第33話 グリーンボア討伐

 夕暮れ前のひと時でも、ロザリィの街中では慌ただしく行き交う人々が多く見られる。

 それは、この街がノク領の中でも大きな街だからである。

 この世界では、田舎の町や村ならほとんどの者が日の入りと共に眠りに就く。

 夕暮れ時は、夕食を済ませて家で休んでいる時間である。


 それに対して大きな街では、街の明かりもあるし、発光する魔法道具を持っている者も多い。

 自然と遅い時間まで活動している者が多くなるのである。


 しかし、それも貴族街や街の表通りに限られたことである。

 ここロザリィにおいても、貧民街や裏通りは夜が早い。

 貧富の差が激しいことが、こういったところにも現れているのである。


 ワタル達、チームハナビの面々は、常宿の「夕暮れ荘」の食堂でお祝いをしていた。

 この宿は名前こそ寂れているものの、人気のある宿屋で賑わっている。

 表通りの近くにあり、明かりもあるので夜が遅いのだ。


 ワタル達もチルシュの貧民街で暮らしていたことを考えると、少しは成り上がったと言っても良いだろう。

 以前と比べると、確かにお金はいっぱい持っている。

 当分の間は生活には困らないはずだ。


 しかし、これは冒険者としての真っ当な仕事で得た金とは言い難い。

 難癖をつけてきた冒険者や、貴族、盗賊などから奪った金だからだ。

 ワタル達にしてみれば、降りかかる火の粉を払っただけなのだが、後味が良いとは言えないだろう。


 そういう意味では、今回のファングウルフ討伐は、記念すべき冒険者としての初収入であると同時に、真っ当な稼ぎだと言えるのだ。


 ワタル達は素直に喜んでいた。

 夕暮れ荘の食堂で乾杯、と言っても酒を飲むメンバーがいないのでジュースで乾杯している。

 ランドでは、果汁を絞ったジュースは高級品だ。

 お祝いなので奮発したのである。


 宿屋の親父も話を聞いて、大皿料理を一皿サービスしてくれた。


「兄ちゃん達が、優秀な冒険者だとは知らなかったなぁ」


 親父は何故か酔っ払っている。


「とても強そうには見えねぇもんなぁ」


 しみじみとハナビのメンバーを見回して、親父が言う。


「まだ、初仕事を終えただけですから、優秀じゃないですよ」


 エスエスが答える。


「いや、そんな事ねぇぞ。ファングウルフ5匹だろ。普通は1日では狩れねえ数だ。大したもんだ」


 親父は感心しているようだ。


「いや、まとまって5匹いたのよ。運が良かったわ」


 シルコが親父に説明する。

 すると親父は


「何だと!だったらなおのこと大変じゃねぇか。ベテラン冒険者でも返り討ちにあうぞ」


 と、ますます驚いている。

 冒険者御用達の宿屋の主人が言うのだからそうなのだろう。


 やはり、チームハナビは規格外パーティーのようである。



 さて、次の日の朝、ワタル達は宿屋の裏の厩で親父と話をしている。

 昨夜の夕食の時に、親父から荷車を借りられると聞いたからだ。

 荷車を馬に引かせれば、かなりの荷物が運べる。

 魔物の肉を運べれば、受けられるクエストの幅が広がるのだ。


「馬と荷車を盗まれないように気を付けろよ。パーティーを分けるか、見張りを雇うかするしかねぇぞ」


 宿屋の親父がアドバイスをくれた。


「大丈夫よ。奥の手があるのよ」


 ラナリアは親父にウインクして見せた。

 ラナリアの言う奥の手とは結界である。

 馬を森の木に繋いで、その周りに強力な結界を張れば良いのだ。

 ワタルの漢字の結界なら、まず破られることは無いだろう。


 未知の結界を破れるような実力者が現れれば、見張りがいても同じである。

 どうせやられてしまうだろう。

 まあ、そんな実力者が馬泥棒をするとも思えないのだが……


 さて、荷車を借りることにしたチームハナビは、冒険者ギルドでクエストを受けた。

 昨日と同じように混雑時を避けたので、それ程良い依頼は残っていなかったが、おあつらえ向きのクエストがあった。


 グリーンボア討伐 1頭につき銀貨2枚


 グリーンボアはランクDの魔物である。

 大きな緑色のイノシシのような魔物で、性格は獰猛、突進してきて体当たり攻撃をする。

 体長は2メートルから3メートルに達するものもいる。


 深淵の森に入れば、よく見かける魔物だが、討伐報酬が安いので人気が無いのだ。

 しかし、街に持って来ればそれなりに金になる。

 肉や内臓が売れるからだ。

 グリーンボアの肉は、上質の豚肉のような味で人気があるので高値で取引される。

 内臓も臭みが少なく食べられる。

 毛皮や皮も加工品に使われるので、捨てるところがないのだ。


 ところが、グリーンボアは大きくて重いのだ。

 運搬手段がないと運べない。

 下顎から上に突き出ている牙を一対、冒険者ギルドに持っていけば討伐報酬は貰えるが、それだけでは大した収入にならない。

 だから人気が無いのである。


 でも、荷車を借りることになったチームハナビには丁度良い依頼である。

 馬2頭の力があれば、グリーンボアも運べるだろう。


 チームハナビは、2頭の馬に荷車を付けて、深淵の森へと向かったのである。


 ロザリィの街から少し離れた、深淵の森沿いの街道で、エスエスが声をあげる。


「この奥あたりが怪しいです」


 エスエスは、街中では見られないような鋭い視線を森の中に向けている。

 他のメンバーが索敵出来る範囲にそれらしい気配は無いのだが、これはエスエスの狩人としての勘なのだろう。

 皆、エスエスに従うことにする。


 馬を街道から見えないところに連れて行き、木に繋いでから、ワタルが結界を張る。


「気配遮断完全防御結界」


 ワタルが荷車に漢字を書いて魔力を流すと、そこを中心に丸いドームのような、透明な結界が出来上がった。

 成功である。


「不思議な感じがするわね。馬たちがいるのは見えるのに、気配がしないから存在感が無いわ」


 ラナリアが感想を述べる。

 ワタルは試しに、結界に石を投げつけてみるが、


 ポワン


 石が結界に当たると、石の勢いは消されて、その場にコロンと落っこちた。


「大丈夫そうだな」


 ワタルが満足そうに言う。


「どこまで耐えられるのか、魔法を撃ってみたくなるわね」


 ラナリアが恐ろしいことを言う。

 手には風を集め始めている。


「どっちが勝ってもチームにとってはダメージだろうが、バカだなぁ」


「っ!」


 ワタルにまともに返され絶句するラナリア。

 魔法の事となると、ラナリアもクールではいられないことがある。

 普段はだらしないワタルに言われるとショックが大きいようだ。


「今度変なこと言ったらオッパイ揉み揉みの刑だからな」


 ワタルは両手のひらをラナリアに向けて、空中で揉むように指を動かして見せる。

 ラナリアは胸を抑えて下を向いてしまった。

 顔が赤い。


「はぁ、台無しね、ワタル」


 シルコがため息を吐く。

 白々とした空気が流れる中、


「さ、行きましょう」


 エスエスが先を促す。

 エスエスの勘は、割と近くに獲物がいると叫んでいるようだ。


 馬たちを結界の中に残して、ワタル達は森の奥に進む。

 エスエスは、まるで分かっているかのようにドンドン進んで行く。


 しばらく進むと


「いました」


 エスエスが皆を制止して小声で告げる。

 50メートル位先の緑の木々の中で、濃い緑色の何かが動いている。

 体長は2メートル以上はありそうだ。


 足元の枯葉や小枝の中に鼻先を突っ込んで、何やらフガフガやっている。

 木の実でも探しているのだろうか。


 シルコの話によると、グリーンボアは草食性で、他の動物の肉などはほとんど食べないらしい。

 だから肉に臭みが無く人気があるのかもしれない。


 しかし、外敵に対しては獰猛で、脇目も振らずに体当たりして来る。

 村の近くに出没すると、畑を荒らされたり、怪我人や死人も出るので討伐依頼が出される。

 こうした時の討伐依頼は報酬が高いのだが、平時の討伐依頼は、危険な割に報酬が安いので人気が無いのだ。


 さて、グリーンボアの討伐だが、1匹だけだし今日は結界を使わないで仕留めてみよう、ということになった。


 先ずはエスエスが弓矢を射つ。


 シュォォォ


 エスエスの射った矢は、正確にグリーンボアの片目に突き刺さった。


 ブキャァァァ


 グリーンボアは悲鳴をあげて、頭を大きく振って矢を目から外した。

 そして、残った目でワタル達を捉える。


 キィャァァァ


 グリーンボアは奇声をあげ、その巨体に似合わぬ凄いスピードでワタル達に向かって突進してくる。

 エスエスの第二射は、グリーンボアの額に刺さるが、硬い頭蓋骨を砕くには至らない。

 ワタルとラナリア、エスエスは、グリーンボアの突進の直撃を避けて木の陰に隠れる。

 シルコだけが剣を構えて、グリーンボアの正面に立っている。


 迫るグリーンボアが、シルコのいる場所に達する直前にシルコはジャンプ。

 そのまま脚を広げて、跳び箱のようにグリーンボアの頭を飛び越しながら、グリーンボアの首の後ろに剣を突き刺した。

 シルコの剣は、グリーンボアの首の関節の隙間に入り込み深く刺さっていく。


 ギイャァァ


 グリーンボアは、断末魔の悲鳴をあげて地面に突っ込み、そこにあった枯れ葉や土埃を巻き上げて絶命した。

 シルコは剣を手放さず、グリーンボアと一緒に盛大に地面に突っ込むことになった。


「ふぇぇぇ」


 土埃だらけ、枯れ葉まみれで立ち上がるシルコ。

 どうやら大きな怪我は無いようだ。


 ラナリアに風魔法で埃を払って貰い、軽い回復魔法もかけて貰っている。

 ついでに頭を撫でられて、褒められている。


 倒し方としては合理的で良い方法だったが、突進してくる巨大なグリーンボアを前にして開き直る度胸が必要な狩り方である。

 シルコの成長が伺える。


 倒したグリーンボアを見ると、体長が3メートル近くあるようだ。

 結構な大物である。

 これを馬のいる所まで運ぶのは一苦労だ。


「血抜きをしましょう」


 エスエスが告げる。

 せっかくの獲物を腐らせないようにする為と、少しでも軽くする為だ。

 早く血抜きをした肉の方が美味しくなると言われている。

 買い取り価格にも影響するかも知れない。


 大きな木の太い枝にロープを掛けて、グリーンボアを逆さ吊りにする。

 首の所の大きな動脈を切って血を流させて、血抜きをするのだ。

 エスエスの森の知恵とシルコの知識が役に立つ。


 血の臭いに誘われて、ゴブリンなどの魔物が寄ってくるかも知れないので、ワタルとラナリアは見張りである。


 血抜きが終わり、グリーンボアを運ぶ。

 ワタルとシルコ、エスエスで引きずったり、持ち上げたりしながら運んでいく。

 戦いよりも運ぶ方が大変である。

 多少、毛皮が傷付くのは仕方が無い。


 それでも何とか運べたのは、割と距離が近かったことと、ラナリアの魔法のお陰である。


「ラナリア、魔法で軽くできないのかよ」


 ワタルが愚痴半分で言った言葉に、ラナリアがマジになった。


「見てなさいよ!」


 ムキになったラナリアは、グリーンボアの下側に風のクッションを入れた。

 高密度の空気の壁である。

 これで、グリーンボアは劇的に軽くなった。


 ただ、この魔法は、高等火魔法数十発分の魔力を使うようだ。

 空気を動かすだけ、と言っても圧縮空気を広い範囲に展開するのは大変なのである。

 常時展開するという訳にはいかなかった。

 地面の状態が悪く運びにくいところで、ラナリアは魔法を使った。

 ラナリアもグリーンボアを運んでいるのと同じくらい疲れることになった。


 この世界の魔法には、重力魔法という属性があるらしい。

 体重を軽くして空を飛んだり出来るはずなのだ。

 それが使えれば、こんな苦労はしなくて良いのだ。

 しかし、この魔法もシルコによると伝説の部類に入るらしい。

 実際には、見たことも聞いたこともないそうである。


 でも、ラナリアの目指している大魔法使いは、空を飛んでいたらしい。

 ラナリアは諦めていないのだ。

 だから、こんな風魔法をすぐに使えたのだ。

 以前に、空を飛ぼうとしたことがあるに違いない。


 さて、苦労はしたものの、何とか馬のいる所までグリーンボアを運んだところで、一同を絶句させる光景が広がっていた。


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