第34話 ラナリアの吸精魔法

 ワタル達、チームハナビがグリーンボアを狩りに森の奥に行っている間、連れてきた馬たちは、ワタルの張った結界の中で安全が確保されている。

 ワタルの張る結界は、日本の漢字を魔法陣にしたもので、まず破られる心配のない強力なものだ。

 だから、馬や荷車の心配はしていなかったのだが……


 ワタル達がグリーンボアの討伐を終えて馬のところへ戻ってみると、3人の冒険者風の男達が、ワタルの結界にメチャクチャ攻撃していたのだ。


「おらぁ」


「うりゃぁぁ」


「何だこれ、ビクともしないぞ」


 大騒ぎである。

 剣を振り回すように結界にぶつけていたり、助走をつけて槍で突いたりしている。

 休ませている馬たちも落ち着かない様子である。


 唖然とするワタル達。

 ここらあたりの冒険者はこんな奴らばっかりなのか?

 ギルドマスター、ガナイの苦虫を噛み潰したような顔が頭に浮かぶワタル。

 こんな奴らの面倒をみなくてはいけないギルマスに少し同情してしまう。


「おい、お前ら、うちの馬に何の用だ」


 ワタルが声をかける。

 その声に驚いて、反射的に逃げようとした男達だったが、ワタル達を見て表情が変わる。

 気配を察知して、ワタル達が弱い、と踏んだのだろう。

 何やらニヤニヤし始めた。


 自分達の攻撃でビクともしないような結界を張った者が、自分達よりも弱い訳がない。

 何らかのアイテムを使ったと思ったにしても、警戒はするべきである。

 だが、そこまで知恵が回らないのだろう。

 頭の悪い、弱いものイジメが好きなクズ決定である。


「俺たちは、お前らの馬を見張ってやってたんだよ。見張り料を貰わないといけねぇな」


 こいつら何か言い出したぞ。

 言いがかりも甚だしい。


「幾ら何でもお前らなぁ」


 ワタルは呆れてしまう。


「はぁぁ、こいつらをかまってやる気にもなれないわ」


 ラナリアは盛大にため息を吐く。

 そして、何か思い付いたのか


「私に任せて」


 と言うと、懐から1本の杖を出す。

 普段ラナリアが使っている杖ではない。

 それを見た男達の1人が、慌てて喋り出す。


「おい、俺達に逆らうとためにならないぞ。俺はあのハマルさんの知り合いだぞ」


 ハマルって誰だっけ?

 と思ったラナリアだったが、洞窟で襲ってきたニヤけ男の名前だったと思い出す。

 ロザリィではそれなりに有名人、という話だった。


「ああ、あのクズの知り合いだからクズなのね。あのニヤけ男と知り合いなら、ジャレイトとかいう気持ち悪い魔法使いも知り合いかしら?」


 驚く男達。

 ハマルより格上のジャレイトの事も知っているのだろう。

 既に死んでいることは知らないようだが……


 そんな男達の返答を待たずに、ラナリアは詠唱を始める。


「我の名に於いて世の理に命ず、吸魔吸精の如き所業の成せるその……」


 ラナリアが詠唱している間、男達はヒソヒソと


「おい、ヤバイんじゃないか」


「ビビんなよ、ハッタリだろう」


「ジャレイトって言ってたぞ」


 などと相談していたが、何か対策を講じる訳ではなかった。

 クズである。

 咄嗟の判断力が無いのは、冒険者として致命的である。

 もっとも、ラナリアに襲いかかるようなら他のメンバーが黙ってないのだが……


 ラナリアの詠唱が完成する。

 彼女の持つ杖の先には、黒い霧のようなものが渦を巻いているように見える。


「ドレイン」


 ラナリアが呟くと、杖の先から黒い霧が太い紐状になって、クズ冒険者の方へ流れて行き、彼らにまとわり付く。


「うわっ、わっ」


 男達は慌てて黒い霧を払おうとするが、実体のない霧を払うことが出来ない。

 そして、まとわり付いた黒い霧の周りが、わずかに発光すると同時に少し膨らんだように見えた。


 すると、黒い霧は音も無く、高速でラナリアの持つ杖に吸収される。

 そしてラナリアの身体の輪郭がわずかに発光した。


 霧が去った後の3人の冒険者は、虚ろな目をしている。

 口は半開きで涎を垂らしている者もいる。


「ぁ……っ……」


 声無き声を発しながら、男達はバタバタと倒れる。

 少し震えている。

 かなりの体力を奪われているらしく、まともに動けないようだ。

 よく見ると、皮膚もカサカサになっているように見える。


 死んではいないようだが、当分の間は動けないだろう。


「随分とエゲツない魔法ね」


 ラナリアが口を開く。

 エスエスも同調する。


「寒気がしますね。これ、ジャレイトの杖を使ったんですよね」


 それを聞いたラナリアは


「そうよ」


 と言って、皆に振り向く。


「おおっ!」


 体ごと振り向いたラナリアを見て、ワタルが思わず声をあげた。


 ラナリアが若返っているのだ。

 肌がツヤツヤとして張りがある。

 ピチピチである。

 上気した顔色は、ほのかにピンク色で健康そのものである。


 ボサボサ気味だった赤い髪も、透明感を増し、光が当たったその髪はルビーのように輝いて、風に流れている。


 そして、身体中に生気が漲っているのが服の上からでも分かる。

 身体が一回り大きくなったように見えるのだ。

 更に目を惹くのは、大きな胸である。

 ワタルの大好きなオッパイが、服のボタンを弾けさせる勢いで前に迫り出して主張している。

 明らかに、シルコを超える巨乳に成長している。


 もともと目鼻立ちの整ったラナリアだけに、その姿は妖艶な美女そのものであった。


「ラナ、綺麗……」


 シルコが呟く。


「これがラナリアの真の姿なんですね」


 エスエスも珍しくラナリアに見惚れている。

 それだけ、ラナリアの変貌ぶりは驚異的だった。

 これにワタルが耐えられる訳がない。


「ラァナリアァァァ!何だその姿はぁぁぁっ!」


 ワタルは、今まで見せたことのないような凄いスピードで、シュッ、シュッ、と高速移動してラナリアの背後に回ると、そのまま後ろからラナリアの両方の胸を鷲掴みにする。


「おおっ。完璧な巨乳だぁぁ」


 ワタルは声を上げる。

 当然ラナリアは、きゃぁぁぁっ、と悲鳴をあげる……と思われたのだが、ラナリアの漏らした声は


「あっ、あぁぁぁん」


 という、何とも色っぽい喘ぎ声だった。

 予想を裏切られ、思わずたじろぐワタル。

 受け入れられてしまうと逆にビビる、という実にワタルらしいヘタレっぷりである。


 後ずさったワタルの顎を、飛び込んできたシルコのネコパンチが正確に捉える。


「こぅぉりゃぁぁぁっ」


 シルコの気合の掛け声とともに、スローモーションで空中を飛ぶワタル。

 手の形が、ラナリアの胸を揉んだ時の形のままなのが気持ち悪い。

 ワタルを殴りあげた体勢のまま、肩で息をするシルコ。


「さあ、帰えろっか」


 赤い髪をキラキラさせながら、普通にシルコに告げるラナリア。


「ちょっと吸い取り過ぎちゃったみたい……」


 舌を出すラナリア。

 てへっ、という仕草である。

 その向こうで倒れて、干からびかけている男達が哀れである。


「魔力が有り余っちゃってるから、グリーンボアはアタシが運ぶわ」


 そう言うと、辺りに風が吹き始め、高密度の空気がグリーンボアを持ち上げる。


「ほら、ワタル。結界を解除して」


 ワタルが結界を解くと、グリーンボアはスゥーッと空中を移動して、フワッと荷台に乗る。


「さあ、行くわよ」


 ラナリアは皆を促して、その場を後にする。

 ラナリアは風魔法を使い続けているのだろう、馬たちに引かれた荷台がちょっとフワフワしている。

 引いている馬たちも楽そうである。


 ラナリアに生気を吸い取られ、その場に放置された冒険者達は死んではいない。

 しかし、自力ではしばらく動けないだろう。


「自業自得ですからね。あとはあなた達の運次第です」


 エスエスは、立ち去り際に倒れている冒険者達の口の中に、ポケットに残っていたジャクの実を放り込みながら告げていたのだった。


 さて、帰り道の馬脚は想像以上に速い。

 風魔法で、ラナリアが荷台を持ち上げているからだ。

 これには、かなりの魔力を使うらしく、ラナリアの雰囲気もようやく落ち着いてきた。

 ロザリィの街が近づく頃には、若く綺麗なラナリアのままではあるものの、先ほどのように、魔力がはち切れんばかりに溢れ出しているようなことはない。


 ホッとしているのは、実はラナリア自身である。

 ドレインの魔法が成功した時、身体に漲るあまりの魔力におかしくなりそうだったのである。


 身体に取り込んだ魔力が、自分の細胞の一つ一つに力を与えているのが分かった。

 髪の毛の先や爪の先までエネルギーが行き渡っている。

 身体の中心が熱くなり始め、特に下腹部の熱量が強く、身体がムズムズして我慢が出来なくなりそうだった。

 身体中の体毛が総毛立っているのが分かった。

 身体が疼く……


 ワタルやエスエスに襲いかかってしまいたくなった。

 この際、シルコでもいいか、などと思っている自分が怖かった。


 頭ではダメだと分かっているのに身体の疼きに耐えられない、と思った時に、急に後ろからオッパイを揉まれた。

 ワタルである。

 キャァァ、と心で思っているのに、あまりの気持ち良さに口から出た声は


「あぁぁん」


 という喘ぎ声だった。

 恥ずかしくて死ぬかと思ったが、これで少し冷静になれた。

 ワタルに掴まれたオッパイの先から、余計な魔力が抜けていく感じがしたのだ。


 ワタルはシルコにぶっ飛ばされていたが、ラナリアはワタルのスケベに感謝していたのである。


 ラナリアは考える。

 ドレインは、使い所を考えないとヤバいわね。

 アタシの身体がもたないわ。

 毎回、こんな痴女みたいになってたら大変なことになるわよ。

 ジャレイトはどうしてたのかしら。

 一個師団相手にこんな魔法を使ったら、自分自身がコントロール出来なくなるでしょうに。

 だからあいつは、評判が悪かったのね。

 性犯罪でもやらかしてたんだわ、きっと。

 アタシも気を付けないと……


 ラナリアは密かに考えを巡らしていたが、実はこの「吸精の杖」には、まだ秘密があった。

 相手から吸い取った魔力を杖にキープできるのである。

 キープした魔力を、任意に自分で吸収することも出来るのだ。

 言ってみれば、魔力タンクみたいな機能である。


 この杖の機能のおかげで、ジャレイトは高出力の魔法を連発することが出来たのだ。

 実力はAランク、と言われていたのはそのためである。

 ちなみに、ジャレイトの評判が悪かったのは、彼の性格が悪かったからで、杖のせいではない。


 ラナリアはそこを勘違いしている。

 ラナリアがこの杖の秘密に気が付くのは、もう少し後のことになる。


 さて、チームハナビは無事にロザリィに帰還し、まっすぐ冒険者ギルドへと向かった。

 グリーンボアは、大き過ぎるので受付けではなく、裏の解体場に直接持っていった。

 肉や毛皮の解体はここで行い、討伐の証明となる牙だけを持って、受付けで討伐報酬を貰うのだ。


 今回のグリーンボアの討伐報酬は銀貨2枚と激安だが、肉や毛皮、特に肉の売却益が大きい。

 3メートル近い、大型のグリーンボアである。

 田舎の村なら、これ一頭で村中が一冬過ごせてしまうほどの大物だ。


 肉と内臓、毛皮で金貨1枚の収入になった。

 この時期、グリーンボアが少なくて高値になっていたのと、肉や毛皮の状態がとても良かった為だ。

 シルコが苦労して一刺しで仕留めた甲斐があったというものだ。

 そして、その後のエスエスの血抜きの処理も完璧だそうだ。

 こうした処理の仕方で、買取値段は随分と変わるそうである。


 皆に褒められたシルコは、シッポをブンブン振って喜んでいる。


 エスエスもラナリアに抱き締められている。

 胸の谷間に、顔が完全に埋まってしまっている。


 ワタルが羨ましそうにエスエスを見ているぞ。


 お前はさっき揉んだばかりだろうが。



 さて、今日も色々あって疲れている。

 常宿の「夕暮れ荘」に帰って、親父にお土産を渡す。

 解体場の職員の人に頼んで、グリーンボアの肉の塊を分けてもらっていたのだ。


 感激した親父はワタルを抱き締めてるぞ。


 良かったな、ワタル。


 肉が余程有難かったのだろう、荷車のレンタル料もその日の食事代も無料にしてくれた。


 運び方さえ工夫出来れば、グリーンボア討伐も悪くない、と思うワタル達であった。

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