第26話 ギルドマスター

 ロザリィの街の冒険者ギルドで行われた、冒険者認定試験が終了した。


 今回の試験は、冒険者ギルドにとって前例のないものになった。

 ワタル達の規格外パーティーが原因である。


 試験官が受験生に連敗するなどというのは前代未聞であった。

 今までも、実力の高い者が受験に来ることはあった。

 その時は、シルコの時の試験のように、更に強い試験官を当てていた。


 それでも稀には、ギルドの人材を超える受験生が来ることもある。

 その時は臨機応変に、試験免除にしたり、別枠で他の日に試験をしたりして対応していたのだ。

 それも、事前にその受験生のおおよその実力が分かるからである。

 この異世界では、それなりの気配察知の能力があれば、相手の強さくらいは分かるのが当たり前である。


 ワタル達には、それが当て嵌まらなかった。

 どう見ても弱そうだったのである。


 前日の決闘騒ぎの時に、ワタル達のパーティーの戦いを見たルレインは、彼らが要注意だと認識してはいたのだが、ワタル達の力はその予想も超えていたのだった。


 特に、完全にマーク外だったワタルに手も足も出なかったルレインの衝撃は大きかった。

 ショックでしばらくは寝込むのかと思った者もいたのだが、そうでもなかった。


 意外と明るく、サッパリとした顔付きをしている。

 それどころか楽しそうですらある。

 これは、ラナリアにコテンパンにされた魔法使いも、エスエスに翻弄された剣士も同様である。

 どことなく嬉しそうなのだ。


 冒険者試験で、合格率を低くしているのにも、強過ぎる試験官を当てているのにも理由がある。

 弱い冒険者を作ってしまうと、クエストですぐに死んでしまうというのも理由の一つだ。

 いくら自己責任だとは言っても、それならば冒険者に認定しないほうが良い。


 そして、冒険者という立場は、冒険者ギルドが後ろ盾する職業である。

 ギルドが身分を保障している者が、調子に乗って一般市民に迷惑、特に暴力沙汰を起こすようでは、冒険者ギルドの信用に関わるのだ。

 冒険者を志す者は、腕っぷしに自信のある者が多い。

 問題児が多いのだ。

 だから、冒険者認定の時に鼻っ柱を叩き折っておきたい、というギルド側の思惑もあるのだ。


 しかし、ワタル達のメンバーは、決してそんなタイプではなかった。

 彼らの纏っている雰囲気が、乱暴者のそれではなく、どちらかと言えば被害者達のものなのである。


 冒険者試験を受けに来た者が、弱者の空気を持ち、実際はそれに反して規格外の強さを発揮したことは、驚きの対象であると共に、興味深い存在として受け入れられた。

 それは同時に、敗北を喫した試験官に、これからの冒険者の今までとは違った未来像を予感させるものでもあったのだ。


 要するに、こいつらなら調子に乗って悪いことはしないだろう、と受け入れられたのである。



「合格者を発表します」


 ルレインがホールにいる受験生に向かって宣言する。

 口調もいつもの職員のものに戻っている。


 合格者が呼ばれ、認定ランクが告げられる。

 皆、Fランクだ。

 狐の半獣人の少女も合格していた。

 死ぬほど嬉しそうである。

 ラナリアと一緒に受験した魔法使いも合格していた。


 合格者は数名である。

 やはり狭き門なのだ。


「ラナリア、ランクD」


 ラナリアの合格が告げられた。

 受験生にどよめきが起きる。

 ランクDでの合格は、ほとんど例がないためだ。


「エスエス、ランクD。シルコ、ランクD。ワタル、ランクD……」


 残りのメンバーの合格は、一息にシレッと言われてしまった。

 最後のワタルのランクのあたりは聞き取れないほどである。


 受験生が驚く暇もなく、ルレインが告げる。


「では、合格者はカードを発行するのでこちらへ。それでは解散します」


 なんか早口である。


 パーティー全員が規定の最高ランクのランクDでの合格など、前代未聞である。

 あまり騒ぎになって欲しくない、というルレインの気持ちの表れだろう。


 ワタル達にとっては、ある程度予想していたことではあるが、やっぱり合格は嬉しい。

 メンバーでハイタッチし合って喜びを分かち合っている。

 いつの間にか、狐少女もハイタッチの輪に入ってきて、一瞬ワタルに引かれていたのはご愛嬌だ。


 シルコだけは、試合に負けたのにランクD認定なことに驚いていたが、認定は勝敗が基準なのではないのだろう。

 どちらかと言うと、人格を見られていたようにも思われるのだ。


 ギルドカードは、受付で発行されるようだ。


 ギルドカードの発行は、魔力を登録することで行われる。

 冒険者ギルドが所有するマジックアイテムに登録者の魔力を流すと、その魔力が登録される。

 魔力には魔力紋と呼ばれる独特の形があって、これは人によって全て違う。

 この魔力紋の形によって、個人が特定できるのである。


 以前に、女冒険者がエスエスに渡したアイテムも、この魔力紋を辿って自分を呼び出すものだった。

 これは、失敗だった訳だが……


 ギルドカードには、この魔力紋にギルドランクなどの情報を紐つけて記録してあるのだ。

 偽造や、勝手な書き換えは出来ない仕組みになっている……はずだ。

 冒険者ギルドの保障の元、このギルドカードはランド中で信用されている身元証明のアイテムになっている。


 冒険者試験の合格者は、順番にギルドカードを発行してもらっている。

 皆、嬉しそうだ。

 受験生にとっては、憧れのカードなのだ。

 このカード1枚で、お金も借りられるし、立ち入り禁止になっている場所に入れる場合もある。

 図書館や公立の研究機関など、フリーパスの施設も多い。


 とにかく、このカード1枚で信用が違うのである。


 ワタル達の番になる。

 ラナリアがマジックアイテムに魔力を流すと、魔力を流したパネルが青白く発行する。

 これで登録が終わり、必要な情報を書き込んでもらって終了のはずなのだが、係員が表情を曇らせる。


「ラナリアさんは、ギルドカードを別にお持ちじゃあないですか?」


 周りがざわついている。


「他の魔力データの干渉がありますね。誰か他の人のカードを持っているとか」


 ルレインも受付にやってきた。


「どうなんですか?ラナリアさん」


「そういえば持ってるわね。3枚ほど」


 ラナリアは答える。

 ルレインは少し驚くが、ラナリアに説明する。


「冒険者が他人のギルカードを手に入れた場合は、速やかに冒険者ギルドに提出する義務があります。ラナリアさん達は、今、冒険者になったばかりですから、そのカードを持っていたことは問題ないですが、冒険者登録をするのであれば提出してもらうことになります」


「分かったわよ。別に他人のカードなんて要らないし」


 ラナリアは、ワタル達の方を見て、彼らが頷くのを確認してから持っていたギルドカードをルレインに渡した。

 洞窟で襲ってきたランクB冒険者の、ハマル、ドーレン、ジャレイドのギルドカードだ。


 そのカードを見たルレインの顔色が、あからさまに変わる。


「このカードどうしたの?」


「この街に来る途中で襲って来た連中を返り討ちにしたのよ。盗賊なんじゃないかと思ったんだけど、冒険者だったのよね」


「あなた達は……全く……よく無事だったわね。あ、ちょっとここじゃマズイわね。部屋を用意するから、そこで話を聞くわ」


 余程のことなのかラナリアが慌てている。

 ラナリアの言葉使いが不安定である。

 男言葉でも、丁寧語でもない。

 素が丸出しで可愛らしい。


 ルレインは、他の合格者のカードのことを受付に委ねて、自分は奥に走って行ってしまった。


 そして、しばらくすると慌てて戻ってきた。


「ギルドマスターが話を聞きたいって言ってるわ。二階の部屋に来てちょうだい」


 いきなりギルドマスターとの面接になってしまった。

 大きな街のギルドマスターといえば、ちょっとした貴族でも風下には置けない存在である。

 領主であっても命令は下せない。

 冒険者ギルドは、ランド唯一の国際機関であり、それ相応の力を持っているのである。


 ギルドマスターと聞いて、ラナリアとシルコはちょっとビビっている。

 エスエスは、森の一族であり世情に疎いのでボンヤリしている。

 ワタルは、誰が偉い、とかよく分かっていない。

 校長先生の面接くらいかな、などとピンの外れたことを考えていた。


 4人は先導するルレインについて二階に上がる。


 階段の前を行くルレインのお尻に見惚れているワタルにシルコが肘打ちを決める。

 ラナリアとエスエスは、今やノーリアクションだ。

 ワタルの中にいるスケベオジサンに対しては放置する方向のようだ。

 突っ込んでくれるシルコは、ありがたい存在である。


 二階の部屋に通された4人。

 お菓子と飲み物が出される。

 飲み物は、薄いリンゴジュースのようなものだ。

 それでも、甘いものが貴重なランドでは、高級品と言っても良い。


 喉が渇いていた4人は、喜んで飲み干してしまった。

 ルレインは微笑みながら、お代わりを持ってきてくれた。

 ラナリアは派手に魔法を使った後なので、積極的にお菓子にも手を付けている。


 そんなワタル達の様子を見ながらルレインは


「ランクBを3人相手に返り討ちとか、うちのギルマスに会うのに平気で飲み食いしてるし、一体どういう子達なのかしら」


 などと、少し呆れ気味である。


 しばらくすると、ギルドマスターが現れた。

 遠くからでも近づいて来るのが分かるほどの大声である。


「ガハハハ、ルレインがやられたって。頼もしいじゃないか」


 まだ部屋の外にいるうちからまる聞こえである。


 そしてドアが、バン、と開いてギルドマスターが現れた。

 ルレインに従って、皆立ち上がって出迎える。


「構わん、構わん、座ってくれ」


 ギルドマスターは手のひらを上下にヒラヒラさせて、座るようにジェスチャーしながら自分もドカンとソファに腰を下ろした。

 ルレインの隣、ワタル達の正面である。


「ワシがギルドマスターのガナイだ。まあ、楽にしてくれ」


 ガナイと名乗ったギルドマスターは、ライオンの半獣人だ。

 明らかな強者の気配である。


 圧倒的な強者であるガナイだが、ワタルは、このガナイからイジメっ子の空気を全く感じなかった。

 暴力に飲まれる気配がまるで無いのである。

 ある程度以上に強い者は、どうしてもそれに頼って生きるので、暴力的な雰囲気を纏ってしまうのは仕方がない。


 しかし、それが全く無いガナイは珍しいのである。

 武道の達人、いや仙人のようであった。


 興味深げにガナイを見つめるワタル。


 それに気が付いてガナイが言う。


「お前がワタルか。ワシを前にして平然としていられる奴は珍しいな。ルレインが負けたのも分かるわ」


 ガナイは笑みを浮かべてワタルを見る。

 そして、一同を見回して


「こいつらの気配だけで強さを見れば、弱いと判断したのも分かるわ。だが、人の強さは気配だけではない。まだまだだな、ルレイン」


 と、ルレインに言った。


「はっ、お恥ずかしい限りです」


 頭を下げるルレイン。

 ルレインの背中に冷たい汗が流れる。


「ワシにも良くは分からんが、特殊なスキルでも持っているんだろ」


 ガナイは、楽しそうに言った。

 獰猛な笑みを浮かべるガナイは、凄い迫力である。

 笑っているのか、脅しているのか分からない。


 しかし、ワタル達には、ガナイに敵意がないことが分かるので落ち着いたものである。

 ラナリアは新しいお菓子に手を伸ばしている。

 シルコはジュースのお代わりが貰えないか、ルレインに視線を送っているが、彼女はそれどころではない。


 ライオンの前に連れ出された猫が、平静でいられるわけがないのだが、シルコは平気である。

 強さの問題ではないのである。


 ガナイは、ますますワタル達に興味を持った。

 そこでワタルに質問をする。


「ワシは明らかにお前達よりも強いと思うが、全く臆したりはせんのかね」


 ワタルは、少し考えて答える。


「全く敵わないくらい強いのは分かりますよ。でも、ガナイさんは良い感じに枯れてますからね」


 この答えにガナイは絶句する。

 ルレインはチビってしまいそうになる。


 ズズズッ


 エスエスのジュースを啜る音がする。


「ガハハハッ」


 ガナイは笑い出した。


「このワシをそういう風に評するか。面白い奴だ。こういう奴が現れるとは、ギルドマスターの仕事も捨てたものではないな」


 ワタルは、ガナイが何を喜んでいるのかよく分からないのだが、特に問題なさそうなのでスルーする。


「さて、本題に入るか。お前達が倒したというBランク冒険者の件だ」


 ガナイは話し始める。


「まずは、その時の状況だが……」


 ガナイは、ワタル達が洞窟で襲われた時の状況を聞き、その後の死体の処理や、遺品の取得についても問題無いと言った。


「まあ、証拠も無いし、お前達の証言を信用するしかないしな」


 ガナイは頭をガリガリ掻きながら続ける。


「お前達が信用できる人格なのはワシにも何となく分かる。だが、ただ一点だけ、どうしても疑問が残るのだ」


 ガナイはワタルをまっすぐに見ながら話す。


「お前達、どうやってあいつらを倒した?」

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