第38話 ドワーフの武器屋

 ロザリィの街は、人の数が多い。

 特に、目抜き通りにある冒険者ギルドの周りは賑やかである。


 陽も傾き始め、夕暮れまでに用事を済ませたい者達で、更に人通りが多くなっている。


 冒険者ギルドにも、早めにクエストを終わらせたらしい冒険者が出入りしている。

 その表情は色々であり、大物の魔物を担いだまま、誇らしげにギルドに入っていく者や、ガックリとうなだれてギルドから出てくる者もいる。


 それでも、今、ギルドに出入りしている冒険者はまだ良いのかも知れない。

 クエストに出た冒険者の中で、決して少なくない人数の者は帰って来ないのだ。

 怪我で病院に直行している者はまだマシである。

 冒険者の死亡率は決して低くないのだ。

 特に、冒険者になりたての者に死亡者が多い。


 正に、ハイリスクハイリターンの職業なのである。


 そんな他の冒険者を眺めながら、ワタル達は武器屋に入っていく。

 武器屋の店主のナライが迎えて……はくれなかった。

 まだ奥で、必死の作業中である。

 予定よりも少し遅れているようだ。


 作業が終わるまでの間、武器屋の中で待たせて貰うことにする。


 店内の武器や防具などを見ながら時間を潰していると、ドカドカと男女の冒険者が入って来た。


「おい、親父ィ。急ぎでハルバートを手入れしてくれ。今日の戦闘で欠けちまった」


 店に入るなり、冒険者の男が大声を出す。

 ワタル達のことをチラッと見たが、特に気にした様子はない。

 ワタルもこの男から特に悪意を感じなかったのでスルーしている。


「何だぁ。今、忙しいんだ。ちょっと待ってくれ」


 店の奥からナライの声がする。


「ちょっと!こっちも急いでるのよ!早くしてよ」


 今度は女の冒険者が大声を出した。


「忙しいって言ってるだろうが……」


 ナライが店の奥から出てきた。


「コッチは依頼された順番でやってるんだ。よっぽどの事情じゃねぇと、そこは変えられねぇよ。あと半刻もかからねぇから、大人しく待ってろよ」


 ナライはちょっとムッとしている。

 我が儘な奴の多い冒険者を相手に商売をするのも大変である。


「アタシは待たされるのが嫌いなのよ。それがよっぽどの事情でしょ」


 酷い理屈である。

 連れの男は黙っているが、女の冒険者が唾を飛ばして続ける。


「何なの?この待ってる子達の依頼を優先してるわけ?」


 今度はワタル達に絡み始めた。


「アンタ達、見たところ新人でしょ。ここは先輩に譲りなさいよ」


「私たちも急いでるのよ」


 たまらずシルコが応える。

 すると女冒険者がシルコに言う。


「生意気な猫獣人ね。死にたいの?こいつらが皆んな死ねば私達の番よね」


 女冒険者の殺気が膨れ上がり、それに合わせてワタル達が反応する。

 しかし、弓も剣も店に預けてある。

 小さい短剣以外は持っていないのだ。

 冒険者稼業の経験の浅さが、こういう不用意さに出るのだろう。

 場合によっては致命的になるかも知れないのだ。


 ガナイが心配しているのも、こういうことかも知れない。


 しかし、今回に限っては、ここは武器屋である。

 女冒険者が自分の剣に手をかけた時には、既に壁に飾ってあった剣の刃が女冒険者の首に当てがわれていた。

 シルコの早業である。


 もしもの時のために、ワタルはステルスを発動して男の冒険者を警戒していたし、ラナリアはバージョンアップしたばかりの杖を……胸に挟んでいた。

 ラナリアは反省すべきであろう。


「ひっ……」


 女冒険者が声にならない声を上げる。


「死にたいのはどっちかしら?」


 シルコの脅し文句が炸裂する。

 その時、男の冒険者が叫ぶ。


「まいった。俺たちが悪かった。謝る。許してくれ」


 男は両手を挙げ、降伏の意思を示している。


「何、降伏してるのよ!アンタこいつらを皆殺しにしなさいよ!……ひっ!」


 女冒険者がそう叫んだ拍子に、シルコの持っている剣が首筋に喰い込み浅い傷を付けた。

 女は短い悲鳴をあげる。


「そんなこと出来るわけないだろ。この人達の力は俺達よりも上だよ。それよりも、難癖付けて絡んだのはお前の方だろうが。謝って許して貰え」


「ほう……」


 男の言うことに、ワタルは感心する。

 かろうじてまともな人格の冒険者に初めて会ったような気がしたからだ。


 この男からは最初から殺気が感じられなかった。

 気配の大きさやワタル達の実力を測る力といい、それなりにランクの高い冒険者なのだろう。

 何故こんな女冒険者と連んでいるのかは疑問だが……


 男女の関係は、当人同士でなければ分からないことが多い。

 はたから見れば、バランスの悪いカップルなど掃いて捨てるほどいる。

 これは、地球でも異世界でも変わらないようである。


 ワタル達は、警戒を解くことにした。

 ワタルは、男のハルバートを本人に返す。

 知らぬ間に武器を奪われていた男は相当に驚いていたが、素直に武器を受け取った。

 やはり戦おうとしなくて正解だった、と思っているのかも知れない。


 女冒険者も、うなだれて椅子に座っている。


「俺はフランクという者だ。こいつはキャサリン。ランクC冒険者だ。改めて仲間の非礼を詫びる。すまなかった」


 フランクは頭を下げている。

 キャサリンも一緒に頭を下げる。


 敵意がなければ、別にどうということもない。

 フランクは、ワタル達がランクDだと聞いて驚いている。


「ここで暴れたら全員出入り禁止だからな。大人しく待ってろよ」


 そう言って仕事に戻ったナライだったが、程なくワタル達の武器を持って戻って来た。


「お待たせしたな。でも、待った甲斐はあると思うぞ」


 さっきは怒っていたナライだったが、何故か上機嫌である。

 良い仕事が出来たのかも知れない。


「先ずは、猫の嬢ちゃんの剣だな。剣速がかなりのもんだぞ。ちょっと振ってみな」


 ナライは、店の中央の広くなっている場所で、皆を下がらせて場所を作った。

 待っているフランクとキャサリンも、興味深げに見学している。


 本来なら、冒険者は秘密主義なので、あまり人前で技を晒したりはしない。

 ただ、ワタル達のパーティーは特殊なスキルが多過ぎて、とても全部は隠し切れない。

 最低限、ワタルのステルスだけ隠しておけば良いだろう、ということになっていた。


 さて、シルコは【疾風の双剣】を受け取る。

 剣を持った途端、剣が羽根のように軽く、そしてシルコの腕の一部のようにフィットするのを感じた。


 シルコは、周りに当たらないように気をつけながら、いつもの練習のように剣を振るう。


 剣を振る時のビュッという音が聞こえない。

 聞こえるのは


 シュゥゥゥゥ


 という連続した風の音だけだ。

 シルコは体を入れ替えたり、回転したりしながら何十回も剣を振っているのだか、剣のスピードが早過ぎて音が一つになっているのだ。


 正に【疾風の双剣】である。

 聞こえるのは風の吹く音だけである。


 これを見ていたキャサリンは、その場にへたり込んでしまった。

 シルコの剣が、全く見えないのだ。

 自分が、この剣の間合いに入ったら、一瞬でバラバラにされるのが分かったのだろう。

 さっきまで、このシルコに暴言を吐き、ケンカを売っていたのだから、ビビって当然である。


 シルコの演舞が終了した。


「凄く良いわね。ナライ、ありがとう」


 礼を言われたナライは、照れ臭そうに頬を掻きながら


「本当に使いこなしちまったな。想像以上だ。大したもんだ」


 と、シルコを褒めている。


 さて、次はワタルの【風の魔剣】だ。


「問題だったのはこの剣だよ。魔力回路が潰れかけていてな。修復に骨が折れたぜ」


 ナライが愚痴をこぼす。


「そうか、ご苦労だったな」


 ワタルが応じる。


「なあ、兄ちゃん。魔剣ってのは生き物なんだ。たまには魔力を喰わしてやらないと、唯の剣になっちまうんだぜ」


「そうなのか?あまり必要無かったからな」


「必要ないって、アンタ……まあ、いいや。ちょっと剣に魔力を流してみてくれや」


「分かった。こうか?」


 ワタルが【風の魔剣】に魔力を込めるようにイメージする。

 日本で見ていたバトルもののアニメで、主人公がやっていた仕草を真似てみる。


 剣を目の前にかざして、腕をを伸ばす。

 そして、剣に自分の力を注ぐイメージだ。


 すると、剣の周りに濃密な空気が集まり始め、剣の刃の周りで渦を巻き始めた。


 ゴーッ


 急激な空気の凝縮に店の中の気圧が下がり、風が吹き、部屋の中に置いてあるものがガタガタと振動を始めた。


 ピシッ


 店の壁にひびが入る。


「おい!ストップ、ストップ!止めてくれ。店が壊れちまう」


 ワタルは魔力の注入を中止する。


「なんつー魔力だよ。兄ちゃんは魔法使いだったのか?」


 ナライが呆れて尋ねる。


「いや、俺は剣士のつもりだったんだけどな。冒険者試験も剣士で受けたし……あ、でも、魔法使いでもいいかもな。そこの魔法屋でさっきエルフの杖を貰ったんだ」


 ワタルの答えを聞いたナライは更に驚く。


「あ?マリアンが自分の杖を渡したのか?お前に?老エルフが自分の杖を渡すのは、自分の子供か後継者だけだぞ。それも100年に一度あるか無いかだ。ちょっと信じられんな。その杖を見せてくれ」


 ワタルは【エルフの杖】を出して見せる。

 すると、杖が淡い緑色に光り、その光がワタルの腕を通して身体に入って行く。


「なんだ?なんか気持ちいいぞ」


 ワタルも驚いている。

 それを見たナライは


「おいおい、そりゃ、エルフの加護が付いてるじゃないか。正真正銘の本物だな。兄ちゃん、よっぽど気に入られたんだな」


「そうなのか?エッチな残念エルフだと思ってたんだけどな。なぁ、エスエス」


「ちょっと、ボクに振らないでください」


 エスエスが慌てて拒絶する。

 それを聞いたナライは目を丸くする。


「お前、伝説の老エルフのことをそんな……まあ、だから気に入られたのか……ま、とにかく大事なもんなんだから大切にするんだぞ」


「分かってるって。なんたって胸の谷間から登場した……はうっ」


 シルコの肘打ちがワタルの胸にヒットして、ワタルの話を強制終了させる。

 これ以上の話は、不利益しか生まないのは明らかである。


 シラーッとした空気になる店内。

 先ほどのシルコの流麗な演舞も、ワタルのお陰で台無しである。


 さて、気をとり直して次の武器である。

【盗賊の魔剣】と【盗賊の魔弓】は、補正効果がアップしたそうである。

 上出来である。


 そして、ナライは矢を幾つか持って来て、エスエスに話しかける。


「どうする?こっちから順番に値の張る矢になるんだが……」


「うーん、正直分かりませんね。どれも、今までの物よりも遥かに良さそうですから」


 エスエスにも分からないようだ。

 森の一族のエスエスの故郷の村では、街で売られているような矢を使っていない。

 森に生えている木を自分で削って矢を作っているのだ。

 少々曲がっていようが、平気で使っている。


 高級な矢のどれが良いのか分かるわけがない。


「シルコ、どうしましょうか」


 エスエスがシルコに聞くと


「これが良いわ」


 下から2番目の矢を即決である。

 装飾が無く、シンプルで地味な矢だ。

 戦闘力重視で良いだろうということだ。


 するとワタルが


「この矢もいくらか入れておいてくれ」


 と、矢の先が平たく加工されている矢を選ぶ。

 こういう時のワタルには何か考えがあるのだろう。

 全体の2割くらいを、ワタルの指定した矢にすることにした。


 これで、ワタル達の注文は終了である。

 料金は全て冒険者ギルドに回される。


「ちなみに、幾らくらいの料金なのかしら」


 ラナリアが聞いてみたのだが


「知らない方がいいと思うぞ」


 と、ナライははっきりと教えてくれなかった。

 金貨の10や20では話にならない、ということらしい。

 魔剣や魔弓の修理には、物凄く高価な材料が必要だそうで、儲けは少ないそうである。


 それでも、いい仕事をした、と満足そうなのは職人ならではだろう。


 ワタル達が帰った後、フランクはハルバートの修理を頼んだのだが、大仕事の後のナライは何となく気が抜けている。

 フランクも、散々ワタル達の事を見た後に、自分の武器を出すのが気恥ずかしかったが仕方ない。

 強引に割り込もうとしたキャサリンは、もっと恥ずかしそうである。


 恥ずかしいことをしたのが分かるのであれば、まだ、この2人には見込みがあるのかも知れない。


 さて、宿屋に帰ったワタル達は、明日の出発を控えて早めに眠りに就いたのであった。


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