第39話 クエストに出発

 春の日差しが反射して、草原の草木がキラキラとした光を放っている。

 街道を行く馬車の上から眺める草原は、風が吹けば海のようにうねり、まるで生き物のようにも見える。


 ワタル達、チームハナビが進んでいる街道は、ロザリィの街とノク領の首都ワンタレスを結ぶ、南北に延びている街道である。


 チームハナビの目的地はクースミンの町である。

 クースミンの町はワンタレスの少し手前に位置する。

 首都に近い町ということで、それなりに大きく栄えている町だという。


 クースミンの町を目指しているのは、そこに今回のクエストの目的となる人物、ドルハンが潜伏しているという情報があるからである。

 ドルハンはAランク冒険者、その仲間の女冒険者のキャリーもAランクである。

 その他、手下はどの位いるのか分からない。

 かなりの強敵である。


 チームハナビはDランクパーティーだが、今回はルレインがパーティーに加わっている。

 ルレインは冒険者を引退して、ギルド職員になっていたが、ドルハン討伐のために冒険者に復帰したのだ。

 ランクの認定はひとつ下がってBということになっている。

 非常に腕の立つ剣士だが、しばらく引退していたこともあり、ランクが下がったのは仕方ないだろう。

 腕前は鈍ってはいないようだ。


 このの町までの旅は、商隊の護衛を兼ねている。

 ドルハンに対する目眩しの意味もある。

 しかし、この街道は魔物も盗賊も少なく、護衛任務は比較的暇である。


 ロザリィの街と首都ワンタレスを結ぶ大きな街道なので、人や馬車の往来も多いし、深淵の森のような魔物の巣窟からも距離がある。

 それでも、小さな森などは点在しているので、魔物が出ない訳ではない。


 たまには、ゴブリンやコボルトなどの下級の魔物が出て来る。


 ルレインは


「肩ならしよ」


 などと言いながら積極的に狩っている。

 その度に、火葬係りのラナリアの出番になるのだが、杖のバージョンアップのお陰で土魔法が軽くなり、穴掘りが楽なようだ。

 街道の脇に、土魔法で大穴を掘って魔物の死体を片付けている。

 穴の中の死体を燃やして、また土魔法で埋める。

 死体も風魔法で運ぶので、手や服を汚すこともない。

 非常に便利である。


「アタシの魔法は、こんな事のためにあるわけじゃないのよ」


 などと言ってはいるが、楽に魔法が使えるのが嬉しいのか、それほど嫌がってはいないようだ。


 ルレインとラナリアの魔物の処理があまりにも早いので、商隊の隊長が目を丸くしている。

 魔物をルレインが斬る前に、既にラナリアは穴を掘り始めているのだ。

 討伐自体を手伝う気が全くない。


 こんなパーティーは見た事がない、と商隊の隊長は言っている。


 魔物の数が多いと、シルコもルレインと一緒に剣を振っているが、必ずしも必要だからではない。

 身体が鈍らないようにしているだけなのだ。


 旅路は順調で、1日目に泊まる予定の村に早めに到着した。

 なかなか大きな村で、町と言ってもいいくらいの規模がある。

 大きな街道沿いでロザリィにも近いため、人の出入りが多いのだ。


 宿屋もあるし食堂や店もある。

 特に不便なところのない村である。


「まだ、夕食まで時間があるわ。ちょっと訓練しましょうか」


 ルレインが提案する。


「そうだな。ちょっと試したいこともあるし……」


 ワタルが答える。

 ルレインは知らないが、ワタルがこう言った時は、大抵新兵器が生まれているのだ。


 一同は、村の外の人気の無い草原に集まった。


「エスエス、先の平たい矢を出してくれないか」


 早速、ワタルがエスエスに話しかける。

 ルレインは、訓練する気満々だったのに肩透かしを食らった格好だが、事の成り行きを見守ることにする。


「この矢の先に魔法陣を書いて、結界魔法を付けようと思うんだよ」


 ワタルの言葉にエスエスは、ハッ、とした顔をする。


「なるほど。この前仕掛けた罠の結界ですね。それは思い付かなかったなぁ……あ、でもボクの魔法陣じゃ、こんな小さな物に書けませんよ」


「そこで、これだ!」


 ワタルはマリアンから貰った【エルフの杖】を取り出した。


「この杖を使うと空中に文字が書けるんだよ。ほら」


 ワタルは、杖に魔力を流し、杖の先で空中に光の字を書き出した。


「三連風刃反撃結界」


 漢字でそう書いたワタルは、杖の先でその光の漢字を動かして、平たい矢の先に誘導する。

 すると光の漢字は、矢の先に吸い込まれ、とても小さい文字になって刻まれた。


「よし、これに魔力を流して射ってみようぜ」


 ワタルはサクサクと作業を進めているが、これはかなり高度な魔法操作なのだ。

 こんな感じのワタルに慣れているメンバーですら驚いているのだが、ルレインの驚きは酷いものだった。


「ちょっと!これ何やってるの?あれ魔法陣なの?見たことも聞いたことも無いんだけど」


 ルレインがラナリアに尋ねている。

 しかし、ラナリアは


「さあ?アタシにも分からないわ。ワタルだから仕方ないのよ。いちいち驚いてると身が保たないわよ」


 と、諦めムードだ。


 そんな外野を気にした様子も無く、ワタルはエスエスに尋ねる。


「俺の書いた魔法陣でも、エスエスが魔力を流せるよな。あ、風の刃が3つ出るからな。この前のエスエスの罠と同じだぞ」


「分かりました。よーし!」


 気合の入ったエスエスが矢を番え、弓を絞る。

 そして、矢に魔力を流していく。

 矢の先に透明なゴルフボール位の球体が形成されていく。


 バシュッ


 200メートルほど離れた森の木に向かって、綺麗に矢が飛んで行く。

 そして、一番手前に生えている木の幹の中央に突き刺さった。


 バシュバシュバシュッ


 矢の刺さった部分から、透明な刃が発射され、矢の刺さった木の幹がバラバラになり、そして威力の衰えていない風の刃は、周りの木を切り倒して行く。


 ドドン、ドン、ドン


 辺りの木が7、8本切り倒され、払われた枝は新緑の緑と共に地面に落ちる。

 辺りに土煙りと枯れ葉が舞っている。


 矢が当たった周りは大惨事である。


「おおぉ」


 イメージ通りの威力に感嘆のため息を漏らすワタル。

 エスエスも鼻息を荒くしている。


 パンッ


 ワタルとエスエスはハイタッチしている。


「何、あのメチャクチャな威力……ねぇ、どうなってるのよ、あなた達」


 ルレインはラナリアに迫るが、ラナリアは微笑むのみである。

 そこでシルコが口を挟む。


「ねぇ、ワタル。爆発の魔法は乗せられないの?」


「お、出来ると思うぞ。やってみるか……」


 ワタルは、再び杖で空中に漢字を書く。


「爆発反撃結界」


 そして、これを矢にセットする。


「これならシルコにも出来るんじゃないかな。魔力の存在は感じるんだろ?」


 ワタルはシルコにもやらせるつもりだ。


「魔力を込めるだけなら出来るかも!」


 シルコもやる気である。

 シルコは魔法陣のセットされた矢で弓を構える。

 そして、矢に魔力を注ぐ。


 ポワン


 矢の先に透明な結界の玉が出来上がった。


「いいぞ、シルコ。やれ!」


 バシュッ


 シルコの放った矢は、先ほどの森とは違う場所の大岩を狙っていた。


 シュゥゥゥ……カン


 正確な軌跡を作りながら飛ぶシルコの矢は、大岩の中央に命中する。

 そしてその瞬間、


 ドッカーン


 矢が命中した場所が爆発し、2メートルはあろうかという大岩が粉々に砕け散った。

 岩のあった場所には粉塵が舞って、小石がパラパラと辺りに降り注ぐ。

 とんでもない威力である。


「やったぁ。私の魔法、私に魔法が……」


 シルコはワタルに抱きついた。

 自分だけ魔法が使えないことについては、これまでも思う所があったのだろう。

 シルコは泣いているようである。


 シルコは喜んでいるが、これはシルコの魔法ではない。

 発動したのはワタルの結界魔法で、シルコは魔力の注入をしただけである。

 それでも、それを指摘して水を差すほどワタルも馬鹿ではなかった。


「よしよし、シルコの矢に結界を仕込んでおくからな。これでシルコも魔法の矢が射てるな」


「ふぇぇん、ワタルぅ」


 ワタルがシルコの頭を撫でて、シルコがワタルに甘えている。

 このパーティーでは珍しい構図である。


 そんな2人のやり取りを横目に見ながら、ルレインは、シルコの放った矢の威力のショックから立ち直れずにいた。

 とてもじゃないが、弓矢の威力ではない。


 ランドでも射手の中には、魔法の矢を使う者もいる。

 しかし、その矢は、武器職人と魔法使いが協力して魔力を込めて、時間をかけて作ったものだ。

 非常に高価で、普通の冒険者には使えない。

 しかも、矢の刺さった場所が燃えたりする程度で、火矢とそれほど変わらないのだ。


 ワタルのように、その場で簡単に、思いついた魔法を込めるなんて聞いたこともない。

 それにあの威力である。

 射手だけで、集団戦闘の戦局をひっくり返すほどの能力だ。


 冒険者試験の時にこれを使われていたら、試験官に死人が出ただろう。

 このパーティーは、これまでの冒険者の常識を覆して行くかも知れない、とルレインは思うのであった。


「なんかもう、訓練って感じでもなくなったわね。宿に帰りましょうか」


 ルレインは疲れてしまったようだ。


「え、まだ時間があるんじゃないですか?」


 エスエスはまだやる気だ。


「シルコ、やりましょう。性能の上がった矢に慣れておかないと」


「そうね。魔法の矢も使えるようになったし、練習しておこうか」


 シルコとエスエスは、いつもの矢を射ち合う練習を始めた。


 ラナリアも


「アタシもバージョンアップした杖の、魔法の加減を確かめたかったのよね。ワタル、魔法無効の結界を張ってくれる?」


 と、ワタルに結界を頼んでいる。

 いくら草原だとはいっても、ラナリアの魔法は強力過ぎるので、結界にぶつけてみるつもりらしい。


「オッケー。ちょっと大き目にしておくぞ。あの木から……あの岩の間に張るからな」


 ワタルは、10メートルくらいの幅で、高さが3メートルくらいの壁状の結界を張った。

【エルフの杖】のお陰で空中に書けるようになった文字は、空中に固定しておくことも出来るのだ。

 この壁の結界は、上下左右に


「魔法無効化結界」


 の魔法陣をセットして発動する。

 ワタルの思惑通り、魔法を無効化する透明な壁が出来た。


「おおい、いいぞー、最初は軽くなー」


 30メートルくらい離れた結界の反対側で、ワタルがラナリアに手を振っている。


「ふっ、軽くねぇ」


 ラナリアは、ちょっと笑うと魔法を発動する。

 ラナリアが杖を持って手を広げると、彼女の頭上に10個の火球が出現する。


 確かに、発動までの時間はかなり短縮されているようである。

 それに、一つ一つの火球の大きさが、今までの2倍くらいある。


「ちょっと!軽くって言われたんじゃないの?!」


 ルレインが思わず叫ぶ。

 ラナリアは冒険者試験の時に、ロザリィの冒険者ギルドで一番の結界魔法の使い手の結界を吹っ飛ばしたのだ。

 あの時の魔法よりも、火球が大きくなっているのだから、ルレインが慌てるのも無理はない。


「ファイアボール」


 ラナリアは、ルレインには構わず火球を打ち出す。


 ゴーッゴーッゴーッ


 次々とワタルに向かって飛んで行く10個の火球。

 空気を焼き、辺りに熱風を巻き起こしながら飛んで行き、ワタルの結界に衝突した瞬間


 フッ


 と、その姿を消した。

 続いて衝突する火球も、次々と消えてゆく。

 10個の火球が消えた後は、何事も無かったかのように草原に風が吹いている。


 ついさっきの地獄絵図が嘘のようである。


「ね、大丈夫でしょ。ワタルの結界は魔法を無効化するから、火力の大きさは関係ないのよ」


 ラナリアがルレインに説明する。

 ルレインは、信じられない、といった様子でワタルの方を見る。


 ワタルは、四つん這いになって頭を抱えていた。

 防御姿勢である。

 あれだけの炎に襲われたら、防御姿勢は関係無いと思われるが、彼の気持ちの問題だろう。


「ふふ、彼は大丈夫じゃないみたいよ」


 ルレインは笑ってしまった。

 ラナリアも


「ちょっと、ワタル!何やってんのよ!全くヘタレでどうしようもないわね」


 と、いいながら笑顔を浮かべている。


 その後、ラナリアは、水魔法、氷魔法、土魔法などをぶっ放し、感触を確かめていた。


 そして、満足した一行は宿へと帰るのであった。


「わたし、驚いてただけで何も訓練してないじゃない」


 ルレインの独り言が聞こえた者は誰もいなかった。

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