第20話 シルコの剣技

 自称冒険者の3人との戦闘が終わった。

 完全に向こうが悪いとはいっても、魔物との戦闘と違って、人との争いは戦いの後の虚しさを感じずにはいられない。

 殺さなければ殺されていたか、下手をするともっと酷い目に遭わされるかも知れない。

 ここ異世界のランドでは、ありふれた話である。

 襲って来る者がいる以上仕方のないことなのだ。


 それでも、これまで長い間、なるべく戦いを避けてきたヘタレ達である。

 たとえ強くなってきても、戦闘好きにはなれそうもなかった。


 ラナリアが、自分達だけで戦いたい、と言ったのはブラフである。

 別に自分の力を試したい訳ではなかった。

 そう見せかけただけで、ワタルのステルスを最大限発揮させるための作戦だったのだ。


「それにしても、こいつら本当に冒険者だったのかしら。盗賊とやってることは変わらないと思うけどね」


 ラナリアが呆れたように言う。


「ボクは冒険者に憧れているんですけどねェ」


 エスエスは残念そうな声を出す。


 シルコとエスエスは、手早く死体を調べている。

 それぞれの死体のポケットから、金属のカードが出てきた。

 ランクBの冒険者、というのは嘘ではないようだ。


 そのカードには、名前とランクが記されている。


 細目男は、ハマル ランクB、

 覆面男は、ドーレン ランクB、

 魔法使いは、ジャレイド ランクB、


 と記載があった。

 覆面男は、覆面を外すと、猿のような顔をしている。

 サルの半獣人のようだった。


 冒険者ギルドのランクBといえば、かなりの高ランクだ。

 何故盗賊のようなことをしていたのか分からない。

 まともにギルドの仕事をこなしても、十分な収入があるはずだからだ。

 どうしてもお金の要る事情があったのかもしれない。


 しかし、ワタルは、もっと厳しい印象を持っていた。

 この手の人間に、人を襲う理由なんて無いのだ。

 自分より弱ければ蹂躙したくなるだけなのだ。

 弱肉強食だとか、生き物の本能だとか、後から理由を付けているだけだ。

 イジメたいからイジメる、殺したいから殺す、ただそれだけなのだ。

 考えるだけ無駄である。

 こういう人に対しては理解も同情も必要ない、とワタルは考えている。


 日本にもいたし、異世界にもいる。

 この手の人間は何処にでもいるのだ。


「はぁ、本当にランクBなのね」


 シルコが呆れたようにため息を吐いた。


 冒険者ギルドとは、冒険者のための機関である。

 ここに登録して認められれば、その者は冒険者となる。

 冒険者ギルドは、国とは独立した機関で、ランド中の国にまたがって存在している国際機関だ。

 冒険者ギルドには、冒険者に対する依頼が集まり、その依頼の報酬目当てに冒険者が集まる。

 ギルドが活気づけば、街が活気づき、国も発展する。

 魔物が徘徊するこの世界では、貴族や騎士の力だけでは民衆を守りきれない。

 冒険者は、護衛に討伐にと仕事がなくなることはないのだ。


 そして冒険者は、その実力によってランクが付けられている。

 ランクBはかなり高いランクのはずだ。

 1つの街に10人とはいないだろう。

 前に一緒に盗賊と戦った冒険者のスミフは、ランクCに上がったばかりだと言っていた。


「無事に倒せて良かったです」


 エスエスがホッとしたように言う。


「何か問題のある冒険者だったのかも知れないわね。街に着いたら探ってみましょう」


 高ランクの冒険者は、尊敬の対象になっていてもおかしくない立場だ。

 盗賊のようなまねをした彼らのことを、ラナリアも疑問に思っているようだ。


 引き続き持ち物を探ると、この冒険者達は、お金はあまり持っていなかった。

 食料も持っていない。

 お腹が空いていたのは本当だったかも知れない。


 でも、持っていた武器は使えそうだし、売っても良いだろう。

 魔法使いのジャレイドの杖は、闇の属性がありそうだ。

 ラナリアが使いこなせるかは未知数だ。

 劣化版の月の指輪もあったので、ワタルが装備した。


 細目男のハマルの剣と覆面男のドーレンの双剣は、これから使い所を考える。

 さすがに高ランク冒険者だけあって、武器は良いものを使っている。

 それから、それぞれがナイフを持っていたし、回復薬なども持っていた。


 そして、最後にハマルが使おうとしていたアイテム。

 ワタルに取られて不発だったが、逃げようとしていたということは、転移系のアイテムの可能性が高いだろう。

 これも、街で鑑定してもらわないと使えない。

 とんでもない場所に転移させられたら堪らないからだ。


 今回の戦いは、皆それぞれに課題が生まれた。

 強い敵との戦いでは、いつも上手くいくとは限らない。

 今回も実質はギリギリだったかも知れない。


 それぞれがもっと強くならないと、安全には暮らせないだろう。

 どこで襲われるか分かったものではないのだ。


 冒険者達の亡骸は、洞窟から少し離れた場所に穴を掘って、火葬して埋めることにした。

 ラナリアは文句を言いながらも、火葬屋さんを引き受けていた。


「さあ、出発しましょう。雨も上がったしね」


 一行は、旅路を急ぐことにする。


「今夜は、村にでも泊まれるといいですね」


 エスエスは、テントで喜んで寝ていたことも忘れたようなことを言っている。

 弓矢で大活躍だったエスエスも、基本的にビビリなのである。

 戦いたくはないのだろう。


 ワタル達一行は、街道を更に東へ進んでいる。

 雨も上がり順調である。


 エスエスの願いが通じたのか、その日夜は、目的のロザリィの街の近くの村に泊まることができた。

 ロザリィの街まで馬で半日くらいの所にあるカサ村である。


 大きなロザリィの街まで近いので、ここで宿を取る旅人は少ない。

 しかし、ロザリィとの物資のやり取りが盛んなのだろう、村には活気がある。

 農家や猟師の多い村だ。

 収穫物をロザリィに出荷することで、村は潤っているように見える。


 ワタル達は、食堂の2階が宿泊できるようになっている店を見つけて、そこに宿を取った。

 宿は空いていて、男女別に二部屋取れた。

 小さいが客用の風呂場もある。

 これは嬉しい。


 食堂にウサギの燻製を提供すると、食事代を無料にしてくれた。

 明日の朝食をここで済ましてから、ロザリィに向かうことになりそうだ。


 さて、ワタル達4人は、宿の部屋に集まっている。

 夕食を食べ、風呂にも入り、すっかりノンビリとしている。

 もうすぐ日暮れである。


 明日はロザリィに入る。

 とりあえず旅の目的地だ。


「ロザリィで冒険者の登録をしようと思うの」


 ラナリアが話し始める。


「個人の登録と、この4人のパーティーとしての登録を両方するべきね。情報を集めたり、収入を得たり、冒険者の方が動きやすいことも多いわ」


「ボクは賛成です!冒険者になりたかったんです!」


 エスエスは二つ返事でオッケーだ。


「キャベチの貴族に対しては大丈夫なのか?」


 ワタルが心配している。


「一応、冒険者の秘密はギルドが守るらしいわ。ギルドは貴族の支配下にない独立機関だから、返って安全かも知れないわ。まあ、偉い奴らのことは信用してないけどね」


 ラナリアが答える。


「まあ、見つかる時は隠れてたって見つかるわよ。でもここはノク領だからね。キャベチも極端なことは出来ないでしょ」


 シルコは開き直っているようだ。

 ワタルは、冒険者になると聞いて少しワクワクしている。

 やっぱり異世界で活躍するのは冒険者でしょ、という思いがあるからだ。

 日本にいた時に読んだ小説や、遊んでいたゲームなどの影響だ。


 そしてラナリアは、もう1つの目標を挙げる。


「ロザリィで冒険者稼業に慣れてきたら、トルキンザ王国へ行きたいのよ」


「!!」


 シルコがハッとしてラナリアを見る。


「シルコの奴隷紋ですね」


 エスエスが応える。


「行きましょう、トルキンザへ」


 しかし、シルコは申し訳なさそうに首を振る。


「私の為だけに、みんなに面倒はかけられないわ。王国に入るのは大変なのよ」


 現在、ドスタリア共和国とトルキンザ王国は国交を結んでいない。

 下手をすると戦争になるという噂もあるのだ。

 明らかにトルキンザに利益をもたらす存在でないと、王国入りは難しいだろう。


「だから冒険者になるのよ。高ランクの冒険者なら国交は関係ないわ。ノク領で冒険者として力をつけて、トルキンザに行きましょう」


「ラナ……」


 もうシルコは泣きそうである。

 奴隷紋の解除はシルコの悲願なのだ。

 それでも仲間に気を使うシルコ。


「ワタルはいいの?私のために……」


「ああ、俺は構わないぞ。どうせ国がどうとかよく分からないんだ。それにシルコが猫耳美少女になるんだろ。楽しみじゃないか」


「全くワタルは……」


 少し照れているシルコ。

 シッポを振って、ちょっと嬉しそうである。


「それに、シルコのオッパイがどうなるのか興味があるしな」


 ワタルは調子に乗って、下らないコメントを付け加えた。

 台無しである。


 シルコは胸を抑えて


「またそれか……」


 って言ってるぞ。


 ワタルのせいで微妙な雰囲気になってしまったが、今後の方針が大体決まった。

 今日は冒険者との戦闘もあったし、皆疲れている。

 早く寝て、明日に備えることにしたのだった。



  カサ村の夜が明ける。

 まともな宿泊施設で迎える朝は気分がいい。


 馬小屋で寝ようが野宿をしようが構わない、と思って旅をしていても、やはりちゃんとしたベッドで寝ると、いつもより疲れが抜けているような気がするのだ。


 しかも、夜が明けても、ワタルはベッドから出ずにゴロゴロしていた。

 学校を休んで、家でゴロゴロしていた時の気分である。


「癒されるなぁ」


 ワタルはベッドの感触を、改めて楽しんでいた。

 考えてみれば、ワタルがランドに召喚されてから、まだ1週間程度である。

 日本にいる時には考えられないほど、濃い時間を過ごしている。

 日本では一生経験しないような事を、次々と経験している。


 精神的には充実していて、気力は満ちているが、身体の方は疲れているようだ。

 ノンビリするのが気持ち良い。


 しかし、隣のベッドにエスエスの姿は既にない。

 きっと、外で弓の練習でもしているんだろう、とワタルは思っていた。


 この時、宿の裏手にある人気のない空き地で、ラナリアとシルコ、エスエスは、既に訓練を始めていた。

 この3人、実戦を経て、ドンドン強くなっている。

 訓練も実践的なものに変わってきている。


 シルコは壁を背にしてたっている。

 そのシルコに向かって、ラナリアは魔法を、エスエスは弓矢を放っている。

 その攻撃を、シルコは盗賊の魔剣で迎え撃っているのだ。


 もちろん、ラナリアの火魔法は威力を下げてあるし、エスエスの矢も先を潰してある。

 それでも、当たれば痛いだけでは済まないだろう。

 そして、かなりの攻撃回数である。

 そのほとんど全てをシルコは受け切った。


「やるわね」


 ラナリアが褒める。


「でも、あんまり焦らないでね」


「無理はいけませんよ」


 エスエスも心配している。

 昨夜の話し合いで、トルキンザ王国に行く事を当面の目標にしたが、その事がシルコにプレッシャーをかけているのかも知れない、と思っての心配だ。


「大丈夫よ。それに、戦う術がある事が嬉しいのよ」


 シルコはそう言うと、盗賊の魔剣を置き、覆面男のドーレンが使っていた双剣のうちの一本を手にする。


「これでやってみるわ」


 エスエスは慌てて止める。


「駄目ですよ。その剣では、剣筋に補正が効きません。危ないです」


「分かってるわ。でも、いつまでも魔剣頼り、って訳にもいかないでしょ」


 シルコの意思は固い。

 そこへラナリアが口を挟む。


「やらせてみましょう。体が剣筋を覚えていれば出来るでしょ。駄目ならまた魔剣を使えばいいのよ」


「いや、でも、危ないですよ」


「死にやしないわよ」


 ラナリアは冷たいようだが、実は逆である。

 シルコがこれまで、力の無い獣人として、どれだけ惨めな思いをしてきたかを知っているラナリアだからこそ、シルコの思いが分かるのである。


 ましてや、今日はロザリィに行って冒険者登録をするのだ。

 いても立ってもいられないのだろう。


「やるわよ。手抜き無しよ」


「分かりましたよ」


 エスエスは答え、シルコに声をかける。


「シルコ、その剣には剣速を上げる効果が付いているようです。上手く合わせて下さい」


 ラナリアの火魔法とエスエスの矢が、再びシルコを襲う。

 シルコは剣を振るい、火球と矢を次々と斬り落とし、防いでいる。

 時折、身体を回転させるような動作が入り、立つ位置が変わり、全ての攻撃を剣のみで防いでいるわけではない。


 たまに被弾するものの、何とか防いでいる。


 盗賊の魔剣を使った時と比べると、2割引くらいの出来栄えだろうか。


「何とかなるものね。というか、何とかしちゃったわね」


 ラナリアはシルコに回復魔法をかけながら、感心したように言う。


 エスエスも、


「凄い才能ですね。武器の特性に身体の動きを合わせてしまうんですね。盗賊の魔剣の剣筋とは全く違う動きに見えました」


 と、驚いている。


「えへへ……」


 シルコは嬉しそうだ。


「シルコにこんな才能があるとは知らなかったわ。……なんだか私達、強くなっているわよね」


 ラナリアはちょっと考え込むような仕草をする。

 魔女のローブのフードが降りて、赤い髪が風に揺れている。


「まだ部屋で寝てるアイツの影響なのかしらね」


 そう呟く彼女の髪は、以前ほどボサボサではないようだ。

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