第28話 結界魔法

 冒険者ギルドでの試験をパスして、晴れてランクD冒険者となったワタル達。

 ここで、パーティーとしての冒険者登録もしておこう、ということになった。


 冒険者パーティーというのは、行動を共にする冒険者のグループのことで、冒険者の多くは、このパーティー単位で行動していることが多い。

 ソロで行動する冒険者もいるが、いつ何処で何があるか分からない危険な職業ということもあり、余程の自信家か、何が事情がある者以外はパーティーに属している。


 ギルドにパーティーの登録をしておけば、クエストをパーティーとして受けられる。

 個人では達成が難しいクエストでも、パーティーなら可能なものも多い。


 そして、パーティーを組むと、パーティー内のメンバー間での戦闘が禁止される。


 基本的に冒険者の行動は自己責任で、冒険者同士の争いには、警備隊もギルドも関与しないのが普通である。

 自分の身は自分で守るしかないのである。


 だから、他の冒険者との争いになった時に、パーティーメンバーに助けてもらえれば相当に有利である。

 従って、新人冒険者やランクの低い冒険者は、強いパーティーに入りたがる。

 メンバー間での戦闘が禁止されているので、基本的にパーティー内でやられてしまうことが無いので安心なのだ。


 禁止と言っても、いつもギルドが見張っているわけではない。

 多少の小競り合いくらいは大目に見ているし、バレないことも多い。

 それでも、発覚すれば罰則は厳しいし、殺してしまったりすると完全にアウトである。

 冒険者の資格を剥奪される。

 だから皆、極力パーティー内では争わないようにしている。


 もし、どうしても解決がつかなければ、昨日ワタル達がやったように、決闘する、という方法もある。

 これは合法的な殺し合いなのだが、こんなものが認められているとは、さすが異世界である。


 さて、冒険者ギルドがこうしたパーティーを推奨しているのは、報酬の取り分で揉めることが多いからだ。

 自分の命を危険に晒して、報酬を得ているのが冒険者である。

 報酬は高い方が良いに決まっている。


 クエストは達成したが、その後に揉めて争いになり、結局帰って来たのは1人だけ……

 などということもあって、このままでは冒険者になる者がいなくなってしまうと懸念してできたルールなのだ。


 それでも、依頼達成後に報酬の取り分で揉めることは良くあるのだ。

 大きな依頼で複数のパーティーが受ける場合は、パーティー同士で揉める。

 パーティーの内部での取り分でも、揉めることは多い。


 冒険者ギルドとしても頭の痛い問題のようだが、元々冒険者になろうとする者は、荒くれ者や乱暴者も多いので仕方がないのかも知れない。

 そういう意味では、ワタル達のパーティーは異色のキャラクター揃いだと言えるだろう。


 さて、そのワタル達は4人でパーティーの申請をした。

 一緒に試験を受けた者の中には、ワタル達のパーティーに入りたがる者や、自分のパーティーに入れたがる者もいたのだか、これは断るしかなかった。


 やはり、ワタルのステルスをなるべく隠しておきたかったからである。

 ガナイにも注意されたが、ステルスは機能を知られていない相手に圧倒的な力を発揮するスキルだ。

 バレてしまえば、対抗手段はあるのだ。


 ステルスも今後、成長したり、使い方を工夫したりと改良できるかも知れない。

 だが、当面は秘密主義で行こう、ということになった。

 自己顕示欲がほとんど無いメンバーで、基本的に目立つのが嫌いなヘタレの集団なので、コッソリと安全策で行くのが合っているのだろう。


 実際は既に、かなり目立ってしまっているのだが……


 さて、ワタル達のパーティーメンバーは、全員がランクD冒険者なので、ランクDパーティーとして承認された。

 パーティーの名前は


「ハナビ」


 チームハナビ、で決定した。


 ワタルの故郷の言葉を使いたい、というのがメンバーの希望だった。

 ラナリアの火魔法のイメージと、パッと現れてさっさと倒したいという希望が、ワタルの中では花火だったようだ。

 花火はランドには無いものなので、説明が面倒なこともあるだろうが、言葉の響きは概ね好評だ。


 それに対して、何故かランドの冒険者達のパーティー名は厨二臭い名前が多い。


「刹那の剛腕」もそうだったが、「瞬風の神槍」とか「破邪の流剣」とか……

 ワタルとしては、かなり恥ずかしい名前に思えたので、この辺りのネーミングは避けたのだった。


 ちなみに、ルレインに以前所属していたパーティーの名前を聞いてみると


「『熱砂の果実』よ。カッコいいでしょ」


 と、自信たっぷりに語っていたが、もはや何のチームかも分からなくなっている。

 ワタルにはどうしても異世界のセンスは理解できないようだ。



 さて、ワタル達は、冒険者ギルドでの用事を全て終えて、ランクDパーティーのチームハナビとして宿屋に帰るのであった。


 常宿に決めた「夕暮れ荘」に帰る。

 まだ陽も高く夕食にも早い時間だが、さすがに皆、疲れている。

 たまには早く休もうということになった。


 夕暮れ荘の親父は、ワタル達が冒険者試験に合格したことを聞くと


「今日の夕食は、お祝いに豪勢にしてやろう。それにしても、兄ちゃん達は見かけによらず強かったんだなぁ。今度、腕相撲で勝負してくれや」


 と言って、太い腕をムキッと出して見せた。

 ワタルが確実に瞬殺されるのは間違いない。


「いやぁ、タイプが違うんで……」


 などと誤魔化しつつ、部屋に逃げ込むワタルであった。


 夕食にはまだ時間がある。

 部屋に戻ったワタルは、ベッドでゴロゴロしながらエスエスと世間話などをしていたのだが、ちょっと気になることがあったのを思い出した。


「なあ、エスエス、ちょっと結界魔法を見せてくれないか?」


「試験の時に話した奴ですね。ここは森の中ではないので、あまり強力な結界は張れないですけどいいですか?」


「構わないよ。発動のやり方を見たいんだ」


「ワタルは熱心ですよね。普段はそう見えないけど。何かまた思いついたのかな?」


「うーん。やってみないと分からないなぁ」


「分かりました。先ずはですね……」


 エスエスは、部屋の床に何か書き始める。

 魔力を纏わせているのか、指先が白く発光している。

 エスエスの指がなぞった木の床に、光の跡が残っていく。

 丸や三角、四角と線を組み合わせた模様のように見える。


「出来ました」


 エスエスがそう言うと、エスエスが書いた模様を中心として、その周りが50センチくらいの円になって発光する。


 ポワン


 そして、その円は透明な球体になった。

 完全な透明ではないので、よく見れば球体があるのが分かる。

 床の模様を中心とした球体なので、床の上ではドーム状に見えている。


「これが、一番簡単な結界です。ちょっとこの球を殴ってみてください」


 ワタルは、その透明な球体を軽く殴ってみる。


 ポワン


 球体は表面が揺れるものの、壊れはしない。

 今度は、かなり強く、球を破裂させるつもりで殴る。


 ポワン


 反応は変わらない。


「簡単な物理防御の結界です。刃物で切っても大丈夫ですよ」


 とエスエスが言うので、ワタルはナイフで切りつけるが


 ポワン


 同じ反応だ。


「凄いな。どれくらいの衝撃まで耐えられるんだ?」


 ワタルが尋ねる。


「ボクやワタルが思いっ切り攻撃しても壊れないと思いますよ。結界の強さは、込める魔力の量や質によっても変わりますし、発動させる魔法陣によっても変わります。あ、それから結界が大きいほど弱くなりますよ」


「なるほどな。じゃあ、肝になっているのは、最初に書いた魔法陣か。その魔法陣の書き方によって、魔法防御の結界も作れるのか?」


「ええ、両方兼ねているのも作れます。魔法陣は複雑になりますけどね。それから、反撃の魔法陣も書けますよ。相手が結界に触れると、結界が攻撃してくれるんです。あらかじめ指定した攻撃魔法とか衝撃波とかで」


「へぇ、便利なんだな」


「ボクは狩りで罠として使ってました。枯れ葉とかの下に隠して仕掛けておいて、獲物がそれを踏むとドカーンとか……」


 エスエスの答えは明瞭である。

 これまで、森の中でちゃんと使ってきた実績があるからだろう。


「そういえば、ラナリアの冒険者試験の時の試験官も結界を使ってたよな」


「ええ、かなり強力な結界のようでしたね。まあ、ラナリアに吹っ飛ばされてましたけどね。ただ、あの結界の術式は、ボクには分からないんです。ボクの結界は、森の小人族の古代語で魔法陣を書いているので、書き方が違うんです」


「え、魔法陣って、その国の言葉でいいもんなの?」


「良いんじゃないですかね。辻褄が合っていて、魔力が反応しさえすれば……」


 この時ワタルは、ちょっとした驚きと共に、ピンと閃くものがあった。

 もしかしたら日本語で魔法陣が書けるのではないか、と思ったのだ。

 ワタルは、何故か話はできるのに、ランドの言葉の読み書きが出来ない。

 でも、日本語の読み書きは覚えているのだ。


 ワタルはエスエスに聞いてみる。


「じゃあ、例えば、今見せてくれた結界の魔法陣には何て書いてあるの?」


「魔法と同じで、作りたい結界のイメージを頭の中に作って、それを言葉に置き換えて書いているんです。この場合は『外から来る力は、これを通さない』ですね」


「魔法の詠唱みたいなものか。これも、魔法と同じように簡単な言葉に置き換えられないかな」


「やった事無いですけどね」


「ちょっとやってみるかな」


 ワタルはそう言うと、指先に魔力を集めはじめた。

 エスエスがやったように、指先で光の字を書くイメージで魔力を集めると、ワタルの指先も発光し始めた。


「おっ、いけそうだぞ」


 ワタルは床に字を書き始める。


『物理攻撃無効化結界』


 と、魔力を込めるように漢字で書いてみた。

 そして、更に字に魔力を込めると……


 ポワン


 透明な球体が文字を中心に出来上がった。

 エスエスの時と同じように、床に透明なドームが出来ている。


「出来ちゃったな……」


「出来ちゃいましたね……」


 エスエスは酷く驚いてはいないようだ。

 なんとなくワタルはやってしまいそうな気がしていたのかも知れない。


「この魔法陣は、ワタルのいた世界の文字ですか?複雑過ぎて全く分からないですね」


「そうかもな。俺のいた日本ていう国は、あっちの世界でも一番複雑で多くの種類の文字を使う国だったんだ。一つの文字だけでもいくつも意味があるんだぜ」


「それで、こんなに短い魔法陣で結界が出来たんですね」


「文字の使い方を工夫すれば、もっと強力な結界が張れそうだな」


 ワタルは、結界魔法のイメージが膨らんでいるようだ。

 そこで、エスエスは


「いくつもの結界を繋げて、強力にするやり方もありますよ。四方に4つの魔法陣を書いて、一つの球体を作るのがポピュラーですね」


 と、説明する。


「なるほど。上下左右、いや東西南北が良いかな。やってみるか……」


 ワタルは魔法陣を書き始める。


『東絶対攻撃無効化結界』

『西絶対攻撃無効化結界』

『南絶対攻撃無効化結界』

『北絶対攻撃無効化結界』


 ワタルとエスエスのいる場所の四方に魔法陣をセットして、発動。


 ポワーン


 ワタルとエスエスの周りにドーム状の結界が発現した。

 大きくて強力な結界なのは明らかだ。

 でも、何故か魔力はそれほど使われていないようだ。

 字に魔力を流すだけなので、結界魔法はあまり魔力を消費しないのが特徴なのだ。


「凄いです。かなり強力な結界です。初めて作ってこれほどのものが出来るとは信じられません。これ、魔法陣はさっきと同じですか?」


 これにはさすがにエスエスも驚いている。


「いや、『絶対攻撃無効化結界』ってのにしてみた。あらゆる攻撃を必ず防ぐ、って意味にしたつもりなんだけど」


 この時突然、部屋のドアが乱暴に開く。

 ラナリアとシルコが部屋になだれ込んできた。


「ちょっと、何やってんのよ!なんか凄い魔力を感じたんだけど、って何これ!結界なの!?」


 ラナリアはそう叫んで、ワタルの張った結界にぶつかって


 ポワン


 と動きを止められている。


「ワタルがやったんですよ。凄いですよね。ボクは森の中でないとこんな結界は張れません」


 エスエスが説明する。


「まったく、次から次へと驚かせてくれるわね。で、何の結界なの?物理防御?」


 ラナリアが呆れながら尋ねる。


「いや、絶対防御だ。何でも無効化させるつもりで作った」


 ワタルが答える。


「は?何言ってんの?そんなの簡単に出来るわけないでしょ。」


 ラナリアはちょっと怒っているが、ワタルは


「でも出来ちゃったからなぁ」


 と、のんびりムードだ。

 シルコは、結界を引っ掻いたりしてみているが、やはり攻撃は止められてしまう。


「この結界は変わってるわね。何ていうか、衝撃が跳ね返ってこないのね」


「攻撃無効化、にしたからな。加えた力が無効になるんだろ」


 ワタルもよく分からないで説明している。

 今、教えてもらって初めてやったんだから当たり前である。

 むしろ、分かったようなことを説明しようとするワタルの神経がどうかしてるのだ。


「ちょっと、魔法で攻撃してみたいわね。火魔法だと危ないから、風魔法を当ててみるわね」


 ラナリアはそう言うと、風の塊をワタルの結界に向かって放った。

 放たれた風の球は結界の壁にぶつかると、スウッと消えてしまった。


「やっぱり、攻撃の影響が消えるみたいね。ちょっと、軽い火魔法でもやってみようかしら」


「ちょっと!危ないんじゃないの!」


 シルコが止めるが


「大丈夫、大丈夫、軽くやるから」


 と言って、ラナリアは親指の先ほどの小さな火球を結界に向かって放る。

 小さい火球は結界の壁に当たると、スッと火が消えてしまった。


 ラナリアは少し考えると、別の魔法を発動する。

 左手を指を伸ばして前に出し、右手で左手の手首を掴む。

 以前にワタルがやって見せた火炎放射の構えだ。


「フレイムシャワー」


 ラナリアの指先から、強い風が結界に向かって吹き付け、その風はすぐに炎に変わる。

 ワタルの火炎放射の魔法を、ラナリアが高等魔法にカスタマイズした


 高等火魔法「フレイムシャワー」


 である。


 この火魔法は、高温の炎を数メートル先に撒き散らし、近くにいる敵に甚大なダメージを与える攻撃魔法である。

 近接戦闘に不向きな魔法使いにとって、弱点をカバーするだけでなく、強大な武器になる魔法である。


 その凶悪な炎がワタルの結界を焼き尽くす……かに思えたが、炎は結界に当たると消滅していく。

 周りに炎が飛び散ることもない。


 辺りに煤けたような臭いはするものの、炎は何も燃やすことはなく消滅した。

 結界がフレイムシャワーを無効化したのだ。

 ワタルの結界が、凄まじく強力であることが証明された……のだが……


「バカじゃないの!こんな事して!」


 シルコがラナリアを怒鳴る。


「何考えてるのよ!炎が消えなかったら死んじゃうでしょ!なに室内で思い切りぶっ放してんのよ!」


「ご、ごめんなさい。加減が上手くいかなくて……」


 ラナリアは謝るのみである。

 折角の新しい高等火魔法のお披露目を、こんな形でやってしまうからである。

 時と場所をわきまえないにもほどがある。

 下手をすれば宿屋ごと火の海であった。


 ラナリアは魔法の事になると、周りが見えなくなることがある……


 ワタル達は恐怖と共に、そのことを認識したのだった。

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