第51話 支配下の村人
エスエスが消えた……
この事実は、ワタル達に大きな衝撃を与えた。
「エスエスー、エスエスー、どこなの!」
「エスエスー!返事をしてー」
ラナリアもシルコも声を張り上げるが、盗賊のリーダーの男に巻き込まれて転移してしまったのは明らかであった。
もちろん、エスエスは出て来ない。
「すまない。油断した。まさかアイテムを持っているとは……」
ワタルが謝っている。
洞窟で襲われた時は、ハマルの転移アイテムは発動前にワタルが取り上げたので逃げられることは無かった。
今回も、もっと注意していれば逃げられずに済んだかも知れなかった。
圧倒的に勝利してしまったことと、頼りになるルレインの存在、これまでほとんど失敗もなく戦い続けて来た自信……
油断が全く無かった、とは言えないだろう。
今思えば今回の盗賊達は、盗賊にしては身なりも良く、どちらかと言えば冒険者の様だった。
ドルハンとの繋がりを連想しなかった訳ではなく、だからこそ敵のリーダーを生け捕りにしようとしたのだ。
であれば、転移アイテムによる逃走も想定していなければならなかったのだ。
エスエスは、その油断の犠牲になってしまった。
「とにかく、手掛かりを探しましょう。まだ、生きている者もいるかも知れないわ」
ルレインが声を上げる。
ワタル達は、ハッとして、急いで作業にかかる。
盗賊達の死体を調べて、転移先の目星を付けるのだ。
シルコもラナリアもルレインも、そして商隊の商人も協力して死体の衣服を剥いで調べて行く。
ワタルも、剥ぎ取りは苦手だ、などと言ってはいられない。
エスエスの事を考えると、時間との勝負でもある。
助けが遅れれば遅れるほど、エスエスの生存率は下がるだろう。
街道を通りかかる、他の旅人にはジロジロ見られているが、商隊の隊長が説明している。
盗賊を返り討ちにしたのだから、やましいところは無いのだ。
「こいつ、まだ息があるわ」
シルコが叫ぶ。
エスエスの矢がこめかみに刺さっている。
瀕死の重傷だが、たまたま即死を免れたのだろう。
ラナリアが駆け寄り、回復魔法をかける。
とても助かるとは思えないが、その重傷の男は僅かに口がきけるようになった。
「……助けて……くれ。俺は……命令された……だけ……子供が人質に……」
男は、息も絶え絶えに喋っている。
ラナリアが応える。
「情報をくれたら助けるわ。ほら、回復魔法よ」
ラナリアが手をかざすと、男の表情が僅かに緩む。
男が助かるほどの回復魔法はラナリアには無理である。
それでも、男は多少なりとも死の苦痛からは解放される。
「分かった。喋る……俺はこの先のメルギルサの村の者だ。あの村は……あいつらに支配されている……仕方なかった。子供が人質になっているんだ……あいつら悪魔だ……命令に従わなければ子供が……酷い殺され方を……」
男は、途切れ途切れではあるが、必死に喋っている。
嘘を言っているとは思えない。
「そいつらの名前は?」
ラナリアが尋ねる。
「頭はドルハンという……男だ……他にも……」
男は、幾人かの名前を挙げたが、ルレインにも知っている名は無かった。
キャリーの名前は出て来なかった。
「そのドルハンはメルギルサにいるの?」
と、ルレインが尋ねる。
「村は……監視されている……奴らのアジトは……森の中だ。奴ら魔物……操れる……人質もそこにいるはず……だ」
魔物を操れるから、小鬼の森の中にアジトを構えてもやって行ける訳だ。
しかし、キャリーが死んだ今となっては、魔物の支配が解けたはずなので、森の中ではやり辛くなるだろう。
まだ今は、魔物はほとんど出払っているだろうが、時間の問題でアジトを引き払う可能性が高い。
ドルハン一味がメルギルサの村から出て行く時には、口封じに人質は殺されるかも知れない。
やはり、時間が無い。
「俺は……もう助からない……分かってる」
男はそう言ってラナリアの手を握る。
「こんな事を……頼めた義理じゃない……が……子供達を、息子を……助けてくれ……ないか……息子の……名は……ティム……」
そこで男はガクッと力尽きた。
命が尽きたようだ。
「分かったわ。罪のない子供を見捨てられる訳ないじゃない」
ラナリアがそう言うと、男の亡骸が少し笑ったように見えた。
「重要な情報が得られたな。急いでメルギルサに行ってドルハンを倒そう。エスエスも助けるし、村人も解放するぞ」
と、ワタルが声を上げた。
皆が頷く。
強盗をしようとした冒険者と村人の亡骸は、街道の脇に放置することにした。
可哀想だが時間が惜しかった。
彼らの持ち物の中には、特に目ぼしい物は無かった。
転移アイテムを持っていたのはリーダーだけだったようだ。
複数人の転移が出来るアイテムなので、リーダーとその周りの冒険者は逃げられるようになっている。
協力させた村人は使い捨てということだ。
ドルハンにとって村人の命など、どうでも良いのだろう。
さて、とにかくメルギルサの村に急いで向かうしかない。
一行は急いで出発した。
馬車の速度もかなりのものである。
加えて、ラナリアの風の魔法で馬車の荷台を持ち上げてしまった。
ラナリアの魔力は消費するが、一刻を争う事態なので仕方がない。
それでも【吸精の杖】に満タンに魔力がチャージされているので、深刻な魔力不足にはならないので大丈夫でなのだ。
引いている荷台の重さが無くなったので、馬車のスピードはどんどん上がっていく。
ほとんど普通に馬が駆けているのと変わらない。
すれ違う旅人や、追い抜かされた馬車に乗っている者など、二度見している。
実際に、この激走馬車に乗っている商人達も唖然としている。
流れて行く景色のスピードと、全く揺れない馬車の乗り心地が未知のものだったのだ。
馬車は、ほんの小一時間で小鬼の森を抜けてしまった。
メルギルサの村はもう目の前である。
敵の本拠地との情報を得ているのに、商隊を村に入れるのは危険である。
村の外の森の中に、商隊の馬車を隠すことにした。
商人達には、最悪そのまま夜明かしをして貰うことになる。
事情が分かっている商人は、これを了承した。
その代わり、馬車はワタルの結界で守られている。
【絶対防御不可視結界】
防御だけでなく、周りから見えなくなる効果付きである。
余程のことがなければ、一晩くらいは問題ないだろう。
「さて、行くか」
ワタルがそう言うと、チームハナビはメルギルサの村に入って行く。
喉を突かれた手下が、転移して戻っているのだ。
しかも、ルレインの剣が付いている。
ルレインのいるパーティーが動いているのは、確実にばれているだろう。
キャリーとの第1戦の後、直接キャリーから報告が行っているかも知れない。
敵の迎撃態勢は整っていると思った方が良いだろう。
ワタル達は、最大限の注意を払って、敵の気配と敵意を探りながら進む。
それほど大きな村ではないが、寒村というほどの小さな村ではない。
人口は、百数十人はいてもいいくらいの規模の広さだ。
それにしては、人の気配が少なく感じた。
やはり、村人に対する何らかの殺戮が行われたと考えられる。
「特に大きな気配は、近くにはないな。このまま村を抜けた先に、大きな気配があるようだ。そこがアジトだろう」
ワタルの索敵能力が遺憾なく力を発揮している。
「あなたの索敵範囲、どんだけよ」
ルレインが驚いている。
ワタルの索敵は村の外にも届いているのだ。
すぐに敵のアジトの場所が分かってしまった。
もう、まっすぐにアジトに向かうだけだ。
情報によれば、村の奥に小鬼の森の一部が連なっていて、その中にアジトを構えて村人を支配している、ということだった。
ワタル達がアジトに向けて走り出すと、その進行を防ぐようにバラバラと人が出てきた。
その中の精悍な顔付きをした青年が口を開く。
「俺は、メルギルサの村長代行だ。この村の奥への勝手な進入は許さない。それが村の決まりなんだ」
ルレインの正面に立ち、その覇気を真っ向から受けながら、堂々と話しが出来るのは大した胆力である。
中途半端な冒険者よりも遥かに強者である。
それでも、凄い汗をかいている。
その必死の形相は、強い意志で恐怖を押さえ込んでいるのだろう。
しかし、この青年からは敵意が感じられないのだ。
脅されて、無理矢理役目を果たしているのは想像が付く。
周りの村人も同じである。
ルレインは覇気を収め、優しい口調で青年に話しかける。
「私達は、ロザリィの冒険者ギルドの者よ。極秘裏にドルハンを始末しに来たの。あなた達の状況は、ある程度理解しているわ。人質の子供達の事もね」
ルレインの言葉に、青年は複雑な表情を見せる。
ドルハンを倒して村を解放して欲しい、という気持ちと、子供達の安全が確保されるのか、という心配と、簡単に結論は出せないのだろう。
期待と不安の入り混じった表情である。
そして、青年の目が泳ぐ。
その視線は、ほんの一瞬、青年の横の方の、少し離れた場所にある小屋に向けられた。
ルレインがシルコに視線を送る。
と、同時に
バシュッ
シルコの放った弓矢が、真っ直ぐに小屋に向かい、小屋の立板の隙間に滑り込む。
「ぐぅぁぁぁっ」
立板を壊しながら、男が転がり出て来る。
男の目には矢が突き刺さっている。
ドシュッ
シルコの第2射が男の首筋に突き刺さり、男は動かなくなった。
シルコが矢を放ったのと同時にワタルも動いていた。
ワタルは、シルコが矢を射ったのと反対側に向かって、水平に【風の剣】を振っていた。
ゴォォォッ
ワタルの放った風の刃は、地面と水平に飛んで行き、その先にある納屋を切り飛ばした。
人の首の高さで、納屋の上半分が切り離されたのだ。
中にいた2人の人間の首が、納屋の天井と同じ運命を辿る。
そして、それと同時にラナリアの周りに土埃が舞い上がり、彼女の頭上に土で出来た杭が出現した。
その数は5本。
それほど大きくはない、50センチくらいの棒状の土である。
「ボルケーノランス」
ラナリアが魔法名を告げると、5本の杭は、後ろの方から駆けつけて来る男達に向かって放たれた。
男達の数は10人程である。
5本の土の杭が、その男達の内の5人に向かって行く。
ある者は杭に胸を貫かれ、ある者は腹で杭を受け、剣で杭を払う者もいた。
しかし、ラナリアの放った土の杭は、敵に当たった瞬間に炎を出し、敵を焼き尽くしたのであった。
【ボルケーノランス】
溶岩のような性質を持つ、土の槍を放つ魔法である。ボルケーノサイクロプスの魔力を吸収したことで、ラナリアが新しく身に付けた魔法である。
土魔法の力が上がったことにより可能となったのである。
さて、ラナリアのボルケーノランスから逃れた者は、その場にへたり込むか、呆然と立ち尽くしている。
残された者は、もうワタル達を襲って来る様子はない。
実は、この戦いの前の段階で、ワタル達には誰が村人で、誰がドルハンの手下の冒険者か分かっていたのだ。
明確な殺意を向けて来るものが手下の冒険者である。
無理矢理に従わされている村人には、ワタル達に対してそこまでの敵意は無い。
敵意を向けて来る者だけを始末したのだ。
「な、なんで……」
この戦いは、村長代理の青年をはじめとして、村人に相当な衝撃を与えた。
村に潜り込んで、村人を監視していた手練れの冒険者達が、瞬く間に倒されてしまった。
しかも、冒険者だけ……村人にはかすり傷も付けていない。
実は、ラナリアが倒した者の1人は村人であった。
でも、この男はメルギルサの村を裏切って、ドルハン一味を村に引き入れた張本人の男だった。
村人にとっては、裏切り者の極悪人なのだが、ドルハンの手前、手を出すことが出来ないでいた人物であった。
その厄介な男も、アッサリと殺されてしまった。
この結果は、村人達にとって、村の解放を期待させるには十分過ぎる出来事であった。
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