第25話 本当の規格外
冒険者試験も大詰めである。
残っているのはワタルとシルコだけだ。
そして、シルコの試験官はルレインがするという。
受験生の間に驚きの空気が流れる。
そして、試験官達も驚いている。
ルレインは着ていた上着を脱いで、履いていたタイトスカートも外した。
「おおっ」
と、不謹慎な声を出したのはワタルだけである。
シルコが振り返ってワタルを睨む。
ワタルは口を抑えているが、もう遅い。
ルレインはスカートの下に、動きやすいスパッツのようなものを身に付けていた。
これは、想定していた事態なのかも知れない。
内心で残念がるワタル。
この別腹男の中には、きっと部分的に別のオジサンが住んでいるのだ。
このスケベオジサンは空気を読まないらしい。
「さあ、試合おうか」
ルレインがシルコの前に立つ。
ルレインは、今はロザリィの冒険者ギルドの幹部として働いているが、元はAランク冒険者だ。
しかも、剣を使う前衛職だった。
数年前の現役の時より、少しは腕が落ちているかも知れないが、ここにいる他の試験官では全く敵わないレベルである。
もし、冒険者ギルドに不測の事態が起きれば、今でも最前線で剣を振るうだろう。
試験官達はそれが分かっているので、誰も異議を唱えない。
むしろ、シルコに同情の視線を送っている。
シルコも、ルレインが出てきたことと、ルレインの纏う強者の雰囲気に驚きを隠せない。
でも、これは冒険者になるための試験だ。
殺し合いではない。
シルコは、フッ、と短く息を吐くと、ルレインから少し離れた正面に立つ。
対峙してみると、改めてルレインの強さが伝わってくる。
「全力で戦ってみよう」
シルコは心の中で決意する。
強い試験官が出てきたことは、考えようによってはラッキーなのだ。
命の危険を冒さずに、強敵と戦うことができるチャンスだ。
強くなりたいシルコにとっては、これを活かさない手はない。
シルコは、右手に盗賊の魔剣を提げていたが、左手に疾風の双剣の一本を持つことにする。
盗賊の魔剣と疾風の双剣の二刀流だ。
相手の攻撃を、盗賊の魔剣の補正を利用して正確に受け流し、疾風の双剣の速いスピードで攻撃をする作戦である。
更に、左右の剣の速度が違う事で、相手にタイミングを読まれにくく、受けにくい攻撃ができる。
攻撃側のバランスが悪くなるのは、盗賊の魔剣の補正がなんとかしてくれるだろう。
上手く行くかどうかは分からないが、かなり戦いにくい相手になるはずだ。
「変わった構えだな。来い!」
ルレインがそう言うと同時に、シルコは流れるような動作で、体を一回転させながら間合いを詰める。
盗賊の魔剣と疾風の双剣の時間差攻撃だ。
盗賊の魔剣を剣で受けさせて、そのまま疾風の双剣で違う軌道の攻撃を仕掛けるのだ。
以前に、洞窟の戦いで覆面男のドーレンがラナリアに仕掛けた攻撃に似ている。
あの時は、ドーレンの2段目の攻撃の前に、シルコが割って入って攻撃を防いだ。
今回は一対一の試験なので、そうされる心配はない。
しかし、ルレインは、一撃目を剣で受けながらシルコの力をコントロールして、2撃目もそのまま同じ剣で受け切った。
そして、シルコの両方の剣を片手で弾き返し、返す刀で正面からシルコを縦に真っ二つにする勢いの斬撃を放つ。
シルコは剣を弾かれた方向に逆らわず、側転してルレインの斬撃を躱したが、ルレインは縦の斬撃を途中で切り返し、シルコの躱した方向に横薙ぎの剣を放つ。
シルコは側転からバク転を連続して、ルレインから距離を取って剣を構え直す。
ほんの一瞬の間の攻防である。
試験としては、これだけでシルコを合格にしても良いはずである。
しかし、両者は収まっていない。
ラナリアが口を開く。
「お前の剣は、スピードやセンスはあるが軽いのだ。もっと地力をつけないと、強くはならんぞ」
図星である。
シルコの持って生まれたセンスはズバ抜けている。
だから、短期間でメキメキ強くなったが、基礎となる土台が無いのだ。
ルレインは、そのことを剣を少し合わせただけで見抜いた。
シルコは嬉しくなった。
ついこの間まで逃げ回るしか出来なかった自分に、こんな実力者が本気で相手をしてくれているのだ。
「もう少し教えて欲しい」
シルコはそう思い、再びルレインに迫る。
今度は、疾風の双剣で最速の剣を振るう。
ルレインの右側から左下に抜ける袈裟斬りの軌道だ。
ルレインは、剣で受ける体勢をとりながらも、シルコの剣を受け流しつつ体を半身にしてシルコの剣の下をくぐる。
そして、剣をクルリと回して反転させ、剣を振り切ったシルコの無防備な左側に斬撃を加えようとする。
シルコは、疾風の双剣を振り切った勢いのまま体を回転させ、右手に持った盗賊の魔剣を首の後ろに回してルレインの斬撃を受ける。
しかし、不十分な体勢で剣撃を受けたために剣を押し込まれる。
シルコは更に回転し、盗賊の魔剣でルレインの斬撃の力を受け流す。
魔剣の補正が効いているので、何とか力を逃すことが出来た。
もう半回転したシルコは、振り下ろした位置のままの疾風の双剣を、手首を返して上に斬り上げる。
無理な体勢からの斬り上げだが、疾風の双剣の速度増加スキルにより、素早い斬撃となった。
今度は、ルレインが飛び退る。
予想外の剣速だったのか、避け方に余裕がない。
チャンスと見たシルコは、更に斬撃を加えるが、ルレインはバックステップを踏みながらシルコの斬撃をいなしていく。
少し距離を取ったところでルレインが口を開く。
「補正の付いた武器を使っているのか。異なる補正の付いた武器を2つ同時に使うとは器用な奴だ。しかし、補正に頼った戦い方は、お前の本来の動きを殺すこともある。補正はあくまでも補助として考え、自分の動きを磨くことを優先しろ」
シルコは素直に頭を下げる。
「有用なアドバイス、感謝する」
ルレインは少し微笑む。
「気にするな。これも仕事だ。それに私も少し楽しいのだ」
そしてルレインは表情を戻し、シルコに告げる。
「次で最後だ。最後はこちらから行くぞ」
疾風の如く飛び出したルレインは、まっすぐにシルコに迫る。
そしてシルコの右側から入る袈裟斬りを放つ。
シルコはその斬撃を高い位置で受け流しつつ、体を半身にしながらルレインの左側に踏み込み、ルレインの剣の下をくぐり抜け、無防備になったルレインの左サイドを狙う。
攻守が入れ替わっているが、先ほどの攻防と全く同じである。
ルレインはシルコに教えているのだ。
それが分かるシルコは、先ほどのルレインの動きをトレースして見せた。
しかし、それもここまで。
ここからが勝負である。
シルコは、流された位置にあるルレインの剣を、左手の剣で押さえてしまった。
そして、右手の剣でルレインの肩口に斬りつける。
これで勝負は決まったかに思われたが、ルレインは体を落とし、顔を逸らすだけでシルコの斬撃を避けてしまった。
そして、押さえているシルコの剣の下を滑らすように斬り上げる。
手首を返すことでスピードの増したその剣は、避けられたことで流れたシルコの右手の剣の下を通る。
シルコの2本の剣の間を通って来る斬撃がシルコに迫る。
これは避けられない、とシルコが思った時に、ルレインはパッと剣を離し、剣を離した手でそのままシルコの鳩尾に強烈なチョップを叩き込んだ。
「キャィィ」
可愛らしい呻き声をあげて、シルコが吹っ飛ぶ。
勝負アリである。
「ふぅ、手加減も楽にはさせてもらえないか。剣士たる私が剣から手を離すとは……」
ラナリアにも反省する所があったようである。
シルコは胸を押さえながら立ち上がり
「ありがとう……ございました……」
と、頭を下げる。
ルレインは頷くのみである。
受験生達から自然と拍手が沸く。
試験官の中にも拍手している人もいる。
負けたシルコは少し悔しそうだが、爽やかな笑顔を見せながら、仲間のところへ戻っていく。
そこで、ルレインが口を開く。
「よし、合否の判定は、認定ランクと共に後ほど発表する。それでは今回の冒険者認定試験を終了……」
「ちょっと待って下さい!俺まだ受けてないんですけど」
ワタルが慌ててルレインの話を止める。
「エッ?」
ちょっと素になってしまうルレイン。
あ、そう言えばいたわね。
完全に忘れてた。
彼も規格外パーティーの1人だったわね。
何で忘れてたんだろ?
「受ける?試験」
「当たり前でしょ!」
怒るワタル。
「それで、俺もルレインさんでお願いします」
ルレインは驚く。
今の立ち会い見てなかったの?
キミには無理でしょ、バカなの?
もしかして、凄い自信があるとか……いやぁ、無いわ。
ルレインには、目の前の少年、ルレインの胸とか脚とかをチラ見してニコニコしているこの少年が、とてもではないが強者には見えなかった。
それでも、忘れていたのはマズかった。
ワタルの要望を受けることにしたルレイン。
「分かった。済まなかったな。やろう」
ルレインはワタルの先に立ち、広い場所に向かう。
お尻や腰にワタルの視線を感じるが、嫌悪感よりも笑ってしまいそうになる。
度胸があるのか、何も考えてないのか、まあ、どうでもいいか。
ワタルとルレインは、剣を構え向かい合う。
「では始めよう」
ルレインが告げる。
本当に最後の試験が始まった。
「やあぁぁぁっ」
ワタルは、剣を正眼に構えて気合を発する。
しかし、動かない。
「打って来ないのか?」
ルレインが疑問を発したその時、
「っ!!」
ルレインはバッとその場を飛び退く。
それは、唯の勘であった。
特に何を感じた訳ではない。
培ってきた冒険者の直感でしかない。
「よく避けたな」
今までルレインが立っていた場所には、剣を振り切った体勢のワタルがいた。
ルレインにはワタルが何をしたのか分からない。
ワタルが急に2人になったように感じたが、正眼に剣を構えたワタルの存在感がボンヤリとしていたようにも感じる。
元々ボンヤリとした印象のワタルだけに、ルレインは混乱する。
ワタルは、気合を発することでルレインにその印象を植え付けて、タイミング良くステルスを発動した。
そうすることで、ワタルの存在は、一瞬元の場所に留まっているように感じたのだ。
斬撃のやり取りをする剣の試合の中で、一瞬でも相手の存在を誤認すれば、それは致命的である。
ワタルは、それを自由に、何回でも作り出せるのだ。
「では、いくぞ!」
ワタルは、風の剣を持っている。
剣術には長けていないワタルだが、風の剣には重量軽減の効果が付いているので、それなりに早い斬撃が出せる。
ルレインはワタルの右からの斬撃を剣で受ける。
いや、受けたつもりだったが、剣と剣がぶつかる瞬間にワタルが消えた。
ガキィィン
剣同士が当たった金属音と同時に消えたのだ。
そう思った一瞬後に、ワタルは先ほどの斬撃の真反対の方向の左側から斬撃を放っている。
ルレインは卓越した反射神経で、これに対応する。
剣を強引に切り返し、反対側から迫るワタルの斬撃を剣で受ける。
ガキィィン
やはり剣同士の衝突音と共に相手の剣が消える。
そして次はまた右からの斬撃が来る。
ルレインは混乱し、もはや状況が把握出来ないようだ。
「うわぁぁぁっ」
斬撃を喰らうのを覚悟の上で、ワタルの攻撃を無視し、大きく前方を剣で横薙ぎに払う。
しかし、手応えは全く無い。
気配を感じ振り向くと、ワタルはルレインの後ろに立ち、肩に剣を担いでトントンと肩の上でリズムを取っている。
「っ、何を……」
ルレインは、再び攻撃をかけようとするが、その手に剣は無かった。
ルレインの剣は、先ほど大きく剣を振り切った位置に落ちていている。
気が付くと、手の甲が痺れて痛みがある。
状況から見て、手を打たれて剣を落としたとしか思えない。
しかし、ルレインにはそんなことをされた認識は無いのだ。
このような経験をしたことがないルレインは、思考がまとまらず絶句する。
するとワタルが
「俺の勝ちでいいのかな?」
と、ルレインに尋ねた。
ルレインはハッとして我に帰る。
戦闘中、これが冒険者試験であることを忘れていたのだ。
これがもし本当の戦闘だったら、自分は簡単に殺されていただろう。
ルレインはゾッとすると共に、胸をなでおろす。
そして、なぜか可笑しくなってしまう。
「ハハハ……まいったな。教えられないとは思うが、一応聞いておきたい。これは幻術なのか?」
ワタルは少し考えて答える。
「幻術じゃないよ。俺は剣術のつもりで戦ったんだけどな」
「そうか……世界は広いのね」
冒険者だったルレインは、とある事情でギルド職員になった。
Aランク冒険者として、冒険者の世界をある程度極めていたルレインは、冒険者を引退することに後悔はなかった。
しかし今回、ワタル達を見て、ワタルと戦ったことで、ルレインの心の底に熱いものが生まれた気がしていた。
また、冒険者として世界を見てみたい。
「まさかね……」
ルレインは少し寂しそうに呟いた。
そして、顔を上げ皆に宣言する。
「この勝負、彼の勝ちだ。以上で冒険者試験を終了する」
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