つ。


 どうやら、この場所からは、森の中へ馬が入れそうである。

 多少、踏み固められた跡があり、大きな枝が払われているように見える所もある。


 ただ、街道からは草が生い茂っているように見えて、一見すると分からない。

 道をカモフラージュしている様にも見える。


「不自然な場所ね。エスエスが奥に向かった場所だから気が付いたけど、普通は見過ごしてしまうわ」


 と、ルレインが言う。


「確かに怪しいわね。この奥に何かあるのは間違いないわ。盗賊のアジトかも知れないわよ。シルコ、勝手に飛び出さないでよ」


 ラナリアがシルコを牽制する。


「分かってるわよ」


 シルコがプイっと横を向く。

 大丈夫そうである。


「もう少し待ってエスエスが戻らない様なら、私達も向かいましょう。ちょっと心配だわ」


 ルレインは、エスエスを心配している。

 エスエスが森にいる時の能力の高さを聞いてはいるものの、あまり実感が無いからだ。

 前にエスエスが捕らえられた時も森の中だった、という事もある。


「エスエスは大分奥まで行ったな。俺達も少し森に入るか。ここに留まっているのも目立つだろう」


 と、ワタルが提案する。

 エスエスは、まだワタルの索敵範囲内にいるが、これ以上離れると分からなくなりそうだった。

 他のメンバーは、既にエスエスの気配を見失っていたのでワタルの意見に同意する。


 馬に乗ったまま、森の中に入っていくワタル達。

 ワタルにとって不安なのは馬の扱いのみである。

 前後をルレインとラナリアにガッチリガードしてもらっている。


 森に入ると、やはり人の手で道らしき物が作られているようだ。

 森が浅い場所では目立たないが、木々の密度が高くなって来ると、ハッキリとした獣道のようになっていた。

 しかし、これは獣道では無いだろう。

 馬が通りやすいように、高い位置の木の枝が刃物で払われている跡があるのだ。


「お、エスエスが戻って来るぞ。この辺りで待とう」


 と、ワタルが告げる。


 少しするとエスエスが戻って来た。

 森の中を走っているにしては凄いスピードである。

 森の中で足場が悪い事は、エスエスにとっては関係無いのだろう。

 さすが森の民である。

 伊達に緑色の髪を生やしてはいないのだ。


「この先に、洞窟があって人の気配がします。どうも盗賊の隠れ家のようですね」


 エスエスが報告する。


「今は、盗賊はほとんど出払っているようです。留守番と見張りが数人です。ただ、洞窟の奥に小さい気配がしました。子供が捕らえられているんじゃないかと思います。助けましょう!」


 エスエスは人質救出をしたいようだ。

 ドルハン抹殺の任務の中で、エスエスは敵に捕らえられた。

 その時に、監禁されている村の子供をたくさん見ている。

 あの時の子供達はまともな環境ではなく、力尽きたり殺されたり、悲惨な最期を遂げた子供も多かった。

 エスエスとしては許せないのだ。


 これは、その時にエスエスと一緒に子供達を救出したワタル達も同じ気持ちである。

 牢に入れられている子供達の様子を見ると、こんな仕打ちを平気でする者が、到底同じ人間とは思えなかった。


 被害者は、どうしても弱い者になる。

 イジメの被害者の経験のあるワタルにとっても、見て見ぬ振りは出来なかった。


 方針は、相談しなくても決まっていた。

 人質の救出だけでなく盗賊団の壊滅である。


 そうと決まれば、行動は早い方が良い。


「途中に罠があります。そこまでボクが先行します。落とし穴ですよ。」


 エスエスの先導で、森の奥に向かう。

 確かに、道の途中に落とし穴があるようだ。

 この先に盗賊のアジトがある事は間違い無さそうだ。


 シルコは真剣な表情で、辺りの様子を伺いながら進んでいる。

 盗賊に捕らえられた女子供は、奴隷として売られてしまうのが相場である。

 奴隷となった経験を持つシルコにとっても許せない事だろう。

 人質救出には、かなり思い入れがある筈だが、昨日の事もあり冷静に行動しているようだ。


 森を進んで行くと、森が少し開けた場所に岩場があった。

 ちょっとした岩山である。

 その麓に、洞窟らしき穴が開いている。

 その穴の前を、男が1人ウロウロしている。


「あそこです」


 エスエスが、その洞窟を指し示す。

 ワタルが索敵してみると


「見張りは、あの男の他に中に1人いる。それから、中に3人。その他に奥に小さな気配が2つ。それより少し大きな気配が1つ。捕まっているのはこの奥の3人だろう」


 ワタルの気配察知は正確である。


「洞窟の中は広いの?」


 ルレインが尋ねる。


「入り口から、奥の子供の気配まで結構深いな。きっと他にも盗賊の仲間がいるんだろう。今は外で仕事中か……」


 と、ワタルが答える。

 そしてルレインは方針を決定する。


「敵の盗賊が5人に捕虜が3人ね。斬り込みましょう。中を制圧して、仲間の盗賊の帰りを待ちましょうか」


 意外とアバウトである。

 戦闘力の秀でた者はこんな感じなのかも知れない。

 油断とは違う、余裕の成せる業である。


「ワタルとラナリアの技は大き過ぎるわ。私とシルコで突っ込むわよ。いいわね、シルコ」


 シルコが頷く。


「エスエスは外の見張りをかたずけて。じゃあ、行くわよ」


 ラナリアとシルコが駆けて行く。

 見張りの男が気が付いて、声を上げようとした瞬間


 バシュッ


 エスエスの放った矢が、男の口の中に突き刺さる。

 男は声も無く後ろへひっくり返った。


 洞窟の中から、慌ててもう1人の見張りが這い出して来た。

 矢が刺さり、ひっくり返った男に近寄っている。

 この男は、洞窟の入り口近くの壁に寄りかかって座っていたのだ。

 そしてそのまま、四つん這いで外に出て来た。

 これは致命的なミスである。


 抵抗出来ないほど弱い者から奪い取る事は出来ても、まともに攻撃を受けた事が無いのだろう。

 だから、見張りなどをやっているのだ。

 それも、半分サボっていたのだから慌てている。


 シュバッ


 その見張りの男は、四つん這いのままルレインに首を刎ねられ絶命した。

 そのまま、静かに洞窟の中に潜入するルレインとシルコ。

 ワタルとラナリア、エスエスも洞窟の入り口に到着した。


 と、岩山の麓の茂みの陰に、簡単な厩舎を発見する。

 馬は一頭だけ繋がれていた。

 スペースに余裕がかなりあり、他の馬は出払っているようだ。

 ワタル達の馬も、とりあえずここに繋いでおく事にした。


 厩舎のスペースから推測すると、この盗賊団はかなりの規模のようだ。

 出ている盗賊は少なくとも10人以上はいそうである。

 思ったよりはかなり多い。

 これだけの人数をまとめているとなると、それなりに腕の立つ頭領がいるかも知れない。


 念のため、エスエスには洞窟の入り口を見張ってもらい、ワタルとラナリアはルレインとシルコの後を追う。


 洞窟の中はかなり広い。

 自然の洞窟というよりも、炭鉱の跡地のようである。

 何かの鉱石を発掘していて、事業が頓挫した跡地のようである。

 シルコは奴隷として働かされていた鉱山を思い出していた。

 あまり、思い出したく無い思い出である。


 ルレインとシルコは、大きな気配のする場所に向かう。

 どうやらまだ気付かれてはいないらしい。


 盗賊とおぼしき気配は、3つとも同じ部屋にいるようだ。

 警戒は見張りに任せて、酒でも飲んでいるのかも知れない。


(踏み込むぞ)


 3つの気配がする部屋の前で、ルレインはシルコにアイコンタクトをする。

 ドアを袈裟斬りで斬りつけ、前蹴りでドアを蹴破る。


 中にいた盗賊は、やはり酒盛りをしていた。

 突然の乱入に慌てる盗賊達。


「誰だ、お前ら」


「こんな事をして頭が黙ってないぞ」


 慌てながらも脅し文句を忘れないあたりがチンピラ感が満載である。

 こんな連中が、ルレインとシルコに敵うわけが無い。

 誘拐犯の盗賊を許すつもりの全く無いルレインとシルコは、容赦無く盗賊を斬り伏せた。


 その頃、ワタルとラナリアは、奥の牢屋に着いていた。

 牢屋には見張りもいなかった。

 2つ並んだ鉄格子の片方に、小さい女の子が2人、もう1つの方には若い女性が1人、囚われていた。


 ワタルの突然の登場に、囚われの女性達は酷く警戒していたが、ラナリアが助けに来た事を告げると、泣きながら喜んでいた。

 囚われの身の恐怖感は、尋常では無かったのだろう。


 牢屋の鍵を開けて3人を出してあげると、2人の幼女はラナリアに抱きついて泣いている。


 そして、もう1人の女性が


「ありがとうございます。私は、今朝、ここに連れて来られたばかりです。今、助けて頂けなかったら、今夜はどうなっていたか……本当に助かりました」


 と、礼を述べた。


 年の頃は20代の前半だろうか、アエラと名乗る美しい女性が深々と頭を下げる。

 確かに、今夜、アエラがどんな目に合う筈だったのか、想像に難く無い。

 そして、アエラは性奴隷として、高値で売られて行く筈だったのだろう。

 全く酷い話である。


 泣いている2人の子供は、アエラと同じ町の出身の子供だそうだ。

 アエラがここに連れて来られた時には、もう既に囚われていたという。

 この子供達も売られる予定だったのだろう。


 アエラの話では、盗賊団は全部で20人位いる、という事だ。


 ワタルは改めて、この盗賊団を壊滅させる事を決意したのであった。


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