第29話 不良冒険者撃退

 ワタルが新しく得た結界魔法の能力は、日本語表記を使う、というワタルのオリジナルの魔法で、大変な威力のある魔法だった。

 ラナリアの暴走で、ちゃんと検証できたのかどうか怪しくなってしまったが、チームハナビの戦力がまた上がった事は間違いない。


 夕食のときは、本当ならワタルの結界魔法についての楽しい話になるはずだったのだろうに、ほとんどの時間がラナリアに対するシルコのお説教タイムになってしまった。

 ワタルとエスエスも神妙にしている。

 自分達が怒られている訳ではないのだが、なぜかラナリアよりも怒られてる感が強い。


 女性が怒っているときは、男性は静かに時の流れを待つ方が良いのは異世界も変わらないようだ。



 さて、次の日。

 チームハナビは、冒険者ギルドに向かっていた。

 冒険者パーティーとしての初クエストに挑むためである。


 チームハナビは、ランクDパーティーに認定されている。

 ワタル達もそれぞれランクD冒険者になった。


 ランクDは、一応一人前の冒険者としての地位ではある。

 しかし、皆に冒険者として認められるのはランクCからである。

 ランクBは一流、ランクAは超一流である。


 この冒険者のランクは、クエストをこなした数やギルドへの貢献度などで、ギルドが認める事で上がっていく。

 当然、ランクが高いほど上がりにくくなり人数も少なくなる。


 そして、ランクDからCに上がるのに、早い者でも1年以上はかかる。

 ずっとランクDから上がれない者も珍しくない。


 でも、ワタル達はもっと早くランクを上げたいのだ。

 早くトルキンザ王国へ行って、シルコの奴隷紋をなんとかしたいからである。

 国交の無いトルキンザに渡るには、どうしても信用のある高ランクの冒険者の地位が必要なのである。


 焦ってクエストをこなしても、すぐに何とかなる訳ではないのだが、それでもジッとしているよりは、少しでもクエストをこなしておこうとしているのだ。

 モンスターの討伐クエストなどを受けて戦い慣れておきたい、という腹積りもある。

 トルキンザに行くためにも、自分達の身を守るためにも、戦闘力があって困ることはない。


 冒険者ギルドに着いたワタル達は、依頼書やクエストが貼ってある巨大な掲示板へ向かった。

 朝の混雑が終わった時間なので、冒険者ギルドのホールは人が少なくなっている。


 朝のピークの時間は、少しでも割の良い仕事を手に入れようとする冒険者達でごった返している。

 依頼書の取り合いでトラブルも多い。

 ワタル達はそれが嫌だったので、わざと少し遅い時間にやって来たのだ。


 ワタル達は、見た目にも、纏っている気配も弱そうなので絡まれやすいのだ。

 なぜか意地の悪いイジメっ子キャラを引きつけてしまう。

 返り討ちにする力はあるのだが、出来ればそれもしたくないのだ。

 面倒だし意味もない。

 かかる火の粉は払うが、なるべくトラブルには近付かない、というのが基本的なスタンスである。


 さて、掲示板を見上げるワタル達だが、依頼書はまだ結構残っている。

 残っているということは何か理由があるわけで、報酬が低いか、危険度が高すぎるか、あまりに長期間の依頼なのか、理由はそれぞれである。

 当日依頼されたクエストが中途半端な時間に張り出される事もあるが、そんなラッキーことは滅多にない。


 一応、ワタルも掲示板を見てはいるものの、字が読めないので意味はない。

 ボンヤリと眺めているだけである。


「やっぱり、割のいいクエストはないわね。はぁ、下手すると赤字が出そうなのまであるわね」


 ラナリアがため息まじりに告げる。


 ランクAやランクBを対象にした、高ランクのモンスターの討伐依頼は幾つか残っている。

 ハイリスクハイリターンのクエストだ。

 モンスターの生息地に行くだけでも大変で、成功率も低いので受けることのできる冒険者は少ない。


 それから、薬草や木の実の採取などの、駆け出し冒険者用のクエストもある。

 これは、ロザリィの街の近くの森でも済むクエストで、手軽だが報酬は安い。

 駆け出し冒険者用のクエストをこなすだけで、街中の宿屋で暮らす収入は得られない。

 冒険者にはなっていなかったが、チルシュの貧民街で暮らしていたラナリアとシルコが収入を得ていた方法と同じである。

 冒険者になって、わざわざこのクエストを受ける事もないだろう。


 チームハナビが、ちょっと背伸びをして受けたいような手頃なクエストは、人気が高いのかも知れない。

 その位のランクの冒険者の数も多いのだ。


「やっぱり手頃なクエストは残ってないわね。ちょっと手応えはないけど、ゴブリン討伐でもやるしかないわね」


 そう言ってラナリアが、ゴブリン討伐の依頼書を手に取った時に、ギルドの職員が掲示板のところに歩み寄って来た。

 手には、新しい依頼書らしきものを持っている。


 掲示板の前には、ワタル達以外の冒険者の姿はないが、ホール脇の休憩スペースの辺りからは視線を感じる。

 ちょっと嫌な視線だとワタルは思っていた。


 その職員は、ワタル達の前で新しい依頼書をボードに貼り付けた。



 ファングウルフの討伐

 討伐報酬 1頭につき銀貨5枚

 素材買取代金は別途支払い


 本日限定、ファングウルフの素材が急に必要になりました。よろしくお願い致します。

 ダルソン商会



 シルコが解説する。


「ファングウルフは、牙が異常に発達しているのが特徴の狼のような魔物よ。結構強い魔物だと思うけど……」


 エスエスも付け加える。


「ボクも森にいたときは逃げの一手でした。とても敵わない魔物でした。でも、今のボク達なら倒せると思います」


 迷っている様子のワタル達を見て、依頼書を貼りに来たギルド職員が口を開く。


「ファングウルフは、ランクD相当の魔物です。個体によってばらつきがありますが、パーティーで挑めばそれほど危険ではないと思います。あ、でも、不測の事態もありますから、私の意見は参考までに……」


「分かってるわよ。自己責任でしょ」


 ラナリアはそう言うと、ファングウルフの依頼書をピッと取った。


「手続きをお願いするわ」


 ラナリアはギルド職員に告げる。


「臨時のクエストなんで報酬も良いし、お勧めですよ。参考意見ですけどね」


 職員はニッコリとしてラナリアに告げた。

 と、その時


「ちょっと待てや!」


 休憩スペースの方から近づいてくるガラの悪い声が聞こえた。


 正直、またか……


 という印象である。

 本当に絡まれやすいメンバーである。


 近付いて来るのは男4人。

 多分パーティーなんだろう。


「そのクエストは俺たちが先に目を付けてたんだよ。横取りはよくねぇな」


 完全な難くせである。


「お前ら、ゴブリン討伐の依頼書を取ってただろうが。お前らみたいなのはゴブリンと遊んでりゃいいんだよ」


 ラナリアは男達を無視して職員に告げる。


「じゃあ、お願いします」


 ラナリアは職員を促して、カウンターに向おうとして歩き出す。


「待て、って言ってるだろうが!」


 男の1人がラナリアの前に立ち塞がろうと前に出た時、男の前に音も無くシルコが滑り込む。

 既に剣が抜かれていて、男の顎の真下に、その切っ先が当てられている。

 男の顎の下から、一筋の血液が剣に沿って流れ落ちる。


「なっ……」


 気配を消していたシルコが突然、殺気をはらんで目の前に現れたことで、男は虚を突かれて対応が出来ない。


「死にたいの?」


 シルコの押し殺した声に、男は返事も出来ない。


「なんだてめぇは」


 後ろにいた男の1人が、シルコに向おうとするが


 ビィィィィン


 その男のつま先が矢によって貫かれ、床に縫い付けられる。

 足の指先を潰されながら、足が前に出なくなった男は、派手に転んで叫ぶ。


「うおぉぉ、痛てぇ」


 足を掴んで転がっている。

 少し離れたボードの前に、エスエスが既に次の矢を構えている。


「次は急所にいきますよ」


 エスエスは静かに告げる。


「てめえらぁぁぁ!」


 残った男2人が、エスエスとシルコの方へ駆け出しながら剣を抜く……

 と思ったが、その腰に剣は提がっていなかった。

 当然、ワタルのステルスである。


「え?」


 1人は立ち止まり、腰の周りをアタフタと剣を探してまさぐっている。

 懐も探ってみるが、ご丁寧に懐に入れた短剣も無くなっていた。

 呆然とする男。


 もう1人の男は、もう少し根性が据わっているのか、格闘術にも自信があるのか、剣の無いまま横からシルコにタックルをかまそうとする。

 この男の頑張りは、彼にとって余計な不幸となって帰ってくる。

 男のタックルがシルコに届く前に


 ドシュッ


 男の足が床に縫い付けられた。


 ドシュッ


 間髪入れずに反対の足も同じ運命を辿る。

 エスエスの弓もずいぶん容赦が無くなってきている。

 ギルドに来るたびにタチの悪い奴に絡まれて、さすがに怒っているのだろう。


 ラナリアは、もう慣れてきているようだ。

 後ろで戦っている仲間達を振り返りもせずに、カウンターに向かっている。

 一緒に歩いているギルド職員は驚いて戦いを止めようとしたが、戦闘は僅かの時間だったのでその暇もなかった。


 冒険者の行動は自己責任である。

 冒険者同士の争いに、基本的にはギルドは口を出さない。

 こういう小競り合いは日常茶飯事である。

 特に依頼されない限り、事態の収拾にもギルドは手を貸さない。

 当事者同士で折り合いをつけるしかないのだ。


「まだやる気?」


 シルコは剣の先を相手の顎の下側に軽く刺したまま尋ねる。

 シルコの身長は男の胸のあたりまでしかないが、下から剣を当てられては何も出来ない。

 男は気が付いていないが、腰に提げた剣や、持っていた短剣などはワタルが回収済みなので丸腰である。


「ぐうぉ」


 男は何か喋ろうとするが、顎を動かすとシルコの剣が深く刺さるので、意味のある言葉が発せない。

 その近くには、足を押さえて床に転がっている男が2人。


 残りの1人の無傷の男が両手を挙げて口を開く。


「まいった。降参だ。済まなかった」


 すると、両足を弓でやられた男が床に転がったまま叫ぶ。


「おい、ふざけんじゃねぇぞ。勝手に降参してんじゃねぇ。こいつらみんなぶっ殺してやる」


 そう言って殺気を膨らませている。

 その男に、無傷の男が諭すように話しかける。


「強がるのは勝手だがな。武器も無くしてどうやって戦うつもりだ?言っとくけどな、こいつらまだ全然本気で戦ってねぇぞ。俺はもうやらねぇ。やるんなら勝手にやれ」


「ぐぅぅっ」


 強がっていた男が押し黙る。


「俺たちは引き揚げる。猫のお嬢さん、剣を引いてくれないか」


 無傷の男がシルコに言う。


「分かったわ」


 シルコはスッと剣を引き、流れるような動作で腰の鞘にカチンと抜き身を収めた。

 顎を突き上げられていた男は、その場でストンと尻もちをつく。


 シルコは上半身だけ起こした体勢になっているその男に、居合斬りのように


 シュパッ


 と再び収めた剣を振るう。

 シルコが水平に放った軌道の剣は、男の頭頂部の頭の皮を僅かに削いで髪の毛を斬り飛ばした。


 カチン


 シルコの剣が鞘に収まる。


「次は無いわよ」


 男の髪の毛がハラハラと落ちる中で、シルコが静かに告げる。


「迷惑料がわりにこれは貰っとくぜ」


 ワタルが男達の剣を掲げて言い放った。

 男達にしてみれば、突然現れた男が何か都合のいい事を言っているように聞こえたが、その場のとんがった空気の中で、返して下さい、とは言えずに舌打ちをしながら立ち去った。


 ワタルのステルスは強力だが、周りから見ると働いているように見えない。

 そういうスキルなので仕方ないのだが、何だこいつ、みたいに見られているのは不憫である。

 仲間内からは頼りにされているので、ワタル自身は周りの評価を気にしてはいない。

 日本にいる時は、誰からも、それこそ親からも良い評価をされていなかったので、慣れているのかもしれない。

 仲間からだけでも信頼されているのが嬉しい、と思っているワタルがは可哀相である。


 さて、冒険者ギルドのロビーで大立ち回りを演じてしまったチームハナビであったが、無事にファングウルフ討伐の依頼を受注した。


「暴れるのなら、なるべく外でやってくださいねぇ」


 と、受付の女性に笑顔で注意されてしまったが……



「さ、急いで仕事に行きましょう。今日中のクエストよ」


 ラナリアは冒険者としての初仕事に燃えているようだ。

 冒険者ギルドを出るチームハナビの面々。

 余計なことで時間を取られてしまった。


「2回戦がありそうね……」


 街中を急ぎながらシルコが言う。

 他のメンバーもその気配に気が付いていた。


「しつこいのは、あの手の連中の特徴だよ。徹底的にやられないと分からないのさ」


 珍しくワタルが怒りをにじませている。

 日本にいた時の、しつこいイジメを思い出しているのだろうか。


「人数が増えてるわね。早く街を出ましょう。街中じゃ魔法が使いにくいわ」


 ラナリアは徹底的にヤル気の発言をしている。


「ファングウルフのいる森の方へ向かいましょう。あの人数ですから、向こうが仕掛けてくるのも街から離れてからでしょう」


 エスエスも迎え討つ構えだ。


 後を付けてくる気配は10人以上いる。

 先ほど絡んできた連中のうちの2人が混ざっている。

 弓矢で足をやられた2人だろう。

 普通のスピードでついてくるところを見ると、薬か魔法で回復したらしい。


 エスエスの読み通り、大人数での街中での戦闘は、警備隊や貴族の騎士などに見咎められる可能性が高いので、仕掛けてくるのは街の外だろう。

 進行方向に敵が回り込んでいない事からも、それが伺える状況だ。


 さて、それほど大きな気配を持つものがいないとはいえ、二桁の敵を相手にするのは初めてのことである。

 緊張感を隠しきれずに、街の外に向かうチームハナビであった。

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