第52話 救出者の実力

 メルギルサの村の村長代理の青年は、名をワッツという。

 今でも冒険者を目指しているワッツには、それなりに腕に覚えがあったが、目の前の美しい女性剣士の強さが自分とは桁違いなのは感じていた。


 それでも、初めてドルハンが村にやって来た時の圧倒的な気配には及ばないと思っていた。

 あの時は、足が竦んで声も出なかったのだ。


 その女性に、ドルハンを始末する、と言われても、とても出来るとは思えなかった。

 ましてや、彼女の後ろに控えている手勢は、どう見ても自分よりも格下の腕前にしか見えない。

 この戦力でドルハン一味をどうするというのか。


 ワッツは、正直、貴族のやり方には失望していた。

 おざなりな警備隊の視察、貴族や騎士達はこの村のどこを見ているのか。

 完全にドルハン一味に村を占領されていて、子供達を人質に取られているのだ。

 村の中に子供が1人もいないことに、不自然さを感じないのだろうか。

 結局、税さえ納めていれば、村がどうなろうと興味は無いのだろう。

 下手をすると、裏でドルハンと貴族が繋がっているのかも知れない、とさえ思っていた。


 ルレインがロザリィの冒険者ギルドを名乗っても、期待は出来ないと思っていた。


 ところが……


 女剣士の後ろにいた猫の獣人が弓矢を放った。

 ずいぶん離れた所にある小屋から、ドルハンの手下の冒険者が転がり出て来た。

 ワッツ達を見張っていた冒険者だ。

 なぜ、あの猫の獣人はあそこに見張りがいることを知っていたのだろう。

 そして、あの弓の腕前は何だ。

 あんな遠くの小屋の隙間を通して相手を射てるものなのか?


 そして、その横にいる黒髪の少年が剣を一振りすると、中にいたドルハンの手下ごと納屋が上下に真っ二つになった。

 あんな所にも見張りがいたのを始めて知った。


 一番弱そうだと思っていた少年の剣技に、ワッツは唖然とする。

 そして、ワッツの驚きは続く……


 あの美しい魔法使いは何者だろう。

 無詠唱で繰り出した魔法は、見たことも聞いたことも無い魔法だった。

 そして、その魔法で殺されたのは、ドルハンの手下と裏切り者のみ。

 他の村人には傷ひとつ付けていない。

 こんなことが可能なのか。


 ワタル達が行った攻撃は、村人達の常識の遥かに向こう側だったようだ。

 ワタル達にしてみれば、関係の無い村人を傷付けたく無かっただけである。

 殺意を向けてくる相手を倒しただけなのだが、それを知らない者にとっては、神業のように見えてしまったのだろう。


 ワッツは、ルレインに向けて話し出す。


「あなた方の腕前はよく分かりました。ドルハンを倒して貰えるのなら、こんなに有難い話はありません」


「そう、分かってくれて良かったわ」


「でも、森の中にある奴らのアジトは、信じられない位の数の魔物に守られています。魔物の相手をしているうちに、人質の子供達が殺されてしまいます」


「ああ、魔物ならもう倒したわ」


「え?いつの間に?百や二百じゃ無いんですよ」


 ワッツは驚くが、そこでワタルが


「奇跡の戦姫に任せておけば大丈夫だよ」


 と、ルレインの肩に手を置きながら口を出した。


「ちょっと、ワタル!それは……」


 ルレインは慌てて訂正しようとするが


「奇跡の戦姫様ですか……」


 なぜかワッツは納得してしまった。

 戦姫というワードが、ルレインの風貌にハマり過ぎているのだ。

 凛とした美しい剣士であることが、何よりの証明になってしまっている。


 ハナビのメンバー内では、驚きお姉さんの立場を揺るぎないものにしているのだが、そんなことは村人に知る由も無い。


 ワッツ達は道を開けてくれた。

 期待に満ちた目でルレイン達を見つめている。

 村は解放する。

 子供達も助ける。


 でも、一番気になるのはエスエスだ。

 もう、殺されているかも知れない。

 ワタル達の情報を得るために拷問を受けているかも知れない。


「急ぐわよ」


 ルレインの言葉でワタル達は走り出す。

 村の中では、散発的に道を塞ぐ冒険者らしき者もいたが、出て来た瞬間にルレインに斬り伏せされた。

 遠くから敵意を向ける者や、弓矢を射とうとする者は、シルコの矢に討たれていった。


 村を抜けて小鬼の森に入った。

 ワタルの索敵によると、大きな気配は300メートルほど先にある。

 とても大きな気配は2つ。

 そこそこ大きな気配が5つだ。

 それから小さな気配が20程ある。


 そして、


「見つけた。エスエスの気配だ。生きてるぞ」


 思わずワタルが声を出す。


「しっ」


 と、静かにするようにワタルに指示をするラナリアだったが、その顔は嬉しそうだ。

 シルコは、もう泣きそうになっている。


「急ぐわよ。まだ安心出来ないわ」


 ルレインの言葉で我に返り森を進む。

 罠が仕掛けてある可能性がある。

 急いでいても慎重に進む。

 ここは、経験豊富なルレインを先頭に、罠を警戒しながら進むが、罠も無ければ魔物もいない。

 数百の魔物に守らせていたのなら、森の中に罠を仕掛けておくのは不合理である。


 キャリーが死んで、魔物のコントロールが効かなくなってから罠を仕掛けた可能性があるが、時間的には間に合っていないだろう。

 そうは思っても、相手はドルハンである。

 裏をかかれる可能性もあるのだ。


 しかし、そんな心配をよそに、アジトの入り口らしき所に辿り着いてしまった。


 ここからが本番である。

 迎撃態勢で待ち構えているのだろう。


 入り口のドアは、木製で小さな小屋にしか見えない。

 これなら、ただの森の中の炭焼き小屋のように見えるだろう。


 おそらく中に、地下に通じる出入り口が隠されているはずだ。

 大きな気配は、まだ100メートルくらい向こうの地下にある。

 敵の本陣は、その大きな気配のある所で間違い無さそうだ。

 その手前に、そこそこの気配が数多くある。


 こいつらを皆倒して奥まで来い、ということか。

 その更に奥の、もっと深い地下に小さな気配が沢山集まっている。

 これが子供達か。

 エスエスもそこにいるようだ。


 幸いにも中には村人らしき者はいないようだ。

 遠慮は要らないだろう。


 ワタルの詳細な索敵で、地下に侵入する前に、おおよその敵の状態と地下の構造が分かってしまった。


「全くとんでもない能力ね」


 ルレインは、呆れたように呟いた。

 相手の様子が分からない、という最も大きなハンディが、ワタルのお陰で消えてしまった。


 そして、ラナリアが


「面倒だから燃やすわ」


 と言って、溶岩魔法を発動。

 ラナリアの頭上に土の円盤が現れて、水平方向に大きくなって行く。

 その直径3メートル位の円盤を、小屋の上に移動させてゆっくりと下に降ろした。


 円盤に触れられた部分の小屋は、燃え上り、炭になり、灰になってしまった。

 下がっていく溶岩の円盤。

 小屋は上からドンドン灰になって消えていく。


 そして、円盤が地面に達した時、円盤の中程が四角い形に燃え上り、地下への入り口が出現した。


 入り口を燃え上がらせた溶岩は、入り口の穴の中に落ちて行く。


「ぐわぁぁ、熱い!熱い!」


 中で待ち構えていた手下が溶岩に焼かれている声が聞こえた。

 おそらく、槍か何かで、降りてくるところを突こうとして待っていたのだろう。


 ラナリアが跡形もなく燃やしてしまった小屋にも、何か仕掛けがあったのだろうが、今となってはそれも分からない。

 ラナリアの力技で、何も無かったことにしてしまった。


「これじゃ罠も何も関係ないわね」


 ルレインが呆れてそう言ったのだが、ラナリアの力技はこれでは収まらなかった。


 ラナリアの土魔法は、杖にストックされた豊富な魔力と、土魔法自体の威力向上により、地形の操作も可能になっている。


「ちょっとみんな下がって」


 ラナリアはそう言うと杖を構えた。


 ゴゴゴゴゴ


 元は小屋のあった場所に地響きがして、地面が動き始める。


 ドゴン


 小屋のあった場所が大きく凹み、左右に割れ始めた。

 そして、地面が大きく削られて地下の通路が露わになって行く。

 地下の通路は、20メートル位奥まで地下ではなくなってしまった。


 まだ奥まで続いている地下の穴に向かって、緩やかな下り斜面が出来上がる。


(地下駐車場の入り口みたいだな)


 ワタルは日本で見た、駅前の地下駐車場の入り口を思い出していた。


 これでは、せっかくの秘密のアジトも、みんなが歩いて入れる便利な入り口になってしまった。


「わざとやってるだろ」


 と、ワタルはラナリアに言う。


「え、何のこと?」


 ラナリアはとぼけながら、地面を綺麗に整地している。

 馬車でも通れそうな立派な出入り口が出来てしまった。

 ドルハン達がいなくなった後、村人達が再利用できそうな立派な造りである。

 ご丁寧に門柱まで出来ている。


 これは、必ずしもラナリアがふざけてやっているという訳ではない。

 土魔法の造形をイメージした時に、ラナリアは、チルシュの図書館の入り口をイメージしてしまったのだ。

 以前に、シルコと散々通っていた図書館である。

 ラナリアの強い魔力が、彼女の記憶とイメージを忠実に再現してしまった結果なのである。


 そして


「ぐわっ、ぺっ、ぺっ」


 脇に退けられた土の中から、さっきまで地下通路で待ち構えていたであろう冒険者が這い出して来た。

 ラナリアの土木工事に巻き込まれたのだ。

 口に入ってしまった土を吐き出している。

 しかし、その瞬間に額に矢が突き刺さる。


 その後も、シルコは容赦無くドルハンの手下を仕留めていく。

 土に埋もれていた手下達は数人いたが、全てシルコにすぐに止めを刺された。

 ルレインが尋問している暇もない。


 ラナリアもシルコも相当に腹を立てているようである。


 エスエスが生きていることを知り、ちょっと落ち着いた所でこれである。

 これでもし、エスエスがなにか酷いことをされていたら、彼女達はどうなってしまうか分からない。



「何、これ」


 ルレインは呆れ果てている。

 こんなに丁寧なエントランスを作る意味も分からないし、ワタルと喋りながら、こんな魔法をやってのけるラナリアの魔力も桁違いだ。


 ロザリィのギルドマスター、ガナイの思惑では、ルレイン達はドルハンの暗殺部隊だったはずだ。

 ワタルのスキルを活用して、密かに任務を遂行するはずだったのだが、どんどんやることが派手になっている。


(これで良いのかしら)


 ルレインは少し心配になっているのだ。

 暗殺に来た自分が、奇跡の戦姫、などと呼ばれて有名人になってしまった。

 これでは、秘密裏に事態を処理しようとしていたガナイの計画に反するのではないか、と。


(まあ、いざとなったら私が責任を取ればいいわ。もう、済んでしまったことは仕方ないものね。とにかく、ドルハンを倒さないと)


 ルレインは気持ちを入れ替えて、気を引き締める。

 相手はドルハンだ。

 中途半端な迷いは死に繋がるだろう。


「さあ、行きましょう」


 ルレインは、頼もしい仲間達に告げるのだった。

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